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夢追い非凡の異世界改造記  作者: 七草八千代
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プロローグ

初投稿です。温かい目で見た頂ければありがたいです。誤字脱字、ご指摘、ご感想等頂ければ幸いです。


 純白。

 

 白でもなく、月白でもない色。


 光を反射し、他の色を映す鏡に成りえても、決して自らは他の色に染まることの無い色。

 離れて見ると美しく辺りを照らし出すも、距離を見誤り近づき過ぎれば、見る者の瞳を、脳を、全てを純白に染め上げる。

 そしてまた、太陽も純白に似た色を持つ存在だ。

 程良い距離を保てば、その暖かな恩恵を受けることが出来るが、純白と同様に近づき過ぎれば秒間3・86×10^26乗という、その圧倒的な、光に、輝きに、熱量によって全てを灰燼と化すであろう。

 太陽の持つ暖かな恩恵の光を受けられるのは程良い間があってこそだ。

 さもなくば、太陽の暖かな恩恵の光は、ただ全てを純白に照らし染め上げる光に他ならない。

 純白とはそのような色だ。

 

               ◇                ◇

 

 240秒……


 空気の澄む冬の寒空の中、古の古戦場跡・ニブルファーフ古戦場跡を中心に、挟み込む形で二つの大軍が対峙している。

 月明りも満天の星明りも遮る厚い雲に覆われた地表には、ファルシュタッド帝国軍と対帝国同盟軍の

灯す魔術の光と松明の明かり以外は、両軍約十キロという間に、光りは無く深い闇が広がっている。

 

 先程までは……


 両軍共にすでに宣戦布告を行い、お互いがいつ動き出すかと警戒し合っているさなかに、それは突如として現れた。

 両軍の灯す光の届かないニブルファーフ古戦場跡の中においても、最も過酷とされた激戦の跡、ニブルファーフ古戦場跡中心部、両軍より約五キロほどの地点に、純白の光を身に纏い、幾重にも折り重ねられた裾の長い、異なる色の服を着重ねた異国装束を身に纏う女性が何の前触れもなくが現れたのだ。

 その女性は頭に笠と呼ばれるこの辺りではあまり見かけない被り物をかぶっており、その上に女性のかぶる笠の淵には、透き通るほどに薄い絹の様な布が、幾重にも重ねられ女性の足元まで伸び、その姿を窺い知ることは出来ない。

 ただ、両軍が物理的に魔術的に警戒する中、現れたのだ。それも、ニブルファーフ古戦場跡の中央部に……

 両軍の間に一気に緊張が走る。

 どちらの者だと? それ以前にあれは何かと? 人間か? 亜人か? そもそも人類種なのかと? 疑問が浮かぶ。

 それに何より、あの者が現れてから、ただにらみ合うだけの戦場の空気が一変した。

 ニブルファーフ古戦場跡を間に挟み対峙する両軍共に、あの者を見た時から、その純白の照らし出す幻想的な光の美しさよりも、言い知れぬ不安が新しき兵も古き兵も問わず苛んだ。

