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料理


「さて、どうするか…」


記憶を思い出したのはいいが、ここが本当に乙女ゲームの世界なのかは分からない。

今のところ自分の容姿と名前、そして魔法学園の存在しか特定出来るような要素がないのだ。

そもそも、前世の世界ではそれはそれは数多くのゲームが存在していた。

妹がやっていた乙女ゲームのヒロインにピンポイントで成り代わったかどうかも怪しいし、そもそもゲームの世界じゃない可能性だってある。


かと言って調べようにも俺は『スタ学』という乙女ゲームは妹から断片的に語られる内容しか知らない。映像だって妹から見せられたものしか知らないため、その映像がどこのもので何があってそうなったのかだとか全く分からず調べようがない。

攻略対象がいるならそいつらを調べる?いや、特徴的な髪色だったのは覚えているが、そもそも名前を知らないし、そいつらが学園に入る前に何をしているかなんて当然知りようもない。


「……まぁ、いいか!」


ぼふんっと柔らかなベットに身体を沈めた。

分からないことを考えるのは止めだ。


「とりあえず一週間後の入学式だな。そこで見たことあるような人がいればここは乙女ゲームの世界。いなけりゃ偶然が重なっただけ。…よし!」


一週間後の自分に分からないことは丸投げだ。

とりあえず区切りがついた為、俺はベットから反動をつけて起き上がり、部屋の掃除を再開した。


周りにはまだダンボールに入ったままの荷物が置いてある。


学園から少し外れた森の中にあるこの女子寮に俺が入ったのはつい昨日の事だ。

元々男子校だったこの学園に女子寮はなく、母さんからの手紙が届いた時にエトワールさんが必要になるかもと急ピッチで用意したらしい。


エトワールさんは俺個人の意見をとても尊重してくれる人で、この学園に入るのも入らないのも、俺自身に決めさせてくれた。

もちろん男子校に俺が入るデメリットも沢山教えて貰った。そのうえで、俺が入学するなら出来る限りのことをしようと約束をしてくれて、選択肢をくれた。


魔法も使える俺は、共学にさえなればこの学園に通えることが出来る。後継人がこの学園の理事長ということもあり、俺が目の届くところにいた方がいいだろう、という判断で俺はこの学園に入ることに決めた。

ただ、そうするとこの学園は全寮制なので、女である俺には男子寮と区別した女子寮が必要だったのである。


エトワールさんの家に住むというのも選択肢の一つとして用意されていたが、そこまで特別扱いを受ける訳にもいかないし、学園を卒業したら就職して一人暮らしをしようと思っているので、その予行練習も兼ねて女子寮の方へと行くことにした。


そうして約一年で急遽作って貰ったこの女子寮は、見た目は背の低いマンションみたいな感じである。また、急いで作ったからか外観も内装もとてもシンプルだ。

元々ある男子寮は学園の外観に合わせて洋風で大層オシャレなのに比べれば、こちらは本当に必要最低限という感じで、エトワールさん曰く、後々俺の意見などを参考にして改装を重ねていく予定らしい。

魔法というのは便利なもので、土魔法の応用で建築、増築はできるし、外装や内装のデザインも好みに合わせて魔法で一瞬だそうだ。

ただ、今の俺が魔法を使って出来るかと言われればそうではなく、ちゃんと資格は必要だし、魔法の熟練度だって全然足りてない。それに、資格のない者の建築はちゃんと法律で禁止されている。


