転生前夜
誤字脱字、感想、ご指摘等頂ければ幸いです。
「……病気か、私?」
(駄目だ……思い当たる節が多すぎる)
雪綱は、自らの前方百メートル程の位置に漂う、この白亜の空間よりも白い球体を見つけた。
球体の表面には、遠目からでも朱色の幾本もの線が走っているのが見て取れる以外は、他に目に付く物は無く雪綱は、とりあえず球体に近づこうとし……自らの体が無い事に気付いた。
(……体が無い!? んっ? いやあるのか?)
体が見えないにもかかわらず体の感覚があるという不思議な感覚に、雪綱は一通り体を動かし確認する。
(う~ん、見えないがあるな……!! まさか……ふぅ~よかった……あったぁ……)
どうやら体が見えないだけで体もあり、服も来ているようだ。
「……雑念ここに極まれり……か、てっきり蜘蛛や猿、他の何かが出てくると思っていたんだが……」
昔から過酷な修練の一環で神社に参拝し、洞穴や洞窟、滝、川、森、山と言った自然環境に身を置き、何日も何日も睡眠と食事を削り精神に多大な負荷をかけ、新たな技の自流の開眼を目指す事は珍しい事では無い。
過酷な修練により精神と体を摩耗させ極限の精神状態に自らを置くことで、余計な雑念が取り払われ、βエンドルフィンやドーパミンと言った脳内分泌物・神経伝達物質が多量に分泌される。
それにより、ある種の幻覚作用が起こり、自らの経験や無意識下での記憶が集約され、神や仏・動物と言った類が、幻覚・白昼夢と言った現象として、当人が認識しやすい形として現れる事で、新たな発想・技・流派を起こす切っ掛けとなる事は、古来より武道や修験の道では良くある事だ。
根も葉もない事を言えば真夜中の考え事と同じだ。どれ程良いと思った案が浮かんでも、翌日には何故? と言った。翌日の疑問や後悔の上位互換だ。
とは言え、いくら何でもこの状況は……そんな事を思いながら、雪綱は……
「……よし、さわるぞぉ~、さわるぞぉ~」
そう、自らに言い聞かせながら球体の目の前まで近付いた雪綱は、床より十センチ程の高さに浮かぶ、白を基調に朱色と薄い金色の線が、旧式の電気回路の様に表面に走る球体の前で変わった言動を行いながら、球体に手を伸ばし……触れる。
「……あっ!! 触れちゃったっ!!」
自分で触れておきながらこの言動だ。ある種これが雪綱の基本でもある。たいてい怪しげな物体をよく確認せずに触れる者は、猫の様になるのだが……
雪綱が白い球体に触れると、雪綱の視界にAR(拡張現実)の様な画面が現れる。現れた画面は赤色の線に縁どられ見た事も無い地球上の主要な言語とは異なる文字が書かれおり、文字の内容は分から無いものの、雪綱の頭の中に意味は伝わってくる。
「……まるでゲームのアバター作成画面の様だな、はぁ~とは言え……ああああああああああああぁぁぁぁぁぁ……あぁあぁああぁぁぁああぁぁぁああああああ!!」
雪綱は、真っ白い床の上を転げまわりながら叫ぶ、雪綱の頭の位置に合わせて表示されている半透明状の赤い線に縁どられた画面が追従する。それを見た雪綱は、再び……
「……!!あああああああっぁあっぁあぁぁぁぁっぁああああぁああああ」っと叫びながら転げまわる。
別に情緒不安定と言う訳では無い、いつもの事だ。床には転げ回る雪綱の回転に合わせて、画面が赤い円軌道を描いてゆく。
(あそこまで精神を体を摩耗させ、剣を一身に振い続け雑念を振り払い無念無心へと至ろうと、十二より千日修業を満願祈願を行い続けた最後が……最後が……これか? 蜘蛛でも無く、猿でも無く、何かでも無く……これか!? これなのか? 確かにゲームは好きだ。
古い盤上のゲームも、テレビゲームも、ARゲームも、TRPGも、立体投影ゲームも……だからと言って……これは……)
「ああああぁああぁああぁあああっぁあぁぁぁぁぁああああ…………」
(……まぁ、仕方がないか……夢幻か分からないが、この様な経験はめったに出来ない以上、勿体無いな……)
そう言うと、雪綱は気を取り直し立ち上がると、目の前に浮かんでいる赤い枠の表示画面に手を伸ばす。