 水の中にいる様な動きにくい重々しさが体にまとわりつき、正常に呼吸ができているにも係わらず、酸素が足りないと、空気が足りないと、体が訴えるのだ。

 そんな正常であるにも係わらず異常な症状に新参も古参も問わず両軍共に苛まれた。

 特に武力をもって覇を唱える帝国軍にとっては大きな衝撃となった。

 ファルシュタッド帝国が誇る三大将軍とその直下の騎士団ですら、入団した手の新米の様な不安を隠す事が出来なかった。

 ただ、その表情は不安や恐怖よりもむしろ根本的に治療不可能な病に侵された病人の様な表情と言った方が相応しく、だからこそ下りたのだ。


 たった独りに対して、この試作型第四世代魔導砲の使用許可が……


 「……7……6……5……4……3……2……1、全術式転写完了」


 「第四・三面投射術式版・起動……起動確認」


 「複合投射術式、完全転写まで、4……3……2……完全投射」


 「圧縮投射球・形成開始、形成まで、7……6……5……4……3……2……1、形成完了」


 「試作型第四世代魔導砲、全投射工程完了」


 波打つ肩の辺りまで伸びた緑色の髪を、気の焦りを表す様に荒く右手で払うと、眼付きの鋭い三十代前半の整った顔立ちの女性は先程までせわしなく作業に当たっていた多くの部下の手が止まり代表者から、そう報告を受けると、腰に掛けた懐中時計を手に取り一・二秒ほど思案すると。


 「試作型第四世代魔導砲、全投射工程再確認」


 そう有無を言わせない口調で命令を下す。そんな彼女に部下たちは不安気な表情を顔に移すも即座に作業に取り掛かり、再び辺りが機械のように規則正しい喧騒に包まれる。


「試作型第四世代魔導砲・全投射工程再確認……開始」


 茶色の髪を自然と耳元で切りそろえた、二十代前半の少し頼りなさげな顔立ちの男性が皆を代表して復唱する。


 「……第一……確認……術式……確認……第二……確認……回転数……確認……複合……確認……転写……確認……形成……確認……全転写版……回転数……同期……安定……確認」


 「全投射工程再確認……完了」


 200秒……


 そう再び報告を受けると彼女は、さっと手を挙げ了承の意を伝え、次の指示を待つ部下の前で再び懐中時計と睨み合うこと約五秒、何か意を決したかの様な表情に部下たちの顔に緊張が走る。


 「…………砲口部に三面でいいわ、魔力纏い用魔導版を緊急設置!! 一度撃てればいいわ!!」


 「「「!!」」」


 「主っ、主任!! 待ってください、これ以上は!! それにあの者の警告の時間までもうっ!!」


 主任、そう呼ばれた緑色の髪を持つ彼女は、茶色い髪の副主任に。


 「だめよ、これは命令よ!!」


 厳しい口調で命令を下す主任に副主任は、この場にいる試作型第四世代魔導砲の開発にあったっている者たちを、同僚を代表して口を開く


 「!! …………理由をお聞きしてもよろしいでしょうか?」


 「…………いいわ、みんな作業をしながらでいいから聞いて」


 そう言われ皆一斉に作業に取り掛かりながら、主任の言葉に耳を傾ける。


 主任はゆっくりと深呼吸を行い口を開く。


 「……勘よ」


 「「「!!」」」


 一瞬、皆の手が止まったもののすぐに動き出し、主任の次の言葉を待った。


 「勘といっても、経験に裏打ちされた感よ。それに既に簡易計算は済ませたわ」


 その一言に再び皆の手が一瞬止まる。いくら研究開発の最高責任者とはいえ、これだけの複雑な工程を簡易計算とは言え、皆に指示を出しながら、この短時間で済ませるなど驚嘆の一言に尽きる。たとえ計算補助機器を使用したとしても一分は掛かる。それを彼女は暗算で行ったのだ。ここでようやく皆は思い出したのだ彼女の経歴に付けられた他者からの評価に……


 「計算上一度の投射なら問題はないわ。おそらく……いいえ、今を逃せば次はないわ」


 そう断言する彼女の一言に、作業に当たる皆の手に力がこもる。


 「設置はまだですか?」


 副主任の少し頼りがいの出てきた、覚悟のこもった声色に


 「あと一分で撤収も含めて設置完了します!!」


 三面魔力纏い用魔導版の設置に当たっている者達の代表から返事が返る。


 その報告を聞きながら主任は。


 (あの者の報告まで約二分……ギリギリね)


