パターンA 〜彼女の場合〜
ただの村娘Aの私が、今もこうして生きているのは彼のおかげだ。
私は王国の西の外れの辺境、ありふれた農村に生まれた。父親も母親も百姓で、六人兄弟の五番目に生まれた。貧しい村だったので、冬越しには平均五人ぐらいは栄養不足か凍死で死ぬ。ので、私が六つになる頃には三人兄弟の二番目になっていた。だが別に極端に不幸な村だったわけではない。王国の村落ではごくごく普通で当たり前の境遇だった。
しかし、魔王復活で事情は激変した。ご存知の通り魔王城は王国の西の国境近くにあった。つまり私の村は国内でも魔王城に最も近い村に、ある日突然なってしまった訳だ。
けれどご想像されるほど極端に貧困が進行した訳ではなかった。行商人達が恐れて近づくのを忌避したため、外から荷車が滅多に来なくなった。その結果村で取れるもの以外の物資は手に入らなくなったのは痛手だったが、御領主様が早々に魔族に滅ぼされ、新しい御領主様も決まらなかったため、なし崩し的に村から税金が無くなったため、経済面では裕福になったぐらいである。魔族に多少の貢物をする必要はあったが、魔族は数が少なく種類によっては人間の生産品を求めないため、結果的に王国に支払う税金よりずっと割安で済んだ。
しかし経済以外の面では最悪の状態になった。
魔族たちは気まぐれに村に来て気分次第で略奪や強姦を行う。魔族達は人間を支配しようとかそういう行動原理で動いてるのではなく、気が向いたとかそういう行動原理で動いているようだった。だから襲撃はあまり頻繁ではなかったが、いつ来るか分からないのは恐怖でしかなかった。また、魔王城で労働させたり性奴にするために連行されることもあった。これもどちらかと言うと『あの人間がなんとなく気にいった』みたいな理由で、滅多にあることではなかったが、かくいう私も大きくなったら魔王城に来いととある魔族の幹部に指命されたことがある。魔族は記憶力がいいのでこの宣告からは逃れられないことを意味する。
脅威は魔族だけではなかった。『国民総勇者令』が発令されてから数年後だろうか?国から『役立たず』とレッテルされ王都から追放された勇者候補生達が徒党を組み、山賊化するようになると、私の村の北の方の山にもその根城の一つができた。彼らは国に徴兵され剣と魔法を地獄を見るような特訓で叩き込まれた連中である。国に対して基本的に恨みがあるので犯罪に容易に走る集団だった。彼らも時折村に降りてきては足りない物資を要求したり、性欲を村娘で発散する。人間も魔族も結局のところ同じだった。
そんな灰色の子供時代、八歳になった頃、私にも『国民総勇者令』の召集令状が来た。魔族勢力圏で御領主様がいないので、実は無視することは可能だった。どうせ咎めようが無いのだ。だけど私は、召集に応じて王都へと向かった。村にいたら魔族か勇者ゴロにいずれ殺されるだろうし、魔王城で奉仕する指名も受けている。どっちみち私は死ぬのだから。なら私達の村の運命を激変させた、魔王を討伐するお手伝いをした方がずっとずっとマシだと思ったから。
*****
「エイナ!しっかりして!」
耳元で大声を出され、私は意識を取り戻した。
王都近郊の山の中、基礎体力づくりのために山中行軍訓練の途中。行軍速度とルートの過酷さで私は倒れてしまったらしい。
「うん、大丈夫‥」
フラつく頭を押さえながら立ち上がり、勇者学院同期のカレンにそう答える。命に別状は無さそうだけど、体力が底をつき、すぐ歩けそうに無い。
「大丈夫だけど、少し休んで行くからカレンは先に行って」
「え?でも‥」
「大丈夫。私だって勇者候補生だから、自分で応急処置できるし、ちょっとお腹に物入れて回復したらついて行くから。私と一緒に遅れたらカレンだって評価下がるよ?」
評価が一定以下に下がると王都追放。村に帰れる境遇の人はいいが、そうでない人は勇者ゴロになるか娼婦になるしか道はない。村に帰れる人も、王都追放は要は刑罰なので前科者になる。あまり居心地のいい生活はできないのが普通だ。
