エメが幸せになるまで。
二度目ましてですわね。
ウォルター・ハリソンさん、お久しぶりでございます。
わたくしはロバートの妻、エメ・アボットでございます。
あなたとお会いするのは、二十年前の私とロバートとの結婚式以来ですわ。
お元気にしておられましたか?
そうですか。お元気でいらっしゃったのなら、幸いでございます。
はい。わたくしも元気でしたよ。
別館にいるわたくしの夫を訪ねるだけでなく、本館にいるわたくしまでお訪ね頂けるなんて、温かなお気遣い頂きまして、有難う存じます。
立ち話もなんですので、どうぞ椅子にお掛け下さいませ。
お義母様のお気に入りだった高級な茶葉の香りが室内に漂い、鼻孔をくすぐります。
添えられたパウンドケーキの甘い香りと混ざって、食欲をそそりますわ。
メイドのクロエが、私達の前に紅茶とパウンドケーキを並べてくれました。
あら、ハリソンさんは甘いものはお嫌いではないみたい。口元と目元がユルユルになっていらっしゃる。
同い年の男性に向かって失礼ながら、美味しそうにモグモグと食べるお姿がお可愛いらしいですわ。
貴族の家で育った彼のお口にあって、安心いたしました。
メイドのクロエが淹れてくれるお茶は、いつも美味しい。
彼女の夫の料理長が作った食事は、見た目が整っているだけでなく、とても美味しいんです。貴族から引き抜きの話もあったくらいですのよ。
二人はお義父様とお義母様に義理を通して、彼等が亡くなった今も、アボット家に残ってくれています。
料理長の作るパウンドケーキは、わたくしの息子も大好物ですわ。
まぁっ、ハリソンさんはお義父様とお義母様が亡くなったことを知り、王都からお悔やみを言いに来てくださったのですか。
遠く離れた場所から、ようこそお越し下さいました。
わざわざお悔やみを言いにお越し頂きましたこと、感謝に絶えません。アボット家の一員の者として、お礼を申し上げます。
王都からこちらに来られたなら、宿はお決まりでいらっしゃいますの?
もしもまだお決まりではないのなら、是非当家にお泊まり下さいませ。
……ああ、ご実家の男爵家にお泊まりなるのですね。それはよろしゅうございました。
三年前、夫のロバートが両親に贈った旅行に、二人は出掛けて行きました。
帰りがけに、馬車が盗賊に襲われて、二人は帰らぬ人になられましたの。
両親を殺害した犯人は捕まり、全員死刑になりましたが、彼等は最後まで遺族に謝罪いたしませんでしたわ。
わたくし、両親が殺されて三年たった今も、犯人に対して憤る気持ちが消えていきません。
ハンカチを目元にあて、滲む涙を涙を拭っていると、ハリソンさんは口を開く。
……血の繋がりがない義理の両親なのに、二人の死を彼等の一人息子であるロバートよりも、わたくしが悼んでいる?
……ロバートも彼等の死を悼んでいると思いますわ。
商会で働く者は、表に自分の辛さを出すなと、元会長のお義父様は彼に教えましたから……。
わたくしの実の父親は、わたくしが幼い頃に亡くなりましたし、母親は遠い国で暮らしております。
だからこそ、夫の両親はわたくしにとっての親であり、大切な家族でした。
大商会の会長と会長夫人でありながら、気取ったところがなくて、優しくも厳しい強さを持つ御方でしたわ。
わたくし、両親が死んだことが未だに信じられません。
天国にいる彼等に心配をかけてしまうから、彼等の死から立ち直ろうとはしているのですけれど、大切な人の死を乗り越えるのは……簡単ではございませんね。
両親が三年前に亡くなるまで、実の娘のように可愛がって頂きました。血の繋がりがなくとも、人は家族になれます。
ああ、お気遣いなく、湿っぽくして申し訳ございません。
夫の友人の前で、このような態度を取るなんて、商家のアボット家の者として、お義父様にお叱りを受けてしまいますわね。
フフッ、いっそ化けて出て欲しいくらいです。お二人に……お会いしたいですわ。
えっ!? ロバートとはもう友人ではない? 彼と何かございましたか?
まあっ!? デボラさんに膝枕して頂いているロバートを見てしまったと!?
お見苦しいところをお見せいたしまして、ロバート・アボットの妻として、お恥ずかしゅうございます。
……ええ、ロバートの言うことは本当です。
彼女は夫の愛人でございますよ。
二人は二十年間、別館の愛の巣で暮らしておりますわ。
彼等には、子供が二人おります。ロバートとわたくしの間にも、一人息子である二十歳のユリウスがいます。
ロバートとデボラさんの子は、息子と同じく二十歳の長女ドリス、十八歳の次女エディットですわね。
二人はどうしているか?
他家に嫁ぎましたわ。
夫と愛人は引き続き、別館で暮らしております。子供二人が巣立ち、ラブラブ度が増したそうで何よりでございます。
仲良きことは美しき哉と言いますし。
……わたくしが夫や愛人から、苛められなかったか?
デボラさんが夫と共に、我が家に乗り込んで来た頃は、わたくしも今より若かったから、彼等と色々ございましたわ。
しかし今は、彼等がどうしていようと、息子夫婦とわたくしの人生に関わらない限り、お互いに好きに生きたらいい。……そう思えるようになりました。
本館でわたくしと同居する両親と息子が、わたくしを守ってくれたのです。
お義父様が亡くなった時、息子は十七歳で、未成年ながら商会長になりました。彼はアボット家の当主も兼ねております。
だからこそ、今もわたくしはアボット家にいられるのですわ。
今のわたくしは商会長の母親ですもの。強く……あらなければなりません。
当主の息子は、夫と愛人には別館で暮らすことを、お情けで許しました。
契約書も交わしましたの。必要な時以外は、お互いに接触しないことを盛り込んでね。
心の平穏を保つ為には、波風を起こす方とは関わらないのが一番です。
商会長がお義父様の息子であるロバートではない理由……でございますか?