 刻一刻と懐中時計の針を見つめ時を見計らい逆算する。


 「三面魔力纏い用魔導版設置完了しました」


 パタン


 懐中時計の蓋を勢い良く締め


 「三面魔力纏い用魔導版、回転開始!! 規定回転数到達後、術式転写。 魔力球形成後報告!!」


 「三面魔力纏い用魔導版、回転開始!!」


 「回転数、4……15……31……55……87……132……193……200、規定回転数到達……回転数安定」


 「これより術式転写・開始いたします」


 「完全転写まで、7……6……5……4……3……2……完全転写!!」


 「魔力球形成確認!! 指向性……安定を確認!!」


 「投射可能です!!」


 全ての投射工程の確認の報告を受け、主任はうなずくも不安げに懐中時計の竜頭の頭を不安気に指先で遊びながら撫でながら。


 「照準開始!!」


 「照準開始!! 距離……5743メートル、空間魔力……許容内、大気減衰率……許容内、重力変動……許容内、対魔力結界……確認出来ず、対物理結界……確認出来ず」


 「不確定要素は無視して」


 「了解しました。再確認します……確認完了」


 「いつでも撃てます!!」


 「本陣に指向性魔力短波、指向性光量通信、指向性音波通信にて打電!! 返答を待つ必要はないわ」


 「照準をこちらの映像投影魔導版に」


 地面を這うように重なり合った線の束が、試作型第四世代魔導砲から幾重にも伸び、主任の目の前の十人以上が座れる大きな長方形の机の上に置かれた、いくつもの硝子と金属の板とが組み合わさった魔導器・映像投影魔導版と映像投影魔導器に繋がっている。

 主任の目の前に置かれた映像投影魔導版は、試作型第四世代魔導砲の砲身の向く方向の映像が投影されており、その他の映像投影魔導版にも、映し出される映像の色こそ違えど同じ映像が映し出されている。

 幾重にも着重ねられた異国装束に身を包み、薄絹にも似た布を幾重にも折り重ねた垂れ布に縁どられた笠を頭にかぶり素顔を覆い隠す、純白を身に纏う女性が。ただ、どの投影魔導版も、映し出す色は異なるというのに彼女だけは純白に映し出されていた。

 主任は食い入るように映し出される映像を見つめ、近くにいる少し青みがかった肩まで伸びたショートヘアの女性の部下から大型拳銃のような見た目の魔動器を受け取とった。

 受け取った魔動器の銃床に似た部分からは、束ねられた線が試作型第四世代魔導砲に伸びおり、適当に動かす主任の持つ魔動器の動きに合わせて試作型第四世代魔導砲も動く。


 160秒……


 「照準の固定は、そちらに任せるわ」


 一通り動かし、試作型第四世代魔導砲と受け取った照準魔動器の同期具合を確認すると、そう部下に言うと照準魔動器を握る手に込められた力を抜いた。


 「了解しました。 照準固定開始します。 4……3……2……1、固定完了」


 一度合わせられた照準をこの時間の無いさなかに外し再度調整し固定したのだ。


 「……いつでも撃てます」


 先程とは打って変わった落ち着いた声でそう報告を行う部下に頷くと、主任は腰に掛けた懐中時計の淵を人差し指のお腹で撫で。


 (あと一分……)


 部下たちの固唾を飲んだ視線を一身に受け。


 「試作型第四世代魔導砲…………投射!!」


 「「「投射!!」」」


 沈黙に包まれた戦場に対峙する対帝国同盟に対してではなく、たった独りに対しての火蓋が切って落とされたのだ。


 全長十五メートル程にもなる試作型第四世代魔導砲は、一メートル程の三角柱の筒と十メートル程の四角柱の筒、そして一メートル程の六角柱の筒が三つと、順に並び金属の格子によって支えられた形状をしており、大きな筒以外の小さな四つの筒は、高速で横方向に回転し電動機の様な高い音を出している。

 それぞれの筒の表面には、メソポタミア以前の古代シュメールの楔形文字(せっけいもじ)に酷似した文字が虹のように輝いる。

 投射命令を受け、後方の筒から順に文字の輝きが失われついに砲口部に緊急設置された、魔導版の表面の文字の輝きが失われ、試作型第四世代魔導砲は自らに与えられた仕事を果たす。