そして、カレンの村は勇者徴兵を間引き口減らしがわりに利用していて、落第したら彼女は村には帰れないのを私は知っていた。歓楽街で娼婦やるか勇者ゴロの情婦になって山賊の砦で生きるかの二択だ。どっちも避けられるものなら避けたい運命だろう。
「わ、わかった。ちゃんとゴールするんだよ?」
そう言ってカレンは先に行った。
勇者学院は八歳から十八歳までの十年間通う。最初の五年は評価制度は存在しないが、十四歳からの五年間は毎年落第判定があり、落ちると追放となる。
私は八歳から全ての科目で赤点であり続けている。今年から落第判定の対象になるのだが、それはつまり今年で追放、と同義だ。特に戦闘系は全くダメで、魔法は何一つ使えるようにはならなかったし、剣術は敵が怖くて目を開けてすらいられない。非戦闘員の村娘Aの見本みたいなものである。
なぜ評価制度による追放が存在しているのかと言うと、単に国家予算の都合らしい。勇者候補生は衣食住全て国から支給されるので国家予算を大幅に圧迫している。育ち盛りに差し掛かる十四歳ぐらいから食費が跳ね上がるが、戦闘員を養成する都合上慎ましく生活せよとはしづらく(いっぱい食べて強くなってもらわねば意味がない)そうなると『優秀なものだけたらふく食べさせ、役立たずに支払う金は無い』と言う道理に自然となる。それでも国費が足りないので、訓練の一環として国有農地の農作業や手工業などがあり、そこで自分達の消費を補填する仕組みもあるのだが。
そもそも普通に村に暮らして餓死や病気で死なずに八歳から十八歳まで無事に育つことができるのは、統計的に全体の八割。国家予算で食わして貰っている勇者候補生はほぼ全員死なずに生き残るので、追放されても国費で生かしてるからむしろ感謝せよと言う理屈だ。実際ご極貧の寒村の子供は徴兵を歓迎するし、村も合法的口減らしができるので喜んで子供を差し出す。勇者学院では剣術や魔術などの戦闘訓練だけでなく基礎体力訓練や座学の学問、果ては農作業のノウハウや職人スキルまで経験できるので、国の当初の計画では村に帰ったら役立つ若者になるはずだった。国中の景気が壊滅して、村側が勇者候補生が帰ってくるのを歓迎しないため、その計画は絵に描いた餅でしかないけど。
ちなみに勇者候補生の中でも特待生、その学年のトップ十人になると、衣食住の支給だけでなく月々の給料までもらえるようになる。それもその辺の騎士や下級貴族の王国執務への手当てより多い額が。まあ、今年確実に落第する私には関係ない話だけど。
「はあ‥」
休憩しながらそんなことをつらつらと考えていたら、気分がどん底まで落ち込んだ。私は多分村に帰れはするので体売るのだけは回避できるけど、村に帰ったら魔族のご指名に従って性奴奉仕も確定的だ。多分三十まで生きられまい。自分の運命は呪われているとしか思えなかった。
「えーい、くよくよ考えても仕方ない!」
どんなに遅くてもゴールしないと落第確定になる。私は立ち上がり、やたら険しい山道を登り始めた。
*****
周りを見渡せる小高い地点にたどり着いた私は異変に気づいた。
「山火事‥?」
視線の先の森から煙がもうもうと立ち上っている。所々赤い炎も見え隠れしている。しかもその辺りは私の登山ルートに符号している。逆算すると先行している同期生が丁度その辺りを進んでいる頃なので、同期生達に何かあったに違いなかった。よーく見ると、人影が動いているように見えなくもない。急いで追いついて状況を確認しないと!
急いで火事現場に向かった私は―――カレンの斬殺死体を見つけた。
「あ‥、あ‥、いや‥」
焼死体ではない。剣で袈裟斬りに斬り殺されていた。痩せこけた木の根元に、真っ赤な血が飛び散っている。馬上から斬り下ろされた勢いで心臓に達した切り口。血溜まりで赤く染まった親友の顔。
「まだ生き残りがいたかあっ!」
呆気に取られていた私の背後に、剣を持った男が迫っていた。所々血に汚れた剣と体。男は剣を肩に振りかぶっている。血走った目には明らかな殺意。
そう、斬殺されているのなら、斬った奴がいる訳で。
斬った奴がいるなら、まだ近くにいるはずで―――!!!