……初代アボット家の教えを守った歴代の商会長は、小さな商会を大商会まで押し上げました。
お義父様はロバートが会長になることを、決して許しませんでしたの。
初代アボット商会長の教えを守る者が、跡取りに選ばれる。その教えとは“家族を大切にすること”ですわ。
“血の繋がった家族とは別に、商会で働く者も家族。身近な家族を大切に出来ない者は、お客様や取引先も大切に出来ない”
初代会長は跡取りになる二代目会長に、代々の跡取りを示す遺言を残しました。
初代会長いわく、家族を大切にする愛妻家は、妻会いたさに仕事を手早く完璧に終わらせるそうです。
いかに定時に仕事を終わらせ、家に帰って家族との時間を大切にするか。毎日試行錯誤しながら、仕事もプライベートも楽しくこなしたそうですの。
あら、先程、商会で息子とお会いになったのですか。
有難う存じます。息子をお誉めて頂くと、自分が褒められた時より嬉しゅうございます。
息子は両親の喪が開けて、三年たった今年の春に結婚いたしましたの。
息子は凛々しくて、義娘は美しかった。
お義父様とお義母様に、あの子達の晴れ姿を見せたかったですわ。
息子夫婦は十八歳の成人で、結婚式を挙げる予定だったのです。
最近は喪があける自粛期間は半年ですが、大昔の習慣にあわせましたの。平民は一年間、貴族は三年間の自粛期間でしたわね。
息子は律儀で真面目なお義父様に、性格が似ましたのよ。
アボット商会の取引先は、会長が年長者ばかりですから、息子なりに気を使ったのでしょうね。
まぁっ、商会で会った息子は、幼い子供にモテモテだったなんて、想像すると微笑ましい。
息子は美人なお義母様に似て、美男子なのです。
前会長のお義父様にしごかれたから、仕事が出来るのは知っておりましたが、結婚した今もモテモテなのですか。息子はわたくしの自慢です。
息子と同じく、商会で働いている義娘も、わたくしの自慢ですのよ。彼女はしっかりとしているのに、人を和ませる可愛いさがありますわ。
わたくしは息子と同じくらい、彼女に好感を懐いておりますの。
わたくしの中では、年の離れた友人の一人。我が子の息子は見る目がありすぎて、わたくしは自分に自信を持てました。
……コホン、失礼いたしました。
両親と息子と義娘のこととなると、楽しくて話が長くなりますの。
息子夫婦が美男美女でお似合いだと、町でも評判の夫婦だとお聞きして、嬉しゅうございます。
息子がわたくしとロバートに似なくて良かった。
もしもロバートに似ていたら、子育て中、少なからず複雑な気持ちになりましたもの。
わたくしの顔に似ていたら、平凡な顔になりましたし、お義父様に似ていたら、強面になりましたわ。
……あら、わたくしが綺麗だなんて、ハリソンさんはお上手ですわね。
すみません。自分の話ばかりしてしまいました。
ハリソンさんはご厚意で、貴重なお時間を割いて、お悔やみを告げに来てくださいましたのに、ついつい話に花が咲いてしまいました。
あまりあなたを我が家に引き留めては、ハリソンさんの奥様に申し訳がたちません。どうか奥様によろしくお伝え下さいませ。
……ハリソンさんは今までずっと独身……でございましたか。
女性が苦手でいらっしゃいますの。わたくしとこんなに長く話せるなら、きっとお仕事で女性と話しても大丈夫ですわよ。
……わたくしに偏見はございません。
ハリソンさんの彼氏に、宜しくお伝え下さいませ。
……フリーでいらっしゃいましたか。
ノーマルな性癖だと力一杯否定なさいましたわ。失礼いたしました。
薬指に指輪をしておいででしたので、どなかと結婚していらっしゃるものだとばかり……。
指輪は女性避け……ですか。
ご職業は弁護士で、仕事をしている時に、女性に独身だと分かると色々トラブルがある?
……へぇ……そうですか。
まぁまぁ、そのように興奮なさらないで?
それは誤解ですわ!
夫のロバートとハリソンさんが類は友を呼ぶ関係だなんて、わたくしは思っておりません。ええ。少ししか、思っておりませんとも。
フフッ、冗談です。
わたくしに慌てて弁明なさる必要は、微塵もございませんよ。
性格や性癖は犯罪を犯さなければ、ある程度は個人の自由に任されております。
弁護士は高給取りの職業ですから、女性におモテになるんですのね。
弁護を担当したストーカーの被害者に、優しく慰めて惚れられた?
その女性にしつこくストーカーされて、最初から既婚者だと思わせるように指輪をはめたのですね。なるほど。
ストーカーの被害者がストーカーをして、あなたにとっての加害者になったとは、彼女にストーカーをした男性と似た者同士ですわ。
彼女も他人にストーカーをされて、怖い思いをしたはずですのに、何故ハリソンさんにストーカーをしたのでしょう。
そこは理性で、踏み止まって欲しかったです。
えっ!? 彼女にあなたの家に侵入されて、刑事告訴をした!?
ハリソンさんにお怪我はございませんでしたの?
損害は無し。ああ……良かったですわぁ。
異性にモテると色々と大変ですのねぇ。女性嫌いになるのも納得ですわ。
後ろをずっと追いかけられるのは、とても怖いですもの。
わたくしですか? 夫に告白されて以来、モテたことがないので、正直分かりかねます。想像でお返事しておりますの。
王都の弁護士事務所にお勤めだと、田舎より人口が多い分、トラブルが増えますね。
わたくしはこの町から一歩も出たことがございませんから、一度は行ってみたいです。
あら、弁護士事務所を辞めて、故郷のこの地で弁護士事務所を開く準備中?
ロバートの両親にお悔やみを言うと同時に、商会を休んでいたロバートに会いに来てくれたのですか。
弁護士事務所の開設、おめでとうございます。
事務所を開設する日に合わせて、アボット商会から花を贈らせて頂きたいわ。
メイドのクロエに手配を頼もうと考えていたら、優雅な仕草で新たな紅茶をカップに注ぎながら、わたくしの息子であるユリウスが手配済みだと、言う前から教えてくれました。
さすがうちの出来るメイド頭は、他のメイドとは一味違いますわ。
彼女、戦闘も得意な才女ですのよ。何処から情報を掴んでくるのか、新しい情報を即座に仕入れてきますの。
ハリソンさんは商会にいる息子から、事務所用に家具や備品を購入して下さったそうで、沢山お買い上げして頂いたことについても、お礼を申し上げました。
フフッ、こんなに楽しい時間を過ごすのは、久しぶりです。
やはり人は喋らないと、気が滅入ってしまうものなのですね。
えっと……ロバートと離婚をするなら、わたくし側の弁護を引き受けて下さる……と?
時間に余裕があれば、今から詳しい話を聞きたい……のですか。
息子のユリウスだけでなく、ハリソンさんも商売上手ですわね。
彼はあなたの“元”友人ですわよ。商会で働く彼を敵に回し、何の力もないわたくしの弁護をすると、あなたは仰りますの?
自分を卑下したくはございませんが、わたくしは商会長の母親という名の、お飾りの穀潰しですわ。
わたくしの性格は、商売に向いていないそうです。
あなたがわたくしを助けても、あなたに何のメリットも与えられません。
ハリソンさんは、浮気をする裏切り者は大嫌いで、ロバートがそんな人間だと思わなかったと仰り、とても憤慨している。
あなたの父親が浮気して、母親が苦労したのを見ているから、弁護士になったらしい。
ちょっ、それ、男爵様のことですわよね!?
サラリと誰かに溢していいお話ではございませんわよ!?
えっ、わたくしを信用して話した? ……わたくしにしか打ち明けていないし、わたくしは誰かに言いふらす人間ではない……。
そこまでわたくしを信用頂けることが不思議ですが、ええ、わたくしは誰にも言いませんし、言えませんわ。クロエも内緒にしておいてね?
わたくしの境遇から、他人事には思えなかったと言われて、胸がジーンといたします。
こんなに人に信じられると、自己肯定感を満たされますのね。
弁護をハリソンさんに依頼されなくても、守秘義務があるから誰にも漏らさないと、力強く断言して頂けました。
ロバートと離婚……。
わたくしの姉代わりであり、相談役でもあるメイドのクロエをチラリと見ます。
“その際は慰謝料をかなりぶん取って下さい”と訴えられました。
わたくしが次に暮らす家で、彼女と料理長の夫も一緒に、雇って欲しい……。
どうやらわたくしに付いて来てくれるみたい。姉代わりのお気持ちがとても嬉しいですわ。
しかし彼等を雇えるだけの蓄えが、ロバートにあるのかしら?