 「シュッ」


 全長十五メートル・後継一メートル程もある試作型第四世代魔導砲から発射されたとは思えない程に、軽い音共に、直径一メートル程の幾層もの水に似た膜に包まれた光球が発射された。

 発射された光球は、映像で見る一定の光を遮断した太陽の様な光を放ちながら、月明りも星明りも届かない厚い雲に覆われた地表を明るく照らしながら目標へと飛来する。まるで、純白の光をたゆたえた女性へと互いに引き付け合うように。


 「着弾まで」


 主任の脳裏には、いくつもの試作型第四世代魔導砲の基礎値が浮かび上がり、その内の一つ単純な速度を思い起こす。

 初速も終速も共に秒速・約720メートル、音速の二倍弱、魔力による物理的優位性。たった五キロと少しの距離なら、ものの7秒足らずで目標に着弾する。とは言え、有線無線問わず誘導術式も組み込んでいない、ただ直進するだけの魔力球であり弾体だ。少し走るだけで戦闘技術を持たない者でも簡単に避けられるだろ。だが、彼女は避けないと主任は予測している。何せ彼女は先程のこちらの一撃を避けることなくいなしたのだ。自らの技量に相当な自信があるのだろう。だが、だからこそ意味があり有効なのだ。この一撃が。


 「……6……5……4……3……2……」


 敵対するはずの両軍が共に息を呑む。


 「着弾!!」


 120秒……


 爆発音も鳴ければ、衝撃波も来ない、強烈な光すら。ただ、静かに固唾を飲む野営地に報告が走る。だが、報告を受け取らずとも、誰の目にもはっきりと映っているのだ。あの純白を身に纏った女性が、太陽にも似た光球に接触した瞬間、光球が膨張し静かに彼女を包み込んだのを……


 「術式終了まで約一分!! ……57……56……55……54……」


 映像投影魔導版に映るアラビア数字に、非常に酷似した数字を読み上げる女性の部下の声を聴きながら光球の中にに内包されている術式が正常に機能していることを、確認し安堵し実験の成功を喜ぶも。


 (何かが引っかかるわ、でも何が……何が引っかかるというの?)


 主任の心を言い知れぬ不安と焦燥が満たしてゆく、これでは駄目だと、これではまだ足りないと、感が経験と才能に裏打ちされた勘が、そう警鐘を鳴らすのだ。


 だからこそ主任は口を開くのだ。


 「機動攻城弩弓騎士団に通達!! あの光球を対象に水属性系統の最上位術式を内包した魔化された大矢を、ありったけ撃つように言って!!」


 「了解しました!! 機動攻城弩弓騎士団に通達します!!」


 ものの十秒足らずで返答は返って来る。


 「!! ……駄目です!! 許可下りません!!」


 「「「!!」」」


 そう報告を受け、試作型第四世代魔導砲の運用にあったていた者たちは口々に。


 「そんなに自分たちの役割が取って代わられるのが嫌なのか!? このような状況下でも!?」


 「あの石頭共め!!脳をどっかの城に飛ばしてきたんじゃないのか!?」


 「あいつら脳をどっかに置き忘れて来たのか? 今度あいつらのチャリオットの軸に、石でも詰めてやる!!」


 「それはいいな! いっそ術式で車輪の接地面の摩擦係数をゼロにするのも……」


 「いいえ、馬に下剤を飲ませるのがいいわ」


 「「「……それは動物虐待だ」」」


 「何を言っているのよ、鞭で打っているんだから、一緒よ、一緒!! いっそあいつらを鞭で打つべきよ!! 無知なんだら!!」


 「鞭だけに?」


 「「「「……」」」」


 「そもそも、この件は副主任が悪い。今度ご飯をおごってくださいよ~副主任」


 「ごめんみんな、僕の妹が……」


 そんな軽口を叩き合いながら、不安を打ち払おうとする部下たちの様子に、主任は思わず笑みが零れ落ち鋭い眼つきが柔和になる。


 (ふふふふふ……ふぅ~仕方がないわ……ううん、今はこれしか……)


