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第2話 戻ってきた。かに見えた日常

あの色々と衝撃的な体験をした次の日の木曜日の朝8時少し前。教室に入ると瀬上が一人で机に向かい自習をしていた。相変わらずえらいなぁ。

「おう瀬上。おはよう」

「……えーっと、修司のそっくりさん?」

「いやいやいや。どっからどう見ても本人だって」

「しゅ、修司!?あんたなんでこんな早くから学校にいるの!?」

「失礼な。つっても30分くらいだろ?俺だってたまにゃ早起きするよ」

実は昨日誘拐されまして、それがなんか訳ありのクラスメートで頭がごちゃごちゃして寝つきが悪かったんだよあははははーとは言えるはずもなく無難に返す。

「あー私、今日きっと厄日ね」

「人を黒猫やカラスみたいに言うなよ」

ほんと失礼な奴だなぁと、俺はため息をつきながら自分の席に着く。

「ん?何かいつもより元気なくない?」

「別にそんなことないけど。まあ朝だからテンションも上がってないのかもな」

「……ふーん」

大きな目を細めてこちらを見透かすようにこちらを見る瀬上。うわぁ、明らかに疑われてるよ。まあ確かに人より朝が弱い自覚があるだけに強く否定できないのがつらい。

「ところで瀬上、朝練は?雄馬はもう行っているんだろ?」

とっさに話題を変えようとしたわりには自然な話をふれた。そう、このカップルは毎朝お互いの朝練の為いっしょに登校してたりする。……なんかむかつくので後で雄馬のペンケースの中のシャ-シンを抜いておこう。

「ええ。雄馬は今度の団体戦でメンバーに選ばれたんだって。私の方はたまたま休みだったの」

「1年でレギュラーって。流石というか、憎たらしいというか」

肩をすくめながら言う瀬上に答える。あの馬鹿とケンカしたら大抵負けるし、中学でも良い結果を残していたからなかなかの腕前だとは知っていたが、まさかいきなりメンバー入りとは。本来なら先輩方から妬まれたりもしそうなものだが、あいつは人付き合いがうまいからそんなこともないだろう。

「ま、あいつにはそれしかとりえないしねぇ」

顔を背けながら言う瀬上。

「おっ?彼氏褒められて照れてんの?」

珍しく瀬上をいじれるネタを見つけて俺のテンションが思わず上がる。

「ねぇ知ってる?雄馬から聞いたんだけど、手刀って相手の目を擦って視力を奪うパターンもあるらしいのよねぇ」

「いやー!俺は綺麗な瀬上をずっと見ていたいから遠慮しとこうかなぁ!」

そして速攻後悔した。

「ふふっ。ありがと」

やばい。一瞬般若が見えた。こんな瀬上と付き合えるとは、雄馬はやっぱり凄い奴かもしれない。俺の中でのあいつの評価をほんの少しだけ上げてやろう。

『ガラガラガラ』

俺が(不覚にも)雄馬を見直していたとき、誰かが入って来た。

「あっ、お、おはよー」

「……」

こりゃまた珍しく瀬上が挨拶で噛んだ。まあ俺以上に予想外の奴が登場したから仕方がないのだろうが。そしてその人物はチラッと一瞥して自分の席へ座る。と、思ったが途中で止まる。俺達が何だ?と顔を見合わせていると

「……ょうございます」

とても小さく頭の部分が聞き取れなかったが、こちらを向いて確かにそう呟いた。そして席に戻って、いつものように外を眺め始めた。

(い、今の挨拶だよね?)

瀬上がアイコンタクトで話かけてくる。

(ああ、そうだろうな)

(それ以前に、橘さんが30分前どころか遅刻しないで来たことあったっけ?)