ズガッ
鈍い音。訓練で聞き慣れた、剣で力を込めて硬いものを斬りつけた音。どこを斬られた?感覚はない。痛みは遅れて感じるものだとどこかで聞いた。
「おい、お前!」
意識の外から声をかけられた。よく見ると私を斬ろうとしていた男の胸に剣先が生えている。後ろから誰かが斬ったのだ。剣先が前後に揺れる。どうやら剣が抜けないらしく、男の後ろにいた誰かが乱暴に男の体を蹴飛ばした。剣が抜けて男の体が横に倒れる。
声をかけてきたのは、真っ赤な髪の毛が逆立つ少年だった。ギラついた目つきと、どこかふてぶてしいと感じさせる表情。血に濡れたバスタードソードを右手に勇者候補生の制服を着ている。
私はこの人を知っていた。知らないはずがない。二つ学年が上の先輩、カッツ先輩。勇者制度始まって以来の神童で、十六歳で既に剣術は五種類の流派の免許皆伝、魔術は宮廷魔道士を超えてしまった化け物。
それだけでなく、何というか、悪評も有名だ。現在は基本的に候補生としての訓練は全て放棄していて、世界中をぶらぶら放蕩三昧。最強勇者として王国の貴族達も口をつぐませ、酒、ギャンブル、女にまみれた生活をしているという。基本この国の中では気まぐれに夜伽を命じられた女の子に拒否権はほぼない。
でも訓練放棄はもはや彼を教えられる人が国内にいないからで、世界を回って各国の魔導書を探したり自力で鍛錬、研究をしているからだという噂もあるし、お相手させられた女の子から直接の非難はほぼ無いらしいというのも聞いている。というか、そんな絵に描いたようなクズ、信憑性に欠けるような気もする。剣術にしろ魔術にしろ学問にしろ、相当の努力と時間がかかる。そんな時間はないはずで、噂に尾鰭、話半分に捉えておくべきだろう。
「お前、十二期生か?」
「は、はいっ。あなたは十期のカッツ先輩ですよね?」
「何で一人でここにいる?」
「えっと、疲れて倒れちゃって、一旦休んで追いついて‥」
「ふうん?」
じろりと訝しげに舐め回す目線。
「まあ、嘘では無さそうだな。お前、遅れて逆に運が良かったな」
カッツ先輩の話だと、勇者ゴロの中でも反王国主義、革命やらレジスタンス活動を宣言している一派がいる。一派は元々勇者候補生の集まりなので、どの学年がいつどこで訓練するか知っている。今回は屋外訓練でも襲撃しやすい山岳訓練の、最低学年である十四歳の学年が狙われたらしい。学年が上がれば相対的に生徒が強くなるからだろう。目的は憎き勇者制度の崩壊。
王国はかなり前から革命派を内偵していたのだが、計画を察知したのが今日、決行当日であったことで決定的に一手遅れ、最強の刺客であるカッツ先輩を急行させたが間に合わなかったと言うことだった。
熱源探知で私を見つけたのが奇跡みたいなものだったらしい。生き残りの同期は見つからず、カッツ先輩は革命派の残存を片っ端から斬り捨てて回っている途中だったそうだ。
「まあ、目につく敵は皆殺しにしたけどな」
ゲリラ戦やってる軍隊を一人で殲滅するって何者。
「あ、あのっ!助けていただいて、ありがとうございましたっ!」
飛行魔法で王都に戻る途中。私はお姫様抱っこでカッツ先輩に抱えられて夜空を飛ぶ。礼を言うと、カッツ先輩は素晴らしく気持ちのいい、爽やかな顔で笑ってくれた。顔を覗き込む優しい視線。あれ?意外に紳士なのでは?と、思ったのだが―――。
「ハハッ、礼なら体で払ってくれ!」
その夜空は王都の連れ込み宿に直結していた。私は純潔を捧げた。彼はやはり、噂通りのクズだった。
*****
その後、私の人生は明るく開けていった。
私の学年は私を除き全滅した。一学年丸々0人になると、勇者制度担当の貴族や騎士が不条理な王様から責任を問われる。そもそも討伐隊を作るのが目的で上から順位をつけているだけで、追放制度は口減らしでしかない。一学年の人数を確保しないと制度的な意味が消滅する。せめて『この学年は厳しく審査してみた結果、一人しか残りませんでした』ならまだ格好はつく。私はどれだけ無能で役立たずでも、担当官からしたら『絶対に切れない生徒』になったのだ。
