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第十話 名前を

「そういえば、眷属とかって言っていましたけど……」


 ミレアーナさんが甘いカフェオレに表情をだらしなく弛緩させている横で、僕は自分で飲む分のコーヒーをカップに注ぎながら訪ねた。


「ロアムさんは誰かの眷属なんでしたっけ?」

「あぁ、そうだよ」

「ドラゴン……ファイヤードレイクの主になる神獣って、相当大きいですよね?」


 以前聞いた話によると、神獣の中でも眷属を持つ強大な種は、眷属とは比べ物にならない程の力を有しているらしい。今は人の姿をしているロアムさんも、ファイヤードレイクの姿になればとてつもない大きさになるんだ。それこそ、この喫茶店よりも大きいくらいに。

 危険度の高い魔獣を一人で狩ってしまう程の強さを持つロアムさんよりも強いとなれば、凄い大きさになるんだろうなぁ。

 ロアムさんは「そういえば」と呟いてから僕に問うた。


「ドレ君には、私の主のことを話したことはなかったかい?」

「ロアムさん自身が眷属だっていうのは聞いたことありましたけど、主の話はないですね」

「そうだったか……私、というよりも、竜種の主は全員同じなんだけど」


 そう前置きしてから、ロアムさんは語り始めた。


「神竜リントヴルム様が、空を舞う竜種全ての主だよ。体長は、そうだな……ざっと私の三倍はあると思う。蒼い炎を吹き、鋼を軽々と握り潰す剛力を持ち、天を舞う速度は限定的ではあるけど、音にまで匹敵する。まさに最強の竜だよ」

「ほとんど化け物じゃないですか……流石は、竜の神獣の長と言ったところですかね」


 反則が過ぎる。大きさだけでも勝てないのに、そこに炎や高速移動が加わったら、人間では到底太刀打ちすることができないよ。最高ランクの冒険者パーティーでも、敵対した瞬間全滅だろうね。


「でも、僕はリントヴルムさん? を見たことないですよ」

「主はここ数年、島に帰っていないよ。当初は人間の住む世界を見てくる、と言い残して島を出て行ったんだけど、最後に島に帰ってきた時に近況を聞いてね。今は人間の世界に溶け込んで、冒険者とかいうものをやっているらしい」

「最強の神獣が冒険者ですか? それはもう、反則を通り越している気が……」

「詳しいことは教えてもらなかったけどね」


 あはは、と軽く笑うロアムさんだが、僕は驚きというよりも呆れが強い。

 多分だけど、その人はもう既に最高のランクのSランクに到達しているんじゃないかな? 人の姿になると本来の半分程度の力しか出せないらしいけど、それでも神獣の五割と言ったら、人間からすれば十分化け物。この島の外にいる魔獣なんて、指で弾くだけで終わりだよ。


「今は何処で何をしているのやら。久しぶりに、会いたいなぁ」

「神獣が冒険者で最高ランク……なんかもう、頭がパンクしそうですよ」

「最高ランクかどうかはわからないよ? 私はこの島の外に出たことがないから、人間がどれだけ強いのかわからないし。あぁでも……出会った当初の君のことを考えたら、あんまり強くないのかな?」

「人間なんて、神獣の前ではちっぽけな存在でしかないですよ」


 確かに人間にも、武器や魔法と言った対抗手段はあるのかもしれない。だけど、はっきり言ってそれらは神獣を前にすれば児戯以下だ。僕も冒険者の時は剣を振るって魔獣を倒していたけど、大半は低ランクの雑魚ばかりだったし。

 そこで、カフェオレに夢中になっていたミレアーナさんが話に割り込んだ。


「ま、今のドレ君が人間界に戻ったら、とんでもないことになりそうだけどねぇ」

「そうだね。今のドレ君は神獣に引けを取らない強さを持っているわけだし……もしかしたら、冒険者とやらで頂点を目指せるかもよ?」

「やりませんよ、面倒くさい。それに、ストレスもない快適な環境を捨てられるわけないじゃないですか。僕はここでのんびりしていたいです」


 あぁ、でも……僕にもあったなぁ。Sランクの冒険者になろうとしていた時代が、最近まで。きっかけは忘れもしない、金に輝くかっこいい、あの冒険者の女性に助けてもらったことだ。彼女の名前は知らないけど、きっと只者じゃない。今頃、あの人はどうしているのかな。まだ、冒険者として活躍しているのだろうか……。


「ドレ君? どうしたの?」

「遠い目をしているよ。故郷が寂しくなったのかい?」

「いや、そういうわけじゃないです。ただ、昔会った人のことを思い出していたんです。まぁ、もう二度と会うことはないでしょうけど」

「友人かい?」

「いえ、名前も知らない命の恩人です」


 いつかお礼を言いたいなと思っていたけど……無理だろうね。僕はこの島から出るつもりがないから。……何だか、ひきこもりみたいだな。


「まぁ、ドレ君の恩人の話はよしとして……名前はどうするの?」

「名前? 何の?」

「勿論、頭の上に乗って眠っている子の、だよ。いつまでも子狼では可哀そうだろう」


 いつの間にか僕の頭の上で眠っていた子狼は「呼んだ?」とでも言うようにうっすらと目を開く。お腹いっぱいになって眠くなったらしい。後で寝床も作ってあげないと。


「そうですね……そもそも、この子の性別は──」

「女の子だね」

「よくわかりましたね」

「同じ眷属だし、当然さ。主が何なのかは、まだわからないけれど」

「その内わかるでしょ。それで? 命名権は拾って来たドレ君にあるよ?」

「うぅん、急に言われても……」


 パッと候補は浮かばない。

 そもそも物を含めて何かに名前を付けたことがないから、よくわからないんだよね。女の子らしくて、それでいて親近感の湧くものか……。


「…………………………………………」

「悩むね……」

「別にそこまで気負わなくても、簡単につけていいと思うよ」

「そうだなぁ」


 長考を続けていた時、ふと僕の目にミレアーナさんが使ったミルクピッチャーが留まった。


「……ミルでいいんじゃないですかね?」

「ほぉ。その由来は?」

「そこのミルクピッチャーが目に入ったので」


 指をさすと、二人は一瞬きょとんとした顔を作り、やがて笑った。


「あははは、なんか、ドレ君っぽいね。適当というか」

「いやでも、いいんじゃないかな? 親しみやすいし」

「じゃあま、そういうことで」


 僕は頭の上で目を閉じている子狼──ミルの頭を軽く撫で着けた。


「よろしくね、ミル」



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