(……いや、俺の記憶ではないな)

(やっぱ私今日厄日だわ)

(お前ほんと失礼だな)

この間、かかった時間は1秒。長年の付き合いは伊達じゃない。横で「冗談でしょう?」と笑いかける瀬上を横目に、橘さんを見る。俺は宣言通りに橘さんが来たことに何故か戸惑いながらも思い返していた昨日の出来事。その事に少し胸がざわつくのを自覚する。

『パシャッ』

そんなアンニュイな気分に浸っていた俺が、急に聞こえた電子音で我に戻る。すると、何故か瀬上が俺とのツーショット写メを撮っていた。それだけならまだよかったのだけど、ちょっと見逃せないことが。それはお互いの顔と顔の距離およそ5センチだったりすることだ。

「うおっ、な、何してんだ?」

女性の顔がすぐ触れる位置にあったことや、ここまで近づかれても気付かなかった自分が恥ずかしくて顔が赤くなる俺。

「いやー、修司がぼーっとして反応ないから丁度いいかなぁって」

携帯を弄りながら話す瀬上。幸い赤くなったことはバレていないようだ。

「どういうこと?」

俺はこのチャンスで自分の平静を取り戻しながらたずねる。

「前々から思ってたんだけど、昨日のことで確信に変わったわ。雄馬は私をぞんざいに扱い過ぎなのよ」

「いや仮にそうだとして、何でさっきの写メが関け……おいちょっと待て」

落ち着いてきたところで俺はようやく気が付いた。瀬上がやろうとしていることに。

「迅速にその携帯をこちらに渡してもらおうか」

俺の想像通りなら本来なら速攻で気付くほどの危険度Aの事柄。それが思わぬハプニングで出遅れてしまった。まさかこれを見越してわざとやってるんじゃないだろな?

「ん?はい」

意外にも素直に従う瀬上。俺の思い過ごしか?と思いつつ携帯を見ると画面にはこんな文字が並んでいた。

『送信完了』

「ごめーん。もう送っちゃった。てへっ」

舌を出して謝る瀬上の可愛さプライスレス。が、そんなことはどうでもいい。問題は何故瀬上が謝っているかだ。 さて、突然ですがここで問題です。この4つの情報から見いだせる未来を予測せよ。

成功報酬・危機からの回避の可能性アップ。失敗罰則・デッドエンド

1.顔がくっつきそうなツーショット写メ

2.送信完了画面が出ていた携帯電話

3.こちらに謝ってきた瀬上

大ヒント

4.瀬上には彼氏がいる

答。瀬上の彼氏・大倉雄馬が怒り狂う

「ごめん、俺選ばれし勇者だったらしいからちょっくら魔王討伐してくる」

勇者修司編スタート。ここまでかかった時間1秒。流れる動作からの限界スピードで逃げ出す俺。

「その旅、俺も連れてってくれよ」

が、ドアの前にはすでにこの世のものとは思えないオーラを纏った空手着姿の魔王がいた。体育館の隣にある道場から3階の教室までは数分はかかるはずだがどうやって来たんだこの化け物は。野生の感でスタンバってたのか?

「や、やあ雄馬。悪いがお前は連れて行けないんだ」

さっきから俺の冷や汗が止まらない。

「そりゃないぜ親友?俺とお前の中じゃないか。それに1人より2人の方が可能性は上がるだろ?」

こいつ普段は体を張ってまで瀬上のこと弄ってるくせに、嫉妬と独占欲は常にメーターマックスなんだよなぁこれが。その嫉妬に怒り狂った魔王(雄馬)がどんと仁王立ちしている。それに対して腰が引ける俺。いやだって相当怖いんだぜ?

「い、いや、だって。お前を、死なせたくないし。雄馬には瀬上っていう大事な人がいるだろ?」

目が泳ぎまくりまくるのを自覚しながら何とか言葉をひねり出した瞬間にしまったと後悔した。今まで無駄なあがきながらも、なんとかベタな設定まで出してせっかく時間を稼いだのに、自分からそっちの話題に戻すようなことしてどうするんだよ!

