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悪役令嬢 呂布  作者: サクラくだり
プロローグ 魂はよみがえる
3/12

小さな身体に巨大な暴力

「ここだ、ここにいたぞ!」


 あのならずものたちだ。人数は三人。先頭にいるのは、崖から飛び降りる直前に剣を突きつけていた男。


「死体がねえと思ったら、生きていやがった!」


 リーゼラーネは岩に腰かけたまま、つい身体を引いた。


「……ぞ、賊ですわ……。わたくしを殺そうとしたものたち……!」

「みすぼらしい姿だ。どこの国も変わらぬ」


 先頭の山賊が、片手用の剣を持ち上げた。


「よお、ぶつぶつ言ってるお嬢ちゃん、ようやく見つけたぜ」

「……ひ、人違いですわ」

「いや、その顔は間違いねえ。散々似顔絵を見せられたからな。ようやくとどめを刺せて、残りの金をもらえるってわけだ」

「お、お止めください……!」


 振り絞った勇気だったが、ならずものたちが笑った。


「殺すのはちょっとだけやめてもいい。ただちょっとお楽しみをさせてくれればな。手間かけさせた分の利息だ」


 リーゼラーネは恐怖に目を伏せた。


「あの方たちのおっしゃっていることは、わたくしの尊厳に関わることなのでしょうね」

「女を手に入れるのに手っ取り早いのは暴力だ」

「まあ。呂布様もそうしましたの?」

「むしろ、向こうから寄ってくる女に酷い目に合わされた」


 ならずものたちは悠々とリーゼラーネに寄ってきた。先頭の男が手を伸ばす。

 彼女は反射的にその手を払いのけた。

 男がきょとんとする。次の瞬間目を吊り上げた。


「てめえ……手こずらせると痛い目を見るぞ!」


 頭の中に呂布の声が響く。


(黄巾より知恵がなさそうなやつらだ)

(どどどどうしましょう! 思わず手を払ってしまいましたわ!)

(待て)

(これが待っていられますか!)

(おれもよく人の話を聞かず、高順に諫められていた。今、岩の上に座っているだろう)

(はい)

(この巨大な岩を転がしたのを覚えているか)

(そういえば……)

(あれはおれの意志だが、お前の細腕でおこなった。思うに見かけはリーゼラーネの身体でも、力はこのおれなのではないか?)


 リーゼラーネは一瞬だけ絶句する。


(……つまり、呂布様の魂だけではなく、力も宿していると)

(うむ。それで納得がいく)

(どうなさいますの)

(少しの間身体をおれの好きにさせろ)

(ええ……よろしいですけど)

(よし)


