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第七話 狼の子供

 僕は木陰でおすわりをしている子狼に近づき、膝を折ってしゃがんだ。


「魔獣、じゃなさそうだな」


 僕が近くに居ても襲う素振りを見せず、ただ可愛らしく小首を傾げているので、恐らく神獣の眷属だろう。魔獣は本能に従って行動するため、人間である僕を視界に入れた途端に捕食しようと襲い掛かってくるから。

 手を伸ばして頭を撫でると、とても気持ちよさそうに目を細めて自分から僕の手に顔を擦り付けてくる。ふむ、とても人懐っこい性格のようだ。


「なにそれ」


 僕の傍にやってきたチルシーも子狼を見据え、疑問の声を上げた。


「見たことない子。何処から来たの?」

「答えれるわけ……いや、そうか。神獣なら人に姿を変えることができるし、言語を合わせることもできるのか」


 神獣の特殊能力とも言うべきか、彼ら彼女らは皆人の姿を取ることができるのだ。正確には人だけではなく、幾つかの姿に変身できるらしいけど、僕がこの島に来てからは人の姿を取ることが多くなったと言っていたな。それまでは、ほとんど本来の姿で過ごしていたらしい。

 人の姿になれることを期待して子狼をジッと見つめていたが、残念ながら子狼は小首を傾げるだけで何の反応も示さなかった。


「こっちの言葉はあんまり理解できていないみたいだな。しかし、この森を彷徨っているってことは、迷子か? こんなに小さいのに一匹でいるし、親とはぐれたのかもな」

「どうするの?」

「どうするって、そうだな……」


 子狼のつぶらな瞳をジッと凝視する。

 この森なら一人でいても死ぬことはないだろう。だけど、ここに一人で残すのは少々心が痛むしな……。

 しばらく悩んだ末、僕は立ち上がった。


「とりあえず、連れて行くか。この子もそうしてほしそうだし」

「ん~」


 喫茶店に連れて行けば、この子の親が何処にいるか探してもらえそうだし、それまではうちで預かることにしよう。しかし、何を食べさせればいいんだ? 狼だから基本は肉でいいと思うけど、どれだけ食べるのかわからないし……あ~、これも要相談だな。多分ロアムさんとかがその辺り詳しいだろうし。


「じゃ、行こうか」


 呼びかけると、子狼はワンッ! と大きな鳴き声を上げ、とことこと僕の後ろについてくる形で歩き始めた。


     ◇


「まずは泥を落とすか」


 帰宅後。

 僕は子狼の身体を洗うことにした。

 森で見た時はそこまで気にならなかったが、森を疾走していたためか、白銀の綺麗な毛並みにところどころ泥や土が見受けられる。このまま家の中や喫茶店に入れてしまうと、そこかしこに泥を落とされることになるからね。

 選択したばかりの新しいタオルを用意し、水の入った大きな桶を小屋の外に準備。幸いこの子は小さいので、すぐに洗い終わるだろう……と思ったのだが。


「こ、こら! 暴れるな!」


 大人しそうな見た目とは裏腹にかなりの駄々っ子らしく、桶の中に入るのを嫌がって暴れている。身体を捩り、足をばたつかせ、僕の服に爪を立てて必死に嫌々と駄々を捏ねる。おかげで、足について泥で僕の服も汚れてしまった。店を開く前に、風呂に入らないとな……。


「ほら、別に痛くないぞ」


 何とか子狼を服から引き剥がし、そのままゆっくりと水に足を着ける。着水直後は足をばたつかせていたが、段々と慣れてきたようで、次第に大人しく水に身体を沈めた。

 はぁ、やっと大人しくなったか。子供がお風呂を嫌がるのって、どんな動物でも同じなのか? 実際に子供をお風呂に入れたのはこの子が初めてなので、何とも言えないけど。

 泡立てた石鹸で白銀の体毛をわしゃわしゃと洗い、全身洗浄を終えた後、上から水を流して汚れと石鹸を一緒に落とす。その間、子狼は当初大暴れしていたとは思えないくらい、大人しく、ジッとしていた。最初の苦労を返してほしい。


「よし、終わったぞ」


 すっかり汚れも落ちて綺麗になったところで、子狼の小さな身体を抱き上げ、白いタオルで包む。と、子狼は頭をタオルに激しく擦り付け始めた。傍から見れば、暴れ狂って暴走しているように見える。そういえば、濡れた後の犬は皆、こんな行動を取っていたような気がする。それは狼も同じようだ。

 桶の水は後で流すとしよう。

 僕は家の中に入り、タオルで包まれた子狼を床に離す。見慣れない場所に終始視線を八方に散らしていた子狼だったが、危険な場所ではないと判断したらしく、再びタオルの上で暴れ始めた。元気なことで。

 あ、ちなみにチルシーは僕のベッドで熟睡中です。

 慣れない労働……卵を収穫するだけなんだけど、本人的には結構疲れたらしく、小さな寝息を立てているのでしばらくは起きないと思う。あと小一時間もすれば開店時間になるので、このまま家で寝かせておくのがいいかな。起きたら、きっと勝手に店に来るでしょう。


「さ、シャワー浴びるか」


 とりあえず、僕は身体中に着いた泥を落とさなければならない。このまま厨房に立って、料理に泥を混ぜるわけにはいかないし。

 未だにタオルと格闘している子狼を一瞥した後、僕は浴室に向かった。

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