表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/4

パターンB 〜彼女の場合〜

あなたは絶対、私を選ぶべきだからっ!


私はアレクレイア王国の辺境、レドニスの村に生まれた。貧しい村で、男親が既に他界してしまった私の家は更に貧しく、冬場の綿すら借りれず母と二人で抱き合って暖を取って寝るのが幼い頃の記憶の全てだ。


そして六歳の冬に母が死んで、私は孤独になった。極貧の中でもできる限りの事はして、愛してくれた母だったと思う。


「一人にしてごめんね。でももうすぐ、あなたも結婚して一人じゃなくなるからね」


それが最後の言葉だった。村落に産まれた人間にとって、男は精通女は初潮を迎えたら適当に同じぐらいの歳の子供と結婚する。十歳になったら私も所帯を持って孤独ではなくなる。そしてうちの村で私と結婚するであろう子供はたまたま一人しかいなかった。三件隣のカッツという男の子だ。


有名な腕白坊主で二つ三つ歳上の男の子と取っ組み合いしたり、夜中に一人で山に入って傷だらけで帰ってきたり、そんな奴。野蛮、バカ、単細胞。遊ぶ時は大抵村の子全員で遊ぶから、私とも要は幼なじみだ。私の家は村の共同カンパみたいなお裾分けで暮らしていたから、私はお手伝いで比較的忙しくて、そこまで沢山の記憶がカッツとある訳ではないけれど、そういう境遇だったからカッツの事は意識していた。


ああ、この人と結婚するんだなって。それが運命なんだって。


―――そんなある日、魔王が復活した。アレクレイア王国の情勢は一変し、あれよあれよと言う間に村にも勇者徴兵令状が届いた。



*****



「ねえ、カッツ」


揺れる馬車の荷台の上、縄に縛られ悔しそうに呻くカッツにようやく私は声をかけた。今年の村からの徴兵者は二人だけ。カッツは召集係の騎士相手に飛びかかったり走って逃げたりの大立ち回りをして徴兵を嫌がり、しこたま殴られて縄で拘束され馬車に放り込まれた。馬車が動き出してからしばらく縄を解こうとしているのかジタバタ暴れていたのだが、ようやく動かなくなって静かになった。


「どうして徴兵が嫌なの?」


私は聞いた。私のような天涯孤独で極貧無収入の子からしたら、衣食住が支給されるだけで嬉しいとすら言える。確かに去年、一昨年の一期生二期生討伐隊は全滅したらしいけど、彼らはこの制度が始まって一年目二年目の訓練しか受けていない。対して私たちの代は十ヵ年の訓練を積む最初の代である。必ず死ぬとは限らない。村で飢えたり病で死ぬのと同じに考えても、それまでの何年か暖かい物を食べていられるだけ幸せに思える。もちろん強制だし、抵抗すればカッツのように殴られたりするのだが、前向きに応じる人もかなりの数いるだろう。


「魔族が怖いの?」


だとしたら結構かわいいとこあるじゃん。あんな暴れん坊なのに、意外にいざとなったら情けない面もあると。


「怖くねえよ」


ものすごい形相でカッツは反駁した。


「ちげえんだよ。嫌なんだよ。自由じゃねえのと、クソ王どものやり方がよ」

「ちょっと!王様の悪口言っちゃダメ!聞こえたら酷い目に遭うよ?」

「構うもんか」


鼻を鳴らしてカッツは言う。そして少し考えたように、間を開けて彼は私にこう尋ねた。


「なあ?おかしいと思わねえか?」

「何が?」

「勇者制度って、変じゃん。全国民を勇者に鍛えるって言っても、剣も魔法もある程度才能がいるらしい」

「そうだね」

「なら、一年ぐらいでダメだと分かった奴はどうするんだ?そのまま十年鍛えて、ダメだと分かってても戦わせて死ねってことか?」

この頃はまだ悪名高き、その後の世界を混乱の渦に巻き込む勇者追放制度が始まっていなかった。カッツは無学の癖に、それをこの時すでに予見したのだ。


「うーん、よくわかんない」


そしてこの時の私は、全く理解が追いついていなかった。


「んじゃ、俺らの飯って耕して作るだろ?じゃあ集めた国民が、一年ごとに五百人ぐらいだろ?昔父ちゃんにこの国は村や街が全部で五百個ぐらいあるらしいって聞いたけど、そんぐらい全部でいるだろ?誰が耕すんだ?俺らは勇者になるんだろ?」