「ああそうだ。俺には彩華がいる。それが分かってて何で「どぅおりぇー!!!」

頭骸骨を砕くつもりで顔面に右ストレートを放った。罪悪感はちょびっとだけ。だけど雄馬は左手1本でいとも簡単に止めてきた。この化け物予備群が。

「うぉーい勇者様。こりゃあいったいどういうことだ?」

雄馬が俺の拳を握り潰さんばかりに力を込めて言う。ここまでかと俺は全てを悟る。

「……今まで黙っていたが、お前には真実を話そう」

そして、そう言いながら身体の力を抜いた。

「どういう事だよ」

「俺だって信じたくなかったよ。その事実を否定したくて昼夜を問わず調べまくった。だが、全てはその事実を強固に肯定する材料になるだけだった」

雄馬の目をじっとみる。一瞬、ここまで言っておきながら躊躇いそうになったが覚悟が決まった。

「雄馬、落ち着いて聞いてくれ。お前には、魔王の魂が雄馬に乗り移ってるんだ!」

「な…んだと?」

「嘘……」

雄馬は勿論、恋人の瀬上も目を見開いて驚く。そりゃそうだよな。

「俺は悩んだ。ああ悩んださ!友と世界。そりゃあ天秤にかけたら世界を選ぶのが普通だろうさ。でも、俺にはそれが出来なかった……!」

自分の不甲斐なさに拳を握る。

「だが、このままだとお前が世界を滅ぼすか、お前が誰かに殺されるかだ!雄馬は優しい奴だ。世界なんか滅ぼしてしまったらその心は壊れてしまうだろう。そんなのは嫌だ……!じゃあ誰かも分からない奴に雄馬を殺してもらうか?そんなのごめんだ!!」

叫ぶ。思いの丈を。

「だから俺がやる!雄馬を救うため、そして雄馬を取り戻すために!子供の我儘?結構だ!思考停止の馬鹿野郎?上等だ!望んだ結果は望んで努力しなきゃ手に入らねぇ!」

叫ぶ。届くと信じて。

「負けるな雄馬!自分を信じろ!俺はお前を信じてる!」

だって雄馬は俺にとってかけがえのない友達だから。

「今までいろんなことがあった!だけどその度にお前は俺を信じて友達でいてくれたじゃないか!?それに何度救われた事か!」

「……修司」

ありったけの思いを込める。

「もう一度言うぞ!?俺はお前を信じている!だからお前も俺が信じるお前を信じローキィック!!!」

そう。ありったけの死ねという思いを込めて渾身のローを放った。後悔?んなもんより自分の命。世の中、死ぬか死なすかだ。

「世界は常に不条理だ。たまには魔王が滅ぼす未来もいいだろう?」

無表情の雄馬はそれすらもガードしていた。お、俺の渾身の作戦と攻撃が……!?

「最後に何か言い残すことはあるか?」

「あっ、いや、えーっと……」

助けを求めていつの間にか登校してきた多くのクラスメートの方を見るが、誰一人としてこちらを気にせず、会話や予習など思い思いの事をしている。今度こそ悟った。どうやら俺は死ぬ側らしい。雄馬は完全に戦闘態勢に入っており、もう隙をつける可能性は無さそうだ。全てを諦めて俺は言った。

「雄馬。今から言うことはとても大事なことだ。だから真面目に聞いて欲しい」

「何だ?」

「後遺症が出ない程度にお願いします」

「善処する」

It's a bloody partytime.(血のパーティーの時間です)



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



返事が出来ない、ただの屍になってしまったようだ。どうも右方修司です。雄馬にボコられた俺は只今地べたに這いつくばっています。今回は俺、自己防衛だけでなんも悪いことしてないのに。俺をこんな目に合わせた張本人である瀬上は雄馬のやきもちが見る事が出来て満足したのかホクホク顔。雄馬は雄馬で俺をボコって鬱憤がはれたらしくホクホク顔だ。このホクホクバカップルめ、南極行って凍り付け。

「ところで修司は何で彩華にいいよるという身の程知らずな事を仕出かしたんだ?」

俺が正当な八つ当たりを心の中で唱えている最中、そんな事を言い出した。

「……百歩譲って俺が言い寄ったとして、理由なんて幾らでもあるだろ?瀬上は美人だし人当たりもいいし」

もう弁解するのを諦めて素直に自分の意見を言った。よっこらせと立ち上がって埃を払うが、思ったよりも汚れてなくてホッとした。今週の掃除当番の子はサボらずに頑張ってくれているんだなぁ、ありがとう。