金遣いが荒い愛人さんがいらっしゃるのに。
ハリソンさんは、自分に弁護を任せてくれれば、慰謝料と生活費をぶんどってみせると、意気込んでくれております。
浮気関連は一番力が入る案件だそうです。
分かりますわ。
わたくしも浮気する人間は、男女共に大嫌いです。結婚の誓いや、愛する人を裏切れる人間ですもの。
わたくしは絶対に、浮気はいたしません。裏切られた心の痛みを知っているから。
相手に浮気をし返したら、卑怯者と同レベルになってしまう。
裏切った相手を裏切らず、綺麗な高みから、卑怯者で裏切り者を見捨てればよいのです。
ハリソンさんも浮気は絶対にいたしませんの?
お義父様以外の絶滅危惧種の男性に、わたくしは初めてお会いいたしました。
男女の考え方は全く異なります。男性は女性とは違う星の生き物だと、わたくしは常々思っておりました。
男性の九十九・九パーセントは、お金と暇さえあれば、浮気をする生き物なのだと、わたくし確信しておりましたのに。
ハリソンさんは貴重な零・一パーセントの男性のお一人ですわね。
……あら、少し緊張しておられます?
女性嫌いですものね。わたくしはあなたに迫りませんから、心配をしなくても大丈夫ですわ。
えっ、今でもロバートのことを愛しているか?
……質問の答えは、いいえ……ですわ。今は彼のことを愛しておりません。
彼とお付き合いしている時や、結婚した当初は、彼のことを世界中の誰よりも愛しておりました。
でも……色々あって……彼への愛が愛が冷めてしまいましたの。
わたくしもロバートと同じく、結婚式の誓いを破ったことになりますわね。
“病める時も、健やかなる時も、お互いを愛し続けることを誓いますか”
わたくしは神父の問いに“はい”と答えました。
……彼を裏切ってはおりませんが、伴侶から愛を貰えないと、伴侶を愛せなくなります。
皆様は違うのでしょうか?
自分の存在をないがしろにして、自分を無視し続ける伴侶に、無償の愛をずっと降らせられますか?
……わたくしには、ロバートを愛し続けることは出来なかった。わたくし、人間ですもの。
ロバートとわたくしが結婚したのは、わたくし達の子供として、息子のユリウスに会う為。ユリウスがこの世に産まれる為には、彼が父親でなければならなかった。
わたくしは息子に会う為に、ロバートと会えたのではないか。そう思っております。
……もう少し、わたくしのお話を聞いて頂けます?
……ありがとうございます。
わたくしとロバートがお付き合いしていた成人前は、わたくしは彼に尽くしました。彼を愛していたからです。
彼から何かを返されたことはなかったけれど……。
それでもロバートを愛しておりました。彼がわたくしを裏切るまでは。
当時のロバートから、わたくしのことを聞いていたのでしょうか。
ハリソンさんの表情には、何の変化もございません。
ロバートは……わたくしが悪阻で苦しんでいる時に、愛人をつくったのです。
彼と愛人との間に、数ヶ月違いの長女をつくり、わたくしが妊娠している時、別館で愛人と暮らし始めました。
ロバートは血の繋がった彼の両親を毛嫌いし、わたくしを女手一つで育ててくれた母親を見下し、妻のわたくしを避け、彼の両親に似た息子をも毛嫌いした。
彼にとって、息子は庇護すべき保護対象ではなかった。
息子が幼い頃から、ロバートは一方的に息子をライバル視しております。
今現在も、ロバートは息子の中に、彼の父親を見続けている。商会で働く息子夫婦から、そうお聞きいたしましたの。
ロバートは昔から、父親として一度も息子に寄り添わなかった。父親の義務を何一つ果たさなかった。
息子の父親代わりは、お義父様が果たしてくれましたわ。
息子の保護者がわたくしだけでは、ロバートに嘗められていたのでしょうが、彼の両親がわたくし達の背後にいてくれたので、短気なロバートがユリウスに暴力は振るわなかったことだけは、幸いでございます。
ユリウスが幼い頃は、父親が自分に会いに来ないことを寂しがっておりましたが、今ではロバートと犬猿の仲になってしまいましたわ。
父親を反面教師にしていると、息子は言っておりまして、ロバートの評価は自業自得ですが、複雑な気持ちになります。
……もしもロバートが、ユリウスの父親として、彼に一度でも会いに来てくれていたら、わたくしは夫としてではなくとも、家族として彼を愛し続けられたかもしれません。
ロバートは自分の両親も、自分の息子も、私も、小言を言う者は煩いと遠ざけたのです。
彼にとって、耳障りの良い言葉を奏で続ける愛人を可愛がり、かなりのお金を貢いでおりますの。
わたくしは彼から、一ルドも頂いたことはございません。
彼等の暮らす別館は、お客様がお泊まり頂く為に建てたのですが、彼は両親の反対を押しきり、デボラさんと暮らし始めました。
思えば……彼がお義父様に逆らったのは、その時が初めてです。それで終わっていれば、彼等の愛の深さに感心したのですが……。
あ、その…………とても申し上げにくいのですが、ロバートはわたくしとデボラさんの妊娠中に、アボット商会に新たな部門を立ち上げましたの。
~っ、新たな部署の詳しい説明ですか。
……男性が夜に足しげく通う場所で、彼はその部門長ですの。彼は女性への教育という名目を掲げ、部門長の特権と監査の為、この町の支店で雇われた女性と、月に一度は無料で……っ、これ以上はわたくしの口から言えません。
弁護士でロバートの“元”友人のハリソンさんは、チベットスナギツネの顔付きになった。
しばらくして、彼は天井を見上げて、頭に手をおきました。
お察し頂けたようで何よりです。いや、むしろすみません。
アボット商会の部門の中で、夫の立ち上げた部署の儲ける金額は、かなり上位に入る。しかも売り上げが一度も途切れないのです。
業績がいいので、お義父様もふしだらなことをする部署を潰すに潰せなかった。
お義父様とお義母様は、その部署の現場で働く女性のアフターケアを徹底し、お給料面や休みを充実させたり、他の商会よりもあらゆるテコ入れはしたみたいですわ。
今では、ニエンテ王国中の町ごとに、もしくは村ごとに、この部署だけの支店がございますの。
貴族から平民まで、幅広く対応可能でして、店ごとに違った特色がございます。
宜しければ、重役との接待などの場としても、ご利用下さいませ。何もせず、ただお酒を注がせるサービスもございますの。
ああでも、この部署を立ち上げてから、良いこともございました。
ニエンテ王国で暮らす男性は、他国の男性よりも小綺麗になったようです。
無の魔力持ちは、平民であってもクリーンの魔法を使えるように、多くの男性は努力をするそうですわ。
ハッと我にかえる。
……あああっ、つい、商会で働く者の妻としての顔が出て、お店の宣伝をしてしまいました。
ええ、確かに商会の者としては、お客様候補に商会を勧めるのは正しいですわね。
しかし一人の女性としては、はしたなくて、恥ずかしいです。さっきの宣伝はお忘れ下さいましぃ~。
……わたくしこの方面のことになると、ポンコツ化するんですのね。
ハリソンさんは爽やかに微笑まれていらっしゃるけど、わたくしは頬が熱いですわぁ。
コホン、……気を取り直して、先程わたくしが言いたかったことは、ロバートは妻のわたくしだけでなく、愛人のデボラさんも裏切ったということです。
彼が最も愛しているのは、一体誰だと思います?
