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大河ドラマ「いだてん」感想文(ネタバレ有り)

作品の根幹にかかわるネタバレがあります。

語りたいと思った。

「いだてん」である。

昨年の大河ドラマ、「いだてん~東京オリムピック噺~」である

いま、この時期に。

放送が終わって3か月、2020年の東京オリンピックが目前に迫った今。

始めに断っておくが、別にコロナがどうとか政府はどうしろとか意見したいのではない。

ただ「いだてん」がいかに素晴らしかったかを語りたいだけである。



「いだてん」は歴代大河で最低視聴率を記録した。

朝ドラが不調だとか、今年の麒麟が来るやつも視聴率が落ちているとか、不倫した俳優の主演ドラマが視聴者離れだとか、そういうネットニュースを見るたびに思う。

いだてんは3.7%だぞ。

この壁を越えられるのか。

しかもこの最低視聴率を記録した放送回『懐かしの満州』は、控えめに言って神回であった。

傑作ドラマの中の傑作回だった。

こんなに面白いドラマが低視聴率なんて、わたしがおかしいのか。

おかしいのは世の中なのか。

いだてんを多くの人が見ている異世界があったら行きたいので、誰か行き方を教えてください。



いだてんの主人公は2人。金栗(かなくり) 四三(しそう)田畑(たばた) 政治(まさじ)。誰それ。

真田(さなだ)幸村(ゆきむら)井伊(いい)(なお)(とら)西郷(さいごう)隆盛(たかもり)などの(あん)パイに飛び込んできた低知名度(子孫の方ごめんなさい)。

そして2人の主人公をつなぐ嘉納(かのう)治五郎(じごろう)、語り部を担う古今亭(ここんてい)()(しょう)。誰それ。

戦国→幕末→戦国→幕末の無限ループに突如投げ込まれた明治―昭和。しかもスポーツ史。

アレか。2020年が東京オリンピックだからか。

プロパガンダでしょNHK。

面白いの?


上記の第一印象を抱いた過去の自分に告げたい。

おまえは2月にはこのドラマにどっぷりはまり、毎週日曜夜8時前、「ダーウィンが来た」の次回予告からテレビ前で1時間正座し、終わった後には「サザエさん症候群」ならぬ「いだてん症候群」でユウウツ感に襲われ、余韻に浸るためファンのツイートを探る生活を送るのだ。

5月以降はマヌール猫がしゃべっている横でいそいそとハンカチも用意しだす。もちろん毎回泣くからだ。




「いだてん」は明治・大正・昭和のスポーツ史を描いているが、その視線はまっすぐ現代の令和に向けられている。

第2回で主人公の金栗(かなくり)は父親と共に西南戦争の戦場跡地を遠くから眺める。

前年のドラマ「せごどん」で描かれた幕末から脈々と歴史が続いているのである。

ちなみに「せごどん」は見ていない。何カスミマセンネ。


「体も心も未熟な若者に一国の命運を託すという意識が何を生むか」

(女性が素足で走るのがはしたないという意見に)「男が目隠しばしたらどぎゃんです!」

「誰のためのオリンピックかって話じゃんね~」

「ハシゴば外された選手の気持ち、分かりますか?」


刺さる。

現代に、今この時代この状況だからこそ刺さる名セリフ。

刺さらない?刺さるまで音読してください。


金栗はマラソンバカである。

頭はいい。

速く長く走るための対策を冷静に練る。

スッスッと鼻で2回息を吸い、ハッハッと口から吐く、「スッスッハッハッ」のリズムを姉のお産から思いつく。

当時流行っていた水抜きトレーニングは自然の摂理に反すると気付いて止める。

長く走るために足袋を特注し、改良を重ねる。

熱さ・寒さ対策や高地トレーニングを取り入れる。

1916年、金栗四三は25歳。マラソン世界記録を更新し、選手としてピークを迎えた時絶望に突き落とされた。

ベルリンオリンピックが中止になった。第一次世界大戦の余波である。

これ以降、金栗は喪失感を埋めるため日本中を走りまくり、「もう日本に走る道は無か」との名言を残す。

ただし横から見ると。真夏の浜辺でもがき、電柱の間を激走し、教え子を怒鳴りつけながら箱根駅伝を全行程走り、あげく婿養子入りした家の金で豚鍋をおごる。

ただのバカである。そして愛おしい。


まーちゃんこと田畑(たばた)政治(まさじ)は早口毒舌の新聞記者である。

人見(ひとみ) 絹枝(きぬえ)を「化け物のねーちゃん」呼ばわりする根底に、金栗とはまた違ったスポーツへの愛がある。

せわしない言動で隠れているが、まーちゃんはリアリストだ。

走ることをひた向きに楽しむ金栗に対し、世の中をよくするためにスポーツで何ができるか、という所まで考えている。そして目的のためにどのように動けばよいか、自分自身すらも将棋のコマのように見ている部分がある。