「確かに彩華は俺の自慢の彼女だが、みんな非常に大事ところを見落としているぞ?」

俺が掃除当番に感謝していると、雄馬がこんなことを言い出した。

「ん?瀬上ってなんか欠点あったっけ?」

んーっと、勉強出来るしスポーツ出来るし性格いいし……何か苦手なものでもあるのか?瀬上も心当たりがないらしくきょとんとしている。そんな悩んでいる2人をよそに雄馬は言った。

「ああ。だって胸は皆無なんだぞ?」

教室内の気温が体感で5度は下がった。雄馬。お前はいつもその呪文を唱えては半殺し状態にされてるのに、いつになったら学習するんだ?それともあれか?逆に殴られたくてわざとやってるのか?なら納得だ。だけど容量用法はしっかり守れよ?なんてったって取り返しのつかない呪文なんだから。その渦中の瀬上は、人様には決して見せられない笑みで「ふふふっ」と笑いながらじわりじわりとにじりよる。俺は2人から離れながら雄馬はどんな命乞いをするのか参考にしようとしていると

「そうか!さては修司!お前貧乳好きゃぷぺっ」

あっ、拳が顔面に突き刺さった。自分から死を早めにいくとは見上げたマゾヒストだけど、俺は殴られて悦ぶ人じゃないしあれじゃあ参考にならないな。しかし、俺は今日新たに「バカは死ななきゃ治らない」は本当だったんだなと身(雄馬)をもって学んだ。俺は雄馬がせめて来世では賢い子になりますようにと、目の前で繰り広げられている惨劇に目を瞑り黙祷を捧げた。

「よし、これでいいだろ」

俺の責務は果たした。あとはなるようになるさ。

「……ん?」

俺が満足げにうなずいた時、目の端に橘さんが教室を出て行くのがチラリと見えた。詳しく観察していた訳ではないが、思い返してみたところ、橘さんが授業終了のタイミング以外で席を立つところを見た事が無い。時計を見ると8時25分。あと5分しかないという事はお手洗いに行ったのだろうと自分に言い聞かせる。…………あー。

「……」

いちゃついてる(ことにしている)バカップルを尻目に無言で俺も教室を出る。無視したらいいのに、一度気になると融通が利かない自分に嫌気がさす。本来なら誘拐じみた事をされてる時点で関わらないようにするなり誰かに相談するなりすべきなのに。実際に昨日の夜からその事について現在進行形で悩んでいるのだが、結論をひとまず置いて行動してしまうほど、かなり橘さんを意識している

「…………」

階段まで来てみたが、そんな俺の頭の中で渦中の橘さんの姿は見当たらないし足音も聞こえない。代わりに、上からガチャンという重たげな扉が閉まる音が聞こえた。

「……屋上?」

うちの学校の屋上は立ち入り禁止にはなっていない。一時期は危険だからという理由で禁止になりかけたそうだが、安全面を最大限に考慮された外に出れない頑丈な柵が設置されて許可がおりたのだ。しかし、春秋はそこそこ人気なものの、夏冬は異常気象の影響で厳しい温度なので殆ど利用されない。もう授業も始まるこんな時間なら尚更だ。授業をさぼるという考えも思いついたが、それなら早く学校に来ないだろうし、あんな暑い屋上に長時間もいられないだろうと一度その考えを打ち消す。

「……」

周りに誰もいない事を確認してから無言かつ忍び足で階段を上がる。扉を開けるのは気付かれるリスクが高いので、付近まで行って盗み聞こうという最低な行動に移っている訳だが、誘拐されたしストーカーくらい許されるだろうというハンムラビ法典にもならないへ理屈をこねて自分を正当化する。俺の折り返し地点を過ぎた辺りからかすかに話し声が聞こえる。

(誰か他にいるのか?)

より慎重に、歩みを進める。するとだんだん声が聞き取れるようになってきた。

「……ようござ…ます。良い…きですね。何のは…しをされて……ですか?おはよう……す。…天気……すね。…の話を……るので……か?」

聞こえてきたのは橘さんの声。部分部分しか聞き取れないが、何度も何度も同じ言葉を、鉄の扉越しでも分かるほど丁寧に丁寧に繰り返しているので、何を言っているかは分かった。

「…………」

俺の思考がその行動の意味を理解して停止する。足はとっくに止まっていた。

『キーンコーンカーンコーン』

「!!??」

瞬間にしてその音に我に返る。

(やばい――!!)