ロバートの立ち上げた部署で働く女性達でしょうか?
彼の両親、息子、わたくし、愛人のデボラさん、娘二人。
……残念ながら、この中に彼が最も愛する人物はいません。
自分自身です。ロバートはロバート自身を世界で一番愛しているのです。
彼は教会で挙げた結婚式で、わたくしと結婚したのではございません。
神様に、病める時も、健やかなる時も、自分自身を愛すると誓いをたてた。彼は自分と結婚したのです。
まぁ、色々と申しましたが、わたくし元々は貧しい家庭の出身者ですの。
今は毎日、三食とおやつ付きで、毎日入浴も出来ておりますし、誰かに命と貞操を襲われる心配もせず、ふかふかなベッドで眠れております。
伴侶からの愛がうんぬんより、餓えを知っているものですから、この家に嫁げて生き延びられました。
ニエンテ王国の平民は、生きるのに精一杯でございます。愛でお腹は膨れません。
昔は満足に食べられない日もございましたわ。
毎日の入浴なんてもっての他ですし、入浴自体、この家に嫁いで初めていたしました。
わたくし、幼き頃から働いて参りました。
長時間労働をしても、薄給でしたわ。母と自分が食べてゆくだけで、精一杯でしたの。
睡眠不足と栄養不足で体は辛いが、自分達が生きる為に、必要な水を遠く離れた池に汲みに行き、水で湿した布で体を拭く日々でした。
そんな時、商会の跡取りとなるロバートに告白されて、わたくし、舞い上がってしまったのです。
それまでは生きるのに必死で、恋愛事に目を向ける余裕なんてなかった。
自分が誰かに人に必要とされることが、涙が出る程嬉しかったのです。
半年間でしたが、彼と両思いの時間もございましたしね。
わたくしは恵まれている。いつも神様に感謝しております。
人生を全部、自分の思い通りにしようというのは、傲慢というものですもの。私は十分、幸せなのだと思いますわ。
えっ、……ロバートの弱味?
彼が娘を虐待していたか。愛していたか……でございますか?
弱味……なんとも言えませんわね。
物理的な虐待はしていなかったのではないかと、彼等を見ていた者として思います。
ただ……ロバートは商会長を自分が継げないなら、自分の娘が商会長になるべきだと言いました。
嫌がる娘達に無理矢理、商会の後継者にさせようとしましたの。
それって、商会の跡取りになることが、娘達の自由意思より価値があるということですわよね。
わたくしと彼との間に出来た息子の中に、お義父様を見るロバートのことです。自分の因子を持つ娘が商会を継ぐことで、お義父様を負かしたかったのでしょう。
要するに、子供に親のリベンジを強要したのです。
子供は親の道具ではございません。子供には子供の人生がございます。
周囲の者に顔向け出来ないことをしなければ、子供は自分の好きに生きていいのです。
お義父様はユリウスを跡取りとして見ましたが、わたくし個人としては、ユリウスが商会の跡を継がなくても良かった。ロバートの娘達が商会を継いでも、良かったのです。
あなたの好きに生きていいと、息子にこっそりと伝えましたわ。彼がまだ幼い頃に、ユリウスが大人になるまでは、このことは誰にも秘密だと言ってね。
何故秘密にしたか?
優れた教育を息子に受けさせる為には、お金がかかります。彼がこの家にいるうちは、最高の環境を与えられる。
息子が将来就ける職業の選択肢を増やしたかったからです。
わたくしが幼い頃に学校に通えていたら、もっと稼ぎは多かったでしょうから。
夫のロバート自身が、お義父様の跡を継ぎたかったのです。彼は誰よりも、お義父様に自分を認めて欲しかった。
今だから話せますが、彼が跡取りになる道もございましたわ。お義父様がお亡くなりになるまでに、彼が変われば良かったのです。
お義父様は彼が変わるのを、ずっと待っておられました。
ニエンテ王国は平民でも、一対複数婚が可能な唯一の国。複数の伴侶を養えるくらい、巨万の財産を持つ者に限りますけれどね。
ロバートはお金を稼ぐだけでなく、デボラさんの散財を止めさせるべきでした。
王家に複数婚の許可を取り、わたくしとデボラさんを大切にして、二人を娶る処置を取れば良かったのです。
もしくは、わたくしと円満な離婚をして、わたくしに賠償金を支払いながら、新たな家族と幸せになる道を模索するべきでした。
行動を起こすことを面倒がり、現状に甘んじて来たからこそ、お義父様は彼を見限った。
ロバートが家族全員を大切にしていたら、本来なら彼が跡取りだったのです。
三年前、両親が旅行に行く前日の夜に、お義父様がわたくしにそう話してくれました。
子供が親の罪を被る必要はない。
アボット家の家訓に従い、お義父様とお義母様は家族を大切にする御方でした。
息子のユリウスだけでなく、孫娘二人にも目をかけておりましたの。
次女は頭がよくて、機転も利く逞しい人物です。
彼女は顔が夫に似ておりましたから、ロバートはデボラさん似の長女よりも、次女を可愛がった。彼女の為に、高い魔法本を何冊も買い与えました。
異性へおねだりするのが得意なところは、母親似でしたわね。
今は夢を叶えて、ニエンテ城で魔導師として働いております。彼女の夫も魔導師だそうですよ。
別館で暮らしていた四人家族の中で、彼女とだけ稀に交流がありましたの。
彼女は別館で暮らす四人家族の中で、唯一マトモに話が通じました。
夫と愛人は、次女の夢と決意の固さを知っておりましたので、夢見がちな長女に商会を継がそうと、画策いたしました。
しかし彼女は跡取り候補として、論外でしたわ。
滅多に会わない腹違いのわたくしの息子に、彼女は一目惚れをしてしまいましたから。
お義父様が近親相姦に走る彼女を危険視して、彼女は成人前に、隣国のオランジェ王国の男爵家に嫁入りいたしました。
今は子供も出来て、幸せに暮らしているそうです。
重くなった気持ちを和ませる為に、パウンドケーキをフォークで切り分けて口に運ぶ。
優しい甘さが口の中に広がり、甘くなった口内を整えようと、豊潤な香りの紅茶で口と喉を潤した。
メイドのクロエが眼鏡を人差し指で、クイッとクールに上げました。
わたくしがハリソンさんに話したことは、彼女から伝え聞いた話ばかりです。わたくしは色々な意味で、彼女に助けられているんですのね。
……わたくしの実母を頼らなかった理由……ですか。
嫁入り以来、実母を頼ることはございませんでした。母とは別々の道を歩んでおります。
母は平民の中では目立つ美貌の持ち主で、ブルーノ国の平民男性に見初められ、年下の彼と再婚して、ブルーノ国で暮らしているはずです。
母がブルーノ国のどの地域に住んでいるのか、便りがなくて分かりません。
おそらく……今世はもう会うことはない。……そんな気がいたします。
何故、今までロバートと離婚をしなかったのか?