「それは、国の人が税金で麦とか持ってくじゃない。あれでしょ?」

「あれは貴族が貰うんだぞ?じゃあ貴族はどうするんだ?何を貰うんだ?だいたい剣や魔法の才能は貴族の方が高いんだから、その貴族の子供は一緒に訓練しない理由はなんだ?」

「いやだから、役所の仕事とか、じゃない?」

「いや‥考えると、なんか変なんだよ。まるで‥」


そこでカッツは、急に鋭い目で私に言った。背筋が凍りそうな感触を覚えた。


「なんかさ、集めて逃げられないようにして、わざと死なせようとしてるみたいなんだ」



*****



何の因果か知らないが、私には才能があった。


剣術はからっきしだったが、基礎体力訓練は女でも並みにこなせた。山歩きや農作業に慣れていたから、足腰がそこそこできていたのだろう。


それより何より、魔術だった。訓練が始まって一年も経たずに魔法発動に成功したのは私一人だけだった。八歳でマナが具現化するのは驚異的なことであり、我ながら誇らしく思う。


魔法というのは大別して三種類ある。


体内のマナを加工して色々な形で放出する事で使う呪文魔法。これは自分のマナが尽きるまでという制約があるが頭にイメージ出来ることなら大抵何でもできる。とはいえ想像力を毎回フル回転させるのは大変なので、大体は『この呪文にはこれ』みたいにプリセットが作られていて、呪文を唱えながら頭に思い描く事で行使することになる。だから呪文魔法という名前が付いている。


次に神の意思を借りて、他人を癒したら自分を強化したりする神意魔法。これは信仰している神様によって使える魔法が相当違う上にとても種類が少なく、さらに神意を得るのに時に失敗したりもするので使い勝手は良くない。まあ使い手の聖職者にそう言ったら激怒されること請け合いだが。


最後に精霊魔法というのがある。これはエルフ族などが得意とするもので、精霊に話しかけて色々な事をしてもらう形で魔法を使うものである。要は隣の友達にソース取ってみたいな事もできるし、炎の精霊(サラマンダー)に『火の玉になって飛んでいって敵の頭を燃やしてきて』と頼めば、その通りになる。その場に言う事を聞いてくれる精霊がいる事が条件だし、精霊が一人ではできない分を自分のマナを貸して援助しなければならない場合もある。例えばさっきの例だとサラマンダーは火の玉の形になる事と敵の頭を燃やす事はできるが、『飛んでって』は一人ではできない。この場合、使い手のマナを与えて飛ぶ推進力を足してあげる事でこの魔法は成立する。制約はあるが自由度も割と高めで、マナの消費も低い。が、どの精霊を用いても実現できないことは諦めるしかない。


訓練で習うのは呪文魔法だ。これはマナの大きさと具体的な想像の上手さとで才能が分かれ、特にマナ量はほぼ天賦の才に由来すると言われている。そしてそれが成熟するのが普通は早くても十四、五歳であり、私は神童と言われた。


それに対して、その頃のカッツは極めて平凡で、目立たない存在だった。基礎体力訓練だけはトップテンに入る成績を修めていたが、魔術は十歳まで発現せず、剣術も並以下だった。同期生だけで六百人を超すため成績別にクラス分けされており、私は最上位クラスで、カッツは下から二番目のクラスだったため、ほとんど会って話をすることはなかった。私は才能を認められて講師陣にどんどん先のレベルの訓練をあてがわれて、とても忙しかったのもある。


