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第一話 昼下がりの喫茶店

気ままなスローライフです。気楽に読んでいただけると幸いです。

 アンティークな雰囲気が漂う、昼下がりのカフェにて。


「今日はいつもよりも早いですね、ミレアーナさん」


 この店の店主であり唯一の店員でもある僕はコーヒーミルで豆を挽きながら、カウンターテーブルに突っ伏している一人の女性──常連であるミレアーナさんに声をかけた。

 淡い水色を含んだ長い髪に、染み一つない白く美しい肌が特徴的で、今は伏せられている目は蒼玉のような

輝きを放っている。お世辞を抜きにしても彼女は美しい女性なのだが、残念ながら普段の言動やら振る舞いを見る限り、恋愛対象にはならないね。

 彼女は僕が話しかけてから数秒の間を空け、机に突っ伏していた上半身を起こした。

 その顔は……あぁ、完璧に二日酔いの顔だね。


「昨日は遅くまで眷属たちと盛り上がっちゃってね……調子に乗って飲み過ぎて気が付いたら、もうお昼過ぎだったの」

「飲み明かしたということですか。それで、眷属の皆さんは?」

「今日は狩猟の加勢に行くって言ってたから、多分それに行ったんだと思う。目が覚めたら周りに誰もいなくて、酷いと思わない? 誰も私を起こしてくれなかったんだよ?」

「別に酷いとは思いませんよ」

「もう! ドレ君も酷い!」


 ぷんすかと頬を膨らませながら、ミレアーナさんは怒りの感情を露わにする。

 実際に僕は現場にいたわけじゃないからわからないけど、多分彼女の眷属さんたちは、最大限起こす努力をしたんじゃないかな。けど、ミレアーナさんは一度眠ったら中々起きないことで有名な程の爆睡家なので……最終的には諦めて、彼女を置いて狩猟に向かったんだと思う。

 いや、この人の眠りは本当に深いよ? このカフェは夜になるとバーになるんだけど、閉店時間を過ぎても眠っていて、残っていたお客さん全員で起こそうと頑張ったけど全く起きなかったくらいなんだから。結局その日は毛布だけ掛けて、店で寝かせたっけな……迷惑だった。

 僕は挽き終えた豆を保存用の瓶に詰め、後方の棚に置かれていたティーポットと茶葉の入った瓶を手に取った。


「それで、誰もいなくて寂しくなってここに来たんですか?」

「そうだよ。ふふ、ここに来たら、ドレ君が喜ぶかな~、って思って」

「別に喜んでないので帰ってもらって構いませんよ?」

「ドレぐぅぅぅぅんぅぅ」

「冗談ですから店内に余計なBGMを増やさないでください。うちの店は水車が奏でる水音が心を安らげるんですから。紅茶、飲みますか??」

「……飲む」


 事前に沸かしていたお湯を茶葉の入ったティーポットの中に注ぎ、二~三分程蒸らす。

 十分に茶葉の旨味や風味を抽出できたところで、琥珀色に染まった良い香りの漂う液体をカップに注いだ。僕自ら茶葉を混ぜ合わせたオリジナルブレンドティーで、ミレアーナさんは好んでこの紅茶を飲んでいる。効能は、二日酔いを早く治す。


「はい、どうぞ」

「ありがと~」


 嬉しそうにカップを受け取ったミレアーナさんは香りを十分に楽しんだ後、カップに口をつけて中の液体を啜った。


「はぁぁぁぁぁぁ、落ち着くぅぅぅぅ」

「うるさいなぁ……紅茶はもっと静かに飲むものですよ」

「全身と心と肝臓に染み渡る高揚感は言葉にしないと駄目なんだよぉ。ま、お子様にはわからないか!」

「二日酔いで撃沈する大人にはなりたくないなぁ。あと、僕は十七なので。もう結構大人に近づいているので!」


 確かに、もう何年生きているのかわからないミレアーナさんからすればまだまだ子供だと思うけどさ。でも、僕だってもうそれなりに大人なんです。


「あぁ、ミレアーナさんの相手って本当に疲れるな。この店出禁にしてもいいですか?」

「駄目だよ!? 私の憩いの場を奪わないでよ!!」

「ここは皆の憩いの場です。あと、いい加減滞納しているツケを払ってください」

「え、えっと……」


 わざとらしく視線を泳がせたミレアーナさんは「あ!」と何かを思いついたように声を上げ、服をずらして肩を曝け出した。


「じゃあ、身体で払うって言うのは、どう?」

「……フッ」


 僕は鼻で笑った。


「なんでそんな嘲笑するの!? 獣欲に塗れた十代からすれば、私の身体って結構ごちそうだと思うんだけど!!」

「容姿だけで決まると思ったら大間違いですよ。近寄ったら酒臭い女の人に欲情すると思ったら大間違いです。あと、いい加減にしないとツケのこと眷属の皆さんにばらしますよ?」

「それだけは勘弁してッ! 三日三晩徹夜で働かされちゃうからッ!」

「いっそ働いた方がいいんじゃないですか? こんなにぐーたらしているのが──水の大精霊ウンディーネの長なのは、結構問題だと思うので」


 言って、僕はミレアーナさんが背中に携えた一対の透明な蝶の羽を指さした。


「一族の長が持つその羽は飾りですか? 眷属にばかり働かせてないで、自らも労働の苦しみと喜びを体感すべきです。いい加減働きなさい!」

「なんでそんなお母さんみたいなことを言うの……あ~、そう言われると急にやる気が出なくなっちゃったなぁ~」


 ミレアーナさんは再び机に突っ伏し、意地でも動きそうになくなった。

 もう、駄目だこの人。一族の長は交代した方がいいかもしれないな。

 なんてことを思いながら、僕は店の入口扉が開かれるベルの音を聞き、そちらに向かって「いらっしゃいませ」と挨拶をした。


 ここは喫茶店──セラフィア

 一見すれば一般的な普通の喫茶店と変わらない普通の店だが、唯一違うのは、ここを訪れるお客さんは全員人間ではないということ。

 伝承に出てくる大精霊や神獣など、伝説の種族が多く来店し、安らかなひと時を過ごしていく。

 え? どうして人間ではない種族しか利用しないのかって? 

 それはまぁ──この喫茶店は、伝説の生物が集う浮遊島にあるからさ。

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