そこからの行動は早かった。足音など構わずに全力で階段を駆け降りる。絡まりそうになりながらも身体を前に倒し、折り返し地点を通り過ぎる。頭の中ではチャイムの音を聞いて慌てて出てくるのではないかという不安と、それを覆い尽くすほどの激しい自己嫌悪でごちゃごちゃだ。なんとか廊下に辿り着いた時には聞き取りやすいであろう鉄のドア特有の重たい音は聞こえなかったが、とても冷静とは言えない今の自分じゃ当てにならない。そのまま止まらずに走りぬけて教室まで辿り着き扉を開ける。

「すみません遅れました!」

肩で息をしながら大きな声で謝る。先生はもう到着しており、今まさに朝のホームルームが始まろうとしていた。

「右方君がギリギリとは珍しいですね。大丈夫ですよ。ですが今度からはもう少し時間に余裕を持って行動しましょう」

「はい、本当にすみませんでした」

先生に頭を下げて席に座る。

(おいどうした?珍しいな)

(具合が悪いの?)

(大丈夫。ちょっと急に催しただけだ)

5分前まで激闘を繰り広げていたカップルとは思えないほど平然な前後の席の2人に心配されつつも、無難な返事を返すのが精いっぱいだった。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



「今日の日替わりは何だろなーっと!」

今はみんなうきうき昼休みタイムで、俺のテンションもアゲアゲだ。決して朝の事を思いっきり引きずりつつもそれを誤魔化すから元気という訳ではない。

「ほんと?――いね」

「だって――だし」

「あははっ――ね」

「……き、昨日はコロッケだったから今日は唐揚げがいいなー!」

うちの学食では学食弁当という物を販売しており、ご飯・サラダ・主菜に漬け物がついて350円と破格の値段が学生に大人気だ。それが理由かは知らないけど、よくマンガであるような乱闘や戦闘なんかは起こってない……現実であんなの起こってたら俺なら通報するけどな。

「もう、――して」

「ははっ、悪い悪い」

そして現在、朝に受けた傷が回復してきた俺は雄馬と瀬上と共に食堂に向かっていたりする。……少し橘の事が気にはなったのだが、俺が見渡した時にはもう席にはいなかった。てかぶっちゃけた話をすると、俺は1人で食べたいんだけど2人が勝手に着いて来るっていうのが現状だ。別に1人が好きなロンリーウルフを気取っている訳じゃないぞ?ただ一緒に居たくない理由があるだけなんだよ。察しの良い人はおそらくもう気付いているだろう。俺は我慢出来なくなり、結果はわかりきっているが聞いてみた。

「なぁ、せめて今から30分でいいから俺を除け者にしてイチャイチャすんの止めてくんない?」

「「無理」」

「はぁ、さいですか」

こうなるってのは分かっていたけどさ、やっぱおかしくない?いや、雄馬があれだけの暴力を受けて生きているのはもうつっこまないとして、イチャイチャするなら絶対俺いらないっていうよりむしろいない方がいいじゃん。まあ2人に落ち込んでいるのがばれてないみたいで良かったが。あっ、落ち込んでるって自分で認めちゃったよ。よし、これはあれだな、この怒りと八つ当たりを含めて今日の放課後は雄馬を殴って逃げよう←せめてもの仕返し。俺が決意を新たに後ろにいる2人の甘々タイムを乗り切ろうと意気込んで食堂に乗り込む。

「おばちゃーん。学食弁当1つ」

「……あいよ」

必要最低限の言葉に無駄のない動作のおばちゃん。そこには熟練の技が見え隠れしていた。俺は350円を渡して完璧な弁当を受け取った。

「んでバカップルは、と……」

「おーい修司、こっちこっち」

「……あっちか」

聞こえない事を良い事に好き勝手言う俺。過去の経験から学んだ事だが、ストレスは一気に発散するより小まめに発散した方が良いって事だ。手を上げて気付いた事をアピールし、そちらに向かう。人とぶつかった。

