③ 冬のSNS映え
お尻にふわふわした白いものをつけている小さな羽虫、『雪虫』が森の入り口にたくさん飛ぶようになった。
北海道ではこの虫が現れたら、近いうちに初雪が降ると言われている。
そのとおりに、ついにスミレ・ガーデンにも真っ白な雪が積もった。
札幌の花のコタンにいる時もそうだった。この白銀の世界を目にすると、舞は毎年思うのだ。『今年のシーズンが終わった』と。スミレ・ガーデンカフェ、花畑クローズのお知らせがその日のうちに出された。
雪が積もると、舞の仕事は屋内が多くなる。まずは秋に枯れた花から採取した『種』をきちんと分別して保存する。紙袋に種を入れ、ラベルに名前を記しておく。あとは来年の苗の選択に注文、発注。新しいデザインを考案し、新しいインテリアも探しに行く。ホールのサーブも手伝うのだが、来客も緩やかになってきたので、父と優大で済んでしまうことも多い。そうすると今度は舞が賄いを準備するようになる。
食のプロである男二人には、どうしても勝てないが、手があいている者が賄いを作るというのがカフェスタッフの決まりごとでもあったし、誰が作っても味には文句をつけないもルールになっていた。
この日も舞がこしらえた昼食を終えると、優大が『仮眠する』と与えた部屋に籠もってしまった。
平日の午後は緩やかで、また人が来なくなる。父がゆったりと店番をする日が続いた。舞は一階の住居用キッチンのダイニングテーブルで、ノートパソコンに向かい来年の庭仕事の計画を練る事務仕事に勤しんでいる。
午後二時ぐらいに、優大があくびをしながらキッチンに戻ってきた。
「あー、よく寝た」
「お疲れ様。今日も朝はパン目当てのお客様が多かったもんね」
「そうなんだよなー。最近、旭川からわざわざ来てくれる人も増えたもんな。あと先輩の卵も好評だしな」
木村農園の卵を目当てに来る人も増えたのだ。午前中になくなる卵と言われるようになっている。その接客で優大も朝は忙しいから、仮眠が午後になることもある。
「なあ、冬の間は、氷点下二十度ぐらいになることもあって雪深くなるから来客が減ると思うんだよ。でもさ、なんか、いい企画とかできないかな」
ノートパソコンで苗や種のカタログを眺めていた舞の向かいへと、優大が腰を掛けた。まだ眠いのか机につっぷして気怠そうにしているのに、話す内容はカフェのこと、仕事のこと。いまの優大はそうして仕事で頭の中がいっぱいになっている。
「やっぱりあれじゃない。SNS映え」
カラク様に怒られそうだが、いまの世の中、あれが効果覿面なのは否定できない。
「冬のSNS映えてなんだ」
「雪野原とか」
「そんなもの、道内どこでもあるだろ」
「あ、クリスマスツリーとか」
「お、いいね。そうだ! クッキーで飾るとかどうだ」
「いいね、それ。かわいい! 飾る用のクッキーを売り出すとか!」
「オーナメントってやつだな。飾りに来てもらうとかいいかもな」
「いい、いい! そうしたら、店内に入るぐらいの『もみの木』とかどうかな。ちょっと探してみよう!」
園芸カタログを眺めていたそのまま、舞は検索ワードを打ち込みクリックをする。
優大も向かいにいたのに『どれどれ』と舞の隣の椅子へと移ってきた。
「お店の天井の高さ、どれくらいか知ってる?」
「わかんねえな。まず店のドアから入るかどうかだろ」
これどうかな。もっとでかいのがいい。それ背が高すぎて飾りにくい。などなど。二人で顔を寄せ合ってパソコンモニターに並ぶ『もみの木』に夢中になっていた。
「おーい、目が覚めたなら報告がほしいな、野立君」
父の声がして、二人してハッと顔をあげると、住居用キッチンの入り口にエプロン姿の父が立っていた。
「うわ。オーナー、申し訳ありません。ええっと、目が覚めたらミーティングでしたよね」
父の視線が舞にも向かってきて痛い。父と優大の仕事の邪魔をしていたと言いたいのだろうか。
「なにを仲良く話し合っていたのかな。近頃、息ぴったりになってきたのは、オーナーとしても喜ばしいことだけどね。最初はあんな盛大な仲違いをしていたのにね、おふたりは」
もの凄い嫌みに、娘の舞でも焦った。
「えっと、冬の販促を優大君と考えていたの。クリスマスツリーとかどうかなって。優大君が作ったクッキーのオーナメントを飾ってもらうとか」
それを聞いた父も表情を和らげた。
「なるほど。それはいいね。SNS映えしそうだ」
やっぱり父もSNSの影響は無視できないようで、すぐに反応してくれた。
「それで、カフェのホールに入るちょうど良いサイズの『もみの木』を探していたの」
「そうか、そうか。わかった。よし、優大君、搬入できるサイズを測ってみようか」
「はい。オーナー」
すぐに上司に報告できなかったことを怒られる前に、父の気が別方向に逸れたので、優大が『サンキュ』と、父に見られないよう手を合わせてキッチンを出て行った。
最近は息ぴったり。
二年前には考えられない関係になっているのは確かだった。
優大が間近に迫ってきても、なんとも思わなくなっている。触れそうな距離にいても。一つ屋根の下で過ごす、父と同じような存在になっている気がしている舞だった。
大型のもみの木がホールに搬入される。
舞も柊と赤い実のクリスマスリースを作って、店のドアや柱などに飾ってみる。
『次週の土曜日曜に飾り付けをします。来客された皆様にもお願いしようと思い、パン職人の彼が、クッキーのオーナメントを準備しております。皆様と素敵なツリーにできたらと思っています。こちらのオーナメント、お持ち帰り用も販売いたします。ご来店、お待ちしております』
父が定期的に投稿しているSNSに使う画像には、まだ飾りのない大きなもみの木と、優大が飾り用に焼いたクリスマスらしい物をかたどったクッキーも掲載される。
『今月の予算度外視のセットは、和寒産の栗カボチャと農園卵をつかったパンプキンシフォンケーキと、オーナー特製のホットチョコレートドリンクです』
こちらの期間限定セットの宣伝も忘れずに投稿。
その週末には、また家族連れがツリーを目当てに来てくれる。シフォンケーキは限定セットもお持ち帰り用の販売も好調で、予定通りの数を売りさばくことができた。
舞と優大が狙ったとおりに、本物のもみの木と、職人手作りのオーナメントクッキーで飾るツリーも好評で、これもSNSへとたくさん投稿された。
地元の子供たちも来てくれ、初めてのもみの木ツリーが、花がなくなったスミレ・ガーデンカフェにお客様を運んでくれ、賑やかにしてくれた。
お客様が引いた閉店前。北国の日の入りは早く、夕刻だったが外はもう真っ暗だった。
クローズの札を掛けて、ドアを店内から施錠しようとしたら、白い雪がふわふわと降り始める。ああ、また雪深い冬が、このサフォークの丘にやってくるんだと舞は見上げる。
初夏に花が咲き始めてから、あっという間だった。次々と咲く花々と共に、次々と来客が増え、カフェも賑やかになった。
不思議な人と共に過ごした夏でもあった。
冬も来てくれるのかな。お花、咲いていないけれど……。
何度か雪が溶けまた積もり、クリスマス前には士別市も春まで溶けない根雪になり、サフォークの丘は日々、白銀に輝く。
そして新年を迎える。