 「……試作型第四世代型魔導砲、第三・六面術式転写版……回転開始!! ありったけの水素生成術式の描かれた魔導書と水属性の術式の描かれた魔導書を投入して!! そののち二十秒後に投射!! 全魔力を第三に流して!! 魔力球を半物質弾体へと形成!! とりあえず二十秒後に投射よ!! 中途半端でも構わないわ!!」


 試作型第四世代魔導砲の運用に当たっていた者たちは皆一斉に手を止め主任を見つめる。


 「先輩!! そのような運用を行えば魔導砲が持つとは思えません!!」


 「ええ、分かっているわ。一度だけ撃てればいいの、一度だけ持たせて!!」


 「あ~あ、もうっ、水素生成術式だけが書かれた魔導書なんてないわよ!」


 「いっそ、尿でも掛けるか?」


 「緊張して、一度もトイレに行っていないから量はあるぞ!」


 そう軽口をたたいていると。


 「ええ、それもいいわ。 巻き込まれないように注意して!!」


 そう軽口をたたきながら魔導書を探す部下二人にまじめな口調で、そう主任は言うと部下の二人はぎょっとした目を向けるも、すでに主任は他の部下を手伝っており冗談で言っているのでは無いと、二人は理解し慌てて。


 「魔導書だ! 魔導書!!」


 「ああ、巻物(スクロール)もだ!!」


 そう言いより一層魔、魔導書の探索にいそしんだ。当然だ、すでに第三・六面魔導版の回転数は160回転を超え、物理遮断結界の遮断強度を上回り周囲の大気を内へと巻き込み始めている。そんなところへ大切な半身を近づければどうなるかなど考える必要はない。

 目的の魔導書を見つけた者は、術式の描かれた頁を引きちぎり、高速で回転する転写魔導版へと放り込んでいく……


 80秒……


 「40……39……38……37……36……っ!! これは!! じゅっ、術式よりの魔力短波低下!! 術式終了まで……約七秒!!」


 全員の顔に今までとは比べ物にならない程の吐き気をこらえるかの様な表情が浮かぶ。


 (ありえない!! どれ程短くても、あと二十秒は持続したはず!! 計算間違い!?)


 いくつもの疑問が、主任と皆の脳裏に浮かぶ。ただそれでも時は無常に過ぎる。


 「……6……5……4……3……2……術式完全停止を確認!!」


 そう叫ぶような報告を受け、皆一斉に映像投影魔導版に映る眩いばかりの太陽にも似た輝きを放つ光球へと視線を向ける。

 純白を身に纏い幾重にも異国装束に身を包み込んだ女性を飲み込んだ光球は、始まりの直径一メートルから十メートル、そして今や四十メートル程にもなり、物理遮断結界の強度限界へと迫る。

 光球はいまだ膨張を続け、このままでは物理遮断も魔力遮断もできなくなるだろう。そのことを理解し。


 「しゅっ、主任~!!」  


 副主任の悲鳴にも似た呼び声に、主任は顔を顔を向けると、そこには計算以上の膨張率を見せる光球に対し青ざめた顔を見せる他の部下たちの顔があった。

 

 主任は……彼女は、自然に感謝し敬意を払い、擬人化された偶像の神にも理解を示すことはあっても、明らかに人のつくりし神を信じた事は無い、ましてや祈った事など無い。

 

 そんな彼女は、今初めて祈る。

 

 それが、擬人化された神なのか? 人のつくりし神なのか? はたまた、別の何かなのか?


 それは、彼女にも誰にも知る由はない。


 (お願い!! これ以上は広がらないで!!)


