飛将の死、そして王女の死
建安三年、部下の裏切りによって居城を落とされた呂布は、曹操によって処刑された。後漢書巻七十五、列伝六十五によると縛り首であったという。
かつては自らの領地であった徐州、下ヒにおいて、呂布は今まさに消えんとする命運に思いを馳せていた。
(おれは死ぬ……)
呂布は剛勇な壮士なのは知られている。丁原配下であったときも、董卓配下であったときも、独立して徐州を支配していたときも、並々にならぬ力によって敵を蹴散らしてきた。そのため曹操軍の兵は脱走を警戒し、虎を繋ぐような鎖によって手足を縛られていた。
処刑台が作られ、今はそこに立たされている。
(これも運命か……)
処刑台を見つめる敵兵と、かつては配下だった将兵。そこに曹操に劉備の姿も見える。
(曹賊に大耳、この身が少しでも自由であるなら、今すぐやつらの首を刎ねて京師の門に掲げてやるものを。だが……)
呂布は軽く目をつむった。
(もはやそれも叶わぬ)
風が吹く。急ごしらえの処刑台が軋みを上げた。
刑吏が慌てる。慌てて補強するのを見て、呂布は笑った。めったに見せない仕草であった。
「おい、しっかり直しておけ」
ぎろりと目を向けた。
「おれが逃げ出すかもしれん。とどめを刺さねば、おれはまた暴れるぞ」
刑吏は弾かれたように動きだし、急いで修繕した。呂布の名は中原から遠く巴蜀の地まで知れ渡っている。膂力でかなうものないのだ。
(そうだ。おれはまだ暴れられる)
処刑担当の隊長が台を確認する。呂布はもはやその姿を見ていない。
(たとえこの世でなくとも。見知らぬ地だろうと、あの世だろうと、我が力は衰えたりしない)
彼の胸の内を、居並ぶ英雄豪傑たちが知ることはない。
銅鑼が二度、鳴らされた
刑吏がゆっくりと近づく。呂布の首に縄が巻きつく。幾人もの人間が、縄の端と端を持ち、同時に引く。
縄は急速に締まっていった。
◇ ◇
カイロニア連合王国の商都サイネス郊外。第八王女リーゼラーネは、今まさに崖から身を投げようとするところであった。
亡き国王ロドラセンは王妃以外の女性とも関係を結び、多くの子を成した。その全てが女性である。二年前に崩御したときも、愛人宅で心臓の病を発しており、これがなければさらに多くの子を得ただろうと言われている。
現在は王妃が代王の地位を得て元首となっている。いずれは代王位から降りて娘に王冠を被せるだろうと思われていた。
リーゼラーネは八番目の娘である。王位継承権も八番目。玉座からは程遠い。王族や貴族が多く通う聖メイリナ学園でも目立たない存在だ。なのに目の敵にされ、とうとう死が直前まで迫ることになった。
彼女は足元を見る。崖の際だ。下は岩場で、草木が生えているものの、落ちたらただではすまない。そして眼前には、つぎはぎだらけの服を着た男たちが迫っていた。
「……な、なにものです……!」
もう何度も発した言葉だ。返答も同じだった。
「俺たちゃ頼まれたんだよ。あんたに死んで欲しいって人から」
先頭の男が言う。煮染めたような布を頭に巻き、手には長剣を構えている。
商都でくだを巻いているならずもののようだ。金を積まれればなんでもする連中。今はリーゼラーネの生死を握っている。
そもそも彼女は差出人不明の手紙で学園の庭に呼び出されたのだ。そこで眠らされ、連れ去られた。睡眠薬の効きが弱く脱出に成功したものの、すぐに追いつかれ、このようなことになった。
今は夜。月明かりで足元は見える。ただそれが余計恐怖をかき立てた。
「見逃してください……! お金ならいくらでも」
「もらうもんはもらってる」
「誰に頼まれたのですか……!」
「そいつは言えねえ。知る必要もねえだろう」
ならずものたちが迫る。
「手間を取らせるなよ。ぶっすりと、一発で仕留めろって言われてんだ」
「せ、せめてお友達か家族に手紙を書かせて……」
「駄目だ。あんたはなにもしちゃいけねえ」
遺言を残すこともできないらしい。
事故か盗賊に襲われたことにしたいのだろう。謎の人物はあくまで偶発的にリーゼラーネを葬りたいのである。
盗賊が間を詰める。手を伸ばせば届きそうな距離。今にも息がかかりそう。
リーゼラーネは決意した。
踵を返すと、崖から身を躍らせる。
身体はふわりと浮くと、そのまま落ちる。
ならずものたちが叫び声を上げ、あっという間に遠ざかる。代わりに近づくのは死。
(ああ……もし……)
リーゼラーネは強い風を感じながら思った。
(もし生まれ変わることがありましたら、陰謀などに屈しない、強い王女になりたいものです……。強く、あらゆる困難に打ち勝つ人間に……)
強く目をつむった。
次の瞬間、なにかと衝突する感覚があった。
呂布のキャラクター設定は、各史書、コミック、小説などからつまみ食いしてごっちゃにしています。