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花好きカムイがもたらす『しあわせ』~サフォークの丘 スミレ・ガーデンの片隅で ~  作者: 市來茉莉(茉莉恵)
【最終章】 スミレ・ガーデンの守り神 カムイはすぐそばにいる

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② カラスに恩返し


 タクシーから降ろした荷物を父が店の中へと入れているが、もうハラハラした顔をしている。

 舞も妊婦ながら軽い荷物だけでもと手に取って、父を手伝う。


「こら、舞! 重たい物を持たない!」


 心配性になってしまった優大の叫び声に、舞はむくれた顔を見せてしまう。

 美羽が笑いたそうにしていたが、すぐに優大の、いや店長の目線が正面に戻って来たので、姿勢を正し真顔になった。


「では。スミレ・ガーデンカフェ夏期アルバイト求人についての面接を開始いたします。私は店長の上川優大です。ではお名前から、あとこちらのアルバイトを希望した動機などを教えてください」


 あの優大が威厳たっぷりに募集してきた若者に向かう姿は、何度見ても舞は笑い出したくなるから困る。必死に舞も真顔に整える。


「松坂美羽です。こちらのお庭のお手入れと、繁忙期のホールのお手伝いをしたいと思って応募しました。動機は……」


 美羽がちらりと、優大の後ろでじっと耐えて見守っている父と、加藤のお爺ちゃんのところに戻って座って休んでいる姉を交互に見た。


「父の負担を減らすためです。妊娠している姉の負担も減らしたかったからです」


 それを聞いた父が『美羽~』と涙ぐんだので、父もだいぶ歳を取ったかなと、舞は苦笑いが浮かんでしまう。でも舞も嬉しいし、とても助かる。大きくなってきたお腹を撫でながら、そう思う。


「美羽ちゃん、しっかりしてきたね。なんかこう大人っぽくなったし、舞ちゃんにますます似てきたかなー」


 加藤のお爺ちゃんも冷やかし半分でやってきたのに、優大と美羽の義兄妹なのに、正式な雇用をするための面接を真剣に見守っている。


「自分のための動機はないのかな」


 優大のさらなる追求だったが、美羽は義兄を見据えて、真顔で答えた。


「この庭とお店を守るためです。カラスの神様にも恩返しをしたいと思っています」


 きっぱりと答えたそのあと、しばしの沈黙がつづく。その間、優大のあの睨みが美羽を突き刺し、美羽は美羽でまったく動じずにそんな男の視線を受け返す眼差しを見せていた。


「遊びじゃないぞ。他に雇った大学生に高校生もいる。オーナーの娘、店長夫妻の妹という甘えは通用しないぞ。特に俺がそこを気にして厳しくするかもしれない」

「もちろんです。オーナーの娘で、店長夫妻の妹だからこそ、人より努力しますし務めます」

「松坂のお父さんと決めた範囲の勉学も怠らない。こちらで用意した家庭教師との勉強時間も含めてのアルバイトだ。昨年の夏休みがそうだったように、イラストを赴くままに描ける時間は思い通りにはならなくなる。それでもか」

「それでもです。イラストだけが目当てで来たわけではありません。この庭は私の大事な場所です。今年は姉が思うように動けない分、生意気ですが姉の意思を妹の私が反映できるような手伝いをしたいと思って応募しました。そうでなければ、昨年のように遊びに来たただの娘と妹いう暢気な立場で、この夏もここに来ていたと思います。わざわざ応募したのは、そのためです」


 また沈黙が続き、まるで喧嘩上等のような二人の視線がかち合っている。


 舞は思う。自分と優大も気が強いばっかりに衝突はするほうだが、これは妹も相当、気が強い女性になりそうだなと。あのときの弱々しい美少女なんかではない。美羽は強くしなやかに成長している。


