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花好きカムイがもたらす『しあわせ』~サフォークの丘 スミレ・ガーデンの片隅で ~  作者: 市來茉莉(茉莉恵)
【3】 オラオラ系なパン職人 優大君 オレンジの連鎖が始まる
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② 父が育てる青年、優大君


「あのオレンジティーと、このショコラの組み合わせのほうが合うと思うんだ。デニッシュパンよりもな」

「うーん、美味しいんだけどな。しっとりしているのは好きだけれど、今の季節になるとちょっと口当たり重い。ガトーショコラって秋から冬に食べたくなるってイメージあるよね。それにしっとりしているのは、グランマルニエを入れているからだよね。洋酒はなるべく使いたくない。オーナーもそう言っていなかった?」

「言われた。洋酒は子供が食べられないし、これからの季節はさっぱりした口当たりのものが無難だって。さらに。オレンジティーにオレンジピール入り、しかもオレンジリキュール入りで重なりすぎ、単調すぎるって」


 舞の所感も図星すぎて、優大が目をそらし口を尖らせ不服そうにうつむいた。


「それで、お父さんは私の試食にはカフェラテを作ってくれたんだ」

「そういうこと。オーナーもオレンジティーにオレンジショコラも悪くはないが、って」

「オレンジ入りじゃなきゃダメなの?」


 優大が黙った。ものすごく納得できない目をしている。オレンジピールとショコラの組み合わせにこだわっているんだと思った。


「不本意だけどよ、リキュール入れず、尚且つピールを減らしてナッツ類を入れるとか、かな」


 納得できないなりに、代替え案をきちんと考えていたようだった。


「クルミが入っていたら、私、好きかも」

「わかった。ご意見、サンクス」


 仏頂面のまま、腰をかけていたテーブルから立ち上がり、白いコックコート姿の彼がすっと倉庫兼スタッフルームから出て行こうとしていた。その彼を呼び止める。


「あ、優大君。これ、もう一個もらってもいい?」


 彼が不思議そうに、眉間に皺を寄せ振り返った。


「なんで。試作なのに。それにおまえ、さっき、口当たりを軽くしてほしいとか言ってただろ。重いのに、もう一回食うのかよ」

「え、これはこれで……、美味しいから」

「……、ラップに包んで持ってくる」

「あ、ありがとう」


 つい取り繕う笑みを見せてしまった。もう一つと頼んだのは、カラク様にも食べて欲しいなと思ってしまったからだった。優大がまた背を向け出て行こうとした。


「あ、優大君。待って」

「はあ? なんなんだよっ。一度に言えや!」


 何度も呼び止められ、ついに彼らしい感情的な物言いに厳つい目つきで舞は睨まれた。でも怯まず告げる。


「ランチに来られたお客様が、パンのテイクアウトもしてくれたらいいのにって言っていたよ」


 厳つい目が、一気に見開き放心状態になった優大は、去ろうとした姿勢のままで固まってしまった。


「マジかよ!」

「うん。札幌から来られた上品なご夫妻だったけど、奥様がハーブの丸パン美味しかったって。ご主人もシンプルな丸パンに、鉄板に残ったジンギスカンのタレをつけて食べたら絶品だったとか言っていたよ。あとで、父にもお客様のお声として伝えて、検討してもらっ……」


 そこまで話していたら、もう優大の顔がくちゃくちゃに泣きそうな顔になっていたから、舞は驚く。


「え、泣いてんの?」

「泣いてねえからな!」


 さっと背を向け、慌てるように彼が走り去っていった。


「泣いてるじゃない。もう……、喜びすぎ……」


 いちいち感情表現の振り幅大きくて、喜怒哀楽が目に見えて、ほんとわかりやすっと呆れそうになったが、舞も思い改める。そんな自分も今日、あのご夫妻に庭を褒められて、心から嬉しかったからだ。


 二年かかった。父が見つけた敷地いっぱいに花を咲かせるまで。彼も二年かかったんだ。欲しいと言われるパンと焼き菓子が作り出せるようになるまで。二人ともこの年齢まで基礎は学べど、職人として一人前になるにはまだ。


 残ったショコラの焼き菓子を舞は頬張る。


「もう少し一緒にいたら、カラク様も食べられたのに」


 これはこれで本当に美味しい。そして、なんとなく舞はため息をつく。


 優大は間違いなく成長している。真っ直ぐに情熱的に真剣に。最初は力が入りすぎた焼き菓子ばかりを作ってきて、父が厳しくダメ出しを繰り返していたのが、つい最近に思えていたのに。


 それでも決してぞんざいにしない父は、優大がどんなに未熟でも仕上げてきた仕事が誠実であれば評価を出していた。感情的に否定されているわけではない。

 商売には予算がある。人が求めているものがある。独り善がりになってはいけない。優大もいままではすぐに感情的になって目上の先輩たちと諍いを起こして背を向けてばかりいたのだろうが、今回は根気よく、本気に向き合っていると野立ベーカリー店主、優大の父親が喜んでいた。


 それを見ていたら、舞も。おまえ適当な仕事するなよ――と彼に言われたくなくて、意地になっている時もある。それでもアイツは『ちゃんとしろよ』と気に入らないこと言ってくるんだけれど! いけない。こんな美味しいガトーショコラなのに、もっと気持ちよく食べよう。私も素直な気持ちで『物』に向かおう。


 そう思わせる、彼のガトーショコラだった。ショコラとオレンジの香りはとてもいい。父のカフェラテも美味しい。でも舞は紅茶で食べたかったと、ふと思った。あのオレンジティーでも……どうなんだろう?

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