 ある一つの可能性に、彼女の思考は行き付き、祈る。太陽にも似た光を放ち辺りを照らす光球の輝きが消えるように。

 再びニブルファーフ古戦場跡に闇夜が訪れるように、光では無く闇を、陽では無く陰を求めた。


 そんな彼女の思いが通じたのか、直径60メートル程にも広がった光球は、一瞬激しく収縮を繰り返すと、ピタリと膨張も収縮も身を潜め不気味なまでの静寂と共に、その場に停止した。


 ファルシュタッド帝国軍と対帝国同盟軍は共に、膨張し静かに光を発つ光球の行く末を固唾を飲んで見守るしかできなかった。


 すでに魔力の測定を行う機器の針は用をなさず、力の波長はおろか、冠位魔力の測定も両軍共に行えない状況に陥ってしまっていた。


 太陽にも似た光球は、突如自らの作り出した不気味なまでの静寂を自らの手で破り直径六十メートル程にも膨張した光球は、瞬きする間に針の先より小さくなり……ついに消失した。後には、ぽっかりと大きな半球状の穴が大地に空いていた。文字道理の意味であり、土を爆発の様に押し退けるのでは無く、削り取った様な穴が開いているのだ。


 「……ありえない……」


 思わず主任の口から思考が漏れる。


 「……どうして何も起こらないの? 鉄のこっ……」


 40秒……


 そう考えを口に出した瞬間、彼女は即座に縦・横一メートル、厚さ十センチもある魔導書を取り出し、重厚な表紙を開くと指向性魔力感知術式を起動し魔術を発動する。

 前方に円錐状に展開された魔力の波は五キロと少しの距離に出来たばかりの穴に照射され、起動している指向性魔力感知術式の描かれた頁に、魔力による立体的な映像を形成していく、形成された立体映像には、先程の大穴が形成されたいた。

 皆が食い入る様に形成されたばかりの魔力による立体映像を見つめている最中さなかに。


 「……!! 先輩!! 魔力反応です!!」


 橙色の髪をなびかせるショートヘアの二十代前半の女性が主任を呼ぶのを待っていたかの様に、ニブルファーフ古戦場跡に空いた直径60メートル程のきれいな半球状の穴が底より盛り上がり、ニブルファーフ古戦場跡を包み込む闇夜よりさらに深い深淵より純白の光が現れ辺りを明るく照らす。

 純白の光によって明るく照らし出された半球状の穴は、見る見るうちに穴の底より盛り上がる土により失った半身を取り戻す。


 「まっ、魔力の完全物質化を確認!!」


 「「「!!」」」


 「……そんな馬鹿な!! 数十トンはあるんだぞ!! それに土の構成はっ!!」


 そう皆、口々に口走る。


 (違う!! 問題はそこじゃないわ!! ありえない!! ありえないわ!! 在ってはいけないわ!! あの術式は!! あの魔術は!! 外部温度も内部温度も……)


 主任の目には、純白を身に纏い幾重にも着重ねられた異国装束に身を包み、折り重ねられた薄絹の垂れ衣に縁どられた笠をかぶり、素顔を覆い隠した女性に釘付に成り目が離せなくなっていた。

 主任の頭の中には第四世代魔導砲を構成する術理、開発に携わった者達の顔が浮かぶ。

 だからこそ、あってはなら無いと、あっては欲しくは無いと、最年少でファルシュタッド帝国・術式開発院へと入り、主任にまでなった彼女は起こりえる可能性を考え計算しながらも、心は否定する。

 こんな事は遭ってはならない、遭ってほしくないと。こんなことを認めれば、魔導学を学ぶ全ての者に対する冒涜だと。


 たった一度の運用で、小国の国家予算の半月分の費用が掛かる一撃を、プロトタイプハイランダ(試作型魔導駆動器)ーならまだしも当世型ハイランダー(魔導駆動器)はおろか、国家単位の力で作られたエルキドゥ(生物模倣魔導器)ですら屠ることが出来る一撃だ。