「――っと、すみません」

「いえ、こちらこそ失礼しました」

お互いに謝りながら通り過ぎる。無表情で謝るつり目気味の目に見つめられた瞬間にこちらが怯みかけたのは内緒だ。そして2人がとっておいてくれた席に着くなり雄馬がひそひそ声で話しかけてきた。

「おい、今の布施だろ?」

「布施って、あの布施さん?へぇーあの人がそうなのか」

始めてみた俺は先ほどぶつかった人の顔を頭に思い浮かべる。

「ちょっとそこの男2人、失礼な事を言っちゃ駄目でしょ」

「おいおい、あの布施さんの‘あの’部分を教えてくれたのは彩華だろ?」

「……まぁそーだけどさ」

そう言いながらも瀬上は自分のお弁当をつついていた。布施さんはフルネームを布施葵(ふせあおい)といい、クラスの、というよりは学年の女子のリーダー的存在だ。見た目は中肉中背、つり目に長い髪をポニーテールにした体育会系といった感じで、文武両道、質実剛健、冷静沈着、さらに過去にあった出来事により学校のとりわけ女子の人気は絶大だ。まあ全部瀬上から聞いた受け売りなんだけど。部活は陸上部で結構上位までいっているらしい。あとは普段は陸上部の女子を中心に多くの人が集まっており、そのカリスマ性の凄さが垣間見える。事前に瀬上から1年生ながら泣く子も黙るその貫禄がすごいと聞いていたが今日会って納得した。……泣いてないぞ?

「瀬上は布施さんと仲良いと言って差し支えない関係?」

「いやーどうだろ。普通に会話はするけど遊びに行った事はないし」

「そら彩華よりかあんだけいつも一緒にいる陸上部の奴らのの方が仲良いいだろ」

「んー、それどうなんだろうねぇ」

卵焼きをパクリと食べながら、言葉を濁す瀬上。

「どういう事?」

「なんか陸上部の子達が一方的に過剰に慕っている感じだから。まあ布施さんなら嫌なら嫌とはっきり言うだろうから、実際仲良いんだろうけど。どっちかっていうと仲が良いというより布施さんが従えてるって言う方がしっくりくるというか」

「それは、なんだ。ちょっと見ただけの俺でも分かるってのがすごいな」

「同感だ」

賛同してくれながら雄馬はあまり興味が無いのか白ご飯を書き込んでいた。

そーいや、と言いながら瀬上が思い出したかのように話し始めた。

「優奈としょっちゅう衝突してるのに、よく一緒にいるね」

優奈ってあのチア部の個性的な柏木さんだよな。そーいや前にちょくちょく2人でいる事があると聞いた覚えがある。本人達いわく仲はそこまで良くないらしいが。っと、それより物騒な言葉が聞こえたよな