そういう日々がしばらく続いたが、その状況は私たちが十歳の年の秋頃から急激に変化し始めた。カッツが急激に成長し始めたのである。


まずは剣術にいきなり本腰を入れ始め、王国標準のブレイン流剣術をなんと十歳の秋に免許皆伝してしまった。それまでも型の練習はきちんとしていたらしいが、体の成長が始まって筋力が技に追いついて来ると、一気に模擬戦順位をごぼう抜き、とうとう師範である王国騎士団副団長ブレイン伯爵から一本取り、即日免許皆伝を授与されたそうだ。このニュースは青天の霹靂として、同期のみならず学院全体に一瞬で広まった。その結果、翌年のクラス編成でいきなりカッツは上から二番目のクラスまで上がった。その頃の私は中級魔術を全てマスターした頃だった。


その翌年の十一歳の年、カッツは魔術を発現した。その歳ではまだ初級魔術もクリアしなかったが、肉体面は著しく成長し、基礎体力の順位では学年では並ぶものなしとなり、基礎体力と剣術では上級生の訓練に混ざることとなった。飛び級である。


女性で剣とか魔法とか、男女混合で長期に渡って教わった事のある人なら、みんな大なり小なり身に覚えがあるんじゃないだろうか?十歳〜十三歳ぐらいの時期に、尋常じゃない成長速度で男の子に追い抜かれる経験が。まだ他の、見ず知らず男子に負けるのなら私も特に気にしなかっただろうが、幼なじみがすごい勢いで追い上げてくるのは恐怖と焦燥を感じずにはいられなかった。


この年私は必死に努力して学問の成績を少し上げ、魔術は上級のほとんどをマスターした。魔術に関しては王国の研究室(先述したとおり呪文魔術はいろんな魔術を想像力でオリジナルに編み出し、それにプリセットとしての呪文を付けて、という作業を上位術者が研究している)に入る事になり、魔術クラスは卒業した。


栄養不足で幼少期小柄だった私は、この頃には人並みの体格に成長し、美容の部分も気をつけるようになってきた。服は支給品だがデザインはかなり揃っていて選べたし、寮には共同浴場もあった。周りに美容に詳しい女生徒が多く、その手の情報も耳に入ってきた。その結果同期生の男子に評判の美少女と呼ばれるようになり、呼び出されて告白、みたいなシチュエーションも日常茶飯事だった。そういうのを全部断っているうち、優等生なのと自分でも自慢の金髪ツインテールも相まって、いつしか『高嶺の花』と噂されるようになっていた。


次の年の編成ではカッツと同クラスとなったが、私がクラスで受ける剣術と基礎体力をカッツは飛び級し、カッツがクラスで受ける魔術を私はさっきしていたため、ほとんど出くわすことは無かった。(お互い講義スケジュールが合わないので、学問のクラスもかち合わない)


そして落第判定が始まる十四歳の年には、案の定魔術も含めて全て追い抜かれた。というかその頃には五種剣術流派全て免許皆伝、魔術も全てクリア済み、基礎体力も学問も最高成績という化け物になっていた。追い抜かれるどころか一瞬で抜き去り、追う背中も見えないほど遠くへ彼は消えていた。


落第がある分特待生制度もこの年から始まり、私もカッツも特待生になったが、この頃呆然とするような報せを聞くことになった。出身地であるレグルスの村が、魔族に滅ぼされたという報せだった。理由は不明だが上位魔族が突然現れ、一夜にして焼き滅ぼされたらしい。私は既に家族がいなかったが、親なしの私に食べ物と仕事をくれた村人達が全滅したというのは衝撃的な話だった。この頃からだろうか?カッツの素行が急激に荒れ出したのは。


担当官達を押し切って授業を全て免除。外国での魔術研究などのサイドビジネスの黙認。そして大金を得た彼は酒とギャンブルに明け暮れ出した。そして、そして何よりも耳を疑ったのは―――目につく女性に肉体関係を要求して色に溺れていると言う事。


信じられなかった。私の中のカッツはあの村の、暴れん坊な子供でしかなかった。しかしそれよりも、もし本当なら絶対に許せないと思った。村が滅んでしまった今やもう、私とカッツは二人きりなのだから。