雪綱の目線に合わせて浮かぶように表示されている赤いAR画面にも似た画面には複数の項目があり、書かれている文字は読めずとも意味は伝わってくる。
表示内容は、性別、種族、天懍、適性、座標、備考、の順に六項目が表示されている。
(……本当に、ゲームのアバター作成画面だな……いろいろ足りないが……)
雪綱は、順に画面に触れていく。
(……性別は……今回は……どっちにしようかな~神様の言う通り~……違うな、取り敢えず男だな、ネカマはまた今度っと……)
そう言うと、雪綱は画面を操作し二つある性別のうち男性を選ぶ。すると画面が切り替わり、平均的な男性のデフォルメ化された体が現れる。ただ、画面にはもう片方の性別の画像も表示され、雪綱はそちらも押してみる。
(……おおぉお?……性別の項目は男性なのに体が女性になったぞ……これ、完成した時のアバターの見た目はどうなるんだ? まさか反対も……うゎ!! やっぱりか……取り合えずどっちも作るか……)
雪綱は、使う使わざるとアバターはどっちも作るタイプだ。
(……よしっ、男性体は出来たな……次は……女性体っと……)
そう言うと画面を元に戻し、再び作成に入る。
(……肌の色は……当然、真っ白だな。眼は少し目尻を下げて腹黒さを加味してっと……目鼻立ちは日本人の平均より少し高くしてっと……この微妙な匙加減が大変なんだよな~~男性体も、女性体も……こ・れ・でっ良しっと。次は……体つきだな。)
「……ぼぼんっ!! きゅっ!! ぼんっ!! 此れすなわち真理なり」
思考が駄々洩れだ。その上に、この言動だ。雪綱も冥土狂人卍に毒されているという事だろう。
一通り性別を確かめると、雪綱は性別を元に戻し……次の項目へと進む」
(……種族は……なんだ人類種って? 人間じゃ駄目なのか? それに選択肢が人類種しかないぞ!! これじゃあ選択肢の意味が……壊れているのか? この物体は……)
ツンツンっと雪綱は球体を突っつくと、球体の表面に浮かぶ朱色と金色の線を揺らす事無く白色の部分のみ、波紋の様に揺れ動く幾重もの円を形作る。
(……変わった反応だな。まぁ、取り敢えず次っと、次は座標か……あのゲームみたいだな……)
あのゲームとは、雪綱がファンのゲームだ。
いろいろと変わった切り口の多いゲームを作る会社で、無害かつ熱狂的な妄想癖のあるファンを多く抱えている事でも有名な会社であり、妙にプレイヤーに厳しい仕様でも有名だ。
その中でも自由度の高いロボットゲームと、何が何でもプレイヤーを倒し、無駄に難解な隠し要素をふんだんに盛り込みプレイヤーの精神を摩耗させようという会社の意図が見え隠れする仕様の、剣と魔法のファンタジーゲームが有名だ。
そのファンタジーゲームは、最初のアバター作成後にのちに多くのメーカーが真似をする様になる座標システムを作り上げた。
座標システムは座標となる数値を入力すると、プレイヤーが最初に目覚める地が、その世界上の何処かになり、座標となる数値さえ合っていればラスボスの手前や、隠しステージ、運が悪ければボスの部屋から始める事が出来る。つまり、プレイヤーの腕次第で、性能の高い武器や防具が物語の初めから手に入るという事だ。あとは死に戻れはいい。
余談ではあるが、このファンタジーゲームは旧時代の記憶容量で換算すると一ゼタバイトから構成され記憶媒体の大きさは四十立方センチ、そして重さは(質量)は約十五キロで済んでいる。が、ネットを返しての相互通信によりゲーム機本体の大きさは現在と変わらない。何せ日本のみ今もまだ円盤系の記憶媒体をわざわざ残し使用しているのだ。
これには他の七国家のAIも困惑するも、日本のAIは当たり前と言った反応をしている。
そんなことを思い出しながら雪綱は……
(……座標は……怖いな、いきなりラスボスの前とか、いや、まだラスボスの前とかならまだしも、下手をすれば、深海、地殻、地面の中、海中、空、宇宙、なんて事にでもなったら……目も当てられないな……あのゲームはそれがあったからな~座標はナシっと)
そうぶつぶつと独り言を話す雪綱は、画面に指を走らし次の項目へと移る。
(次は、適性か……)
そう言って雪綱は、適性と伝わってくる項目を人差し指で触れるも、画面は少し波紋の様な円を描くも一向に次の画面へ切り替わらない。
