魔術戦 1
脅迫じみた方法で注文した武器は、すぐに届いた。
ミレイユがわざわざ運んできており、全体が二つに分割されてそれぞれ布が巻かれていた。
「レンネーアはどうしたのですか?」
「具合が悪いといって、ずっと部屋におります」
「わたくしに会いたくないのでは?」
「かもしれません」
「わたくしは何度でも会いたいですわ。そうお伝えになって」
ミレイユは一礼して立ち去る。彼女は本当にこのことを伝え、聞いたレンネーアは卒倒したのだが、それは別の話。
リーゼラーネは布を解いた。片方は頑丈そうな槍の柄で、握りは微妙に波打っており、滑らないようにできていた。
もう片方が穂先に当る。鋭い鋼鉄製の穂先と、その両側に三日月状の刃が装着されていた。しっかりと取りつけてあって、ちょっとやそっとでは破損しないと見て取れた。
呂布が満足そうに言う。
「いいぞ。思った通りのものだ。方天画戟としてふさわしい」
「わたくしにはよく分からないのですが、呂布様が得意とされた武器なのですか?」
「そうだ。身内の裏切りさえなければ、おれは負けたりしなかった」
「これを持って授業に出るのですよね」
「当然だ。他のやつらは杖を持つのだろう」
「なんか少し恥ずかしいですわ」
翌日の授業から、リーゼラーネは方天画戟を手に出席した。他の生徒たちは分割された方天画戟を見てぎょっとし、次に慌てて目をそらした。
(ほう、恐れているようだな)
(月次試験一位がこのような武器を持っていれば、見ないふりをするのは当り前です)
(誰も話しかけてこないのは、お前に人望がないからではないのか)
(やめてくださいまし! ……友達が少ないことは認めますわ)
(一人もいそうにない)
(ですからやめてくださいまし!)
授業開始の鐘が鳴らされる。ただし座学ではなく、一年生たちは校舎の大広間に集められた。
「本日は、諸君らと上級生による一対一の魔術戦をおこなう」
ノルベックが一年生の前で告げた。一学年主任のルドガランは、月次試験以来姿を見せていない。
「二年生が諸君らの相手となる。己の実力を知る良い機会だ。勉強させてもらうように」
生徒たちがざわつく。ノルベックは私語を咎めたりせず、いったん引っ込んだ。
頭の中で呂布が囁く。
(魔術戦とはなんだ)
(お互いに魔術を撃ち合い、勝敗を決めるのですわ)
(なんだ決闘か)
(当り前ですが、二年生はわたくしたち一年よりも魔術に長けている方が多いです。負け前提みたいなものですから、いい気分はしませんわね)
(皆が不満なのはそれか)
(呂布様は楽しそうですわね)
(当然だ。勝つに決まっているからな。おれより強いものなどこの世におらん)
呂布とは対照的に、一年生の中には、露骨にやりたくなさそうなものもいた。仮病を使おうかと話しているものすらいる。
クイラリーが近づいてきた。
「やあ、君は嫌そうにしてないね」
その質問には答えず、リーゼラーネは聞き返した。
「クイラリー様はどうなのです?」
「僕は別に。全力を尽くすだけ」
「ではわたくしも、クイラリー様に習いますわ」
「あはは。僕が何も言わなくたって、君は喜んで戦いそうだけどね」
彼女はクイラリーの周囲を見回した。
「ヒルドラック様はどちらに」
「彼に興味あったっけ」
「いつも一緒にいらっしゃるでしょう」
「あいつはあそこ」
見ると、ヒルドラックは女子生徒となにやら話をしていた。
女子生徒は制服の色がわずかに違った。女子はドレス状なのだが、胸元の色が学年によって異なっている。一年生はピンクで二年生は薄緑だ。
緑色の女子生徒だ。二年生である。上級生のためか、ヒルドラックはどことなく話しづらそうに見えた。
女子生徒がちらりとこちらを見る。リーゼラーネのことを確認してから、ヒルドラックから離れた。
どことなく疲れたような様相で、ヒルドラックはこちらに来た。
「まいった」
「あの人、二年生のイレンハートさんじゃないか。生徒会の」
クイラリーが言う。二人とも生徒会の一員なので、顔は見知っている。
聖メイリナ学園の生徒会の定数は九人で、基本的に各学年から二人選ばれる。優秀な生徒に限られるため、一因となることは大変な名誉とされていた。