「衝突?」

「いやごめん。衝突って言葉はおかしいか。なんていうんだろ。お互いにののしり合ってる訳じゃないんだけど、牽制し合っているというか。目線で火花バチバチというか」

「聞いているだけで背筋が寒くなるな」

圧倒的な存在感で無言の威圧をする布施さんとそれをひょうひょうと受け流しながら平然としている柏木さん。なんともすごそうだ。

「失敬な。私としては仲良く会話をしているだけだ」

「うぉっ!?」

突然の声に驚きそちらおみる。すると俺の隣にはいつの間にか

「……か、柏木さん?」

「うむ。おっしゃる通り、柏木優奈本人だ」

ずるずるとうどんを啜る柏木さんがいた。相変わらず心臓に悪い登場の仕方するなぁ。

「もう優奈、盗み聞きとか趣味悪いよ?」

瀬上ははぁと呆れながらため息をついている。どうやらお馴染みらしい。

「そちらこそ人聞きの悪い事を言うな。ただ席に着いたら隣で興味深い話が聞こえただけだ。嫌なら時と場所を弁えてくれ。昼休みの食堂だぞ」

「うぐ……」

瀬上が正論で返されて何も言えなくなっている。

「ところで、そちらにいるのが噂の彼氏さんかな?」

言いながらちらりと食事を食べ終わって肘をついて寝ている雄馬を見る。てか雄馬よ、彼女との昼食に無理やり同席させといて、お前は何で寝てるんだよ。

「あれ?まだ紹介してなかったっけ?」

「話では嫌というほど聞いていたし見かけた事のある方だと思うが、君の彼氏だとは知らなかったよ」

「そうかごめんごめん。ちょっと待っててね」

言いながら肘をついて寝ていた雄馬の頭をチョッピングライト(振り降ろしの右のグー)で机に叩きつける瀬上。

「あだっ、んぉ、彩華?」

「はーいシャキッとしてねー」

今度はスマッシュ(アッパー気味の左のフック)で雄馬の頭を跳ね上げる瀬上。

「ぐぉへっ、いつつ……。あー、俺寝てたのか。悪いな彩華」

顔を左右に振りながら答えていると、その鼻から赤い液体が一筋。

「もうしっかりしてよね。ほら、鼻血出てるわよ」

それを瀬上はティッシュを取りだして甲斐甲斐しく拭いてあげている。

「おう、さんきゅ」

端から見れば仲の良いカップル。過程を知れば異常なカップル。こんなに的確に殴る女子高生もあそこまでやられて少し鼻の中を切っただけの男子高生もこいつら以外に俺は知らない。いや全国のカップルについて詳しい訳じゃないけどさ。

「なぁ、チア部での彼女ではまずお目にかかれない光景なのだが、瀬上彩華は彼氏に対していつもああなのか?」

「いつもは彼氏寝起きが悪いので、だいたい足技も2~3発入るな。酷い時は投げ技とかマウントポジションからの連打とか」

「……今度から接し方を変えた方が身の為かね?」

「今のところは彼氏に対してだけだから大丈夫かと。今後は分かんないけど。チア部で変化があったら連絡もらってもいいか?」

「承知した。そちらも交友関係で変化があったら頼む」

「ああ、任せてくれ」

そう柏木さんと有用な情報のやりとりをしているうちに手当て?を終えた雄馬と瀬上が向き直る。

「初めまして。瀬上の彼氏の大倉雄真だ。今後とも宜しく」

人懐っこそうな笑顔で手を差し出す雄馬。

「柏木優奈だ。こちらこそ宜しく。瀬上彩華と普段から仲良くさせてもらっている」

それをニヒルな笑顔で返しながら手を握っている。

「ふむ。君の彼女から聞いていた通りの好青年という感じだな。これは瀬上彩華にお似合いだ」

「有難う」

「もう、優奈ったら~」

両頬に手を当てて恥ずかしそうに喜ぶ瀬上と笑顔でお礼を言いながらちらちらとこちらをどや顔で見てくる雄馬。俺に力さえあればあの顔を陥没させてやるのに。

「ただ、瀬上彩華の彼女が君だというのには少し驚いたな」

「ん?どういう事だ?」

バカップルの頭に突如浮かぶクエッションマーク。

「いや、先日、綺麗な女性と駅前で楽しそうに腕を組みながら歩いている君を見かけてね。両者ともとても嬉しそうだったから顔を覚えていたのだよ。カップルだと思っていたのだが間違いだったようだ」

「あははー面白い事言うわね優奈?彼女は私なのにー」

っちょ、待っといろいろ言いたそうな雄馬の口をアイアンクロ―の要領で片手で掴んで黙らせる瀬上。それを見て冷静に数歩下がる俺。

「いや、失敬。だが許してくれ。大倉雄馬がその女性に頬にキスされていたから勘違いした私にも情状酌量の余地はあるだろう?」

あっ、今瀬上の額の青筋と瀬上の手の中でピシッと音がした。何やら雄馬が机をタップして降参してたり瀬上の手のひらの隙間から物凄い形相で俺を睨みつけて助けを求めている気がするが気のせいだろう。

