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花好きカムイがもたらす『しあわせ』~サフォークの丘 スミレ・ガーデンの片隅で ~  作者: 市來茉莉(茉莉恵)
【12】 カムイノミ 空に矢を放ち神の国へ帰そう

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④ アイヌのお爺ちゃんも一緒に


 そのまま優大と顔を見合わせ、ベーカリー厨房から居住区にあるダイニングルームへと、父の後をついていく。

 いつものテーブルに父が正面に、舞は優大と並んで向き合って座る。美羽がいなくなっても、普段もこのポジションが定着していた。


「舞が退院してから、加藤さんを巻き込んでなにやらしているようだけれど。今日はどこかに出かけるつもりのようだね。私にはなんの報告もない」


 父も療養生活だったので、あまり心配を掛けたくないというのもあったが、父であっても、カラク様との不思議な体験はさすがに娘としても言えそうになかったというのもある。だから舞は、黙って俯くだけになった。


「優大君も舞と同じ考えで、やっていることなんだね」

「はい。そうです」


 優大は舞を守るように、きっぱりと父を見て答えてくれた。


「そっか。ついに、お父さんじゃない人にだけ言えることが、できちゃったんだね」


 父が気の抜けたような顔をして、姿勢を崩した。


「違うの、お父さん。その……、今日のことがちゃんと終わったら、お父さんにも話すから」

「いまでは駄目なのかな」


 信じてくれる自信がない。そして、そんなバカなことに、お年寄りのお爺ちゃんを巻き込んで、またあの森の、自分が迷惑を掛けた遭難場所まで行くつもりかと、怒られるに決まっている。舞は、そう思って言いあぐねている。


 だが父は、そんな舞を今までどおりの優しいパパの目で見つめてくれていた。


「いいよ。舞。もう舞も大人なんだから。お父さん以上に信じて頼れる人が、できたということなんだね」


 そんな父が、優大のことも、柔らかに慈しむ眼差しを向けたのだ。

 だからなのか。優大がピンと背筋を伸ばして姿勢を改めた。


「オーナー。いえ、お父さん。俺、舞さんと結婚を前提にしたお付き合いをしたいと思っています」


 唐突だったが、舞は驚かなかった。近いうちに、父にはそう報告すべきだと思っていたし、舞も同じ気持ちだったからだ。


「お父さん。私もそのつもりです。優大君と、お付き合いさせてください」


 まだ恋人らしいことなど、ひとつもしてない。これが終わってからだと二人で決めていた。それでもこの店と家で積み重ねてきた日々で、充分に互いに通じ合うようになっていたから。それが舞と優大の恋の形だったと思う。


「なんだ。知っていたよ。むしろ、遅い進展だな――と呆れていたけれどね」


 舞と優大は、ふたり揃って目を丸くする。


「それに。そんな簡単に進展しなかったのも、我が娘らしいし、我が弟子らしい」


 正面にいる父が、優大へと深く頭を下げた。


「優大君なら任せられます。娘を、よろしくお願いいたします。そして、これからは、彼女のお父さんとしても、よろしく」

「こ、こちらこそ。今後も、よろしくお願いいたします」


 これからは上司でもあり、恋人の父親ともなる。父が育てている男だもの、そこは大丈夫だと舞も思っていたが、改めて認めてもらえて、心配していたことがひとつ減って舞も安堵する。


「わかったよ。行っておいで。私はここで待っている。優大君、舞が無理しないよう、頼んだよ。この子、この前みたいに無茶をすることがあるから」

「大丈夫です。任せてください」


 優大のほうが心配される元ヤンにーちゃんだったはずなのに、今は舞のほうが『なにをするかわからない娘』にされてしまい、少しばかり納得できない舞だったが、確かにいまは優大のほうが、しっかりしているかもしれないと何も言えなくなった。



 しばらくすると、加藤のお爺ちゃんが、息子さんに付き添われてスミレ・ガーデンカフェにやってきた。

 息子さんが運転するワゴン車の後部座席から降りてきた姿を見て、舞も優大も目を瞠る。


「じいちゃん、その格好!」


 すっかり慣れ親しんでしまった優大がそう叫んだが、舞も驚いてすぐに声が出なかった。


「母が昔、僕が若い頃に縫ってくれたものなんだ」


 車から降りて嬉しそうに見せてくれた姿は、カラク様が着ていたようなアイヌの着物だった。藍に白い模様がある着物の上に、藍地に赤と白の模様が入っている半纏を羽織っていた。


「久しぶりに引っ張り出して着てみた。歳を取って太っちゃったけど、大丈夫だった」

「おじいちゃん、すごい素敵」


 舞も側に寄って、加藤のお爺さんが羽織っているアイヌの着物をしげしげと眺めた。


「すみません。父が妙な我が儘を、お若い二人に付き合わせているようで」


 付き添ってきた息子さんが、申し訳なさそうに頭を下げてくれる。


「違うんです。私が……」


 舞のために、今日までいろいろしてくれたのだと言おうとしたのに、加藤のお爺さんがそれを遮る。


「母がずっと心残りだったことを、この森の奥でいつかやれたらなあと、息子として心残りだったんだ。そんなときに、こちらの若いお二人がアイヌに興味を持ってくれて、手伝ってくれるというから。これで母さんが残したイナウとヘペレアイを役立てる日が来たよ。これも、アイヌのことを知りたいと会いに来てくれた、舞ちゃんと優大君のおかげ」


 舞へと加藤のお爺ちゃんが、そっと目配せをしてくれた。老い先短い爺ちゃんの願いと言うことにして、奇妙な体験をした舞から願ったことではないと丸く収めてくれようとしているとわかったので、そのまま甘えさせてもらった。


「さあ。天候が崩れないうちに行こう!」


 アイヌの民族衣装姿になったお爺さんのほうが張り切っていて、舞と優大は一緒に笑っていた。




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