 全種族最高とされる総合的な能力を持つ龍種ですら、当たりさえすれば屠ることが可能とされる一撃を受

け無傷など、純粋性物理学と魔導学に対する冒涜に他ならない。


 そんな主任の思いを一部たりとも鑑みない声がニブルファーフ古戦場跡に響き渡る。


 「人類種の子らよ」


 両軍より五キロ以上も離れた場所より発せられたとは思えない程、ゆったりと静かな声は、まるで幼子を叱る親の様な優し気な声色を含み、親に叱られている様な、そんな複雑な気持ちにさせ自然と頭蓋に染み渡っていく。

 ただ、勘の鋭い者なら気付いただろう、その声色の中に微かな苛立ちと、一つ一つの言葉の中に含まれる億劫さが滲み出していることに……


 「この地はわらわの大切な地……下がるがよい」


 そう話す声色の中に、明確ないらだちを感じ取った主任は、即座に自らの身に最大の魔力を巡らし生物的基礎能力を一時的に現時点での最高まで向上させ、強化された視力で五キロ以上離れた地に、独りたたずむ純白を身に纏った女性へと目を凝らす。


 純白を身に纏う女性は、長い袖に覆われた右手を、幾重にも着重ねた異国装束の上からでもはっきりと見て取れる豊穣に満ちた胸の前に持ち上げる。

 豊穣に満たされた胸の前まで持ち上げた右手の指先が、長い幾重にも折り重ねられた異国装束の袖よりほんの僅かに覗き。


 「!! ……あっ、あぁ……」


 思わず主任の口から吐息にも似た声が漏れる。


 30秒……

 

 幾重にも着重ねられた長い袖より覗く右手には、この世の者とは思えない、透き通る様な純白を揺蕩え(たゆた)、彼女の纏う純白の光は、彼女自身から発せられていると理解し自然と声が漏れ、主任の脳裏には、昔読んだ本の中の一文が反芻される。


 「---- 真に美しいものを見た者は、言葉を忘れ、思考を失う ---」


 そんな言葉が主任の脳裏に浮かぶ。そうして、皆は一つの答えへと至る。


 人ならざる超上の存在に弓を引いた事に……


 引き下がるという慈悲を与えられたにも拘らず、我々は、その慈悲を無視し彼女の「大切な地」と言った地へと土足で踏み入ったのだ。


 20秒……


 遥か二千年前、今となっては存在したのかすら疑われる、螺旋の民と御使いの民とが戦ったとされる戦跡・ニブルファーフ古戦場跡。

 彼らの戦いは、伝説となり、神話となり、おとぎ話となり、二千年という長き時に渡り、現代に至るまで語り継がれている。

 ただ、どの物語にも戦いの結末は掛かれていない。口伝(くちづ)てに彼らは、滅びたのだと、何処かへ去ったのだとも言われている。

 ただ、一つ言えることは、螺旋の民も、御使いの民も今はい無いということだ。

 世界に四つある大きな神話の一つであり、この場のいる全ての者たちが知っている子供の頃より聞かされているお話だ。

 阿吽とでもいうべきかニブルファーフ古戦場跡に集うもの全ての者は、皆一つの結論へとたどり着く、時間も空間も距離も問わず、自らの分を弁えぬ者の末路を……


 15秒……


 純白を身に纏う女性が豊穣に満ちた胸の前に持ち上げた、右手を少し上へと上げると、漆黒の厚い雲の中に、稲妻とは異なる静かな灰色の光が広大な範囲に渡り無数に表れ、地表を曇天に覆われた昼日中の様な明るさに照らし出し包み込んだ。

