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悪役令嬢 呂布  作者: サクラくだり
プロローグ 魂はよみがえる
2/12

一つの肉体二つの魂

 目覚めたときは、柔らかな土の上だった。

 のろのろと身体を起こし、ぼんやりする意識をはっきりさせようと、軽く頭を振る。いまだ霞のかかったような感覚だったが、視界はしっかりしてきた。

 涼しさを感じる。木々が見えた。林の中にいるようだ。月明かりだけなので遠くまでは見えない。左手には小川があり、水が流れていた。涼しさの理由はこれだ。

 自分の名を思い出す。リーゼラーネ。カイロニア連合王国の第八王女であり聖メイリナ学園の一年生。陰謀にかかり崖から飛び降りた。

 何度もまばたきをしてから、自分の身体と手足を眺める。右手で左手を触れた。


(触っているのが分かりますわ……。ここは天界ではありませんのね……)


 死者がおもむくと呼ばれている天界。てっきりそこだと思ったのだが、いまだ現世にいるようだ。息を吸うと、清涼な空気が身体に染み入った。


(わたくしは崖から飛び降りたはず……どうしてこのようなところに……?)

(おかしい。おれは縊られたはず。ここはどこだ)


 彼女はぎょっとした。今の言葉はなんだろうか。


(誰かいらっしゃるかしら……。でも回りにはどこにも……)

(徐州とは思えぬ。五原九原とも違う。曹軍もおらぬ)


 野太い声が頭に響き渡り、リーゼラーネは思わず耳を塞いだ。もっとも直接頭に聞こえてくるため意味はない。

 手が勝手に動いた。眼前に移動する。


(……細く小さい……女の手か……?)


 リーゼラーネにとっては当り前だが声の主にとっては驚愕のことらしい。


(もし。どなたか存じませんが、どこにおられますの。ひょっとしてわたくしの中ですか?)

(この声は……おれはどうなっているのだ)


 身体は勝手に動き、立ち上がると小川に走った。川の澱みを見つけると、四つん這いになって顔を近づける。

 月の光の下、リーゼラーネの顔が大きくなる

 表情は喫驚に満ちていた。


(女……? おれは女となったのか!)

(あの……)

(曹賊の中には仙術に秀でているものもいると聞いたが、このおれに術をかけたか)

(その……)

(これも陳宮、高順の策を用いなかった報いか。虎になるならまだしも、得体の知れない女に化けさせられるとは!)

(ええと……)

(よりによって、このような小さな女になるなどと……!)

(ちょっと!)


 自分でも驚く程の声が出た。野太い声も意表を突かれたようで、言葉が止まった。


(なんですの、さきほどから女、女と。女であることのどこが悪いんですの)

(この女の声か……?)

(ええそうですわ。この身体はそもそもわたくしのもの。あなたはどうして、わたくしの身体に入り込んだのですか)

(つまりこの身体には持ち主がいるというのだな。それがお前か)

(そう申しております)

(女。名はなんという)

(女という呼び方は止めてくださいまし。わたくしリーゼラーネ・フィロニアと申します)

(おれは呂布。字は奉先)

(ややこしい名前ですわね)

(お前の名の方がおかしい)


 リーゼラーネは転がっている岩を動かし、平らな面を上に向けた。そこに腰かける。

 それから二人は、頭の中で会話をはじめた。自身のことを語り、相手のことを聞く。そうやって状況の擦り合わせをおこなった。

 リーゼラーネは自分の国について語った。一方の呂布は、世界そのものよりも彼女の境遇に関心があった。


「なるほど、つまりお前は奸計にあって身を投げたのだな」

「そうです。ですが……」


 彼女は頭を押さえた。


「死んだのは数度目かの気がするのです」

「なにを言ってる」

「わたくし、繰り返し命を落としている記憶があるのです。はっきりではないですが、ぼんやりとそんな感じが……」

「身毒国には幾度も魂が甦る、輪廻という教えがあるらしいが」

「生まれ変わってはまた死んでいるのです。ただならずものに殺されたのは今度がはじめてと思います」


 野太い男の声と可憐な少女の声が交互に発せられる。端から見ると得体の知れない光景だが、幸い他に人はいなかった。


「おれも裏切りにあって死んだ。だがここで生きている」

「不思議ですわ」

「死んだのはあれがはじめてだ」

「どれだけ遠くにあるお国で生まれたのですか」

「見当もつかぬ。カイロニア連合王国とやらも、條支よりも遠方にあるのだろう」

「わたくしも漢のことは聞いたことありません。別の国と言うより、いわば異世界なのでしょうか」

「異世界……」


 リーゼラーネは呂布の声を発しながら目をつむった。


「化外の地よりも彼方で生まれ変わったか」

「わたくしは生まれ変わっていないのですが」

「しかしここでも王が国を治めている。国の形というものは変わらない」

「わたくしは王女ですが、学園に通う身です」

「学園……太学みたいなものか」

「王族や貴族は国中から集まり選抜され、聖メイリナ学園で学ぶのです」

「太学だ。しかし……」


 もう一度川の水に顔を映す。


「金色の髪に狐のような鼻。強張った頬。大秦や安息の人よりさらに白い肌……。ここの国は皆このような姿形なのか」

「亜人はまた別です」

「女になったとはいえ実に不気味だ」

「妙なことおっしゃらないでください」

「これは美しい顔なのか? 西施や鄭旦にはとても及ばぬ。貂蝉は言わずもがな」

「どなたのことか存じませんが、莫迦にされているのは分かりますわ」

「傾城傾国ではなく己が死んでは意味が無かろう」

「そうなのですわ……」


 彼女はがくりと肩を落とした。


「どうしてか生き長らえましたが、食べ物もなくお金もなく、ただ頭の中に野卑で粗野な男性の声があるのみなんて……」

「場合が場合だ。今は罵詈を許す」

「いったいこれからどうすれば良いのでしょう……」

「そんなのは……ん?」


 リーゼラーネは呂布の声で呟きながら顔を上げる。

 つぎはぎだらけの服と、古ぼけた剣で武装した男たちが数名、早足でこちらに接近しているところであった。

身毒……インド

條支……カラケネ王国

大秦……ローマ帝国

安息……パルティア。アルサケス朝

西施、鄭旦……春秋時代の有名な美女

貂蝉……三国志演義に登場する美女


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