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第四話 竜の女性

 笑顔で片手を上げて入店してきたのは、赤髪を後ろで一つに結った長身の女性──ロアムさんだった。

 彼女はそのままカウンターテーブルの方へと近づき、ミレアーナさんの隣に腰を下ろす。隣に座られたミレアーナさんは若干嫌そうにしているが、僕としてはそこに座ってくれてありがとうという気持ちになる。いつも怒られているし、今日もこってりと絞られてください。

よにしますか?」

「いつものステーキを貰えるかい? それと、赤ワインをおまかせで」

「ワインは陽が沈んでから出してるんですけど、特別ですよ?」

「ふふ、ありがとう。愛しているよ」

「はいはい」


 茶目っ気溢れるウインクに笑顔を返した後、僕は氷冷庫の中から事前に解凍してあった大きなブロック肉を取り出し、ギリギリ大皿に収まりきる程の大きさに切り分けて行った。ロアムさんは見た目は細いけど、種族的にもの凄い量を食べるので、多めに作らないと。特大サイズのステーキも、五枚は必要だな。

 ちょっと時間かかるし、先にワインとパンを出してしまおうか。


「ミレアーナは、私が来るとき大抵いるな。まさか、ずっとこの店に入り浸っているのか?」

「いや、そういうわけでは──」

「入り浸っているじゃないですか。嘘はいけませんよ」


 僕はロアムさんにワインとグラス、そして焼き立ての塩パンを差し出しながら、しれっと嘘を吐こうとしていたミレアーナさんに言う。ほぼ毎日、一日六時間以上は滞在しているのに入り浸っていないとか言わせないぞ。

 それを聞いたロアムさんは苦笑した。


「ありがとうドレ君。だ、そうだが?」

「うぐ……認めましょう」

「お? 今回は早いね」

「今日は僕に結構怒られましたからね。これ以上怒られたくはないんでしょう」


 グラスに注いだ赤ワインを飲むロアムさんの隣で、ミレアーナさんは頬杖をつきながら黙り込んで、拗ねてしまった。そんな顔をしても、全面的に悪いのは彼女なのだから、僕は一切慰めたりしません。


「あはは、既に絞られた後だったか」

「そういうわけです」

「私はドレ君がこんな風に成長して、悲しいです。お姉さん大好きって言ってたドレ君は何処に行ってしまったの?」

「そんな時期はありませんでしたからね」

「ドレ君は立派に成長したと思うよ? 私が婿に攫ってしまいたいくらいだ」


 香辛料を塗したステーキ肉を大きな鉄板で五枚同時に焼く。

 高温の鉄板で肉が焼ける音と食欲をそそる香りが鼻腔を擽ると同時に、カウンターテーブルに座っていたロアムさんの喉が鳴った。視線を向ければ、差し出した塩パンは既になくなっている。この短時間の間で食べたって言うのか……凄い。


「少し待ってくださいね」

「あぁ。勿論」


 とは言っているが、彼女の瞳は獲物を目の前にしたドラゴンのようにギラギラと輝いている。

 いや、ようにではなく、彼女は実際にドラゴンだったか。


「涎を拭きなよ……本当、ファイヤードレイクは食用旺盛だね」

「種族本能だからね。仕方ないさ。それに、ドレ君の料理はどれも食欲を刺激されるものばかりだ。今回はそこに、一ヵ月間まともなものを食べていなかったことも起因している」

「そういえば、見ない間何処で何をしていたんですか?」


 ロアムさんが最後に来たのは、今から丁度一ヵ月くらい前。確かにその時「しばらくは来れない」と言っていたけど、まさか一ヵ月も来ないとは思っていなかった。それ以前は、週に三日は立ち寄り、ステーキを食べていたからね。

 涎を拭ったロアムさんは、姿を消していた一ヵ月の間、何をしていたのかを話し始めた。


「神域と魔獣領域の境界線に出現したバジリスクを狩りに行っていたのさ。奴は野放しにしておくには危険な存在だからね」

「バジリスク……ってどんな魔獣なんですか? 名前的に、相当強そうですけど」


 残念ながら魔獣に関する知識はほとんどないので、説明を求める。すると意外なことに、僕の問いに答えたのはミレアーナさんだった。


「バジリスクは目を合わせた対象を石に変える蛇だよ。それは生物だけじゃなくて、樹木や水なども石に変化させてしまう。本来は魔獣領域の奥に引っ込んでいるんだけど……何かの拍子に出てきてしまったのかもね」