息子はこの商会の跡取りですから、彼を守る為です……というのは綺麗な建前で、わたくしが両親と息子と一緒に、仲良く暮らしていたかったことと、環境が整っていたからですわ。
両親が生きていた頃は、わたくしに出来うる限りの仕事を任せてくれました。
三年前、お義父様とお義母様が亡くなり、わたくしは気落ちから体調を崩してしまいまして、今は仕事をしておりませんの。
息子夫婦に優しく守られるばかりで……わたくしは何もせず、のうのうと生きている。
わたくしは……生きていていいのか。息子夫婦に負担をかけて生きることに、申し訳なく思っております。
わたくしもお義父様とお義母様の元に行きたい。二人の後を追いたい。そう思ったこともございました。
…………確かにハリソンさんの仰る通りです。
今は両親が亡くなり、息子も結婚して、わたくしの手を離れました。
いつまでもこの家にわたくしが留まる理由はございません。
息子夫婦の負担を軽くする為にも、この家から巣立つ時が来た?
ええ、そうですわね。
ハリソンさんは弁護士ですから、今回の出会いはいい機会と思うことにいたします。
わたくし、自分のこれからの人生を、きちんと考えてみますわ。
思えば、誰かの意思に流されるように、流されて生きて参りました。
わたくしの未来を按じて、顔を曇らせたままの彼に微笑んだ。
ハリソンさんは痛々しい者を見る顔をした後、それでいて眩しい者を見るように、優しく微笑み返してくれました。
何かあったら連絡して欲しいと、机の上に置かれた彼の名刺を受け取ります。
わたくしには特別に、格安な料金で弁護を引き受けて下さると、仰って頂けましたわ。
ハリソンさんはカップに残った僅かな紅茶を一気に飲み干し、静かに席を立った。お帰りになるみたいね。
ハリソンさん、色々とお気遣いを頂きまして、ありがとうございます。
門までお見送りいたしますわ。
ここでいい?
いいえ、遠方からお越し頂いたお客様に対して、失礼にあたります。是非お見送りさせて下さいませ。
新たなお仕事の獲得の為とはいえ、この家でわたくしのプライベートな話を相談した男性は、お義父様以外ではハリソンさんだけです。
女性の話を辛抱強く聞くのは、男性には退屈らしく、夫はわたくしとのデートより、男性同士で集まって遊ぶのが楽しいと、若い頃に仰っていましたの。
女性の話をきちんと聞いてくれるハリソンさんは、かなり女性のツボをおさえていますわよ。
話を聞くのが仕事とはいえ、傷付いた女性に下心なく、優しく親身になって接されたら、女性はコロッと恋におちかねません。
王都で弁護士として腕をふるってきたあなたが、指輪で偽装するほど女性にモテたのも、今なら……よく分かります。
あら、女性は苦手になったが、初恋の女性が忘れられない?
まぁっ、ハリソンさんはロマンチストでいらっしゃいますのね。
あなたにライバル意識を持った親友に、想い人がいることを嗅ぎ付けられたのですか。
彼女に告白する勇気がでなくて、モタモタしている間に、面白半分にあなたを見ていた親友は、大して彼女に思い入れがないのに、サラッと告白してしまった。
そして自分の目の前で、彼女を奪われてしまったと。
王都で女性とお付き合いすることもあったが、彼女を彷彿とする女性とばかり、お付き合いをしてきた。
しかし本人ではないので、お付き合いが長続きしなかったから、この年まで独身だった。
自分が求めるのは彼女だと、ハリソンさんが気付くたびに、過去を思い出して自己嫌悪に陥り、虚しくなってしまったのですか。
……わたくし、ハリソンさんのお心を思うと、胸が痛くなりますわ。
もしもあなたの想いを彼女に告白していたら、道筋は変わっていたかもしれません。
過去は変えられませんが、未来なら変えられます。
想い人が幸せなら、それが一番だとお思いになった。
ええ、……そうですわね。親友夫婦を見ているのが辛くて、距離を取って王都に向かったのですか。
わたくしがハリソンさんの立場でも、そういう対応を取ったでしょうね。
………その女性はハリソンさんにそこまで想われて、幸せ者ですわ。
ハリソンさんとわたくし、メイドのクロエは、玄関まで移動した。
外は冷えるので、玄関の中までの見送りで十分だと、彼から告げられました。
夫のロバートは新婚時代、朝早くに門まで見送りをさせましたわ。
デボラさんはロバートに可愛く甘えて、ベッドの中までの見送りで納得させたそうです。
わたくしにはそんな事は出来ませんので、彼の言葉に従いました。
雪が降ろうと、槍が降ろうと、夫の姿が地平線から見えなくなるまで、妻は門まで夫の鞄を持ち、夫をお見送りをするのは常識だと、夫に教えられましたもの。男性も十人十色なのですねぇ。
女性へのさりげない優しさに、ハリソンさんをストーカーした女性は、惹かれたのかもしれません。
わたくしは最後に、ハリソンさんにお礼とお別れの挨拶をすると、扉から出ようとした彼は、わたくしを振り返り、静かに重く口を開けた。
“あなたにとっては、私とは二度目ましてでしょうが、実は何度も会っています”
えっ!?
そ、それは失礼をいたしました。申し訳ございません。
“謝らないで下さい。私はあなたを責めている訳ではない。
あの頃のあなたはロバートしか見えていませんでしたから、私の存在に気付かなかったのでしょう”
あうぅっ、とんだ失態ですわぁ。
実の母と夫の両親にも、わたくしは猪突猛進な天然だから、もっと周りを見なさいと注意されておりました。
穴があったら、入りたい~。頭まで埋まりたいです~。あらっ、それって生き埋めですわね。
“何か困ったことがあったら、他の誰かではなく、私を一番に頼って下さい。あなたの元に駆けつけますから”
彼はわたくしの目を見て、真剣に告げた。緊張から、心臓がドキッといたしました。
夫の“元”友人男性から告げられた言葉に、わたくしは思わず固まってしまう。
どういう意図があるのか。気付きたくございません。
わたくし、今どんな顔をしているのでしょう。
ハリソンさんはわたくしに優しく微笑み、静かに外に出ていった。
重い扉が静かに閉まっても、わたくしは玄関でしばらく固まったままでした。
玄関のエントランスに残るのは、わたくしとメイドのクロエのみ。
“なるほど。そういうことですか”
何が!? そういうことなの!?
メイドのクロエがしたり顔で呟き、混乱中のわたくしが過剰反応をした。
えっ、あ、あの、わ、わたくし、離婚を決断したなら、弁護士の彼に連絡するのよね?
わたくしの想像通りなら、キャ―――!? 頭がグルグルしてきましたわ。
わたくし、三十八年間、人生を生きて参りましたが、恋愛期間は半年間と短いのです。
無駄に年をくっただけの恋愛初心者な小娘だと、恋愛ごとの百戦錬磨で夫の愛人であるデボラさんは、高笑いしながら仰られました。
まぁ、彼女から見たら、わたくしは小娘でしょう。
彼女はわたくしより十歳年上ですが、彼女の見た目はわたくしと同年代に見えますの。
二十年前、夫のロバートから、花屋で働くわたくしは愛を告白された。
恋愛に憧れていたわたくしは、お友達からの清い交際をスタートして、わたくしの成人を期に、彼と恋愛結婚を致しましたわ。
あの頃は商会の跡取り予定だったロバートは、早く所帯を持つことをお義父様に勧められていた。
お義父様が煩いから、丁度目につく場所にいたわたくしに、彼は告白をしたそうです。
半年間しか恋愛期間がない状態で結婚いたしましたので、恋愛ごとには慣れておりませんのよ!
