転・転・転生
誤字脱字、感想、ご指摘等頂けたら幸いです。
光りが消え暗闇と岩肌を切り裂く風切り音、そして波が岩肌に打ち付ける音が岩屋の中を支配する。
雪綱は、ゆっくりと深呼吸を行い、暗闇に心身を慣らす五分程で心臓の鼓動が落ち着きを取り戻し、耳をつんざくような風切り音、岩肌に打ち付ける波の音、波の動きによって変化する洞穴内の風の動きにも慣れ、正座の状態の雪綱は右手側に置いた、少し反りの強い木刀を手に取り立ち上がる。
(ものの見事に、真っ暗だな……当然だが、ユリ達は見えない……か、こんな所に何時までも居たら精神を病んでしまうな~……あ~寒い、取り敢えず寒い! …………駄目だ……独り言が多い、早く修練を始めよう……)
こちらからは、ユリ達は見えないが彼女たちからは見えてる。
赤外線やドローンから放たれる人の網膜には映らない僅かな光を増幅し、これからの七日間を記録してもらっているのだ。
少し暗闇にふらつきながら雪綱は立ち上がり、左の腰に鞘付き木刀を佩くと、木刀をゆっくりと抜き放ち地面から水平に自らに刃が向く様に、目線まで掲げると……
「高天原に神留坐す すめ……」
大祓祝詞を唱え終えると雪綱は、木刀を鞘に納め両人差し指を伸ばし指先をくっ付けると、残りの両四指を組み合わせ胸の前で印を結ぶ。
「臨、兵、闘、者、皆、陣、烈、在、前……」
そう、九字印を結びながら唱え自己暗示、兼、結界を張る。
右手に持った木刀を少し中段より下に下げて構え……
基礎素振り型十二本・各七回。
次に家伝の剣術の術理の中でも、基礎中の基礎の五つの型・各七回。
雪綱の好みの型を七本・各七回。
合計二十四本の型を順手(刀を構える時は、基本的に右手を前にして握り拳一つ分ほどのの間を空けて柄の端を左手で持つ)と逆手でを共に行うと「ふぅ~」っと体の中に溜まった熱気を吐き出す様に深く深呼吸をする。数度の深呼吸ののち、雪綱は地面に置いた、アミノ酸を始めとした様々な人体に必要な栄養素を含む飲料水の入った容器を手探りで探り当てると、口から少し話した状態で一口飲み、再び地面に置くと、今度は半跏趺座(足を深く組まない胡坐の様な座り方で、踝の上に片方の足の踝を乗せた状態。)の状態となり、地面に座る。
(うわっ!! やっぱり冷えるな~)
乱れた呼吸が落ち着くまで半跏趺座を組み黙想を行いながら地面に座り、そんな感想を漏らす雪綱の心は雑念だらけで、まさに本末転倒だ。とは言え、袴と袴の内に着た吸湿発熱素材を使用したウィンナーを着ている以外は他に何も着ていないのだ。地面に直に座り座禅を組んでいる以上、地面からの吸熱は免れない。
呼吸が落ち着くと雪綱は、ゆっくりと右膝立ちとなり型を一つ行った。
「ふっ!」
鋭い息を吐き出す音と共に、右膝立ちの状態から雪綱は飛び上がると、地面より1・5メートル程の高さで、鞘付に納められている木刀を空中で抜き放ち、そのまま空中で体勢を右半身から左半身へと入れ替えながら着地した。
「ふっ!!」
再び鋭い息を吐く音とともに、木刀の峰の中程に手を添え勢い良く……突く。
「ふぅ~~」
深く息を吐く。
先の基礎素振り型からこの型に至るまでの一連の動作を一つの流れとし、雪綱は繰り返す。何度も、何度も、繰り返す、雑念を振り払い無念無心へと至るまで……繰り返す、寒さを忘却し、波音を失音し、岩にぶつかり金切り声にも似た風音に心が乱されなくなるまで、繰り返す……五感というモノが消え岩屋を占める、この深淵と自らとの境界が消えるまで……
(……無念無心、空即是色、色即是空、六根清浄、五臓六腑……ん?)