*****



王都の街並みはとても賑やかで圧倒される。どれだけ人がいるのか。人口五十人の村で育った人間には、市場通りの喧騒に人混み酔いすら覚える。


学院の生徒は一応、王都内なら学院外への外出は自由である。王都外は許可なく外出禁止だが。私は幼少期からずっと英才教育コースになってしまって忙しかったし、特に用もなかったのでこの歳になるまで街に出たことがなかった。だが特待生になって手元に自由になるお金があるし、それに何より思春期なのだ。街ぐらい出たい。今日の目的地は仕立て屋だった。そろそろ支給品だはなく自分の思い描く服やアクセが欲しい。貴族並みの暮らしができるお金が生活費の心配なく使いたい放題なのだ。これからはどんどんお洒落しよう。


仕立て屋で満足な注文ができて、よしそれなら先輩に聞いたことのある魔法の品がある魔法屋にも足を向けてみようと思って市場通りにきたのだが、ここまですごいとは思わなかった。マジックアイテムやポーションなどを取り扱う店は冒険者相手の商売が主だから、庶民街の目抜き通りに集中しているのだ。田舎者にはきつい。売り文句の大声が飛び交う中をふらふらになりながら探し歩いていると、不意に声をかけられた。


「何か探してるの?」


魔法具らしいミスリルの胸当てに魔術師のマント、背中にこれも魔術的な力を感じるバスタードソード。燃えるような逆立つ赤毛の高身長男子。少しワイルド系の整った顔。


カッツだった。


「え、あんた、何いきなり!」


王都に向かう馬車以来七年ぶりに喋った。てか唐突すぎるでしょ。心の準備が足りていない。


「いや、目当ての店が見つからなくて困ってますって感じだったから。てかそんなお上り感アピールしながら歩いてっとこずるい商人に騙されるか、スリに財布すられるぞ」

「うっっっっ。そ、そうなの?」

「んで、どこ行きたいの?」


結局カッツに魔法屋に連れて行ってもらった。魔法屋の商品はどれも興味深く、マジックアイテムだけでなく魔術の研究に役立ちそうな素材とかも所狭しと並んでいた。流石に大陸最大の国の王都。カッツが言うにはこの店は世界最高の品揃えだという。


というかこの店で、カッツの知識量に驚かされた。私が知らないアイテムや素材の事を質問すると、一つの例外もなく流れるように説明がその口から溢れる。店の店主よりも詳しい。当初私は物見湯山で店に行きたかっただけだったが、うっかり五、六個素材を買ってしまった。寮に送ってもらうよう手配していると、カッツが言った。


「買い物終わったんなら、何か食い行かね?」


そうやって市場のはずれの酒場にやってきた。カッツは来慣れているらしく、ウェイトレスの女の子に手を降って店内にいる冒険者っぽいゴツゴツした男の頭を通りすがりに軽く小突いて、奥の空いたテーブルに座る。私も後に続いた。すすっとさっきのウェイトレスが近づいてくる。


「あ、適当におすすめの料理と、あと酒」

「あ、私はお酒はいいです」

「え?飲まねえの?飲もうよー?」


すごく残念そうにお酒を誘ってくるカッツの顔。それでも辞退した。


アレクレイアには飲酒の年齢制限がない。地域によっては水の方が酒より希少な地域もあるため、酒で水分摂取する必要がある場合もあるのだ。酒は酔うまで飲むと体内の水分を逆に吸収して脱水症状になるため、そういう地域の人は度数の低い酒を少量しか飲まないけど。私も飲めるっちゃあ飲めるのだが、帰りを考えたら飲む気分にはならなかった。人混みで酔うのに拍車をかけたいとは思わない。


「そういや君、学院の生徒?」


しばらく料理を楽しんでいたら、カッツがそう言った。


「何期生?」


絶句した。こ、こいつ、知り合いだから声をかけたんじゃないの?


‥‥え?


‥‥てか、今のこの状況で知らない女に声をかけたんだとすれば‥‥。


ナンパ、されたのか私?!私は幼なじみとご飯しているだけのつもりだったが、こいつの中ではほいほい着いてきた軽い女になってないか?そういやさっき爽やかに酒飲まそうとしなかったかこいつ?