ああっ、ハリソンさんったら、最後になんという爆弾を投下していくんですの!?
クロエ、わ、わたくし、一体どうしたらいいんですの!?
“you、行っちゃいなよ”
クロエ! わたくしに何処に行けと!?
“ハリソン様はやり手の弁護士です。既に周りを固めたとは、やりますね。
城を落とすなら、まずは周りから瓦解させるのは兵法の基本”
ん?
“エメ様のご子息であるユリウス様に、彼は事前に話を通してありました。エメ様を口説いてもいいかと”
ふぁい!?
な、なんと、息子のユリウスがこの事態を知っていると!?
“ユリウス様はエメ様を口説いてもいいが、無理強いはしないことを約束させました。
ユリウス様の妻であるフローラ様や、商会の従業員まで、見届け人として味方につける策士ぶりを発揮いたしました。
しっかりした跡取り夫婦が上に立って、アボット商会の未来は明るいですね”
フローラまで知っているの!?
皆様のお気持ちは嬉しいけど、身内や商会の従業員にまで、わたくしの事情を知られて恥ずかしいですわ~!
“フローラ様は平民としては珍しく、魔力持ちでいらっしゃいます。
彼女は高価な魔法本で、ある程度の魔法は勉強してある。
彼女は自分と誓約魔法を交わさないと、エメ様を口説くことは認めないと仰り、ハリソン様は苦笑しながら、彼女の求めに応じました。
ハリソン様は男爵家の三男でいらっしゃいますが、家督を継ぐ訳ではございませんので、彼は平民扱いでございます。
平民のエメ様が彼の元に嫁いでも、何の問題もございません”
誓約魔法……誓いを破ったら、破った相手に多大な攻撃魔法がかかる魔法。裏切り者が死ぬ威力の魔法を掛けた。
双方に、裏切れば死ぬ覚悟があるという事よね?
“ええ、その通りでございます。
私の掴んだ情報によると、彼が当家の事情を知ったのは、今から三年前です”
ハイ?
“亡くなられた大旦那様と大奥様は、我が国で一番頼りになる弁護士に、義娘の将来を相談しに王都に向かわれました。
親は子よりも早く亡くなるから、親が健在のうちに、子供が幸せになる道筋を整えたい。
お二人は私にそう仰られました。自分達が不在の間、エメ様のことを頼むと、お二人からお願いされましたわ。
残念ながら、王都からお帰りになる際、馬車の中で盗賊に襲われて、お亡くなりになりましたが”
お義父様とお義母様が……わたくしの為にそんなことを?
お二人はわたくしの為に、心を砕いてくれていたんだわ。
天国のお義父様とお義母様、ありがとうございます。
……でもあの旅行は、ロバートから両親への贈り物だったんじゃ……?
“あれはお二人の優しい嘘です。
アボット家の別館限定で威張り散らしている内弁慶は、そんな粋なことはいたしません”
クロエったら、辛辣ね。
両親を煙たがるロバートが、両親に高価な贈り物をするなんて、当時は天変地異の前触れかと思ったわ。
彼を少し見直したのに、そんな背景があったのか。
“エメ様にその気がないのなら、ロバート様達よりも、ハリソン様に気を付けるべきです。
彼は女性が苦手だと仰られましたが、自分が好意を抱いていないのに、自分にしつこく言い寄って来る女性だけが、彼は嫌いなのだと推測いたします。
ハリソン様は我が国で一番勝率の高い弁護士。そんな方が女性だからといって、依頼を断ったり、仕事を選り好みする訳がございませんよね?”
クロエのその意見には、全面的に賛成するわ。
“大旦那様達の喪があけ、エメ様の息子も結婚して、アボット家の当主とアボット商会長になられた。
別館で暮らすロバート様は愛人様にご執心。もはや彼の恋路を邪魔する者は誰もいない。
そんなベストタイミングで、彼が王都の弁護士を辞めて、長らく足を遠ざけたこの地に戻って来た。
王都の弁護士事務所に勤めたままでいれば、田舎で新しく弁護士事務所を開設するより儲ります。
今、このタイミングで事を起こした。彼の言動は嘘と真が入り交じっていて、全てが計算では?”
まさかぁ。まさかね? ……彼の初恋の人って、わたくし?
“おそらく、そうではないでしょうか。ハリソン様の頭の中身までは、情報通の私でも確約は出来かねますが、
彼は成人と同時に、逃げるように王都に行った。この地で弁護士事務所の内定が決まっていたにも関わらず……”
違うと言って欲しかった。後ろを追いかけられている気分だわ。
クロエは何故そこまで知っているの。あなたの伝はどうなっているのかしら!?
“情報元は明かせません。あの方はエメ様の事情をずっと前から知っていたのなら、依頼者の元大旦那様と大奥様にも、エメ様を口説く許可取りをした気がいたします。
周りからじわじわと攻めるタイプのようですし”
……わたくしもそんな気がする。
でもわたくしの自意識過剰の可能性もある。あるよねっ? あると言って!?
“ある。……ありますでしょうか?
私の予想では、百パーセントに極めて近い確率で、ロバート様とエメ様が離婚された暁には、別人のようにガンガンに口説いて来る……と予想いたします。
それまでは弁護士らしく、法律を守って、あなたに適度に粉を振りかけるだけで、我慢をするのでは?”
え、え? ええっ!?
嘘でしょう!? 紳士なハリソンさんがわたくしをガンガンに口説いて来るの!?
“エメ様、うわべの態度に騙されてはいけません。男は紳士の皮を被ったケダモノです。
男は皆が狼。頭の中は常に、エロが九割を占めております。
隙を見せたら、ペロリと食べられますよ。
潔癖な紳士は不能か、女性に興味がないゲイしかいないんです”
失礼!
私の姉代わりのクロエ姉ちゃんよぅ、男性に超失礼だよ!
色々な方に怒られそうだ。男性の皆様、石を投げないで下さい~。
“ハリソン様はエメ様の為に、三十八年越しの初恋を実らせる為にも、彼が一番エメ様に離婚して貰いたいはずです”
……正直、また恋に落ちるのは怖い。信じて裏切られるのは悲しい。
わたくしを恋愛対象として見る男性が、わたくしは苦手になった。ハリソンさんと似ていますわね。
ハリソンさんはわたくしに変に絡んで来なかった。
彼とは女友達感覚で、楽しく話せました。恋愛対象として、意識していなかったからですわ。
元友人に浮気をされた妻の私に、母親が同じ境遇を経験したから、同情して親身になってくれた。そう思わされましたわ。
……この地で弁護士事務所を開くので、最初のお客様として、弁護を引き受けることを勧めただけ。
多分そうだ。いや、きっとそうだわ。
“そうだといいですね。大旦那様と大奥様から弁護料は頂いているはずです。
彼がエメ様の弁護につくなら、エメ様が出した弁護料は返却されますよ。二重払いになりますから”
確かにそうね。
“ハリソン様からすれば、ロバート様は友人の想いを知りながら、抜け駆けした卑怯者。
傷心のハリソン様は王都へ行き、友人の幸せの為に身を引いたのに。
しかしロバート様は、エメ様と結婚してたった数ヶ月後、エメ様を裏切っていた。ハリソン様が友人にかけた良心をも、ロバート様は裏切ったことになります。
そのことを三年前まで知らなかった。もっと早く知っていたら、彼は苦しまなかったかもしれません。
恋心を拗らせた二十年、時間が長い分、ロバート様への恨みが煮詰まった。
自らの恋路の成就を果たす為に、ロバート様に復讐をする為に、ハリソン様は本心では、ご自分がエメ様にお金を支払ってでも、エメ様の弁護を担当したいのでは?”