あと七日、この一連の流れを繰り返し行い、千日の満願祈願とし開眼を目指しているのだ。
このような時代でなければとてもでは無いが出来ない。時代錯誤の行いであり、まるで飾れない骨董品だ。
そんな骨董的行為を雪綱は十二歳から始めようやく、あと七日で満願となるのだ。
今は、昔以上に他流試合が出来るのだ。それもそれ相応の賞金の出る試合が、大会が開かれ新興・古流、問わず参加でき大いに隆盛を誇っている。
人間、平和になりすぎると血や激しい試合が見たくなるのだろう。ローマ帝国と同じように、とは言え、昔の様に死人が出るようなことは無く、最新の防具を身に着けて試合を行うのだ。
当世具足にも似た防具に身を包み武器を持って戦い、かつての様な武器を持たない試合は殆どおこなわれておらず既に廃れている。と言ってもいい状態となった。
試合に使用される武器と防具は特殊な樹脂製であり、複数のセンサーが搭載され、衝撃感知、衝撃の数値化、一定以上の衝撃を受けると剛性を失い軟化する機能、心拍や脳波と言ったバイタルの測定機能、洗濯機での丸洗い(特殊な洗剤に満たされたに洗濯機に武器と防具を丸ごと漬けて洗える様になり、かつての竹刀競技には付き物の六月と八月の特殊イベントは基本的にもう無い。)と言った機能を持つ。
二十一世紀前半に世界中で流行っていた七・六二mmの弾丸ですら、公式のテニスボールをサーブ用の投擲機械で投げつけた程度の衝撃へと抑える事が出来るほど優れており、人の手で振るい合う武器ならば十二分の防御性能を持つ、その上に非常に良い見栄えの音がするのだ。
安全性の確保と明確な数字による判定によって、ベーシックインカムの導入された中、創造的活動を行う者も、行わない者(ニート・穀粒し・リアル自宅警備員)も、賞金に後押しされ精力的に参加する健康的な一大イベントとなった。
その中でもニートとリアル自宅警備員は専門家(武道家)の次に強く、たいてい県大会ならベスト16には入賞している。
……20……21……22……23……24……
苦節二十四回目にして、ようやく無念無心へと至り……
「……よしっ!!」
などと、ガッツポーズをする雪綱。
この時点で、無念無心など何処吹く風だ。
「……」
そもそも、まだ一日程度しかたっておらず、まだまだ精神的に余裕がある。良く肌の感覚を無視し寒さと、おさらばできた程度だ。これは意外と便利な状態だ。危険はあるものの少しの間なら問題は無い。
二日目 23時47分54秒
基礎素振り型・十二本、家伝基礎型・五本、雪綱の好み型・七本、合計二十四本を一つとし。
現在・四十一回 合計・七十七回
ドローン・ユリ 雪綱様・観測記録
「……うっひょぅ~!!ひっゃはぁ~!!ふぅぃ~~ぃぃぃい~~!!……駄目だ……集中できていない…………何時から集中できていたと思っていた?……痛い……ものすごく痛い……まだ、二日目だぞ、私……」
三日目 13時42分32秒
現在・三十回 合計・百七回
ドローン・ユリ 雪綱様・観測記録
精神の安定を欠き奇行を確認。
拡張現実ゲームの技と思われる技名を連呼しながら14分27秒間、木刀を振るいだす。太刀筋に関しては申し分ないもののスキが非常に多い、体に対する負荷という点においては有効の可能性あり。
雪綱様は三日目、二十二回目にして、無言で木刀を左脇か前に構え、体側を素早く右半身、左半身、右半身、左半身へと切り替え……
「……魔人剣!! 魔人剣!! 魔人剣!! 剛・魔人剣!! 魔人剣・双波!! 双・魔人剣!! 魔人剣・空~間翔~転~移~~!! 冥ぃ空ぅ魔人剣!!!!」
四日目 22時41分59秒
現在・十四回 合計・百二十一回
ドローン・キキョウ 雪綱様・観測記録
雪綱様は昨日と同様にARゲーム格闘系の技名を連呼しながら、木刀を右脇に構え振るう。
振るい始めてから、4分50秒後に岩屋内の壁に拳をぶつけのた打ち回ること、約一分。
痛みによって多少精神の安定を取り戻す。