手に職を付けたい魔法士は魔法士専用の専門学校もあるので、卒業後はそういった道に進む生徒も多いようだ。


「えーっと、このダンボールはなんだったかな」


俺の荷物は少なかった。

元々あった細々としたものや服なんかは家を売り払う時と決めた時にお金に変えたり捨てたりして、出来るだけ身軽にしてこの寮に来たからだ。

家具も備え付けで用意してあるから組み立てるような物もない。だから嵩張るものも殆ど無く、荷物の整理は早い段階で終わってしまった。


備え付けてあった机に教科書などを並べ終え、最後に写真立てを一つ置いた。

幼い頃に父と母と一緒に写った唯一の写真である。傍に父の形見でもある割れた懐中時計と、母の形見でもある指輪を置く。


「懐中時計は鞄に付けて、指輪はネックレスにでもするかな」


いつだって肌身離さずもっていたものだ。学園に入ってももちろん二つとも持っていくつもりだった。

これは形見でもあり、御守りでもあるのだ。これを持ってれば、いつだって両親が見守ってくれるような気がした。


夕方になって、空が赤らんできた。

荷物は少なかったとは言え、教科書などの本類は重たいし、クローゼットにある程度の服をしまったりと、結構な労働だった為、お腹は空腹を訴えている。

ぐぅとお腹から音がなって、記憶を思い出す前なら赤面くらいしただろうが、今では育ち盛りの男子高校生の記憶があるため、そんなことで赤面はしない。

むしろ、ポンっとお腹を叩いて、「よし!何か食べよう!」と意気揚々と一階の共同スペースにあるキッチンへと降りていった。


前世では仕事で遅い両親の代わりに妹にご飯を作ってやっていたこともあり、料理はそれなりに出来るのだ。


ちなみに学生のうちは生活費や学園生活で必要なものは後でレシートをエトワールさんに持っていけば現金で返ってくるようになっている。

更に有難いことに、お小遣いは月に五万マニーもらっている。

マニーとはここ世界のお金の単位で、一マニーが前世で言う一円と同じだ。硬貨もお札も円がマニーに変わっただけでほとんどが前世と変わらない。

俺のお小遣いの額は、女の子なんだし服やメイク道具なんかを買うだろうというエトワールさんの気遣いで少し多めに頂いている。

足りなければ要相談で追加してくれるとも言ってもらって、本当に至れり尽くせりという感じである。


冷蔵庫を開けると、そこにはエトワールさんの気遣いでお肉や野菜、魚等色々と入っていた。調味料も一色揃っていて、本当に良くしてもらってるなぁと感謝してもし足りないくらいだ。

逆に、どうしてこんなにも良くしてもらえるのだろうという疑問もあるが、エトワールさんはできる大人の見本のような人なので、もしかしたら呼吸みたいに当たり前の感覚でやっているのかもしれない。


「ふふふーん、ふーん、あっ、豆腐発見」


適当な鼻歌を歌いながら冷蔵庫の中を物色する。

なるべく期限の近いものの方がいいよな…と色々と出していく。

その中からどう料理しようか決めていく。


「豆腐のサラダと…、パスタにしようかなぁ。卵あるし、カルボナーラとかいいじゃん」


作るものが決まれば、材料を切ったりしながら適当に準備していく。失敗しても食べるのは自分だから問題ない。とりあえず今はお腹を満たすのが先決である。


「ふふふーん、ふふー、へい!」


適当に歌いながら、サラダのためにキャベツを千切って盛り付ける。

そしてパパッと作った夜ご飯はお腹が空いてることもあって大変美味しそうに出来上がった。


「いただきます」


パクリ、と一口食べると普通に美味しい。


「うん。美味しい」


もしここに妹がいれば、きっと色々と言ってくるんだろうな。兄妹だからこそ遠慮がなくて、「ダイエットしてるんだから野菜は入れて!」とか「この料理にこれって合わなくなーい?」とか、とにかくあいつは色々と言ってきたなぁ。

最初の頃は俺もせっかく作ったのに、って「そんなこと言うなら食べなくていい」とか言ってたが、最近じゃあ「うるせぇ。太れ太れ」とか、「材料費の関係だ。有難く食え」とか返してたっけな。

それでも、どんなに文句を言ってきても出されたもんはいつだって完食するもんだから、俺自身いつの間にか作るのが楽しみになっていた。


「あいつ、ちゃんと食べてるかな…」


俺が死んだところを目の前で見た妹は、大丈夫だろうか。

あっちの世界には父さんも母さんもいるから、きっと慰めてくれるだろう。けど、父さんと母さんの仕事が遅い日に、俺はもう料理は作ってやれないんだ。


「なんか、寂しいなぁ」


美味しかったはずの料理は、なんだかとても味気なくなって、俺はそれをただただ胃袋に入れた。

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