…………あたし、一体、どうしたらいいんですの―――!?
◆◇◆◇◆
――――それから一年後、ハリソンさんに弁護を依頼したわたくしは、ロバートと正式に離婚いたしました。
ハリソンさんは元友人のロバートに対して、一切の容赦を見せず、たっぷりの慰謝料をロバートのポケットマネーから、絞り取ってくれましたわ。
勝訴の判決が出た時、ハリソンさんはロバートに対して、ザマア! と言いたげな清々しい笑顔でした。
ええ。当事者のわたくしよりも、とてもいい笑顔でした。
ロバートは商会のお金から、私への慰謝料を支払おうとしたが、商会のお金は彼の個人財産ではございません。
ロバートはわたくしに贈った結婚指輪も、商会の経費で落としましたものねぇ。
息子夫婦の為に、その提案はお断りいたしましたわ。
元愛人で元夫の妻になるデボラさんは、散財が大好きなお洒落な女性。
わたくしに支払う賠償額のあまりの高さに、裁判所内でハンカチを噛みながら、激しく歯軋りなさいました。
彼女は十人中十人が振り向く美人で、ボインボインの体付きで、ムンムンとした色気がある。
しかし狂気の顔付きだと、かなり恐ろしく見える。二十年前から、中身は変わっていない。
ロバートとデボラさんは、しばらくは節制した暮らしをせざるを得ない。
彼はわたくしと離婚して半年後には、デボラさんと結婚をする予定です。
結婚予定おめでとうございます。お二人の門出を心の底から祝福いたしますわ。
そしてわたくしはエメ・アボットから、エメ・ラルドの旧姓に戻りました。
しかし離婚から一年後、わたくしはラルド姓からハリソン姓になった。というかさせられた。
もしもハリソンさんと結婚するのなら、自粛期間を三年は開けておくべきだと思っておりましたのに、なし崩しで同棲させられたのが原因かしらねぇ。
えっ!? そこを詳しく聞きたいのですか?
わたくしは元夫から大金を貰っても、何処かで働き口を見つけるつもりでしたの。
いつか自分が稼いだお給料で、メイドのクロエと料理長を雇えるくらい、がむしゃらに働くつもりだったわ。
ハリソンさんはフライングして、クロエと料理長をアボット家から引き抜き、自分の手元で正式に雇ってしまった。
ケッ、金持ちが、今に見てろ!
自らの救い主に対して、心の中でチンピラが出て来て、恩知らずで三下な態度になった。
彼はいつの間に、アボット家に代々つかえていた使用人の血筋を引き抜いたのかしら。
爽やかな笑顔のハリソンさんに、離婚調停の勝利を祝おうと声をかけられました。
彼の家で二人きりで食事をしようと、誘われましたの。
行かねえよ!ハリソンさんは腹黒なんですの。猫を百匹はかぶっておりますのよ。
百パーセント罠ですわよ!!
わたくし、色々な言葉を駆使して、必死に断ろうといたしました。
でも最強弁護士を相手に、小娘がどれだけ頑張っても、口では勝てなかったのです。
泣いていいよね。わたくしの心に住み着くチンピラが号泣中よ。時々ヒョイと顔を出す憎めない奴よ。
クロエと料理長も家にいるからという言葉がトドメになり、わたくしは二人に会いたいと思いましたの。
その時はサラリと挨拶だけして、サッサと帰るつもりでしたわ。
ハリソンさんの家は豪邸でした。
田舎だから大きなだけだよと、笑って仰りますが、田舎でも建物だけで三億ルドはかかっておりますわ。
わたくし、お飾りとはいえ、だてに商会の妻をしておりませんでしたもの。
建材料の原価だけで、最低一億ルドはいたしますわよ。柱がラブラの木で出来ておりますし。
わたくしが勤務を考えている会社は、初任給のお給料が十五万ルドですのに、これが経済格差なんですのねぇ。
ハッ、乾いた笑いが出そうですわ。ケッ。
えっ!? わたくしも豪邸に住んでいただろうと仰られましても、あの豪邸はわたくしのものではございません。
代々のアボット家当主の努力の結晶。今はユリウスとフローラさんのものです。
ハリソンさんに案内されるまま、部屋の中に恐る恐る入りました。
余計なものを削ぎ落としたシンプルな白のお部屋ですわ。だから落ち着くのかしら。
キャンドルの優しい光に灯され、ロマンチックな雰囲気のある美しい場所で、既に食事が用意されておりましたわ。
久しぶりの料理長の食事ですわぁ。
アボット家に新しく雇われた料理長のお食事も、とても美味しかったのですが、料理長の味や食事に慣れていないのです。
次に出てくるのは何かと、ワクワクしてしまいます。
長年の刷り込みで、料理長の食事が美味しく、懐かしく感じますの。
飯食ってんじゃねぇ! 挨拶だけして帰るんじゃねぇのか!? と、心の中のチンピラさんが、わたくしにツッコミを入れました。
そんな事を言われても困りますわ〜。
久しぶりにクロエと料理長にお会いして、挨拶も済みましたので、アパートに帰ろうと、食事を断ろうといたしましたのよ。
そうしたら、料理長がシュンとするんですのぉ。物凄い罪悪感ですわぁ。
クロエと料理長は、ハリソンさん側についたのです。この裏切り者~。
でも仕方がございません。生きていく為には、お金が必要です。
何故アボット家を辞めたのかしら。ああ、お給料がアボット家よりも良かったからでしたか。納得ですわ。
ああ~、もう~、二人して、捨てられた子犬の顔で、わたくしを見ないで下さいませ。
う~っ、お食事だけですわよ? ハリソンさんからお誘い頂いた同棲の件は、わたくしはお断りいたしますからね。よろしくて?
わたくしは食べ終わったら、アパートに帰りますからね?
ニコニコと了承されましたので、わたくし席につきましたわ。
そういう事ですのよ。チンピラさん。わたくしの事情を分かって頂戴な。
ちょっとそこ、クロエ、ボソッとチョロいと言わないで下さいませ。
久しぶりの料理長による美味しい食事に心が踊ります。
リキュール系のカクテルを勧められました。何杯か飲みましたわ。
フルーツ系の甘いお酒、美味しいです~。ジュースみたいなお味ね。
わたくしは両親と息子から、お酒は毎日一杯のみだと、制限がございましたの。
苦いお酒ばかりで、あまり飲酒はしませんでしたわ。
小さなカクテルだから、少し飲むだけなら大丈夫なのですか。へぇ~。
ハリソンさんに色々な種類のお酒を勧められました。じゃあ、もう少しだけ。
うん、カクテル、とても美味しいですわ~。
デザートのケーキを食べていると、強い眠気が襲いました。
あくびを噛み殺しましたわ。マナー違反になりますから。
目はトロンとしておりますから、ハリソンさんにわたくしの状態を気付かれてしまいました。
眠いなら寝ていいよと優しく言われましたが、わたくしきちんとお返事をいたしましたの。
“わたくしはおうちに帰りますわ~”良い子のお返事をいましましたの。
“眠いならベッドで寝よう”と仰られます。
“あたし、アパート、帰る~、あたくしは帰る~、帰りますのぉ~”とお返しいたしました。
そうして机の上でスピスピ眠っていたら、いつの間にかハリソンさんに、わたくしはお姫様抱っこされていたみたいです。
ユラユラ揺れて、気持ちがいいです~。わたくし、お姫様抱っこは初めてなのですわ~。
その後の記憶が全くない。
次の日、キングサイズのベッドの上で、ハリソンさんに抱きしめられながら、わたくしは目を覚ましました。
服は着ておりましたわよ。セーフ!