 雲の中に現れた灰色の光は、純白を揺蕩える彼女の頭上へと急速に集まり、ものの数秒で一つの巨大な灰色の光球となるも、厚い雲を割ることは無く静かに胎動する。まるで嵐の前の静けさであり、今にも雲を押しのけ地表を飲み込もうとする濁流のような想像を抱かせるには十分な重々しさを共になっている。

 いつ決壊するかも分からない灰色の巨大な光球から、頭では危険だと分かっていても目が離せなくなってしまっていた。

 只ならぬ緊張に、歴戦も新人も関係なく、喉が渇き全身の毛が逆立ち恐怖に震え手足に力が入らず、自らの体も抱きかかえる事すら出来無くなり、只々、自らの無力をかみしめ見続けることしかできない。

 そうして皆が固唾を飲み見守っていると、灰色の光球は、膨張し始めついに雲を割り純白の光を雲海より下に広がる地表(深海)を明るく照らす。

 白の光を放つ光球は、単一の光では無く、光量の異なる様々な白により構成されており、見る見るうちに光球は膨張し広がっていく。


 「!! こっ、光球直径600メートルを超えます!!」


 10秒……


 今や叫ぶような報告を受け、主任は……


 「!! 両軍に通達!! 対魔力・対物理結界共に強度を、出力をあげっ……」


 主任の言葉は、最後まで紡がれることは無かった。それよりも先に光球の真下に、独り佇む光球の放つ純白の輝きよりも、()()はっきりとした純白を身に纏う女性が動いたからだ。

 彼女は、煩わしそうに豊穣に満ちた胸の前に置いた右手を、羽虫を払うように煩わし気にさっと払い……


 「……罰を受けよ」


 5秒……


 巨大な光球は突如、何の前触れもなく、瞬き一つという時間よりも早く収縮し、後には漆黒の厚い雲に空いた大きな穴が空き、一つの巨大な月と一つの小さな月が重なった巨大な単眼の瞳が地表を見つめていた。

 

 これで終わりではない。誰の心にも同じ思いが浮かぶ。


 4秒……


 光球は消えても、空が覆い被さって来る様な重圧は消えず、むしろ強まっている。そうして静寂に包まれる中、突如、重なり合う月の瞳の中心に月光とは異なる光が生まれる。


 3秒……


 生まれたばかりの光は、ニブルファーフ古戦場跡に立つ全ての存在を許さないと言わぬばかりに眩い純白の輝きでニブルファーフ古戦場跡に立つ者の視界を認識を意識を純白に染め上げる。


 2秒……


 主任は自らの意識を純白に染め上げる光の中で彼女を、この純白の輝きの中で、()()純白を身に纏う彼女をはっきりと認識した。

 試作型第四世代魔導砲の一撃を受けても、強くはためくことの無かった笠の淵を覆う、幾重にも折り重ねられた垂れ衣が強くはためき、隙間から純白を身に纏った女性の素顔があらわになる。

 主任の瞳に映った彼女の素顔は、この世の者とは思えない程に美しい顔立ちをしており、肌の色は手と同じ様に透き通る様な純白であり、少し目尻の下がった優しげな眼に、瞳には深い紫色(ししょく)をたたえ、眉は我々とは異なり線では無く楕円を描き、唇は薄っすらとした桜色をしいる。ただ、何よりもその額には三つ目の大きな瞳が輝いていた。


 1秒……


 大きな第三の瞳は、空に浮かぶ月の瞳と同じ様な虹彩輪郭を持ち、外周は濃く内周は薄くなった黄昏色により形作られている。

 そんな第三の瞳と主任の瞳が、垂れ衣のはためくわずかな隙間から交差し……見つめ合ったと、そう主任は……彼女は純白に染め上げられ薄れゆく意識の中で確信した……





 0……


 



 「あぁ……神よ……御赦(おゆる)しを……」






長いプロローグにお付き合い頂きありがとうございます。次からは三・四千時ほどに収めようと思います。お読みいただいた評価・ブックマーク等頂ければありがたいです。

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