「あ、そういうのいらないタイプ?ならズバッと本題入るけど、ホテル行こうぜ?」


私は無言で立ち上がると、テーブルの上のワインの瓶をカッツの頭上で下に向けた。



*****



その後最低人間に育った私の幼なじみは、国中の期待に応えて魔王を倒した。問題なのはその後だ。魔王討伐三日後ぐらい、いきなり私は何者かの魔術で引き寄せられ、魔王城の近郊の村らしき場所に連れてこられた。この私を持ってしてもレジスト不可能だった。


「な、何よっ!」


辛うじて地面に転倒はせず、自分の魔法で着地だけはしたものの、私と同じ境遇らしい人たちは盛大に地面に転がっていた。空を飛んでいる時から何人か同じ魔術で飛んでいる人がいるのには気づいていた。


「きゃあっ!」

「な、何事だっ!」

「いやん!」


いかにもどこかの村娘です、という感じの素朴な女の子は二学年下の後輩で、『最後の十二期生』として有名なエイナ・ランベル。別に優秀でもなんでもないが、その期に一人しかいないので自動で特待生になった幸運系女子。


白い鎧の騎士はシイナ・ウェルナット。ウェルナット男爵家の御令嬢で神意魔法に目覚め、聖騎士叙勲された人だ。魔王討伐に意欲が高く、学院の神意魔法と神学系の授業の担当官を担っている。


最後の人は知らない。ピンク髪のエルフ。私は幼少期貧乏だったためか、なんというか、発育がよくない。洗濯板とか言われた経験もある。しかしこのエルフはやたら胸とかお尻とかが豊満で、くそっ女はそれだけじゃねえぞと見た瞬間に思うぐらいにはセクシーだ。


それより、術者はどこだ?と見回すと、空中に浮かぶ幼女と対峙するカッツとが目に入った。


「まず貴様は、みだりに女を抱けぬ体にする。自分の人生に本当に大切な、そうお互いが真剣に誓い合った女としか思いを遂げられぬ。もし不埒に女をどうにかしようとしても、苦しみを味わうだけじゃから心して考えるが良い」


とてもとてももっともな事をカッツに言って、空飛ぶ幼女は指先から魔法を発動した。その一撃でカッツは倒れた。死んではいないようで安心した。ちなみに幼女の言うことには激しく同意する。


「さて次はお主らじゃな。悪いがお主らにも呪いをかける。お主らに罪は無いが、恨むならカッツを恨め」


その後エイナが同じように指から怪光線で撃たれた。彼女も何やら言い渡されてやりとりがあったが、割愛。他人より自分自身の方がもっと重大なので今となってはそのやりとりを忘れた。


「次は貴様じゃ、ビーナ」

「や、やめなさいよ!なんなのよ!」

「貴様は勝気な魔術師じゃったの。ならばこうしよう。『自分に向けられた悪意や害意に対し恐怖を感じてしまう』呪いじゃ。少しでもそう言う気持ちを向けられたら、抵抗不能に理性を保てなくなる。これならツンツンし続けられまい?火弱くなっちゃうぞ?」

「べ、別にツンツンしてないもんっ!」

「いやだからそう言う反応がっていう、テンプレ乙」


サムズアップして『乙』と喜んでいる。


「ココロのスキマ、お主も埋めるぞ。ドーン!!!」


人差し指から光を発して笑ウ幼女。


「ドーンじゃないわよー!」


私も光に撃たれて、意識を失った。



*****



その後、周囲の環境が一変した。


勇者学院は廃校、特待生ではなくなったので月給が支給されなくなったが、私は王立魔術研究所の職員になっていたのでその分の給与は貰えるはずだった。しかし呪いのせいで、勤務を続けることは実質不可能だった。


