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湯屋「憩い湯」奇談  作者: さち
13/42

 イタチ騒動の翌日、開店早々来客があった。やったきたのはイタチの長。そして昨日投げ飛ばされたイタチが数名付き従っていた。長は館内には入らず、従業員に伊織への取り次ぎを頼んだ。

「お待たせいたしました」

伊織と玉城が玄関の外まで出てくる。伊織が声をかけると、イタチの長は深々と頭を下げた。

「昨夜は若いものたちが大変失礼をいたしました」

「いえ。ですが、以前からのお約束どおり、イタチの方々の今後のご来館はお控えいただきたく存じます」

伊織の言葉にイタチの長はさらに深く頭を下げた。後ろに控えるイタチたちは平身低頭で謝罪する長に何か言いたげだったが、自分達が原因を作ったので何も言えずにうつむいていた。

「重々承知しております。本来ならこうして来ることも許されないとは思いましたが、一言お詫びをと恥を忍んで参りました」

「わざわざありがとうございます。どうぞ頭をお上げください」

そう言われてイタチの長はやっと頭を上げた。

「うちのものが壊したものなどは弁償させていただきますので」

「今回は座敷が少々汚れただけで幸い壊れたものはありませんでしたから、そこまでしていただかなくて結構ですよ」

「では、せめてこちらをお納めください」

そう言って長が目配せすると後ろに控えていたイタチたちが前に出る。その手にはそれぞれ(かめ)があった。

「これは我々が作った酒です。よろしければ皆さまでお召し上がりください」

「わざわざありがとうございます」

伊織はにこりと笑うと甕を受け取った。その際、昨日投げ飛ばされたイタチたちが「すみませんでした」と謝罪を口にする。伊織はそれに微笑んで応えるにとどめた。

「では、我々はこれで失礼いたします。このたびはまことに申し訳ありませんでした」

イタチの長はそう言ってもう一度頭を下げると山に帰っていった。

「さすが長は物わかりがいいな」

「そうですね。このお酒は弐号館の皆さんに届けましょう」

玉城の言葉にうなずいた伊織は手の空いている従業員を呼ぶと甕を弐号館まで運ばせた。


「長、どうしてあんなに下手に出たんです!?」

「狐はともかく、あんな人間にあそこまで頭を下げなくても」

湯屋の敷地を抜けて自分たちの縄張りに向かいながらイタチたちが長に言う。その声には批難の色が含まれていたが、長は一刻も早く湯屋から離れたいと言わんばかりに歩き続けた。

「馬鹿もん共が!狐なぞよりあの男のほうがよほど恐ろしいわ!!」

長の一喝にイタチたちは目を白黒させた。伊織の噂は色々聞くが、自分たちが騒ぎを起こしたときはいつも玉城が出てきていた。いくら陰陽師の末裔とはいえ、あんな優男に自分たちが負けるとは思えなかった。

「何でですか?確かに陰陽師の末裔だし鬼の血を引いてるかもしれませんが」

「あんな優男の何がそんなに恐ろしいんですか?」

イタチたちの言葉に長は頭を抱えたくなった。ことあるごとに伊織を怒らせるな、湯屋で騒ぎを起こすなと言ってきたが、若いイタチたちは何一つ理解してはいなかった。

「伊織の噂は全て本当だ!あれが本気になれば下級の妖など簡単に消し去られる!お前たちは危うく我ら一族を滅ぼすところだったのだぞ!」

長の言葉にイタチたちの表情が固まる。長はさらに語気を強めた。

「あれは先祖返りだ!陰陽師の血も鬼の血も濃い!さらに、あれの父親は鬼だという話もある!」

「そんな…」

血が薄まると同時に力も弱まったただの人間ではなく先祖返りだというだけでも衝撃だったが、伊織の父親が鬼だとなれば震え上がるしかなかった。イタチの化生が鬼に敵うはずはない。自分たちがどれほど無謀なことをしていたのか、若いイタチたちは今やっと理解した。


 その日の夜、伊織と玉城は少し欠け始めた月を眺めながら久しぶりに酒を飲んでいた。といっても湯屋が営業中なので仕事に差し障りのない程度。ザルを通り越してワクであるふたりにはお銚子1本など寝酒にもならない。たまに良い酒が手に入ったとき、ふたりはこうして酒を酌み交わしていた。

「イタチの酒はやはり美味いな」

「せっかくこんなに美味しいお酒を作るのですから、飲むときも行儀がいいといいんですけどね」

苦笑しながら杯を空けた伊織は玉城に酌をしてやった。

「にしてもイタチの長は相変わらずの怖がりようだったな」

「あの方は私の祖父や母の代から知っていますからね。私の噂も母の噂もご存知なんでしょう」

伊織がそう言って窓から月を眺める。玉城はそんな伊織の肩を優しく抱き寄せた。

「お前が何ものであろうと、俺はお前を愛しているよ」

「ありがとうございます」

玉城の胸に体を預け、伊織は嬉しそうに微笑んだ。

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