ヒルドラックは説明した。
「生徒会の集まりに顔を出すよう頼まれた。ぜひ一度、きちんと挨拶したいと」
「そんなの毎週やってることだろ」
「私でもお前でもない。リーゼラーネ嬢だ」
リーゼラーネは思わず「わたくしですか?」と声を出した。ヒルドラックは首肯する。
「月次試験で一位になった生徒を招待したいと言っている」
「わたくしは一度だけ一位になったにすぎませんわ」
「だから目立ったのだろう」
イレンハートの後ろ姿はまだ見える。リーゼラーネは追いかけた。
校舎の外に出る直前で追いついた。声をかけると、イレンハートは嬉しそうに微笑んだ。
「あなたがリーゼラーネ王女ね」
頭の中では呂布が感心したように言う。
(貂蝉ほどではないが美しい女だ)
(わたくしみたいに狐のような鼻と言わないのですか)
(この美しさなら分かる)
(ようございましたわね)
リーゼラーネはつまらなさそうに返事をすると、イレンハートに一礼した。
「わたくしにご用とうかがいました」
「ええ。直接お誘いしても良かったのだけど、やはり礼儀として同じ一年生からがいいかと思って」
「それはご丁寧に。生徒会の集まりに出席してもよいとおっしゃるのですよね」
「はい。月次試験での出来事を語って欲しいと思いまして」
リーゼラーネは緊張した。聖メイリナ学園の生徒会は魔術と人格に優れ、高度な自治を許された権力者の社交界である。たとえメンバーでなくても、出席するのは大変な名誉とされる。
ただし一年の、それまで縁がなかったものにとっては針の筵と同義だ。ようするに、突如月次試験で一位になった生徒を値踏みしたいと言っているのである。
生徒会は実力者の集団であり全ての生徒を掌握しようとしている。その目で確かめるつもりなのだ。
イレンハートは笑みを崩さなかった。
「明後日の放課後です。遅刻はなさらないで。遅れるような生徒は、棟に足を踏み入れること自体ふさわしくありませんから」
再び呂布が囁く。
(おい。おれがなにを言いたいか分かるな)
(ええ)
リーゼラーネは返事をした。
「お断りいたしますわ」
イレンハートがぎょっとした。
「……なんとおっしゃいました?」
「お断りいたします。わたくしが生徒会に出向くときは、自分の意志で向かいます。招待は好みませんし、風下に立つつもりありません」
「……どうして」
「それはわたくしがこの学園でもっとも優れた生徒だからです。真の覇者はやすやすと誘いに乗らないものです」
それからイレンハートに負けじと美しい笑みを作った。
「どうぞわたくしが出向きたくなるように、修練なさって」
イレンハートは絶句する。
一瞬、瞳が怒りに満ちあふれた。だが即座に消し、平静そのものの声音を発した。
「それは残念」
「がっかりなさらないでください。わたくしの気も変わるかもしれませんから」
「そうですね。ではそうなるよう、努力いたしましょう」
ごきげんよう。そう言葉を残し、イレンハートは今度こそ姿を消した。
ふっと息を吐く。同時にクイラリーとヒルドラックが駆け寄ってくる。
「なにか言われたのか」
と質問したのはヒルドラックだ。リーゼラーネは否定する。
「いいえ。誘われただけです」
「そうか。上級生たちはああだからな。私とクイラリーが同行するから……」
「お断りました」
「なんだって!?」
ヒルドラックは日頃の沈着さとは真逆の声を発する。
「生徒会の誘いを断っただと!?」
「特に問題ありませんでしたわ」
「皆、魔術の実力も気位も高いのだぞ。断ったりしたらなにがあるか……」
「心配なさらないで。どのような問題にも対処できますから」
「だといいのだが……」
不安げになるヒルドラック。クイラリーは目を丸くししたまま、口をぱくぱくするだけで喋れなかった。
リーゼラーネはにこりとしたまま、呂布と会話をした。
(これでよろしかったですか)
(ああ。このおれを呼び出すとは董相国でもあるまいし)
(生徒会の方々が、これで諦めるとも思えません。やはり対処することになりそうですわね)
リーゼラーネの言葉はすぐに現実のものとなる。
彼女の魔術戦の相手は、そのイレンハートだったのだ。
董相国……董卓