小さな身体に巨大な暴力
「ここだ、ここにいたぞ!」
あのならずものたちだ。人数は三人。先頭にいるのは、崖から飛び降りる直前に剣を突きつけていた男。
「死体がねえと思ったら、生きていやがった!」
リーゼラーネは岩に腰かけたまま、つい身体を引いた。
「……ぞ、賊ですわ……。わたくしを殺そうとしたものたち……!」
「みすぼらしい姿だ。どこの国も変わらぬ」
先頭の山賊が、片手用の剣を持ち上げた。
「よお、ぶつぶつ言ってるお嬢ちゃん、ようやく見つけたぜ」
「……ひ、人違いですわ」
「いや、その顔は間違いねえ。散々似顔絵を見せられたからな。ようやくとどめを刺せて、残りの金をもらえるってわけだ」
「お、お止めください……!」
振り絞った勇気だったが、ならずものたちが笑った。
「殺すのはちょっとだけやめてもいい。ただちょっとお楽しみをさせてくれればな。手間かけさせた分の利息だ」
リーゼラーネは恐怖に目を伏せた。
「あの方たちのおっしゃっていることは、わたくしの尊厳に関わることなのでしょうね」
「女を手に入れるのに手っ取り早いのは暴力だ」
「まあ。呂布様もそうしましたの?」
「むしろ、向こうから寄ってくる女に酷い目に合わされた」
ならずものたちは悠々とリーゼラーネに寄ってきた。先頭の男が手を伸ばす。
彼女は反射的にその手を払いのけた。
男がきょとんとする。次の瞬間目を吊り上げた。
「てめえ……手こずらせると痛い目を見るぞ!」
頭の中に呂布の声が響く。
(黄巾より知恵がなさそうなやつらだ)
(どどどどうしましょう! 思わず手を払ってしまいましたわ!)
(待て)
(これが待っていられますか!)
(おれもよく人の話を聞かず、高順に諫められていた。今、岩の上に座っているだろう)
(はい)
(この巨大な岩を転がしたのを覚えているか)
(そういえば……)
(あれはおれの意志だが、お前の細腕でおこなった。思うに見かけはリーゼラーネの身体でも、力はこのおれなのではないか?)
リーゼラーネは一瞬だけ絶句する。
(……つまり、呂布様の魂だけではなく、力も宿していると)
(うむ。それで納得がいく)
(どうなさいますの)
(少しの間身体をおれの好きにさせろ)
(ええ……よろしいですけど)
(よし)
リーゼラーネは立ち上がるる。先頭の男の腕を掴んだ。
何でも無いかのように、外側へ捻る。男は悲鳴を上げた。
「痛てててて! なにしやがる!」
「思った通りだな。力はおれだ」
彼女はさらに力をこめる。ポキリと音がして、男の腕は簡単に折れた。
「ぎゃあああっ!!」
地面に落ちた剣を拾った。刃先に指を走らせる。
「なまくらだが、無いよりはましだ」
そして力を込め、男の頭頂に叩きつける。
ならずものの一人は文字通り真っ二つになった。
「きゃああっ」
悲鳴を上げたのはリーゼラーネだ。ただ声だけで身体は別。地面を蹴り、土に大きな跡を残すと切っ先を別の男にぶつけた。
今度の男は悲鳴を上げる暇も無かった。胸に大きな穴を開け、崩れ落ちたのである。
「ひ……ひいいっ!」
最後の一人は剣を取り落とした。反撃する気力は尽きている。眼前のたおやかなお姫様が、恐るべき腕力と殺意を纏わせていると悟ったのである。
逃げようとしたが、明らかに遅かった。
最初の男と同じく、剣が頭頂部から股下まで振り下ろされ、二つに分かれて地面に転がった。
「やはりなまくらだな。もう使えん」
呂布は呟くと、曲がった剣を捨てた。一方のリーゼラーネはまだ騒いでいた。
「きゃあきゃあきゃあ! ひ、人が二つになってしまいましたわ!」
「三つにもできた」
「なんて野蛮な!」
「お前は野蛮な目に合わされるところだった。魂だけとはいえ、おれは男にのしかかれるのは好かぬ」
「もっとこう、優しくたしなめることはできませんの!」
「これが一番だ」
リーゼラーネの身体は呂布が操っている。彼女は最後に殺した男から剣を取り上げた。
「首を切るのは止めておくか。見せる相手がおらん」
「なに考えているのですの!」
「こいつらから金と食いものをいただくか。酒があればなおいい」
「それでは山賊と変わりません」
「おれは山賊などよりずっと強い」
酒は無かったが、干し肉と少しの硬貨を持っていた。懐に硬貨を放り込むと、岩に腰を下ろして干肉をかじった。
リーゼラーネも呂布も食欲が満たされるのを感じた。身体の欲求はどちらの魂にも影響するようだ。
小川の水を飲み、ようやく人心地ついた。呂布はリーゼラーネに身体を返す。
「ところでここがどこか、お前には分かるか?」
呂布の声を受け、リーゼラーネは左右を見た。
「え、ええ……。聖メイリナ学園の近くでしょう。道に出ればはっきりいたします」
「なら家に帰れるのだな」
「家というか学園ですけど」
「お前はどうする。どうしたい?」
「と、申しますと……」
呂布が語りかけた。
「誰かの計にかかったのだろう。復讐するなら力を貸す」
「え……」
「邪魔者を全て倒してやる。学園とやらを更地にして、お前の城を作ると言うことだ」
呂布の声は楽しそうだった。
「おれは以前しくじった。だが今度は同じ失敗をしない。異世界とやらに新たな帝国を築いて見せよう」
いつの間にか、小川を覗き込んでいた。そこには飛将と称された男の顔があった。
「それはお前の帝国でもあるということだ」
リーゼラーネは言葉を失った。
彼女は身一つである。しかも誰かに命を狙われており、道を歩くだけでも矢が飛んできそうな状況だ。
このような目に合わせたのは謎の陰謀家たちだ。不思議なできごとによって身投げは免れたが、このままならいずれ野垂れ死にすることになる。
なにもせずどこか遠くの国へ逃亡するのも手だ。なにしろ配下もいなければ味方もいないのだから。少なくとも名もなき女性として生涯を終えることはできそうだ。
だが力がないわけではない。むしろある。もう一つの魂、豪壮たる武将、呂布をこの身に宿しているのだ。
彼女は大きく息を吸って、吐いた。
崖から身を投げたときに捨てたと思っていた感情が、湧き上がってきた。
「……分かりましたわ」
立ち上がる。呂布の力ではなく、自分の意志だった。
「戦います。逃げることも、膝を屈することもいたしません。先ほど申しましたわよね、わたくしは幾度も落命していると」
「聞いた」
「こうして命を拾いましたが、また落とすかもしれません。ですが今度こそ悔いなき行動にいたします。卑怯者たちに分からせてやりますわ……いえ、分からなくとも、無理矢理思い知らせるのです。第八王女リーゼラーネの名を」
「いいぞ。その言葉を待っていた」
「我ながらまるで悪役の決意ですわね。悪役令嬢」
リーゼラーネは笑った。
「今のわたくしにふさわしいですわ」
呂布は言った。
「では行こう。学園に戻って邪魔者を皆殺しにしよう」
「どうしてそう短絡的なのですか」
「お前の身体だ。好きにしろ」
「そう言えば、わたくしが戦わないと答えたらどうするつもりでしたの」
「おれがこの身体をずっと使い続ける。お前には渡さぬ」
「だと思いましたわ」
リーゼラーネは学園を目指して歩き出した。