無論、表向き『唯一の合格者』で超優秀という事に書類上なっているので、特待生にもなった。剣術や魔術や学問を自分のペースで伸び伸び学び、衣食住完全支給、さらに月給まで貰うという、高禄の大貴族のような身分になってしまった。まあ、生まれつき貧乏性なので、村に仕送りと貯金以外のお金の使い方がわからないけども。剣術も魔術も相変わらず何年やっても一切才能は無かったので、今は学問と体力訓練の軽いのしか受けなくて良くなった。どうせ教えても無駄と目されているので、とても楽だ。まあ十八になったら出征するのだけがアレだけど。
と、幸せな約二年を過ごしていたら、またまた社会が大転換した。カッツ先輩が魔王を倒したのだ。これで出征することすら無くなった私は幸運だと思った。
「な、なにこれっ!」
魔王討伐の報が王都に流れて何日間の夜だっただろうか?いきなり私の体が発光した。すごい魔力で強引に空中に釣り上げられ、女子寮の窓を突き破って夜空を飛ぶ。かなり長距離を飛んだだろうか?王国西部、生まれ故郷の方角へとぐんぐん飛ばされる私。
「きゃあっ!」
地面がすごいスピードで眼前に迫る。死ぬ―――と思ったが痛くも痒くも無かった。顔を上げると、立ち尽くすカッツ先輩と、空中に浮かぶ幼女の姿があった。
「な、何よっ!」
「な、何事だっ!」
「いやん!」
横から声がする。視界の端でなんとなく覚えがあるが、この三人の女性も私と同じように光って飛んできていたはず。
金髪ツインテールの人は確かカッツ先輩と同学年の特待生の人。魔術が優秀だったはず。
白い鎧の女性は勇者制度の担当官の騎士様だったはず。すごく生真面目な方だ。
ピンク髪のエルフの人は知らない。けどスレンダーで長身のエルフ族にあるまじき低身長とダイナマイトボディ。ふよふよって感じで羨まし‥くないぞ。私だって並みよりは大きめだ。何がだ。
「まず貴様は、みだりに女を抱けぬ体にする。自分の人生に本当に大切な、そうお互いが真剣に誓い合った女としか思いを遂げられぬ。もし不埒に女をどうにかしようとしても、苦しみを味わうだけじゃから心して考えるが良い」
びかっと、空飛ぶ幼女の指先が光ると、カッツ先輩がその光に撃たれた。カッツ先輩はバタっと倒れ、気を失う。あの最強勇者を一撃でとは、この幼女何者。
と、幼女がこっちを見た。にたあっと笑う。怖。
「さて次はお主らじゃな。悪いがお主らにも呪いをかける。お主らに罪は無いが、恨むならカッツを恨め」
「ちょっ、話についてけないんですが!」
「まずは貴様じゃ、エイナ。ふむ、何にしようかの」
「今適当に考えるものなのそれっ!」
「貴様は素朴な村娘じゃったの。ならばこうしよう。『衝動的にどうしても誰かに奉仕しなくてはならない気持ちになってしまう』呪いじゃ。素朴でひたむきな感じじゃろ?」
「い、いやいや最近は結構ぐうたらしてまして、素朴な村娘っぽくもないですし、ひたむきさもどこかに置いてきてしまいまして‥」
「なら思い出せ。原点に帰れ」
私に指を向け、鬼気迫る表情で圧迫してくる幼女。
「ココロのスキマ、埋めてやろう。ドーン!!!」
「そ、それっ!なんか違うー!」
私も謎光線に撃たれ、意識を失った。
*****
それから大変な事になった。
まず魔王打倒済みのため勇者制度が廃止。私は特待生ではなくなったので宿無し無職になった。勇者候補のほとんどが兵士になり残存魔族の掃討や勇者ゴロ討伐の仕事についたが、非戦闘員バリバリの私は特待生時代に貯めた貯金を食い潰す安宿暮らしの身分となった。
そして呪い問題である。
本当に唐突に衝動が起こるため、まともな社会生活ができない。例えば料理屋に行くと、忙しく働くおかみさんを見ていると厨房に乱入して手伝いたくなるし(しかも有効な手伝い方ではなく、引っ掻き回す結果になりがち)お酒を飲んでいるおじさんがいたらお酌したくてどうしようもなくなる。まだこの例は料理屋だからマシだが、道端のスケベオヤジに奉仕心を悪用されたら一ヶ月で父親のわからない子を妊娠する自信がある。おっかなくて外に出られず、安宿に引きこもって決められた時間に食事を運んでもらって暮らすほかなかった。
そういう生活を二ヶ月ぐらいした頃、部屋にカッツ先輩が来た。
「よう。巻き込んですまねえな」
開口一番それだった。しかし不思議と恨む気持ちにはなれなかった。確かこの人も呪われたはずだし、呪いをかけた本人でもない。
「一つ頼みがあってだな」
「‥なんでしょう?」
「うん、あのさ、俺の呪いの内容知ってるよな。お前ら四人の誰かとしか、その」
「はいはい。覚えてます」
「それでだな!」
カッツ先輩、渾身の土下座っ!
