① 妹がやってくる
雪一面のガーデンに、ダイヤモンドダストがキラキラと舞う晴れやかな日。舞は一日中、そわそわしていた。レジでぼうっとしていたかと思うと、お客様もいないのにレジを開けてしまったり、椅子に躓いたり。
「落ち着けよな。もう」
お持ち帰りパンの追加分を売り場に並べている優大に言われ、舞はむくれる。
「優大君だって、落ち着いてないよ。そのパンとクッキーのかご、逆に商品を入れているよ。逆の値段で売れちゃうから」
「あ、いけね……。っていうかさ。その子、十四歳だろ。子供じゃねえかよ」
「実家に姪っ子がいるじゃない。優大君のほうが子供慣れしているでしょう」
「あいつ、まだちっちゃいじゃないかよ。妹は生意気盛りの中学生だろ。しかも……、その、反抗して家出して、そのうえ、見知らぬおっちゃんの後をついていこうとして……」
荒れた心で来るのではないのかと、優大も身構えているが、実は舞もそうだった。
もう不良みたいな子が来て、家中をひっかきまわし、気の優しい父を振り回したりなんかしたら、舞もただじゃおかないと警戒心ばかりが盛り上がってくるから、困っている。やさしいお姉さんになんてなれそうにもない。ああ、断れば良かった。いや、受け入れないと、その子を見捨てたような気持ちになるしと、行ったり来たりの半月だった。
あの後、舞から承諾を得た父はすぐに東京へ向かい、弁護士を通して法的なものを整え、父親として未成年の子供を引き受けられる状況へと整えた。
そして今日、旭川空港まで迎えに行っている。母親の『美樹さん』が北海道まで付き添ってきて、そこで父が引き取ることになっていた。
期限は決まっていないが、まずは春休みが終わるまでということになった。私立学校には休学を出し、こちら地元の公立中学校に通うことになっていた。
「でもな。俺もちょっと、妹の気持ちわかるな。受け入れてくれるところがなくなるとさ、舞と最初にやりあった頃の俺のように、世の中なんでも敵のような気がしてひねくれるからなあ。三十歳になった男でもこんなだぜ。十四歳なんて、心がぺっしゃんこになっても仕方ねえよなと」
まあ、一理あるなと舞も思う。大人のくせに、そんなことも融通効かないのか、理解できないのかと言われるかもしれないが、十代二十代のうちに心の整理がつかなかったものは、何歳になっても引きずるものなのだ。やがてそれが拗れたりすると、人と相容れない人柄を蓄積していくのかもしれないのだと――。
「それにしても。三十にして、まさかの妹が現れるなんて。俺だったら気が狂うな」
「そっちはとっくに三十歳だけど、私はまだ二十代。一緒にしないで」
「それだけ気が強い口がきけるなら大丈夫だな。安心した」
「三十歳だと、おじさんって言われたりして」
今になって気がついたようで、優大がぎょっとした顔になった。
「いまの三十代は若いんだぞ。どこから見ても俺は兄ちゃんだろが」
「そんなの、あの子が見て決めることだし?」
「むかつく。おまえこそ、いつも澄ました顔をしている怖い姉ちゃんなんて思われるかもしんねーからな!」
「おう、上等じゃん」
いつかの優大の口を真似たら、またまた彼が仰天して黙ってしまった。そして舞はそんな優大を見て笑っている。
いつもクールなおまえが、あんなに感情的になって後先考えずに雪空の中へ飛び出したのはびっくりした――。あの後、優大がそういって、舞の気持ちが落ち着くまで心配してくれた。毎日の口悪も言わなくなってしまい、舞のことを腫れ物をさわるかのように、いつもの精一杯の感情をぶつけてくることに手加減をしているのが舞にも伝わってきた。
そんなの優大じゃない。舞も、そんなふうに扱われる毎日なんて嫌だった。だから、いままで通り、気を遣わない言い合いを舞から仕掛けることになってしまうのだ。
まだ日が短い夕だったが、年が明けてから少しずつ明るい時間が長くなってきた。ほんのり青空が残る黄金色の空。十七時頃、父が帰宅する。
「ただいま」
まだ店を閉めずに待っていた舞と優大の目の前に、その子が現れる。
まっすぐな長い黒髪の清楚で大人しそうな女の子だった。
「美羽、ここがお父さんの店だ」
その子が都会の女の子らしいキュートなミニバッグを持ったまま、くるりと店内を見渡す。一周した視線が最後に止まったのは舞のところ。
「初めまして、松坂美羽です」
気後れした目線は、舞とかっちり合うとすぐに逸らされた。
「舞です。よろしくね、美羽ちゃん」
優しく言ったつもりなのに。隣の優大が『舞、もっと優しい顔しろ』と耳打ちしてくる。充分、頬の筋肉を緩めているつもりなのに、引きつっているらしい?
「美羽のお姉さんだ。隣のお兄さんは、うちの店のパンと菓子を焼いてくれる職人さんで、野立優大君だ」
「よろしく、美羽ちゃん。この姉ちゃん、いまおっかない顔しているけど、これは通常運転だから気にしないように。いつもこんな顔だけど、意地悪なんか絶対しないヤツです」
「余計なこと言わないでよっ」
「だってよ。東京の都会から、いきなり北海道の田舎にやってきたんだぜ。心細いだろ。そこに大人で意地悪な怖い姉ちゃんなんかいたら、安心して過ごせないだろ」
ふたりで、やいやい言い合っていると、父がため息をついたのが聞こえてきて、また揃って姿勢を正し口をつぐむ。
「喧嘩も通常運転だから、言い合いをしていても驚いたりしないでいいよ。放っておいたら丸く収まるように出来ているみたいなんだ。上司であるオーナーのお父さんも、不思議なんだよ」
父がそういうと、美羽がやっと少しだけ口元を緩めた笑みを見せた。でも、まだ強ばっていると舞には見える。
「舞。美羽の部屋へ案内してあげて」
父に言われ、舞も荷物を持って『おいで』と誘う。緊張した様子で、美羽も大人しくついてきた。




