3話 アリカという少女
数式をいじっていると、アリカが起きた。どうやらもう朝のようだ。アリカは少し眠そうに目をこすりながら、
「お人形さん、おはよう。」
とあいさつする。どう反応しようかと悩んでいると、彼女は気にせず朝食を始めてしまった。
朝食は卵料理のようなもので、それを見ても食欲が湧かないことから、私は食事もとる必要がない体になってしまったらしい。
朝食を終えた彼女は、私の元へとやってきて、
「今日は立ったり、歩いたりしてみよっか。」
と言う。そして彼女は立つ、座る、歩く、走るといった動作を私にみせる。おそらくウッドパペットというものは、はじめに動作を仕込むものなのだろう。その仕込まれた動作を場合によって使い分ける、いわゆる人工知能みたいなものなのだと私は考える。
彼女がウッドパペット作りで素材を駄目にしたと言っていたのは、この人工知能部分のプログラミングが不完全だった影響ではと考えている。この体はどういうわけか、人工知能部分の代わりに私の意識がなっている。
彼女がこちらを期待に満ちた目で見てきたので、立って歩いてみせる。私にとってはごく普通の動作なのだが、
「すごーい!うごいたー!!」
と、なかなか喜んでくれるのでしばらく歩き回った。
そして昨日開けることの出来なかったドアにむかって歩いてみると、
「このドアは、わたしとししょーしか開けられないんだ。」
と自慢げにいった。師匠とは錬金術を教えてくれた人物だ。
「あなたも開けられるようにしとくね。」
と言って、何かをドアに施して、ドアを開ける。
外に出ると、草むらと湖、緑が映える森があった。これほど自然があふれる景色は初めて見る。いままで中にいた小屋を囲むように草むらがあり、その草むらを囲むように森があった。彼女は、
「きれいでしょ?」
と笑顔で言って、いくつか草むらの草を取ってきて、私に外にいてもいいと言って小屋の中に入っていった。
結界があるから草むらの内側は大丈夫ともいっていたが、何をするのか気になり、私も中に入ることにする。
小屋の中で彼女は仕事に取りかかっているようだった。草むらで取った草は薬草で、ポーションという傷を治す薬に、錬金術で変えることができるようで、ちょくちょく訪れる冒険者に日用品と交換してもらっていると彼女は説明する。
森の中に1人でいる少女と荒くれ者のイメージの冒険者の交流に少し不安を感じたが、冒険者のパーティーには女性もいるらしく、パーティー全員が妹のように接してくれるという。
錬金術師と冒険者の協力関係は、珍しくないそうでアリカの両親と師匠もそういう関係だったそうだ。
アリカの両親はどちらも冒険者で、アリカが5歳のとき、両親は友人だった師匠に彼女を預け、魔獣の討伐に行った。そして両親は帰って来なかった。師匠がアリカを引き取り、親のように大切に育てる。
アリカが10歳のとき、錬金術の手伝いをしたいと言い、師匠に弟子入りする。師匠も最初は渋ったが、やがて認める。
四ヶ月前の15歳の誕生日に、この森で1年間暮らすように師匠に言われる。
月に一回会いに来るという師匠は、目的は監視だと言っているが、心配しているのは見え見えだ。
「今日の分終わり!」
ポーション作りが終わっている。彼女は私を連れて、また外に出る。彼女に誘われるように、うさぎやりすのような小動物が寄って来る。余談だが、動物と魔獣の見分け方は、黒い角を持っているかどうかだ。魔獣は共通して黒い角を持っている。
背中にかかる程度の湖の底のように青い髪、森の木々のような深い緑の瞳、15歳にしてはやや小柄な彼女が動物と楽しそうにしている姿は、とても美しく私の目に映った。
しばらく彼女はそうしていて、日が暮れかけた頃、思い出したように、
「ちょっとここでまってて。」
と言い、森の中に入って行く。私は心配になり、森の中に入ろうかと思い始めていると、彼女がおそらく魔法で魔獣を浮かして帰ってきた。
「晩ごはんだよー」
どうやら彼女は精神面だけでなく、戦闘面においてもタフなようだった。