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俺たちの始まり

「これで終わりだ!」


俺の剣が魔王の胴体を横薙ぎに捕らえる。斬撃は完全に魔王を両断し、どういう原理だか切り口からまばゆい光が輝く。


「ウ、ウオオ!に、人間風情がああっ!」


人類の悲願が今、実現しようとしていた。


「へっ、大勢の人間の人生を狂わせた割にゃあ、随分と弱えじゃねぇか」


俺は片頬を吊り上げて吐き捨てた。


「ぬう‥魔族を甘く見るなよ‥呪ってやる!祟ってやるぞ、いずれ貴様を地獄に道連れにしてくれる」


魔王はラスボスの最後の断末魔テンプレートを嗚咽しながら、くずおれて倒れていく。俺はそんなの捨て置いて、飛行魔法で魔王城大広間のステンドグラスをぶち破り、魔王城上空に浮かぶ。


「こいつさえ‥いなければっ‥」


右手に集まる魔力の波動を感じながら、俺は少しだけ柄にもなく回想した。右手の上に光球が生まれ、見る間に10メートルぐらいまで膨らむ。


「消し炭になれ」


俺はその、自分の魔力の限りを尽くした光球を、魔王城に向けて発射した。



*****



俺はアレクレイア王国の辺境、レドニスの村に生まれた。住民は農耕か牧畜か狩猟をして日々の糊口に糊するだけの、寒々としたちっぽけな村だった。母親は俺が四つの時に冬場の風邪で死んだ。寒村でそれはごく当たり前のことで、親兄弟だとか夫婦だとか言う前に誰もが自分が死なないことを考え、病になったらもう終わりみたいに、あっちこっちでしばしば訃報を聞いた。そして一晩泣いたら誰もが誰もを忘れた。


そんな日常が、ある日突然激変した。

魔王がアレクレイア領内で復活したのだ。


この世界には大きく分けてしまうと、人や善良な動物などの『陽族』と、モンスターや悪魔などの『魔族』の二つの勢力がある。魔王とは魔族全体を統括出来る支配者のことであるが、何百何千か俺にはよくわからないが神世の頃に魔王は倒され、ここのところその席は空白のままだった。それが俺が六歳の時、いきなり誕生したのだ。


それを受けてアレクレイア王―――狂王と今は呼ばれているが―――は『国民総勇者令』を発動した。


それは全ての十歳以下の国民全員が強制的に魔王を倒す勇者としての過酷なトレーニングを受けることを義務付け、有望な者は必ず魔王と対決しなければならないという命令だった。王は恐怖のあまり誰をどのように犠牲にしても魔王を倒せと言ったのだ。

俺もレドニスの他の子供と共に、縄に繋がれ王都に連行された。そして地獄のような日々が始まった―――

はずだった。


俺は天才だった。剣術の修行も魔法学も、なぜ周りの奴らが苦悩するのかわからないほど簡単になんでも出来た。年が十八を超えて体が万全に出来上がるまで出陣はなかったが、その間に俺より年上の者は皆いなくなった。有望でない者は王命によって王都追放(それに逆らえば処刑される)有望な者は十八になれば討伐隊に組み込まれ、一人も戻ってこなかった。レドニス村は俺が王都にいるうちに魔族に滅ぼされ、俺は天涯孤独となった。その頃には俺は史上最強の魔法剣士になっていた。


あまりの最強っぷりに国も俺を特別扱いした。毎年十八になる勇者候補生で討伐隊を組織し三桁単位の人数で魔王城に乗り込むのだが、俺はそれを拒否した。役立たずと共にいたら足を引っ張られるだけだ。

俺は次第に魔王への唯一の切り札と目され、国内で特権を与えられた。割符を見せればどんな店でもタダで物を手に入れられたし、立ち寄った街でいい女がいれば夜伽を命令することができた。俺は酒と女に溺れる毎日を送った。


たった一人だけ、妙な小娘だけは俺の夜伽を断りやがった。その場で手打ちにしようと思えばできたのだが、わざわざいい女を殺すことはない。まあこの勇者たる俺の腕にいずれは抱かれたくなるかもしれない。その時の優越感を考えて見逃した。


そして俺は、魔王にタイマンで勝った。途中魔族の幹部やら色々いた気がするが、よく覚えていない。邪魔だどけと言ってどいた奴と、立ち塞がって一刀両断になった奴の二種類しかいない。そんなもんいちいち記憶に残してはいない。