段々と波紋を描く円の内周と外周の間隔が狭くなり、雪綱以外には見えないAR画面にも似た画面を指で連続して突っ突く様になる。何も知らない人が見れば音の鳴る車に連絡してもおかしく無い。そんなシュールな光景が繰り返されている。
そうしてついに雪綱は……
「……ふっ!!」
そう鋭く息を吐くと、右手の五指を軽く曲げ小指の付け根から手首の関節部分の間で、真っ白い球体を打ち据える。二度、三度と……
剣を真っ当に学ぶ者の手刀打ちだ。威力と言う点においても申し分も無い。
雪綱の手刀打ちを受けた、真っ白い球体は音を発生させる事も無く、波紋を浮かべるだけで目立った変化はない。ただ、この対処方法は、昔の機械の調子の悪い時の対処方法だ。
(……よし、これでどうだ?旧式の回路基板でもない限り問題は無いはず……)
再び雪綱は、画面に触れるも反応は無く……
(仕方が無いな、次だ、次ぎ、次は……備考か……)
雪綱はしばらく無言で備考欄を見つめ、備考欄に書く内容を考え付くと……
「んっ? これはどう書くんだ?」
そう思わず声に出し、画面和指で触ると白い線が引かれた。
(おお……書けた)
それからしばらく雪綱は備考欄に妄言を書き連ねてゆく。
まごう事無き妄言を……ただ、雪綱にとっては真剣な夢であり目標を……
そうして全ての妄言を書き連ねていく……
「……これで……よしっとぉ……」
そう口に出すと雪綱は、備考欄の画面を閉じる。
「……最終決定ーっは……これか……」
全ての項目を埋めると一番下に直径二十センチ程の白い円が二つ現れた。
(……なるほど、一度押せば朱に染まり、二度押せば白に戻るか……両方とも朱色にしたら最終決定か?)
雪綱は白い円を両方とも朱色に変える。
すると、球体の表面に走る朱色と金色の線が球体の表面の一点に集まり、大小重なり合った二重の円を形成していく。
「……まるで……蛇の目の紋だな……」
そう呟くと雪綱は、右手をそっと蛇の目の紋の上に置いた。
雪綱の手が蛇の目の紋にも似た図形の上に置かれると、真っ白い球体は一瞬で深い紫色の靄へと変化した。
「……!! まずい!!」
そう口走った瞬間、雪綱は走り出し距離を取ろうとした、ものの……
「!! 空間が伸びてっ……」
白い白亜の空間は急速に広がり後方へと引き延ばされ、雪綱の視界を歪める……かと思えば一瞬で収縮し、雪綱を広がりゆく深い紫色の靄へと押しやった。
空間ごと収縮する白亜の空間は、今や直径三メートル以下へとなり……
「……まったく以って動かない壁だなっ!!」
雪綱の抵抗も虚しく、白亜の空間は収縮し続け今や白亜の空間は深い紫色のみとなり、直径は十センチを切る。
雪綱の視界は深い紫色に包まれ、ついに意識までもが深い紫色一色に染まり、意識が曖昧になる。
「……白昼夢の最後が、これとは恐れ入る……」
深い紫色に包まれた空間内であるにも関わらず、視認できていることに気が付いた雪綱は薄れゆく意識の中で、必死に手足を動かそうとし手足が無い事に気が付き。
「!! 手が……」
手足がない事実に雪綱は恐怖するも、必死に精神を落ち付かせようと、現状の把握に努める。
「……色を認識出来ているという事は、視界と脳はあるのか?」
そのことに気が付くとより一層、目を動かし周囲を窺い……
「……あっ、くそ……意……識……が……」
急速に失われゆく意識を繫ぎ止め様と縋りつく様に抵抗するも雪綱の意識は……消失する。
空間・直径……********へと到達……
◇◇◇◇◇◇◇
「ふゎぁぁぁ~~~~もう朝か……」
瞼を明るく照らす暖かな太陽の光に雪綱はふかふかの布団の中に深く潜り込み、起床に抵抗しながら感想を口にする。
「……ん!?」
(……ありえない!! ここは洞窟内の岩屋だぞ!!)
「……ようやく逝ったか……」
「すいませ~ん」
ヴゥゥン!!
「はぅ!!」
「……V暗黒卿……今日もつまらぬものを切ってしまいました。お許しを……」
ようやく転生出来ました。
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