「恐ろしい魔獣なんですね……でも、ロアムさんがここにいるってことは……」

「勿論、無事に討伐することができたよ」


 首肯したロアムさんが続けようとしたところで、ステーキは全て絶妙な焼き加減を迎えたため、鉄板の上から救出し、五枚重ねた状態で皿に乗せた。


「はい、お待ちどうさまです。熱いのでお気をつけて……って、炎のドラゴンにはいらない台詞でしたね」

「ふふ、そうだね。早速いただくとするよ」


 目の前に差し出されたステーキを前に、ロアムさんは下で唇をなぞった後、フォークとナイフを器用に使って豪快にステーキにかぶりついた。見ていて気持ちいい程の喰いっぷりだね。


「あぁ、最高だよ。一ヵ月ぶりのドレ君の料理が全身に染みわたる。やはり、帰ってきたらご飯を作ってくれる人がいるのは、いいものだね」

「どうも──って早いな!!」


 既に五枚あったステーキの内、二枚は皿の上から消え、彼女のお腹の中に放り込まれてしまったらしい。凄まじい喰いっぷりだな。これ、五枚で足りたのかな……足りなかったら、また焼けばいっか。

 一旦肉を食べる手を止めて赤ワインに口をつけたロアムさんはふぅ、と一息ついた。一旦休憩らしい。


「足ります?」

「食べようと思えば幾らでも食べられるが、流石に後から来る人達に申し訳ないからね。本当はバジリスクの肉が提供できればよかったんだが……正直、あれは食べられたものではないからね」

「まさか、食べたの?」

「食への探求心からね」


 二人の反応から察するに、バジリスクの肉って本来食べるものじゃないらしい。でも、ロアムさんはそれを食べた、と。ちょっとどんな味だったのか気になるな。


「まずかったんですか?」

「まずいなんてものではなかった。竜化した状態だったが、口に入れた瞬間に悪臭が鼻腔を殴打し、強烈な吐き気と共に不快感から涙まで出る始末。舌に感じる味は、苦みのみを凝縮したと表現してもいい程だ。恐らく、あれらは全てバジリスクの全身に張り巡らされた毒のせいだろうね、あまりのまずさに、首だけ取って他は放置してきたよ」

「へぇ……」


 聞いているだけで気持ち悪くなってくる味だな……僕は一生、味わいたくないと思う。


「でも、首は持って来たんですか?」

「ああ、バジリスクは死んだ後でも石化の効力は持ち続けるんだ。何かに使えるかもしれないと思ってね」

「気持ち悪いし、捨てた方がいいと思うけど」

「貴重なバジリスクの首だ。捨てるなんてもったいないだろう」


 ロアムさんはそう反論し、残っていたステーキを切り分けながら食べ進める。

 確かに、狩猟の時にピンチを切り抜ける武器になるかもしれないしな。まぁ、見たいとは思わない。蛇とはいえ、生首を見るのは苦手だからね。

 と、僕はそこで不意に浮かんだ疑問を口にした。

 

「でも、一人で行くことはなかったんじゃないですか? 大勢で行けば、もっと早く倒せたかもしれないのに」


 狩猟は基本的に一人ではなく大人数で行うものだ。なのに、ロアムさんは今回一人で言った。何か理由でもあるのか? ドラゴンに一人というのは……あぁ、もういい。面倒くさいから一人っていう表現で。


「バジリスクは多数で狩るのに向いていないんだよ。複数で挑めば、確実に誰かは石になってしまう。それに、奴らは一度巣穴に入ると中々出てこない。だから、私は今回一ヵ月もここに来れないことになってしまったわけだ」

「なるほど……」

「まぁ、バジリスク討伐は終わったし、また以前のようにここに来られるがな」

「私は別に来なくてもいいと思うけど……」

「何か言ったか? ミレアーナ」

「何にもないですよ~」


 少し視線を鋭くしたロアムさんを何食わぬ顔であしらうミレアーナさんという構図も、もう見慣れたものだ。彼女たちは仲が良いのか悪いのか、よくわからない関係性だし。まぁ、じゃれ合っているだけだと思うけどね。


「じゃあ、ミレアーナさんが秘蔵のお酒を全て持ってきてくれるそうですから、近いうちにお帰りなさいということで酒盛りでもしますか」

「ちょ、ドレ君ッ!? 全部なんて言ってな──」

「面白い話だな。よく聞かせてほしい」


 青褪めたミレアーナさんには申し訳ない……とは思わないが、元々僕は貴女の秘蔵酒全て頂くつもりでしたので。

 僕はぎゃーぎゃーと大きな声で泣くミレアーナさんを慰めることなく、ロアムさんに事の経緯を話した。彼女が秘蔵酒を全て手放すことになった、いきさつを。


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