⑤ カムイだと思うんだ
退院をする日。担当医の診察を受ける。
地元で信頼されている先生で、舞の父親ぐらいの年齢の男性だった。
「では、お大事に。お父さんと一緒にしばらくは通院ですね」
「ありがとうございました」
病室まで父と野立のお父さんが迎えに来てくれていた。着替えて、やっとあのガーデンカフェの自宅へ帰ることが出来ると思い描いて、診察室を出ようとした。
「ああ、これは医師ではなく、この地元で暮らしてきた一人の市民として聞きたいんだけれど」
先生に話しかけられ、舞は椅子から立ち上がれなくなる。
「なんでしょうか」
「救急隊員も噂していたんだよね。あなたが滑落したあたりにカラスが集まっていたんだって」
ああ、またそのことか――と、舞は密かにため息をついた。お見舞いに来た人々にも散々聞かれていたからだ。
「夏の花泥棒の時も、妹さんを助けたのはカラスだったそうだね。だから町の人々が、あの庭のカラスは、あの家を守っているんだと言い出す人も結構いてね」
不気味なガーデンだとでも噂が立ってしまうのだろうかと、舞は気分が沈んでいく。
「先生ね。あれ、カララク・カムイだと思うんだよ」
医師たる先生が、そんな非現実的なことをさらっと呟いたので、舞は目を瞠る。
「あの、どうして。そんな、存在するわけがないと思うんですけれど」
「だよね。現代の若い人はそう思うかもね。でも、元はペンションだった時に、あそこの奥さんがアイヌだったのは僕も知っていたから。あそこの息子さん、この病院に通院していて、僕も整形外科でよく担当するんだけれど。息子さんだって、アイヌの血筋でしょ。その手の話、たまに聞くんだよね。アイヌだった母親がカラスをかわいがっていて、最後にはあのカラスは帰れないカムイだから見送ってやらなくちゃいけないんだと、認知症が酷くなって入院した施設でもずっとずっと繰り返して言っていたらしいよ。アイヌだからそう思うものなのかなと、僕は聞き流していたんだけれど、アイヌのお母さんがいた元の土地にあるスミレ・ガーデンカフェさんで、立て続けにカラスが娘さんを守る現象が起きたでしょ。急にカララク・カムイのことが頭に浮かんでね。良くないことが起こる前に教えてくれるんでしょ。どっちも最悪の事態を食い止めてくれている」
それでね――と先生が、舞の様子を窺っている。
「そういう話を信じるなら。その息子さんのところへ行ってみたらいいよ。そのカムイにお礼をしたほうがいいかなという、年寄りの提案。これからもあのカラスたちが守ってくれる気がするんだよね」
そして先生が笑い飛ばしながら、言い放つ。
「だって、ここは北海道。アイヌの国じゃないか。そんな言い伝えを信じてもいいと思うんだ。内地(本州)にも、神様仏様の不思議な言い伝えは、いっぱいあって、それを信じる儀式が受け継がれているんだ。それと一緒」
「そうですね。私は、信じています。これからも森の生き物とは一緒にいられたらと思っています。もたらしてくださったものが、たくさんありました」
「そういう考え方が、受け継がれてきたんだよね。お礼を伝える方法を教えてくれると思うよ」
舞はお婆様の息子さん、あの家の前の持ち主に会いに行こうと決めた。




