学年長は大公子息
7/20に内容を大幅に変更しました。以前の内容をご覧になった方は、「第4部分 王女と貴族騎士」から読み直してくれるようお願いいたします。
リーゼラーネの着いている席には、周囲には誰も座ろうとしなかった。友人がほとんどいないこともあるが、先ほどのやりとりを見て敬遠しているのである。
今さら気にしてもしょうがないため、リーゼラーネは食事に専念した。その間を利用して、呂布に学園のことを説明する。
(聖メイリナ学園には、連合王国の第一王女から第八王女まで、全員が在籍しております)
(四年しかないのに八人いるのか)
(事情があって他国で学んでいる姉もおりますが、籍はここにあります。他にも王族に連なる大公家から来た男子が数名います)
(大公……諸侯王みたいなものか)
(連合王国は、男子に王位継承権がございません)
(それでどうやって国を治めるのだ)
(王女が男子と婚姻し、どちらも王の位を得ます。男子が東王、女子が西王を名乗るのです)
(なるほど、だから連合王国なのだな)
(かつて二つの国を統治していたので、その名残です)
(だが今の王……お前の父親には複数の愛人がいるのではないのか)
(はい。西王が男性の愛人を持つこともあります。現に第二王女、第五王女は西王の愛人の子供です)
呂布(外見はリーゼラーネ)は呆れたように首を振った。
(そんなことでうまくいくのか)
(跡継ぎが多くなること以外は、不便にならないと聞いておりますわ。ともかく聖メイリナ学園には王女が全ています。大貴族の子弟はなんとかして婚姻しようと、自らの存在を誇示するのです)
(だからここで交流をするのだな)
わずかにテーブルが揺れた。
誰も近寄らないはずの席に、二人の男子生徒が座ってきた。
一人は先ほどのクイラリーである。困ったような、興味深そうな顔つきをしている。もう一人は黒髪で眼鏡をかけた生徒であった。
「失礼」
眼鏡の生徒が言った。
「空いているようだがいいかな」
「どうぞ」
呂布の声がする。
(この男はなんだ。あの顔にかかっているのは)
(眼鏡です。視力を矯正するものですわ。この方は一学年の学年長ヒルドラック様です)
(確かに偉そうにしている)
(学年長は学園の生徒会の一員として、学年を統率することを認められています)
(知らぬ名称が出てきた)
(生徒会というのは……なんと言いますか、生徒たちの利益代表で、九人の生徒からなる組織なのです)
(九卿と同じか)
リーゼラーネは食事の手を止め、ヒルドラックに訊いた。
「なにかご用でしょうか」
「いや。空いているから座っただけだ」
「はあ……」
「食事の際、自由に席を選んでいいことは宿舎規則にも定められている。私は学年長として遵守の姿勢を見せているつもりだ」
どうしてそのような飯高をするのか分からず、リーゼラーネは目を白黒させる。
クイラリーが笑った。
「彼は君のことが心配なのさ。さっきのことがあるから」
「クイラリー」
ヒルドラックがたしなめるが、クイラリーは気づかないか、気づかないふりをした。
「君がレンネーアにしたことは、学年長のヒルドラックにしてみれば言語道断だ。でもレンルネーアが最初に始めたことだからね。どうしたものかと思って、こうやって様子を見に来たってわけ」
「クイラリー」
「女性への接し方に慣れてないんだよ」
ヒルドラックは「余計なことを言うな」との目つきをしている。
「お気遣い、ありがとうございます」
リーゼラーネは礼を言った。
「ですがわたくしは、一人でいることに慣れておりますので」
「余計にまずい。君が一人だから、いっそう手出ししやすいと思うものがいるかもしれない」
ヒルドラックの言葉に、彼女はゆっくり食堂の中を見回した。大多数は無関心を装っているが、中には敵意を見せているものもいる。特にレンネーアの取り巻きに多い。
「はあ。とすると、ヒルドラック様はわたくしを守るためにそこに座っておられるのですか」
「そうは言ってない。食堂内での揉めごとは見過ごせないから、事前に防いでいるだけだ」
(大きなお世話だな、こいつは)
そう呟いたのは呂布である。無論リーゼラーネの頭の中でのことなので、口に出してはいない。
(おれの力があれば、こいつらに勝利することなど造作もない)
(ヒルドラック様はファルケンハイン大公のご子息ですわ。三代前の西王の縁戚にあたります。知的で冷静で、女子からの人気も高く)
(人気の高い奴ばかりだ)
突然、しわがれた声が響いた。
「一年生はそのまま手を止めるように。大事な話がある」
いつの間にか、白髪の老人が入ってきていた。聖メイリナ学園一学年主任、ルドガランである。
(あいつは?)