そして魔王城からの帰り道、一番近いちっぽけな村に立ち寄った。戦勝祝いに酒が飲みたかったし、女も抱きたかったからだ。


そして―――その村で事件は起こった。


真夜中、夜伽に指名したピンク髪のエルフと一戦交えて眠りこけていた時、凄まじい魔力を宿屋の外に感じて飛び起きた。確実に魔王に感じたそれより上だった。


バスタードソードを持って慌てて宿屋の外に出ると、空中に浮かぶ幼女が不敵な笑みを浮かべていた。

真っ白な肌に透き通るような銀髪。空中であぐらをかいて膝に立てた腕で頬杖ついてこの俺を見下していた。


直感的に一瞬足がすくんだ。だが俺はイラっとしたから切りかかった。


「たわけがっ!」


剣先が届く前に一喝、衝撃波みたいな物で俺は吹っ飛ばされた。


「ワシに触れようなんざ百万年早いわ」


凍てつくような見下す目。


「貴様、勇者カッツじゃの?」

「そ、それがどうした!」

「ワシは貴様に倒された魔王の部下の一人じゃ。復讐しにきた」


クソガキ、というかロリババアはくかかかかっ、と心底楽しそうに嗤った。


「カッツよ、今ので実力差はわかったであろう。というか、聡いお主じゃからやる前からわかっておったかの?」

「くっ‥」


こいつは強い。確実に俺より。何より頭が戦えと念じようが体が竦んで身じろぎひとつ出来なかった。


「さてさて、ここでお主の息の根を止めるのは簡単なんじゃがのう。ふーむ、お主、業が深いのう」


業?


「お主の罪は死より重い。何より、人の心をわからずに踏み躙って生きてきたのを気づかずに死ぬのは許されぬ。特に女じゃ。貴様が心地よい気持ちになっている間に泣いた女の人数と心を痛感しておらぬ」

「ゆえに、こうする」


ロリババアが頬杖をついていない方の人差し指をくりくりっと回した。


「きゃあっ!」

「な、何よっ!」

「な、何事だっ!」

「いやん!」


するとあっちこっちから、すごいスピードで光に包まれた四人の女がびゅーんっと飛んできた。どいつもなんとなく見たことがあるようなないような。


一人は村娘然とした娘だった。この村に到着した時に見かけた気がする。明日夜伽に呼ぼうと思っていた女だ。素朴な中に温和なかわいさがある。俺の勘だと生娘だろう。


一人は金髪ツインテールの気の強そうな女だった。こいつは覚えている。俺の人生で唯一、俺の夜伽を断った女だ。王都に住む魔術師だったはずだが、こんなところになぜいるのだろう?


一人は聖騎士の鎧に身を纏った、長い黒髪の女だった。うーん?見たことあるようなないような。ともかく騎士なんて汗臭い職業させとくには勿体ないぐらい目鼻立ちの整った美女だ。


一人はさっきまで今夜の夜伽をしていたピンク髪のエルフだった。そういえばエルフにしては髪の色とかトランジスタグラマーな体型とか、妙に世間ズレしてる雰囲気とかは異質に感じる。今更ながら。


「お主に呪いをかける。だがお主の罪にはそれだけでは足らぬ。じゃからお主と共にこの四人の娘にも呪いをかける」


なにそれ完全にとばっちり。


「お主は自分の呪いに苦しみながら、この四人の娘に対して大きな責任を負う。そしてこの呪いが続く限り五人共自決はできぬ」


女たちを引き寄せた指の先がぽおおと光る。そしてその指で、俺をゆっくりと指さした。


「まず貴様は、みだりに女を抱けぬ体にする。自分の人生に本当に大切な、そうお互いが真剣に誓い合った女としか思いを遂げられぬ。もし不埒に女をどうにかしようとしても、苦しみを味わうだけじゃから心して考えるが良い」


す、すげえ魔力っ!

俺の体が強大な魔力に包まれた記憶を最後に、俺は意識を失った。



*****



「ぐううううっ!」


王都の一級娼館、顔馴染みのナンバーワンの女がベットに横になって俺を呆れた顔で見つめている。

さっきから30分ぐらい、『どうにかしよう』と悪戦苦闘している。しかし俺の自慢のバスタードソードはピクリとも動かない。

それだけではない。精神的にはいつも通り興奮しているのと、肉体的に反応しないアンバランスさだろうか?脳が異常にかゆく感じる。例えるなら骨折や捻挫の治りかけで炎症している部位のように、かゆみと熱さで狂おしく感じる。