第2部の山場、ロサンゼルスオリンピックでまーちゃんは『水泳全種目金メダル』を目標に掲げる。

そのために長年の同志をノンプレイングキャプテンとして容赦なく若者の練習台にする。

メダルの亡者ではない。五一五事件で暗くなった社会、新聞の一面をスポーツで明るくしたいという思いがあったのだ。

そして幻の東京オリンピック。何としてもオリンピックを敢行しようとする嘉納治五郎をまーちゃんは諭す。

「だめだ。こんな国でオリンピックをやっちゃ、オリンピックに失礼だ」

「今の日本はあなたが世界に見せたい日本ですか」

招致のためイタリアのムッソリーニに直談判までしたまーちゃんの口から出る、言葉の重み。

東京オリンピック中止、敗戦の挫折を乗り越えてまーちゃんは1964年に臨む。



いだてんはドラマ自体の魅力もさることながら、ファンの熱と圧が膨大だった。

「#いだてん」のツイートを検索すると、回を重ねるごとにファンが熱くなっていくのが分かった。

ロサンゼルスオリンピックで馬術金メダルの“バロン”西という人はその後硫黄島(いおうじま)で戦死したこととか。

ベルリンオリンピックでメダルを争った前畑秀子とゲネンゲルが戦後再会したこととか。

肋木(ろくぼく)おじさんこと永井(ながい) 道明(どうめい)と藤田五郎(新選組の斎藤一)が職員録の同じページに載っていることとか。

ドラマでは描き切れなかった歴史をファンが教えてくれた。

何よりもファンたちが素晴らしかったのは、そうしてドラマの背景を教えてくれながらも、今後の展開に絡むであろうネタバレには徹底的に配慮していたことだ。

おかげでファンのツイートを楽しみつつ、最後までハラハラしながら見ることができた。

マナー完璧か。紳士淑女の社交場か。

あと、関連タグ「#絵だてん」に投稿されたファンの絵は秀作ぞろいなので美術館かどこかで飾ってほしい。

ちなみにツイッターはやっていない。

見るときはいつもヤフーのリアルタイム検索だ。

ホント何カスミマセンネ。



まだまだいだてんの魅力は尽きない。

古今亭志ん生がいかにクズでフラのある魅力的な落語家か。

嘉納治五郎は極論好きの借金王で(ふところ)の広さ宇宙級、世界中の弟子から慕われるまさに日本スポーツ界の父だとか。

小松金治こと五りんはひょうひょうとして何を考えてるのか分からなかったけど天涯孤独の自分のルーツを求めてたんだなとか。

美川君、とにかく美川君。美川くーん!!!

シマちゃんりくちゃんが可愛すぎる件とか、スヤさんと菊枝さんの嫁っぷりはもう頭さがるとか。

ピエール滝もチュートリアルの徳井もいい演技してたとか。

女子スポーツ史の描写も素晴らしかったので触れたいし。

でも語りすぎるとうっかり他のドラマや現代社会を叩いてしまいかねない。

それはいだてんファンたちが守ってきたマナーに違反するので、最後にいだてん最大の魅力を語って筆を置くことにする。

わたしがいだてんで最も好きなところ。

それは主人公が死なないことだ。

ドラマは関東大震災や太平洋戦争の時代を挟むから、悲しい別れは当然ある。

だが主人公たちは悲しみを乗り越えて立ち上がる。

(いくさ)に命を懸ける武将や志士。

死を描いてこそ彼らの人生が鮮やかに浮かびあがるという面はもちろんある。

しかしいだてんの登場人物は生きたまま、現在進行形で生き様を体現していた。

人の死が身近ではない現代だからこそ、『命』というより『人生』をかけて困難に挑む彼らが輝いて見えるのではないだろうか。

死が描かれなかったからこそ、自分の中に「いだてん」が残る。

「スッスッハッハッ」と走る金栗が、そして「ちがう!そう!」とまくしたてるまーちゃんがまだ自分の中に息づいているのだ。









要するに「いだてん」ロスなのである。


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