表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/12

第ニ話 我儘ウンディーネ

 僕がこの伝説の浮遊島──カレウス島に来たのは、今からおよそ三年前の夏。

 当時十四歳だった僕は街で低ランク冒険者として、低位の魔獣を倒したり、依頼された薬草などの素材を採集する生活を送っていた。

 ある日、僕はいつものように素材採集の依頼を受けて森の中に入り、偶然見つけた洞穴の中に入ったんだ。その日はとても暑い日だったから、洞窟の中で少し休もうと思ってね。

 で、中に入ってすぐ、洞窟の壁に奇妙な壁画が描かれていることに気が付いた。好奇心を掻き立てられた僕は何処までも続く壁画を辿って洞窟の奥へと進み……僕も知らない内に意識を失い、目が覚めたらこの島にいた、というわけ。

 三年が経過した今でも、どうしてこの島に着いたのかは全くわからない。けど、この島で僕は多くの人……じゃなかった。精霊や神獣に助けられて、今に至る。

 いやぁ、最初はびっくりしたね。神話とか伝承でしか聞いたことがない伝説の種族が沢山住んでいたんだから。最初の一ヵ月は、これは夢なんじゃないかと本気で疑って、何度も頬を抓ったり木に頭を打ち付けたりしていたよ。今ではもう、彼らがいることが日常になってしまったけどね。


「で、今日はいつまでいるつもりですか?」


 午後三時。

 僕は冒険者時代から愛用している懐中時計を確認し、二杯目の紅茶と甘いケーキに舌鼓を打っているミレアーナさんにジト目を向けて問うた。

 まだいるんだよ、このウンディーネ。彼女がここに来てから既に三時間近くが経過しているというのに、あろうことか氷冷庫の中に冷やしてあったケーキを勝手に持ってきて、わが物顔で食べているのである。決めた、彼女が滞納している二年分のツケは眷属たちに支払ってもらうことにしよう。


「あー、美味しい」

「質問、無視しないで貰えますか?」

「無視なんてしてないよ? ただ、今はケーキを堪能していただけでさ。そうだね……日没までには帰るよ」

「長ぇなおい」


 つまり、あと三時間近くこの店にいる、ということか。

 今日は比較的お客が少なかったとはいえ、流石に一つの席を数時間も占拠されるのは迷惑でしかない。しかも、お代を払ってもらえないからなおのこと。

 と、ミレアーナさんは「そういえば」と口を切った。


「さっきから店を出て行く人たち、皆お代を払っていなかったけど?」

「はい。それが何か?」

「私にお代を請求するのに、あの人たちにはいいわけぇ~?」


 ムスッとした表情で僕に苦言を呈する。

 僕は暫し彼女を凝視し、やがて溜息を吐いた。全く、一体何年この喫茶店に通っているんだか。うちの料金システムをちゃんと理解してほしい。


「うちの喫茶店は、基本的にはお代を取りませんよ。その代わり、ここを利用した人には食材や香辛料、お酒などを持ってきてもらっているんです。皆いい人ですから、ここを使った日から一週間以内に、色々と持ってきてくれるんですよ。貴女以外はね!!」

「う……」


 流石に自分一人だけ無償で使わせてもらっていることに罪悪感を覚えたのか、ミレアーナさんはわざとらしく視線を逸らした。

 よし、追い撃ちだな。


「ミレアーナさん、自分がどれだけ図々しいことをしているのか、理解できましたか? 皆が頑張って狩猟に行き、分けてくれた獲物を我が物顔で貪り食っている罪深さを」

「ぐ……っ、こ、今度眷属に持って来させて──」

「貴女の眷属さんたちはワインやらラム酒やら、お酒類を沢山持ってきてくれていますよ? 流石、水の精霊たちですね」


 追い詰められたミレアーナさんはついには言葉も出なくなった様子。


「ちなみにそのケーキ、既に出す相手が決まっていて僕が昨日の内に作ったものなんですよ。ミレアーナさんが食べてしまって数が足りなくなったので、僕は今急いで作っているんです」

「ご、ごめんなさいぃぃぃぃ」


 ついに頭を下げたウンディーネの長。

 全く、何百年何千年と生きているのに、とても大長老には思えないな。容姿は年上の綺麗な女性だが、子供相手をしているように思える。

 僕はボウルの中で生クリームをシャカシャカと泡立てながら、ミレアーナさんにお小言を落とした。


「いいですか? ここを利用したのなら、少なくてもいいので対価を払う。キッチンには僕しか入っちゃダメなので、勝手に入らない。迷惑をかけたら、誰であろうと素直に謝る。わかりましたか?」

「はい……お父さん」

「こんな世話のかかる大きな娘はいりません」


 十七で父親になる気もない。

 三年前の僕、見ているか? 未来の君は喫茶店で生クリームを泡立てながら、大精霊説教をするようになっているぞ。あの頃からすれば信じられないだろうな。大精霊とか神獣って、もっと凄くて近寄りがたい存在だと思っていたし。今では友達みたいな感覚で接しているけど。


「まぁ、いいです……あ、そうだ」


 僕は頭に浮かんだことを、ミレアーナさんに尋ねた。


「ミレアーナさんは仮にも大精霊で、一族の長ですよね? しかも、酒を造ることができるウンディーネ族の」

「え? う、うん。そうだけど……」

「ということは、普段は滅多に飲むことができない良いお酒も、沢山持っているはず、ですよね?」


 僕が何を要求するつもりなのかを理解した彼女は、目尻に涙を浮かべ、怯えた様子で後ずさった。

 駄目、逃がしません。


「そ、それだけは勘弁して……あのお酒たちは、造るのに何年もかかっているの。飲むときは、同じくらいお酒を我慢した時って、決めているの……」

「いいですね。何年もツケを払っていないんですから、それくらいは貰わないと割に合いません。ウンディーネの長が秘蔵しているお酒ですから、皆喜びますね」

「……絶対に渡さな──」

「なら、眷属の皆さんに持ってきてもらうようにお願いします。どっちがいいですか?」


 勝った。

 ミレアーナさんは眷属の皆さんから、これ以上僕に迷惑をかけるなら、本当に三日三晩眠らない狩りに連れて行くと言われているのだ。実質的に、彼女に残された選択肢は一つ。ここで駄々を捏ねれば、秘蔵酒を失うだけではなく、狩りにも連れ出されるのだ。

 長い長い葛藤の末、ウンディーネの長はがっくりと首を垂れた。


「……鬼畜」

「正当な対価を要求しただけですよ♪」


 酒が入ったら、皆で酒盛りだな。

 そんなことを考えながら、僕は泡だて器を回す手を速めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