「ねえもう諦めれば?もちろんお代は()()()もらうけど」


あくびしながら言うナンバーワン。俺の心を、自信を抉るように言葉が刺さる。


「いや、ちょっと待ってくれよ。おめえだっていつも喜んでくれてんだし、ちゃんとできた方がいいだろ?」

「いーわよ別に。このまま終わっても。ふああ、ねむ」

「えええっ!そ、そんなもん?!」

「そんなもんよー。女って。別にあんたが不能になっても他にいるしー」


なんてみじめなんだ。頭のつらさがではない。この女に対しての感情でもない。みじめなのは、俺の分身がこの体たらくなこと、それ自身だ。これは男の存在のすべてと言ってもいい。男とは、コレ。男の強さとは、コレなのだ。


「あー、もう制限時間だわ。じゃまた、治ったら来てねー」


ナンバーワンにそう言われて、俺は店を追い出された。


王都の歓楽街、裏路地をトボトボと歩く。こんな、こんなことってあるか?!この俺が?!最強の魔法剣士は、()()()の方も世界最強だったはずだ。一度や二度ではへこたれない。何度でも立ち上がり戦える。無尽蔵に湧き上がる力強さ。逆に鎮める方に苦労していたぐらいなのだ。


「なんか、どうすっかな‥」


考えれば考えるほど嫌になってきて、俺はドブ川を舗装する石畳に座り込んだ。足をぶらぶらと、ドブ川の上で所在なく揺らす。

こんな絶望は生まれて初めてかもしれない。ドブ川の灰色の水に映る俺の顔は、なんか筆舌に尽くし難い情けない表情。ひょっとしてこのまま一生、二度と元気にならないで終わるとしたら、俺の人生もまた、終焉したのと同意義に思える。軽く死にたくなるな。なるほど『自決はできぬ』かロリババアめ。いや、できるとしても死なんけど。


「よう、兄ちゃんどうした!背中の立たねえ時もある現在進行形みたいなツラして?」


何分そうして座っていただろうか?いかにも下町の住人然とした汚い50がらみのおっさんが、陽気にそう言いながら俺の真横に座った。にかっと笑う。うわ酒臭っ。馴れ馴れしいオヤジだな。だが追っ払う気力が出ない。


「ほっとけよ。あと立たねえって単語使うな」


ボソっとそう言うぐらいしか出来なかった。


「まあまあ話してみろや。ほい、これ飲め」


そう言って安酒の瓶を差し出してくる。確かに飲みたいと言えば飲みたい気分か。俺は瓶をひったくると一気飲みした。割と度数高めで一気に酔いが回る。その後酔っ払った勢いもあり、聞かれるがままオヤジに事情を愚痴る俺。


「なるほど。おっ立たねえでしょぼくれてたって訳か。ギャハハ」

「笑うな燃やすぞ」

「いやいや、まあまあ、よくあるよくある」

「ええっ?!よ、よくあるの?!ダメになるのって」


そんなもんなのか?この世の終わりみたいな話だが、ありふれたもんなのか?


「40超えたら誰でもたまーにあるわさ。そう言う時期。みんな言わんだけ。俺だって、えーと、かなり昔に丸三年ぐらいダメになった時期あるぜ。まあ俺の場合は20代の頃だけどなぁ、ひひひ」


酒瓶を煽りながらオヤジは笑う。こいつ昼間から何本酒瓶持って歩いてんだ?体壊すぞ。


「俺こう見えて若かりし頃は騎士でな」

「嘘つけ」

「いや嘘じゃねえ。身を持ち崩しただけだ」

「てめえで言うなよ」

「ひゃひゃひゃ。まあまあ。んでまあ、『最愛の人』的なのがいた訳よ。若き日のイケメンな俺には」

「嘘つけっ!面影ゼロだぞ」

「いいからそう言うことにしとけよ。んでまあ、ひっどい振られ方した訳だ。そんで落ち込んで、数日ダウンして、仕事も休んでな。まあでも何日も休む訳にもいかんし家名とかもあるから忘れることにして復帰して、普通に生きてた訳よ。んで、一ヶ月ぐらい経った頃かなあ?『ん?そういやあ最近ムスコの奴が全力じゃねえなあ?』ってさ。まあ自分で処理するのは変わらずする訳じゃん?」