今まで気づかなかったが、しれっとした顔をして相手に悪意を心中に持った人間がどれだけ多いことか。仕事場の人間なんてほぼ毎日なんらかの悪意を向けてきて、その度に理性を保てず仕事どころではなくなった。道を歩いていてさえ、見ず知らずの誰かが不意に悪意を向けてくるので外も満足に歩けない。多分『あの姉ちゃんかわいいな、エロい事したいな』程度の悪意だろうが、呪いは悪意の種類や大きさに関係なく抵抗不能なためどうにもならない。そんなこんなで私は王都郊外の廃屋を買い取って、引きこもり生活を始めた。在宅ワークでできる範囲での魔術研究を仕事で貰えたのはホッとした。貯金はあるがヒキニートになるのは精神的に病む。手に職あるのは自分の窮地を救う。生活に必要な物資は配達で全て賄えるし。しかし郊外の周囲に人がいない家に引きこもって魔術研究なんてアレな魔法使いの典型だな。病んでヤバい研究に手を染めたら家に冒険者が退治に来そうだ。


そんな生活に慣れてきた頃、家に突然カッツがやって来た。


「何の用よ?てかあんたのおかげで呪われたんだけど?どのツラ下げてここに来たの?」

「いや、本当にすまん。‥‥で、その件で一つ頼みがあってだな」

「何よ?」

「うん、あのさ、俺の呪いの内容知ってるよな。お前ら四人の誰かとしか、その、それでだな!」


ガバッと、ジャンピング土下座するカッツ。おお、その技の使い手は本当にいたのか。


「一回試させてくださいっ!前に断られた時は『てめえコラふざけんな!この俺の誘いを断るとは何事だ』とか言ったけどっ。一発だけ試しに!お願いしますっ!」


土下座ナンパって一番最低ですよね。だって困るから。


「俺たちその、運命共同体みたいなもんで、呪いを解くためにお互い協力というか、俺の呪い治すのに協力してくれたら君の呪いにも協力するし!他の子も生活とか大変らしくて、俺が面倒見るし!三食昼寝付きで養うし!」

「な、ななな‥」

「おい?ワナワナと震えてるぞ‥?」

「何言ってるのよ!最っ低!それに残念でした!私はお金に困ってません!仕事できてます!そもそも私を思い出してもいないくせにっ!」

「お、思い出す?」


しまった。カッツが自分で思い出すまで言う気なかったのに。


カッツは顎に手を当ててうーんと考えながら私の顔をまじまじと観察し始めた。す、すごい照れる。あんま見るな。


「確かにどっかで見た顔なんだよなあ、って前も思ったんだ。でも」

「で、でも?」


なぜ私はドキドキする。この状況でこっちが吃るの何か悔しい。何で私が圧されないといけないのよ。


「でも俺、100人超えたあたりから女の顔よく覚えられないんだよね!ってぐはあ」


コークスクリュー、ブロー。


「ふざけんな!思い出すまで顔見せんな!出てけ!」



*****



カッツが帰ってから、考えた。


カッツが土下座しながら下卑た事を言っている時も、()()()()は発動しなかったのだ。つまり、カッツはあんなことを言っている最中も、私に下品な想像とか悪意とかを向けなかったと言う事になる。そんな男いるのだろうか?あいつの本当の頭の中は、どうなっているのだろう?


あの酒場での時はあんなに傷ついて、信じられなくなったのに―――この呪いで逆に、信じたい、知りたいと再び思えるようになっている。


それに、カッツを前にして、腹が立って、口を突いて出て来た言葉が、逆に私の本音を私に教えてくれた。


『思い出すまで顔見せんな』


二度と来るなとは思わなかった。そして思い出して欲しいと思った。言葉の綾ではなく、心の底からそう思ったからそういう言葉になった。私にはこういう事がよくある―――興奮して自然と口を突いて出た言葉が自分でも気づいていなかった本音である事が。


そもそも、私はカッツと結婚するのが当たり前だとずっと思ってきた。


彼と私、二人しか残っていないのから、それはもう『運命』だと思う。


そしてカッツにかかっている呪いはその運命を、証明してくれるのではないか?


もし―――カッツが私を思い出してくれたなら、今度こそ信じられそうな気がする。


だから、思い出してまた来てほしい。


あなたは絶対、私を選ぶべきだからっ!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