第三話 あくまで、カフェ店員
「うぅ……ドレ君が鬼畜に育ってしまった……私のお酒が……」
「まだ言ってるんですか」
一時間後。ケーキを作り終えた僕が氷冷庫の中に仕舞ったところで、ミレアーナさんの呟きが鼓膜を揺らした。かなり落ち込んでいるというか凹んでいるようだけど、全く同情する気にはなれないな。今までのツケが一気に返ってきただけなのだから、当然の結果だと思う。ま、随分とありがたい話だけどね。
「眷属の皆さんにツケのことばらされないだけ、マシだと思ってくださいよ」
「ま、それもそっか」
「立ち直り早いなおい」
ものの数秒でケロっとした表情に戻ったミレアーナさんは、既に冷めきった紅茶に口をつけた。全く、本当に子どもみたいだ。
「そういえば、眷属の皆さんは何処まで行っているんですか?」
「えっと……確か、魔獣領域の浅いところまでだった気がする。東側の」
「結構遠くまで行っているんですね」
一体何を狩るつもりなのかはわからないけど、いい獲物を持って帰ってきてくれたら嬉しい。
神獣が暮らすカレウス大陸は、中央線を境にして二つの領域に分かれている。
一つはこの喫茶店があり、数々の神獣や精霊が暮らす神域。
もう一つは、超危険な魔獣が蔓延る魔獣領域。
神獣と魔獣は古くから対立している種族らしく、高い知性を有する神獣に対し、魔獣は生物としての本能でのみ行動する。会話は全く成立せず、遭遇すれば殺すか殺されるかしか道はない。
で、奴らがこちらの領域に侵入してこないよう、時折間引きと呼ばれる狩りが行われるのだ。
「魔獣の肉は凄く美味しいですけど、確か数を減らしすぎるのもよくないんでしたよね?」
「そうだよ。丁度大陸を二分して、増えすぎた数を減らしていくっていうくらいが丁度いいんだ。絶滅させる必要は、何処にもないし。捕りすぎは厳禁。お肉が食べたかったら、神域の森に群生している肉の花を取ればいいし」
この島は肉を得るために、必ずしも生物を殺さなければならないわけではないのだ。肉の花弁を咲かせる花や、卵の果実を咲かせる木なども群生している。人間の世界にはない植物があるからこその神域、とも言える。
と、ミレアーナさんがふと僕に問うた。
「前から思ってたんだけど、ドレ君って狩猟に行かないの?」
「行きませんよ。僕が狩猟に行ってしまったら、この喫茶店は定休日以外に休むことになりますよ? それに、狩りに使う労働力は足りているはずですから」
神域に住む神獣や精霊の大半が狩猟に参加できるだけの力があるんだ。態々僕が行く必要はないし、ここで店番をしている方がよっぽど皆の役に立てる。
というか、伝説の島に住んでいる魔獣となんかやり合いたくない。
「僕は生身の人間ですし、ここで皆が帰ってくるのを待っている方が役に立つでしょう? 酒やら料理を用意して」
「まぁ、そうかもしれないけど……」
「それに、僕はここで皆が笑って、一日にあった話を聞いているのが好きですから」
「かっこつけちゃってぇ~」
僕はそれを澄まし顔で流す。
実際、皆の話を聞いているのは面白いし、好きだからね。
「けど、個人的にはドレ君が狩猟に参加してくれると、結構助かるんだけど」
「? なんでですか」
「だってドレ君、強いじゃん」
今度は僕が目を逸らす番だった。
「あれ、あんまり使いたくないんですよ」
「どうして?」
「自分で言うのもあれですけど、使っている最中って性格が凄い変わりますし。あの姿をあんまり人に見られたくないと言いますか……」
なんて答えればいいのかわからないけど、とにかく僕は狩猟に参加するつもりはない。
確かに、僕が持つ力を使えば魔獣なんて敵ではない。けど、それで他の神獣や精霊の仕事を奪うのは、僕の望むことではない。それに、事前に釘を刺されているのだ。「お前は緊急時以外は狩猟に参加するな」ってね。いかん、心の古傷が……。
「私は格好いいと思うけどね、乱暴なドレ君」
「恥ずかしいんですよ。あんなに凶暴になって……僕はあくまで、ここの店主ですから。戦いなんて似合わないんです」
「そうかなぁ」
「そうです」
これだけは何と言われようとも、変えるつもりはない。
「ま、ドレ君がそういうなら無理強いはしないよ。ただ、最近魔獣の量が増えてるのも事実だから、一応聞いてみただけ。それに、お願いされたら行ってくれるんでしょ?」
「それだけ危機的状況なら行きますけど……そんな時は滅多に来ないでしょ。皆、人間の住む世界に行ったら恐れられるくらい強いですから」
「仮にも神獣、精霊だからね。ひよっこの人間には負けないよ~」
冷めた紅茶を飲み干したミレアーナさんはカラカラと笑い、ソーサーの上にカップを戻した。
顔色を見るに、どうやら二日酔いはかなりマシになったみたいだな。今後は翌日に残らないように、適度な飲酒を心掛けてほしい……って言い続けて二年以上経過したので、きっとこの先も直らないのだろう。まぁ精霊だし、酒で死ぬことはないと思うけど。
懐中時計を確認すると、時刻は午後四時を回ったところだった。
あと一時間もすれば狩猟から戻ってきた人が沢山入ってくるので、そろそろ肉や魚などの仕込みに入らないと。
「もう少ししたら人がたくさん来ると思うので、ミレアーナはそろそろ帰ってくださいね」
「はいはい。もう、冷たいんだから──」
と、そこで来客を告げる鐘が鳴り、入り口扉がゆっくりと開かれた。
いらっしゃいませ、と声を上げながら僕はそちらを見て、入店して来た人影に目を丸くした。
「ロアムさん。久しぶりですね」
「久しぶりだね、ドレ君。今、店はやってるかな?」