「いやそれ言わんでいいから。成人指定にする気か」

「んで、ゾッとした訳ですよ。その夜速攻娼館行って試してみたらさ、案の定ダメでな」

「そ、そんで、どうしたんだ?!最初の口振りだと一年ぐらいで治ったっぽいけど、ど、どうやって治した?!」


オヤジはにやっと笑ってまた一口酒を煽り、俺にも差し出した。俺も一口飲んで返す。


「慌てたし悩んだねえ。仕事やめて酒に溺れてこのスラムで飲んだくれて荒んでたなあ。んで酔った勢いで何度も娼館行っては試して毎回ダメで、娼婦にゴミ見る目で蔑まれたりな。女の本気の冷酷さってのはあの時期に初めて知ったな。おんなじ女に三回ダメだとマジでカス扱いされんのよ。女は怖いねえ」


身につまされるな‥。今の俺には洒落にならん。


「んで、そんな感じで資産やら貯金やら食い潰しながら腐ってたらよ、あれよ、魔王復活があってな。世の中大騒ぎになった訳。いや逆に今考えると運が良かったのかもな。イ◯ポってなかったら騎士やってて多分魔族と戦って死んでただろうからな」

「イ◯ポって単語やめて!」


魔王復活してすぐの頃、王国は全軍上げて総攻撃をかけた話は聞いている。俺がまだ小さい頃だが、ほぼ全滅だったらしい。


「んで俺の実家は父やら兄やらみんな死んで、家は没落取り潰し。俺はその頃にゃもう勘当済みだったし。んでもまあ、俺も元は騎士ではあったし、世の中大変なのにこれじゃいかんと思った訳よ。家やらとは関係なく。どうにか立ち直って社会復帰せねばと。その頃から国が荒れて、スラム街の住人ですら働かずに生きられる社会ではなくなったってのもあるがなあ。で、社会復帰の努力を始めた訳さ」

「なるほど」

「まず最初に、ムスコを復活させようと決めたんだ」

「まずそこ?!」

「それが一番大事だろ?立たねえまんま頑張って生きてられっか」

「き、気持ちがわかりすぎる‥」

「んでまあ、毎日朝6時にちゃんと起きるとか、野菜食うとか、適度に運動するとか、スラムの住民で受けられる土木作業とかで働くとか、寝る時は安宿でいいから泊まるとか、酒減らすとか」

「今アホみてえに飲んでんじゃねえか?」

「ひゃひゃひゃ、まあ飲む日はガンガン行くけど、今でもこんななりでも毎日は飲まねえよ?」


うーむ、なるほど。治す努力か。必要なのかもなあ。俺の場合はロリババアの呪いだから違いそうだが。


「んで、その努力の結果治ったのか?」

「いんや」

「な、治んないの?!」

「いやいや、治ったんだけどな。治った理由が違うくて。実は、例の『最愛の人』なんだけどな。魔王復活後の混乱期に偶然見かけたんよ。いい家のお嬢様だったはずなんだが、まあ没落したんだろうな。娼婦落ちしててなあ。しかもよりにもよって魔族に股開く専門の、な」


魔王復活後大敗した王国は、休戦を乞うために物資や食糧、女などを『提供』して時間を稼いだ。そして国民総勇者令を発令し、一年に一度勇者討伐隊を送っては負け、また休戦する。そんな愚行を繰り返していた。

娼婦の中にはむしろ有利な立場を得るために魔族を相手にしたがる者も当時は多かった。魔王が討伐された今、残存魔族の掃討が行われはじめて、そういう女たちも風前の灯ではあるが。


「そんでなんか吹っ切れたのかね?ある日気づいたら、もうバッキバキでな。いやっほう!てな訳で今でもバリバリ現役な訳だよ。ひゃひゃひゃ」


オヤジは嬉しそうにガッツポーズした。くっそめっちゃ悔しい。


「まあよ、だからよ。来るべき時が来て心境?人生?が変われば、自然となるようになるんだよ。治す努力も効いてたのかも知んないけど、まあ気の持ちようだと思うぜ?自分の考え方が変わったから治ったのかね」

「なるほど‥」

「あーあと、これだけは言えるね」


オヤジはまた酒を飲み、どことなく晴々とした笑顔で言った。


「『運命の女』なんて、絶対いねえ!」


俺の呪いは、全否定された。



*****



とりあえず、その後俺も考えた。

俺は最強の勇者になるためだけに生きてきた。だがそれは終わり、その意味もなくなった。やることも思いつかない。

だから腐ってても仕方ない。治す努力をしてみよう。これを治す、ロリババアを見つけて解呪するなり、打ち破る方法を探そう。

まず手始めに、あの四人の女たちを見つけて、会ってみようと思う。

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