「一回試させてくださいっ!」
「‥‥‥‥‥‥‥はあ?」
「初めて会ってなんだけど!一発だけ試しに!お願いしますっ!」
これ、もしかして、まさかひょっとして―――要はその、『やらせて』って言ってません?気のせいですかね?いや気のせいじゃないですよね?今土下座でお願いされちゃってますよね?
「俺たちその、運命共同体みたいなもんで、呪いを解くためにお互い協力というか、俺の呪い治すのに協力してくれたら君の呪いにも協力するし!他の子も生活とか大変らしくて、俺が面倒見るし!三食昼寝付きで養うし!」
「ふ、」
「ふ?」
「ざけないでくださいっ!ていうか初めて会ってないし!ヤった女の顔ぐらい覚えろだし!てか私勇者候補者の後輩で『最後の六期生』って割と有名だったし!呪いがとばっちりなのはいいけど!その人間性がっ!」
そこまで言ったところで頭がグラッとした。やばい。来た。衝動。
私は見事な土下座をキメているカッツ先輩を引っ張り起こし、膝の埃を手で払ってあげて、襟元を直してあげて、髪の毛を手で溶かしてあげる。と、そこで衝動が収まる。
くっ‥奉仕してしまった‥。
「と、ともかく、今日のところはお帰りください」
*****
先輩を勢いで追い払ってから考えた。
うーむ、しかし冷静に考えて、どうしよう?
実はもう有り体に言って、私カッツ先輩割と好きなんだよなあ‥。
人としてアレなのは間違い無いけど、勇者候補生の後輩として、めっちゃ格好良かった部分もあって。
間接的にもお世話になっていて、『一学年で唯一の合格者。超優秀』みたいな、担当官達の無茶な言い訳が成り立って私が特待生になれたのは、実はカッツ先輩という強烈な前例があったからだ。生まれ故郷を魔族から解放したのも先輩だし、一度は命も救われている。純潔を捧げた夜にしろ、実は後悔は全くない。
それに冷静に現状を考えて、まともに社会生活できない以上誰かに頼らねばならないし、呪いも解除しないといけない。村娘Aな私が自力で呪いを解除できる可能性は無きに等しいし、相手は史上最強の英雄様。三食昼寝付きで養ってくださるなら嫁に行ってもいい気さえする。あ、よく考えたらさっきの内容的には土下座プロポーズと言えなくもないな。ふふ、そう考えるとなんか笑えてくる。
そもそも村娘Aなんてどんな一生送るにしろ適当な男の子を産んでなんとなく過ごすのが関の山。だとすると、英雄カッツは子種としては超優良物件だ。英雄色を好むのレベルでクソ野郎なのは我慢できる範囲ではある。
ただの村娘Aの私が、今もこうして生きているのは彼のおかげだ。
―――じゃあ次に先輩が来たら、こう言おうかな?
「私、戦闘能力ゼロだし呪いで色々何もできない役立たずですけど。平凡な専業主婦な村娘Aな性格なんで、ぐうたらしててワガママですけど。何もかも平凡で顔も体もごく普通ですけど」
「それでも良かったら―――」
「ご奉仕しますので、よろしくお願いします」
先輩がもし、何も言わなくても、もう一回自分から来ようと思わないなら。
女の前で一回で挫けるような情けない『役立たず』なら、この話はこれまでだったという事だ。
世の殿方には、こういう場面でこそ、男を見せて欲しいと思う。二回目行くのが『しつこい男』だと思われるのか『言わなくてもここで来いというタイミングで来てくれて、男らしい』と思われるのか、そのぐらい分かれというものだ。わっかりやすいサイン出してんだぜ、女としてはな!
―――こんな私を、『ワガママ』だと思います?