(ルドガラン先生です。大変優秀な魔術師ですわ)
(魔術師……方士か)
(厳しすぎて融通の利かない方で、権力欲があると言われてますが、優秀なのは間違いありません)
全員一斉に手を止める。せっかくのスープが冷めてしまうので、呂布は不満げであった。
「先ほど警備のゼイウが倒れているのが見つかった。夜中に誰かと争ったらしい。犯人はまだ不明なため危険は残っている」
食堂内がざわつく。リーゼラーネは首をすくめていた。
「だからといって学園の予定を変えることはない。当初の予定通り、本日の午後から契約魔術の儀をおこなう」
ざわつきがよりいっそう大きくなる。ルドガランは声の調子を落とすことなく続けた。
「契約魔術の儀を終えたのち、明日には月次試験を開催する。以上」
言うだけ言うと、ルドガランはさっさと食堂から出て行った。生徒たちはもはや食事処ではなく、友人たちと声高に話を始めていた。
(契約魔術?)
(聖メイリナ学園の一年生は魔術を学びます。まず基礎の勉強をして、自らの専門魔術を会得するのです。それが契約魔術の儀なのです。基礎勉強ができればできるほど、強力な魔術を得られます)
(お前の出来はどうなのだ)
(その……そこそこなのですわ)
良くないのだなと呂布は思っていた。
(月次試験というのはなんだ。郷挙里選か?)
(月に一度、魔術にどれだけ長けているか試験をおこなうのです。優秀な生徒は王宮へ登用されやすくなります。わたくしたち王族も優秀であれば抜きんでていることになるのですわ。これで王位継承の順位が変わることもありますわ)
(さっきから聞いていると、聖メイリナ学園は魔術とやらで全てが決まるのか)
(そうなのです。魔術で建国された国なのです。今も、広大な国土を侵略されずに守備できているのは、魔術の力によるものなのです)
(ふん……)
呂布は興味深そうにしていた。
「学園は予定を全然動かさないねえ」
クイラリーが呆れたように言った。隣のヒルドラックが素っ気なく言い返す。
「当然だろう。暴漢ごときで予定を変えては伝統と名誉に関わる。」
「どこに隠れているのか分からないんじゃないかな」
「門が壊されていたそうだから、もう逃げ出しただろう。たとえいたところで、私とお前がいればどうにでもなる」
「うわあ、自信家だ」
「お前は自信ないのか?」
「あるよ」
さらりと言い放つクイラリー。リーゼラーネは話に加わらなかったものの、耳をそばだてていた。
(クイラリー様もヒルドラック様も、学園での成績は一、二を争うのです。まだ基礎しか習っていませんがそれでも抜きんでていますわ)
(学年とやらが全部で四つあるのだろう。そこの連中よりも強いのか)
(同格の人はおられますが、遜色ないと噂されています)
食事が終る。クイラリーは「じゃあお先に。またなにか嫌がらせされたら、遠慮なく相談して」と言う。ヒルドラックは無言で盆を片づけた。
リーゼラーネも急いで食事を終らせる。片づけるころには、食堂にほとんど生徒はいなかった。