「はい。採用です。いいですよね、オーナー」


 テーブルの上に置いていた履歴書を手に取り、優大が後ろでハラハラした様子で控えていた父へと、肩越しに渡した。

 父はもちろんホッと胸をなで下ろす仕草を見せて、顔をほころばせる。


「もちろんだよ! 松坂美羽さん、採用おめでとう。頑張って働いてくださいね」

「はい、オーナー」


 舞と加藤のお爺ちゃんも顔を見合わせ、よかったと微笑みあう。

 そうして面接が終わった途端だった。美羽が座っているそこで、くすくすと笑い出す。


「なんだよ、美羽」

「だって、大ちゃんが、すんごい真面目な顔の店長面なんだもの」

「はあ!? おまえ、店長面ってなんだよ! 俺は正真正銘、ここの店長で、この店の跡取りで、婿だぞ!」

「でもぉ、うんと泣き虫の店長さんなんだよね、すぐ泣くの。もう娘が生まれたらいちいち泣いて大変なんじゃないかなあ」

「くっそ、美羽。おまえ、高校生になってから生意気!」

「元ヤン店長にガン飛ばされて脅されないようにと思って」

「俺は元ヤンじゃねえ。『ぽかった』だけだっつーの」

「ほらほら、っつーの、ってヤンキーぽいー」

「オーナー、さっきの履歴書返してください。不採用のハンコ押すんで」


 大人げないやり取りに、妻である舞は呆れるのだが、ここ最近の優大と美羽らしいやり取りだった。


「一度降りた採決なので、もう返せません。オーナー決定で保管するからね。美羽、安心していいよ」

「ありがとう、パパ。よかったパパも顔色がよくて安心した!」


 美羽がやっと立ち上がり、父へと向かい抱きついた。父もそれはもう嬉しそうにして、良く来た良く来たとほくほく顔だった。


「美羽ちゃん、よかったねえ。お爺ちゃんも待っていたよ」

「加藤のお爺ちゃんも、お元気そうでよかった。またアイヌのお話を聞かせてね。SNSで流れてくる、お爺ちゃんのアイヌ姿、すっごく素敵。花畑の中にいるアイヌの着物の人。カララク様も、カムイモシリィでは、そんなお姿なのかなあと思っちゃう」


 そんな妹の言葉に。舞は久しぶりにあの人のことを思い出していた。

 その人もアイヌの素晴らしい晴れ着をまとった、とても美しい男性だったことを。

 もうお姿は見えないけれど、きっとあの姿のままで、舞が育てた花を丘の風の中、見ていてくれる気がする。


 美羽は高校二年生になった。

 中学三年生の夏に再度訪れ、高校一年の夏休みにも来た。その昨年の夏に、舞は優大と結婚をした。カムイノミを済ませたあと、結婚前提という恋人期間を一年半経て、妹の夏休み来訪に合わせて、このガーデンカフェで式を挙げたのだ。木村先輩夫妻をはじめ、町のみんなが来てくれた。もちろん、札幌の友人も、伯母夫妻も従兄も、花のコタンの元同僚や、高橋チーフもご夫妻で、三島先生とご主人もご夫妻で、そして加藤のお爺ちゃんと息子さん夫妻もお祝いに駆けつけてくれた。


 優大は次男坊ということと、本人の希望もあって、このカフェを跡取り娘と支えていくために、婿養子になってくれた。姓も『野立』から『上川』に変わった。


 そして結婚一年後のいま。舞のお腹には、優大との初めての子が宿っている。

 だから舞がいちいち庭仕事にでて、ちょこまかと動いていると気が気じゃなくて心配性になっているのだ。


 美羽の夏休みには、家庭教師兼の大学生アルバイトを去年から雇っている。今年も同じ女子大学生が、店の手伝いと家庭教師として来てくれることになった。あともう一人、庭仕事のために同じ町内の高校生の男の子が通いで来てくれることになった。去年の夏は、ここに遊びに来ている女の子として過ごしていたが、今年はどうしたことか求人を募る時期に、いきなり東京から美羽の履歴書が郵送されてきて、家族全員で度肝を抜かれた。父の意向で『本気で面接をして考えてあげて』と言われたこと、松坂のご両親もだいぶ柔軟性が出てきたのか『社会勉強としてお願いいたします』と任された。そして今日が、美羽の面接日となっていたのだ。



 夏のカフェは、いつも賑やかで、スミレ・ガーデンカフェに閑古鳥はもう鳴かない。

 奥の小さなテーブル席は、加藤のお爺ちゃんの指定席。そこでアイヌの着物姿で座っているので、お客様も声を掛けてくれる。お爺ちゃんも忙しくなると、テーブルを空けて、レジ番までしてくれるようになった。夕方になると息子さんが迎えに来たりする。


 息子さんとお嫁さんも最初は遠慮していたけれど、こちらもお店のちょっとした手伝いや、アイヌとしての土地柄を言い伝えるということと、カララク・カムイと結びつけたガーデンの雰囲気作りに非常に役立ってくれているので、是非にと来てもらっているのだ。そのうちに、お爺ちゃんもスミレ・ガーデンカフェの仲間になっていた。そもそも、この家も庭も、お爺ちゃんが生まれ育った場所なのだから。居心地がいいのも当たり前で、余生をここで好きなように過ごして欲しいと舞と優大も、父も美羽も思っている。


 そのお爺ちゃんが『また明日来る』と言って、息子さんと一緒に帰宅する。それを優大と一緒に見送った夕。


「はあ。夏休みにはいって、人が増えたな。舞、大丈夫か」

「大丈夫。せっかくつわりが収まって、好きなように動けるようになったんだから」

「でもよ。初めてなんだから無理すんなよ。女にしか言えないことは、うちの母ちゃんや義姉ちゃんに遠慮なく言えよ。わかったな」


 これも毎日何回も言われる。女親がいない舞のことを思って、野立のご家族も非常に気を遣ってくれて、これ以上有り難いことはない。


 舞はいま、とても『しあわせ』だ。父はもう『いつ死んでもいい』なんて言わなくなった。舞もこれから先、独りになることはない安心感を得ている。どうしてこうなったのか。そう思うとき、いつも舞の中で、あの優しい声がきこえてくるのだ。



舞。人は時々迷うけれど、ほんの少しの道標でしあわせの道を見つけられる。それを引き寄せるのは、貴女自身なのですよ。僕はほんの少し、お礼で伝えるだけ。




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