わたくしより先に起きていた彼と目があって、またしても固まりました。
わたくし、危機に瀕した時、逃げずに体も思考も固まってしまうのです。
真っ赤になって、彼の腕の中で器用に飛び上がりましたわ。横向きに寝たまま、一センチほど飛びましたわよ。
ハリソンさんは寒がりなので、温かい温熱抱き枕と間違って、わたくしは彼に抱かれていただけらしい。
昨夜は何もなかったそうで、ホッと一安心です。
……また騙されているような気がいたしますが、証拠はございませんわよねぇ。
温熱抱き枕も、ベッドの上に確かに転がっておりましたし。
う~む? 何が引っ掛かるのかしらね。
ハリソンさん、頭を撫でないで下さいませ。
わたくし、三十九歳の大人ですのよ。でも……わたくし、恋愛面では三十九才児なのです。
ハリソンさんは責任を取ると仰られました。
いいえ、何もなかったし、お気になさらず~。わたくしはしっかりとお断りいたしました。ええ、わたくし大人ですから!
しかしまた押しきられて、彼とお付き合いするメリットを盛り込んだプレゼンまで受けましたの。
頭がグルグルになって、その日のうちにお付き合いすることになりましたわ。
クロエ~、またチョロいと言わないで下さいまし~。
そしてお付き合いして一ヶ月後に、彼との同棲をなし崩しでスタートいたしました。
わたくしも抗おうといたしましたのよ~。しかし~、川の流れに流される小枝のように~、流れに流されて~、奔流されて生きておりますわ~。
抗っても無駄でしたもの。色々と諦めたとも言う。
わたくし、やっぱりチョロ過ぎですわね。
同棲だけで終わり。結婚という形に拘らなくてもいい。わたくしはそう考えました。
そうしたらウォルターに、出来させちゃった婚をさせられましたの。
出来ちゃった婚ではない。彼はわざと子供をつくった。計画的犯行だ。
ねぇ? あなたは弁護士だよね?
弁護出来ない計画的犯行が恐いわ!!!
しかも最強の弁護士だよ!? どうすんだよ、誰にも勝ち目がねぇよ。チクショウ!?
ウォルター・ハリソン、彼は計画的な計算を駆使して、人生を生きている。
抗えない流れに翻弄されるわたくしとは、生き方が大違いだ。
意中の男性と結ばれたい女性側が目論むことだよね?
わたくしは息子のユリウスにとって、弟を授かりました。
まさか四十歳で、息子夫婦の子供と年の近い叔父を産むことになるとは、ロバートと結婚していた当時は、思いもしませんでした。
最初は予期せぬ妊娠にあたふたしたけれど、愛しい人との結婚生活は幸せそのもので、伴侶に愛されながら、子供が私のお腹の中で育っていくのは幸せだった。
穏やかな気持ちで、自分の大きなお腹を優しく撫でる。
ウォルターは涙ぐんで、私のお腹を撫でていますわ。パパだよって言って、お腹にキスをしている。
わたくし、こんな体験は産まれて初めてで、くすぐったくて幸せな毎日ですわ。
子供を産んだ今は、息子夫婦と子持ちの両親同士として、仲良く交流しています。
◆◇◆◇◆
そしてわたくしは四十一歳になった今日、わたくしに支払う賠償金の減額を申し立てに来た元夫の愛人で、今はロバートの妻であるデボラさんを、ガシッと捕獲いたしました。
確保ー、確保ですわぁ。
下町の女を嘗めるんじゃねぇですわよ。
サプライズの誕生日プレゼントをありがとうございます……ってことにしてさしあげます。対外的にはね。
あら、言い逃れは出来ませんわ。
屋敷への不法侵入、目撃者多数の現行犯ですわよ。
現行犯は警羅でなくとも、逮捕が可能ですの。覚えておいてね。
警羅に犯罪者として通報されたくなければ、自分の要求だけでなく、わたくしの話も聞いていきなさい。
悪いようにはいたしません。お土産に料理長のお手製のクッキーも付けますし、家にも無事に帰して差し上げます。
まぁ、屋敷に不法侵入する場面を、わざと多数の野次馬に目撃させて、あなたの弱味をつくったのですけどね。
わたくし、最近ウォーターから学んで、自分の目的の為に絡み手を使うことを覚えましたの。オホホ。
わたくし、息子を産んだ今、お腹に長女を授かっておりますのよ。
デボラさんは二児の娘を持つ母ですもの。子育ての相談相手に、もってこいの人材ですわ。
彼女、巧妙に隠して悪女っぽく振る舞っておりますが、子供が好きなツンデレですのよ。
わたくしはお見通しですわ。正しくは、わたくしの片腕がお見通しですわ。
私の腕に抱かれた息子をチラチラ見て、赤ん坊の可愛さに頬を緩めております。子供好きは本当ですのね。
強制的にウォルターと息子との生活についても、彼女に相談相手になって頂きますよ。
◆◇◆◇◆
エメはデボラの口から砂糖を吐かせたり、娘と会えなくなって、生き甲斐を見失っていたデボラを、自分の子育てに巻き込む。
彼女にベビーシッターをさせることで、お給料代わりに賠償金を減額させる契約を結んだ。
元夫とは疎遠のままだが、デボラとは悪友として、絆を育んでいくことになる。
更に五年後に、王都への新婚旅行に向かう二人に、自分の子供である次女と孫に会いに行く名目で、同じ馬車に乗ることを了承させる程に、彼女達夫婦と関わることとなった。
エメは持ち前の逞しい性格で、強制的に周囲の人々を味方に変えていくのだが、そんな明るい未来が彼女に待っていることは、ロバートと結婚していた当時は誰も知らない。
幸せとはいきなり降ってくるものではない。自分で掴み取りにいくものだ。
最愛の夫自身の行動力で、彼はわたくしにそう教えてくれた。
わたくしは彼とは逆で、流れに流されて生きておりますが、わたくしは幸せになれました。
自分がどう生きるかは、自分だけが決められる。
あなたの自分はあなただけのもの。わたくしの人生は、わたくしだけのものよ。
どんな生き方をしてもいいけど、わたくしは大切な人が笑っていられる生き方をしたい。自分に胸を張って生きていきたい。
わたくしが幸せになれたのは、わたくしと関わる全員のお陰です。
ありがとうと、毎日皆様に感謝を贈る。
わたくしと出会ってくれて、どうもありがとう。
あなたがこの世に産まれてきてくれたことが、わたくしはとても嬉しいですわ。
神様と、あなたの両親に、愛と感謝を贈ります。
あなたが大好きだよ。とっても愛してる。いつもありがとう。
皆様のお陰で、わたくしエメ・ハリソンは今、とても幸せに生きておりますわ。