① カララク
騒動を聞きつけた美羽の母親の『美樹さん』からも、案ずる連絡が来てしまった。
父は危険な目に遭わせたことに対して、平謝りだった。
とはいえ、あちらも娘が家出をして援助交際一歩手前まで追い詰めていたので、監督不行き届きに対しては、あまり強く言われなかったとのことだった。
SNSでも、
『花泥棒がカラスに攻撃をされる瞬間。花泥棒の女は実は花だけでなく、カフェオーナーの娘も襲っていた。犯行に至った原因はこちら→』
と誘導された先には【まとめ】と称されたページへと飛ばされるようになっていた。
その先では、三島先生が美羽のイラストを紹介した画像と美羽の後ろ姿を写した画像が貼られ、それについて【盗作の疑いあり ステマ注意】と題された香水瓶アイコンの彼女の呟きも揃えられ、なおかつ、三島先生のそれに対する説明コメントにもリンクがされ添えられていた。
【北海道 花泥棒の女がカラスに攻撃される まとめ】
『この女、インフルエンサーである茶道先生のような写真を撮影させてもらえなかった逆恨みどころか、数千いいねを獲得した画像のモデルとなった未成年への強要も発覚。このイラストを描いた後ろ姿の女の子に自分も同じように撮影させてくれと突撃、保護者(カフェオーナーが父親)の許可なし恫喝強要。ガーデンを管理している姉に一蹴され逆恨み。未成年の妹が描いたイラストを【盗作扱い】、先生とカフェの交流については【ステマ扱い】。その後すぐに茶道先生から説明が入り、フォロワーは先生に賛同。女の盗作扱いツイは削除されるが、その後、勢いがあった自分のアカウントに悪いイメージがつき停滞。さらなる逆恨みを発揮し、姉のガーデンの花をむしり取って放置、影でこそこそ盗み出し、平然と親戚にもらったと言い放ってSNSにアップ。姉にざまぁをしたつもりだったようだが、以前ほどフォロワーの反応が減り、尚且つ窘めるコメントも増加。苛立ちを募らせたのか、ボランティアの監視がない平日の夕方に、イラストをスケッチしていた妹へ突撃。ハサミで長い髪やお気に入りのブラウスを切り裂こうとした。そこで不思議なことが起きる。森から十何羽ものカラスが飛び出してきて、女だけを襲い、中学生の妹を守ったという不思議現象が起きた』
その後に、再度、お客様がアップさせたカラスに襲われる動画がここでも貼り付けられていた。
そのまとめページを教えてくれた優大と一緒に、内容やネット民の様々なコメントを確認。今度は『不思議なガーデン』と広まり始め、騒動が思わぬ方へ向かい始めてしまい、ふたり一緒にため息をついているところだった。
ダイニングのテーブルで休憩中、二人で並んでアイスティーをすすっている。
「あー、俺もお客様に散々聞かれたぜ。カラスのことどう思っているのかって。いつも森にいるし、庭で花をつついて遊んでいるからなんとも思ってないと答えておいた」
「私も。いつのまにか顔は見えないように撮影されて『不思議なガーデンを管理している姉ちゃん』とかお客様にアップされちゃっていた。なにか普段から気になることはありましたかと聞かれるけれど、森が近くにあるから、いろいろな生き物がいるのでなんとも思わないと、私もそれしか言えなくて」
「でもよ。カラスって賢い鳥だろ。森のアカエゾマツの枝に止まって、こっちのガーデンをいつも見ていたら、アイツ悪いやつぐらい判別しそうな気がしなくもないんだよなあ」
確かにカラスは賢い。人を見分けていることもあると聞く。でもこの庭に対しての感情を持つものなのだろうか――と人々はそこにミステリーを感じるのだろう。
舞もなんとか素知らぬふりの反応を努めるのだが、答えはひとつ。カラク様のせい。舞だけが知っている正解でもあった。
「カラスの精霊様っているのかな」
アイスティーのグラスにさしたストローをぐるぐると回しながら舞は呟く。すぐ隣にいる優大も、テーブルに頬杖をついて唸っている。
「あ、おまえさ。去年、カムイとか気にしていただろ。兄ちゃんに借りた小説。あれ全部読んだのかよ」
「一通り読んで、とっくにケン兄さんにお返ししたよ」
「あれにカラスのカムイの話があっただろ。この世の光を取り戻すために、太陽を闇からひっぱりだして救出したって話」
「え、そんな話、あった?」
「あ、いけね。兄ちゃんの小説にはないんだ。絵本にあったかな。カラスのカムイは、カララク・カムイというんだよ。もしかすると、この家にいたアイヌの婆ちゃんが、庭に遊びに来るカラスのことを『カムイ』として敬って、そんな祈りを捧げていたのかもしれないなあ」
ストローを回していた舞の手が止まる。そして耳を疑った。
「いま……、カララクって言った?」
「うん。カラスのことは、えーとハシボソカラスのことはカララクと呼ぶんだよ。客が来ることを知らせてくれたり、道に迷っていたら案内してくれたり、悪いことが起きそうになると知らせてくれるんだ。暗闇から太陽を救出して世の中に光を取り戻してくれた功績で、神のそばにいることを許された鳥という伝説な」
また、舞の心臓がドキドキと激しく脈を打っていた。
――『カラ……ク? カラク……、カラクでいいです』
名前を思い出せないカラク様が、少しだけ覚えていた名前の一部。
あの人、やっぱりカムイ? でもカムイが人の姿でいられるのは、神の国にいるときだけなのでは?
「どうした、舞?」
舞の顔色がおかしかったのか、優大が覗き込んでくる。