「昇竜剣!! 昇竜剣!! 昇竜剣!! 昇竜~波動剣!! しょっ……つぅぅぅ~~~~!!」
五日目 20時45分23秒
現在・七回 合計・百二十八回
ドローン・ヒマワリ 雪綱様・観測記録
雪綱様は昨日とは打って変わって静かに右脇構え下段に木刀を構えると、じっと息をひそめ何かを待ち続ける……
「……其……名は……エクスッ……カリッ……何をやっているんだ私は…………ムーンライトブレード!!」
(雪綱様……かなり長い溜めですね、そう言えば雪綱様は、えーあるゲームでも、溜めに溜めた一撃を超高機動で接敵して敵を倒すことに、情熱を傾けていたような記録が……溜めの最中にマイクロ波を……駄目ですね、ユリに叱られてしまいます。
ふふふふふ、幼い頃、一緒にゲームをした際、紙装甲の雪綱様のアバターが、溜め動作の最中に殴りつけて中断させると……うふふふ)
六日目 7時57分54秒
現在・十五回 合計・百四十三回
ドローン・ツバキ 雪綱様・観測記録
今日の雪綱様は小刻みに震えている。
雪綱様の体表を非接触型センサーで測定を行っても、脳波、筋電位、臓器間電位差、心電図、ともに異常は無く脳の一部が著しく活性化しているぐらいだ。
「ふははははぁぁぁぁは……待っていたぞ!! **!! 血沸き、肉躍る戦いを……戦い……を……」
(……なるほど、雪綱様が幼い頃によくお読みになられていた、漫画のごっこ遊びですか……お嬢様になんてご報告すれば……)
「……たたゕぃ……を…………」
七日目 12時24分48秒
現在・九十七回 合計・二百四十回
ドローン・ユリ 雪綱様・観測記録
雪綱様の修練回数は、ここ六日と比べ著しく上昇、精度、速度、同一動作性、全てが高く異常……これは、まるで三年前のような……脳波測定開始。
「……**あらずんば**にあらず」
「「「!!!!」」」
「雪綱様の暴言を確認」
「ユリ、こちらでも確認しました」
「ええ、私も確認したわ、どうするのユリ?」
「ユリ……報告するの?」
「……採決を取ります。報告を行うことに賛成の者」
「賛成します」
「賛成するわ」
「賛成~」
「……私も賛成です。全会一致ですね。」
「ですが、ユリ。雪綱様の奇行は消しておくべき……」
その様な会話が行われているとは露知らず、雪綱は……
(……)
もはや自らと外界、気温、湿度、地へと引き付ける重力、身を切るような冷たい潮風、鼓膜を振るわせる波音、波の潮汐による圧力すら感じることは無い。
自然、月、そして太陽の恩恵すらもはや雪綱は感じ取れておらず、五感のすべては機能していても、雪綱自身は、それを認識していない。
すでに、剣を握っているのかすら認識しておらず。ただ、停止命令を受け付けなくなった壊れた機械の様に精確に同じ動作を繰り返し続けていた。
ただ、雪綱の目は死んではおらず、むしろ……生気に満ち溢れている。が、その瞳は暗く……どこまでも深く暗い深海の様な色を讃え、見る者を吸い込まんとするかの様な感覚に陥らせる。そんな瞳の奥には、ほんの僅かな深い紫色が揺らいでいる。
まるで、深淵を覗く者を見詰め返す瞳の様にも見える。
無念無心へと至った雪綱に……
(……苦しい……)
頭の中に声とも言葉とも、ましてや音ともつかない、不思議な感覚が、意思が伝わり雪綱の心を締め付ける様な複数の感情が入り乱れ、雪綱は……ゆっくりと目を開く……
そこには、何処までも続く端の見えない、真っ白な白亜の空間が広がっていた。少し先に、この白い空間よりも白い、朱色の線を表面に走らせた球体が一つ、雪綱の眼に飛び込んできた。
「……病気か、私?」
「……貴様……いつ転生するんだ?」
「……しっ、死んだ時?」
ヴゥゥン!! ヴッン!! ヴゥッン!!
「……」
「……昨日同様つまらぬものを切ってしまいました。V暗黒卿……御赦しを……」
あと二回の投稿でちゃんと、この世と雪綱はおさらばします……はい……必ず!!