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第十一話 半人半馬の研究者

 ミルが喫茶店に来てから、数日が経過した。

 彼女は小さな身体と愛くるしい目で来店客を魅了し、散々可愛がられ、今ではすっかり店の看板犬のような存在になっていた。日がな一日店の中でゴロゴロと寝転がり、時折外に出ては裏の草原を走り回り、疲れたら僕の頭の上で器用に眠ってしまう。どれだけ身体をゆすっても、姿勢を変えようとも絶対に落ちない。凄いな。

 色んな神獣や精霊に愛されて身体を撫で回されているけれど、何故か抱きかかえられるのは僕以外は許さないらしい。以前ミレアーナさんがミルを抱っこしようとして手を伸ばしたところ、凄い勢いで吠え噛みついてしまった。彼女は水の精霊なので、肌を傷つけられても液体になるだけなんだけど……悲しそうにしていた。身体の痛みはなくとも、心に痛みを覚えたらしい

 なんで僕にしか許さないのかは、よくわからない。多分、保護したのは僕だし、僕を親と同じように思っているんだろう。ロアムさんの話を聞く限り、この島にミルの親はいなさそうだし。

 本島に、何処から来たのやら……。


「こ~ら、いたずらしない」


 お客がいなくなった昼下がり。

 床を走り回っていたミルが掃除用のモップに手を伸ばし始めたので、僕は彼女を抱きかかえて瓶から遠ざける。と、ミルは不満そうな唸り声を上げたあと、不貞腐れたように椅子の上に降りて丸くなった。そんなに不機嫌そうにしても、モップを玩具にしていいなんて言わないからな。倒れて身体に当たったら、大変だし。

 眠り始めたミルから目を離し、僕は一休みを含めて椅子に腰を下ろして目を閉じた。

 客のいない店内は、とても静かだ。聞こえてくるのは窓から入り込む微風の音と、外の水車が奏でる水音のみ。改めて、この喫茶店が自然の中にぽつんとあるんだ、ということを実感する。今日は珍しくロアムさんもミレアーナさんもいないので、この心地よい空間が実現できているというわけだ。

 話し相手がいるのは楽しいけれど、偶にはこうして一人になる時間も欲しくなる。

 

「……」


 一体どれくらいそうしていただろう。

 半分眠りの世界に入りそうになっていた僕は、不意に鼓膜を揺らした来店を告げる鐘の音に反応し、一気に意識を覚醒させた。


「あ、いらっしゃいま──」


 慌てて立ち上がり、来店客の方を向いて挨拶をしようとし、僕はその客を見て思わず言葉を止めた。

 カウンターに近づいてくるのは、一人の男性だった。

 所々破れたボロボロの白衣を身に纏った黒縁メガネ。目元には濃い隈が形成されており、痩せすぎのため腕は骨が浮き出て見える。そして……彼は下半身である馬の四本脚でパカパカと足音を立てながら、僕の元までやってきた。

 あぁ、うん。相変わらずのようだね。


「また研究漬けだったんですか? ローンさん」

「いやぁ、恥ずかしながら、ほとんど食事も取らずに研究に明け暮れてしまったのだよ。食料の調達にも行っていなかったので、こちらに寄らせてもらった。何か、すぐに食べられるものはないかね?」


 下半身が馬なので席に座れないローンさんは、その場で膝を折って僕が差し出した水の入ったグラスを手に取った。

 彼は時々ここを利用する、半人半馬の種族であるケンタウルスの研究者、ローンさんだ。もの凄く頭がよくて狩猟もできる種族なんだけど、彼はなんというか変わり者で、ほとんどの時間を興味を持ったことの研究に費やしている。食事と睡眠を取ることすら忘れて研究に没頭し、気が付いた時には餓死寸前のフラフラな状態でここにやってくるのだ。

 なので、ローンさんがここにやってくる=死にかけという風に僕は認識しているよ。


「丁度かぼちゃのポタージュを作ってあるので、それでいいですか? あと、すぐに作れるものを幾つか出しますので」

「すまないね。いやぁ、ドレ君がいなければ某は今頃死んでいただろうね」

「本気でそう思ってしまいますね」


 寧ろ僕がこの島に来る以前はどうやって生き永らえていたんだろう。流石に食料を研究室に備蓄していたのか……もしかして、僕がいるから備蓄しなくてもいいや、って考えになったのではないだろうか。いや、そうでないと信じよう。

 まだ十分に温かいポタージュを器に盛りつけ、スプーンと一緒に差し出す。


「先にそれを食べていてくださいね」

「あぁ、ありがとう」


 湯気の立つポタージュをスプーンで掬い、口に運んだローンさんはしばらく味を堪能して飲み込み、ぐっと両手の拳を握った。


「おおぉぉ……生き返るよ。全身の細胞が歓喜の咆哮を上げ、某を一段階上の生物へと進化させるようだ」

「僕の料理を進化材料にしないでくださいよ」

「冗談だよ。いやしかし、四日ぶりのドレ君の食事は素晴らしいね。この味を再び味わうために、某はまた四日間断食してもいいかもしれない」

「身体を壊すことを積極的にやろうとしないでください!」


もうやめようかな、この人に食事出すの。これ完全に僕がいるから自分で食事を準備しなくても生きていられる! っていう思考になってるよね? 流石に食を僕に依存してほしくない。しかも、ひげもじゃのおじさんには。僕の好みドストライクの女の子だったら、考えてあげなくもない

 薄くスライスした肉と野菜をパンに挟み込み、簡単なサンドイッチを手早く作って追加でカウンターに置く。味よりも胃の中に食べ物を入れたいって感じだし、パンは焼かなくていいだろう。


「とりあえず、これだけあれば満腹になりますか?」

「あぁ、十分だよ」


 両手にサンドイッチを持って夢中で頬張る姿は、飢餓状態で救出された冒険者に近しいものを感じる。何だか、この島に住んでいる神獣や精霊は何処か抜けている人が多い気がするな。


「で、今回はどんな研究をしていたんですか? フラフラになるまで熱中していたなんて……」

「んぐ、いつも通り……某が興味を持った分野についてだよ。今回は……ロック鳥の雛が好んで食べる動物についてだ」


 また妙な研究を……。

 ロック鳥というのは確か、巨大で鋭い爪を持つ白い鳥だったかな。鋭い爪で上空から獲物を鷲掴みにして貪り食うという神獣。確か、鳥の神獣は皆、神鳥フレスヴェルグの眷属なんだっけ。その神鳥も、今はこの世界にいないらしい。ただ、眷属が多くの子孫を残したから、今でも鳥の神獣は存在しているんだとか。ミルと同じ狼の神獣の中にも子孫を残した者は多くいたけど、残念ながら数千年前に消え去ったとか。いなくなった理由や原因は、誰もわからないらしい。


「また、なんでそんなことに興味を持ったんですか?」

「単なる知的探求心さ。彼らは毒耐性が強く、大抵の生き物は食べてしまえる。そんな彼らが好む食料は、一体何なのかとね」

「また、話が長くなりそうですね」

「研究の話が短く終わることなど、今後一生ないだろう。だが、その話の前に──」


 ローンさんは椅子で丸くなって眠っているミルに視線を移した。


「非常に興味深い神獣だね。まさか、氷雪狼王フェンリルの眷属がこんなところにいるとは」

「──」


 彼の言葉を聞いて、僕は心臓が一度大きく跳ねるのを感じた。

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