「へー。それは仕方ないわねぇ。あははははー。急で悪いんだけど、私用事が出来たから行くねー」

「ああ、また部活でな」

うんバイバーイと笑顔で言いながら、瀬上が掴んでいる雄馬を投げて壁に叩きつけた。雄馬が衝撃に咳き込みながら無駄な言い訳を始めている。

「おお、壁と挟んで肘打ちとは危険な攻撃をするね。今度は膝でボディ連打とは流れるような連繋だな。ん?あれは何だ?」

こちらに歩いてきた柏木さんが訪ねてくる。

「あれは瀬上の十八番のコンボの開始技でプロレスの後方回転式リバースDDTって技。ああやって肩に相手の頭を担いで壁を利用して自らが一回転して――」

「おおー」

「地面に後頭部を叩きつける。んで今度は一人で壁を蹴って一回転以上の450度回転してから――」

「……おおー」

「エルボーを叩きこむ。その名もスーパースターエルボー。この程度じゃ雄馬の意識は刈れないから逃げよう背を向けて這っている雄馬との両足を掴んで――」

「これは素人の私でも知っている。ジャイアントスイングだな?」

「その通り」

「……まだ投げないのか?」

「ジャイアントスイングって投げ技だけど、ああやって遠心力で三半規管を揺さぶる拷問技でもあるからな」

「成程、詳しいな。プロレス好きなのか?」

「いや、瀬上が好きで。それに付き合って覚えた程度」

「そうか。数か月の付き合いだが知らない一面だな」

「まあどこでも構わず雄馬相手に繰り出してるからいずれ知っただろうけどな」

「そうか。…………まだ投げないのか?」

「…………じゃ、ジャイアントスイングって投げ技だけど、ああやって、遠心力で三半規管を揺さぶる拷問技でも、あるから」

「そ、そうか」

あれだけ回って目を回さない事も十分驚きだが、それ以上に筋肉質な雄馬を長時間振りまわしていられるほどの力がある事に恐怖を覚える。周りを見ると、あのバカップルを中心に人だかりが出来てる。

「おっ、ようやく投げたな。壁にぶつけて、おおう。ここに来て単純に拳の連打か」

「あれが一番辛いんだよなぁ」

「やられた事あるのか?」

「1回だけ地雷を踏んで。ところでさっきの雄馬と一緒にいた女性の話だけど」

ここで話を逸らす為に疑問に思っていた事を口に出した。

「ああ、あれは恐らく姉だろうな。大倉雄馬がねーちゃんと呼んでいたし」

「やっぱり。というか分かってて言ったのかよ」

あいつにはブラコン(弟大好きーなお姉ちゃんの事)の姉がいてよく瀬上とバトルを繰り広げている(色んな意味で)から、もしやと思っていたら案の定だ。

「ああ。どれほどの効力があるのかと興味が出てな」

「柏木さんの好奇心で男が1人、嫉妬という名の凄まじい虐待を受けている点についてはどう思う?」

「私は事実しか言っていない。あれは彼の宿命だ」

殴られ続ける宿命とは。ざまーみろだな雄馬。

それにしてもと、柏木さんは周りを見渡す。

「目の前の惨劇を繰り広げている奴にそれを受けきっている奴。それを眺めている奴らにそれを利用して楽しんでいる奴らとなかなかにカオスな空間だな」

つられて周りを見ていると、先程よりも集まった聴衆が賭けの対象にしていたり、ただ単純に恐怖していたりとと異様な光景になっている。

「ところで右方修司、この一連の瀬上彩華の攻撃はいつまで続くのだ?」

「あーっと、この後はシャイニングウィザード、バックドロップ、ブレーンバスタ……いや、フロントネックロックの方か?」

「ともかくまだ結構続くのだな?」

「ああ、あと5分くらいは」

「では私は予定があるのでこの辺で失礼しよう」

そう言って席を立つ柏木さん。

「おいおい自分でけしかけといてそれはどうなのよ?」

「ははは、本音をいうとここまでの惨状を引き起こすとは思わなくてね。大倉雄馬にはあとで詫びの品でも持って謝罪に行くさ」

「あっ、なら明日以降の方がいいぞ。雄馬は寝たら大抵の事は許しちゃうから」

「有難う。参考にさせてもらおう」

ではなと颯爽と去っていく。それを手を振って取り残される俺は取りあえず残ったお弁当を食べる。

「…………」

むぐもぐむぐもぐ……ごっくん。ぱちん。

「ご馳走様でした」

手を合わせて頭を下げる。そして容器を捨てる。先程の席に戻り、お茶を飲む。ホッと一息ついて落ち着く。…………よしっ。

「おーい、今オッズどうなってる?」

一服取ってから、俺も賭けに参加すべく情報集めに精を出した。


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