 リーゼラーネは立ち上がるる。先頭の男の腕を掴んだ。

 何でも無いかのように、外側へ捻る。男は悲鳴を上げた。


「痛てててて! なにしやがる!」

「思った通りだな。力はおれだ」


 彼女はさらに力をこめる。ポキリと音がして、男の腕は簡単に折れた。


「ぎゃあああっ!!」


 地面に落ちた剣を拾った。刃先に指を走らせる。


「なまくらだが、無いよりはましだ」


 そして力を込め、男の頭頂に叩きつける。

 ならずものの一人は文字通り真っ二つになった。


「きゃああっ」


 悲鳴を上げたのはリーゼラーネだ。ただ声だけで身体は別。地面を蹴り、土に大きな跡を残すと切っ先を別の男にぶつけた。

 今度の男は悲鳴を上げる暇も無かった。胸に大きな穴を開け、崩れ落ちたのである。


「ひ……ひいいっ!」


 最後の一人は剣を取り落とした。反撃する気力は尽きている。眼前のたおやかなお姫様が、恐るべき腕力と殺意を纏わせていると悟ったのである。

 逃げようとしたが、明らかに遅かった。

 最初の男と同じく、剣が頭頂部から股下まで振り下ろされ、二つに分かれて地面に転がった。


「やはりなまくらだな。もう使えん」


 呂布は呟くと、曲がった剣を捨てた。一方のリーゼラーネはまだ騒いでいた。


「きゃあきゃあきゃあ! ひ、人が二つになってしまいましたわ!」

「三つにもできた」

「なんて野蛮な!」

「お前は野蛮な目に合わされるところだった。魂だけとはいえ、おれは男にのしかかれるのは好かぬ」

「もっとこう、優しくたしなめることはできませんの!」

「これが一番だ」


 リーゼラーネの身体は呂布が操っている。彼女は最後に殺した男から剣を取り上げた。


「首を切るのは止めておくか。見せる相手がおらん」

「なに考えているのですの!」

「こいつらから金と食いものをいただくか。酒があればなおいい」

「それでは山賊と変わりません」

「おれは山賊などよりずっと強い」


 酒は無かったが、干し肉と少しの硬貨を持っていた。懐に硬貨を放り込むと、岩に腰を下ろして干肉をかじった。

 リーゼラーネも呂布も食欲が満たされるのを感じた。身体の欲求はどちらの魂にも影響するようだ。

 小川の水を飲み、ようやく人心地ついた。呂布はリーゼラーネに身体を返す。


「ところでここがどこか、お前には分かるか?」


 呂布の声を受け、リーゼラーネは左右を見た。


「え、ええ……。聖メイリナ学園の近くでしょう。道に出ればはっきりいたします」

「なら家に帰れるのだな」

「家というか学園ですけど」

「お前はどうする。どうしたい?」

「と、申しますと……」


 呂布が語りかけた。


「誰かの計にかかったのだろう。復讐するなら力を貸す」

「え……」

「邪魔者を全て倒してやる。学園とやらを更地にして、お前の城を作ると言うことだ」


 呂布の声は楽しそうだった。


「おれは以前しくじった。だが今度は同じ失敗をしない。異世界とやらに新たな帝国を築いて見せよう」


 いつの間にか、小川を覗き込んでいた。そこには飛将と称された男の顔があった。


「それはお前の帝国でもあるということだ」


 リーゼラーネは言葉を失った。

 彼女は身一つである。しかも誰かに命を狙われており、道を歩くだけでも矢が飛んできそうな状況だ。

 このような目に合わせたのは謎の陰謀家たちだ。不思議なできごとによって身投げは免れたが、このままならいずれ野垂れ死にすることになる。

 なにもせずどこか遠くの国へ逃亡するのも手だ。なにしろ配下もいなければ味方もいないのだから。少なくとも名もなき女性として生涯を終えることはできそうだ。

 だが力がないわけではない。むしろある。もう一つの魂、豪壮たる武将、呂布をこの身に宿しているのだ。

 彼女は大きく息を吸って、吐いた。

 崖から身を投げたときに捨てたと思っていた感情が、湧き上がってきた。


「……分かりましたわ」


 立ち上がる。呂布の力ではなく、自分の意志だった。


「戦います。逃げることも、膝を屈することもいたしません。先ほど申しましたわよね、わたくしは幾度も落命していると」

「聞いた」

「こうして命を拾いましたが、また落とすかもしれません。ですが今度こそ悔いなき行動にいたします。卑怯者たちに分からせてやりますわ……いえ、分からなくとも、無理矢理思い知らせるのです。第八王女リーゼラーネの名を」

「いいぞ。その言葉を待っていた」

「我ながらまるで悪役の決意ですわね。悪役令嬢」


 リーゼラーネは笑った。


「今のわたくしにふさわしいですわ」


 呂布は言った。


「では行こう。学園に戻って邪魔者を皆殺しにしよう」

「どうしてそう短絡的なのですか」

「お前の身体だ。好きにしろ」

「そう言えば、わたくしが戦わないと答えたらどうするつもりでしたの」

「おれがこの身体をずっと使い続ける。お前には渡さぬ」

「だと思いましたわ」


 リーゼラーネは学園を目指して歩き出した。


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