表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
レイなお!  作者: 永ノ月
4/5

3 時間が解決することは滅多にない

「奈央先輩! このあと……カラオケ行きませんか?!」

「……え?」

「あ、2人じゃないですよ? ダンス部の人も誘うので!」

「えーっと。どうしようかなぁ……」



「とか言われたんですが! どうしよう?!」


 昼休み。

 後輩の男に呼び出されてそう提案されたらしい。奈央にしては珍しく動揺しており、少しだけ可笑しくなる。クスリと笑うと、奈央は声をより大にして突っかかる。


「いいの?! 男と遊びにいくんだよ?!」

「ああ、その心配? 自己申告してるうちは大丈夫でしょ。別に奈央の遊びを制限する気はないし」

「やだ、この子寛容すぎ……男をダメにするタイプ!」

「はいはい。じゃあ私は生徒会あるから」

「ん、これはただ冷めてるだけ……?」


 そんなことはない。むしろ気にならないといえば嘘になる。何せ彼女の武勇伝を一番近くで聞いていた私だ。彼女のことはよく理解しているつもりだ。

 だからこそ、今回は彼女信頼してを送り出すことにした。


「じゃあ、いってらっしゃい」

「……今の嫁っぽい! もう一回言って!」

「いやだ」


 この軽さが、彼女を信頼しきれない理由だよなぁ……



 ♡



 約束通り、奈央は後輩の男子に誘われてカラオケに行くことになった。

 他の人は先に向かっていると伝えられ、奈央と後輩だけで道を歩いた。既に麗奈に睨まれそうな状況だ、と奈央は気が気でない。


 告白されるのだろう。奈央は直感でそう思う。

 だっていきなり誘い出し、他の人も来るからと彼女を来やすくし、お互い気まずくならずにかつ距離を詰めようという寸法。よくある手法だ。

 この手のお誘いは何度も経験があるので、素直に乗っかったりはしない。今のうちに断り文句でも考えておこうと、ただ後輩の後をついていく。



「遅くなりました! すみません!」

「思ったより早かったね~」

「白羽。今日は来てくれてありがとう」


 奈央は戦慄した。

 それは他でもないメンツ。よりにもよって、もっとも仲の良かったダンス部の同級生たちが勢揃いしている。

 部活を辞めてから半年以上。一言も話していなかった彼女らと突然の対面。彼女にとって気まずい以外の何者でもなかった。

 断り文句ばかり考えていた自分が急に恥ずかしくなる。同時に、部活を辞めたころを思い出す。


 楽しいことはあった。しかし、蘇るのは……


「どうした奈央。早く行こー?」


 呼ばれた声にはっとし、慌てて集団を追う。

 彼女の心は、台風が過ぎた川のように荒れ、かき乱されていた。思い出したくないものばかりが頭の中を駆け巡る――

 俯きつつ、誰にも聞こえない声で呟いた。


「ほんと、最悪……」



 ♡



 1、2年生合同。合計10人のカラオケが始まった。

 順番は1年生から、終わったら2年生と回してゆくらしい。

 小百合、柚希、美香がこちらへ振り返っている。彼女らは最後まで奈央が辞めることを引き留めてくれた、大切な友達……だった。


 今となってはどうでもいい。遊んでもいないし、学校で見ても声はかけない。

 友人関係はさっぱりしている彼女らしいが、今回はとにかく徹底的だった。3人にどう思われようと、当時の奈央にとってはどうでもいことだった。

 彼女は新しい居場所を求めて今の生活を選んだ。

 が、今日のイベントはそれを許さない。そう言っているようだった。


 耐えきれなくなって、一度部屋を出た。するとやはり、3人は追いかけてきた。


「待って奈央。急にこんなことされたら嫌なのもわかってる。でも、こうでもしないと話してくれないでしょう?」


 柚希が奈央の肩を掴む。彼女は真面目で正義感の強い人間だ。これを考えたのもきっと彼女だ。

 気弱で仲間想いな小百合も、世話焼きな美香もきっと、奈央のことを心配してこの企画を立てたのだろう。判ったうえで、彼女らに問うた。


「どうして、こんなことを?」

「3年の先輩たちも卒業したでしょ? もう部員に奈央を煙たがる人もいないよ。誘った彼だって、本気で奈央に興味持ってる。だからさ、ダンス部に戻ってきなよ」

「奈央ちゃんがいれば、もっと部活も楽しくなる。だから、私からもお願い」

「私も。奈央なら後輩とも上手くやっていけるよ」


 今にも泣きそうな顔で、3人は必死に奈央へ言葉を投げかけた。

 その想いは間違いなく本物だ。きっと部活に戻れば、楽しい学校生活を送れるかもしれない。

 けれど――



「アタシは戻らない」

「どうして!」

「一度抜けたら、中途半端な気持ちでは戻れない。そう思ってるだけ」

「誰も止めないし、悪いとは思わないよ」


 止まらない懇願。それを断ち切るように、奈央はいつもより低い声で、薄く笑った凍るような表情で、告げた。


「さっきからみんなみんなって、アタシの気持ちは? みんなはいいんだろうけど、アタシに戻る気はないんだから無駄だよ。仮に情けで戻ったとしても、あのときのように楽しむことはできない。これ以上引き留めるなら、アタシ、本気で怒っちゃうかも」


 同時に3人の心が音を立てて崩れる。今まで見たこともないような……いや、辞めるときもこんな顔をしていたかもしれない。

 奈央も心が痛む。だが、これはどうしようもなく決まってしまった意志なのだ。揺らぐことはない。


「アタシ予定あるから。これカラオケ代ね。後輩君には、悪いけど付き合えないって言っといて。それじゃ」


 奈央はくるりと踵を返し、その場を足早に去っていった。

 だが、少しだけスッキリした。逃げた彼女をまだ心配している人がいたことに、言いようのない安堵が生まれていた。

 やはり、彼女はまだ後悔していたのかもしれない――



 ♡



 すっかり外は夕焼け色に染まり、オレンジ色になった校舎を背に自転車を走らせる。

 すると校門に、思わぬ人物が立っていた。


「お疲レイちゃん! あ、全然待ってないよ~」

「奈央……カラオケ行くんじゃなかったの?」

「うーん。途中で帰ってきちゃった」


 複雑な表情を浮かべる彼女を見て、私はなんとなく状況を察した。

 でもその顔はあまり辛そうではなく、どこか嬉しそうでもあった。


「そう。ならいいけど」

「うん。じゃあ駅まで乗せてって!」

「えー……交番の近くでは降りてよね?」

「やったー! レイちゃん優しい~」


 そういうと、彼女は自転車の後輪にまたがり、私の腰にしがみついた。

 顔が近くなる。振り返れば……なんて妄想を振り払い、自転車を進めた。順調に走り出し、一直線に続く道を静かに進む。


「ねえ、レイちゃん」

「うん?」

「アタシは、今が一番楽しいよ」


 この言葉に、どんな意味が詰まっているのかは分からない。だが、今の奈央は少しだけ、迷いのなくなったような声色をしていた。

 楽しいならそれでいい。私も、今が一番楽しいのだから。


 ずっと二人で、いつまでも。

 そんな、子どもの夢のような台詞を描いた。


少しだけ重い話でした。

奈央は悪い子じゃないんだよ……

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