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レイなお!  作者: 永ノ月
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2 私の日常

 柴崎 麗奈の朝は早い。寝起きはあまりいい方ではないが、うだうだとベッドの上で転がっているわけにもいかず、気合を入れて起き上がる。

 リビングには、既に朝ご飯をかきこんでいる弟。キッチンには私たちの弁当をつくっている母がいる。

 母は忙しそうなので朝食は自分でつくる。食パンを一枚トースターに入れ、マーガリンとジャム、野菜ジュースを用意する。


「姉ちゃん今日は早いね。生徒会?」

「まあね。この時期は部活の決済で忙しいから」

「ふうん、大変だね。ごちそうさま!」


 そうこうしているうちに弟は朝食を済ませ、カバンを持って一目散に走っていった。運動部は朝練があるので大変だ、それが高校で運動部に入らなかった所以である。

 私も朝食を済ませ、母から受け取った弁当をカバンに押し込み、家を出ていった。


「いってきまーす」


 学校までは自転車で10分と近い方。この高校を選んだのも近いから。

 勉強はどこでもできるし、何より通学時間が長いのは少々億劫だ。ビバ自転車通学。


「お、柴崎じゃないか。早いな」

「……おはようございます。会長」


 信号待ちの私を見つけたのは、3年生で生徒会会長の石田いしだ じゅん

 狡猾で掴めない性格。口を開けば冗談ばかり言うトンチキ男。そのくせ学業は完璧な秀才。

 真っ黒で清潔そうな短い髪。本人は目が悪いというが、実は伊達メガネ。


 ここまで並べてモテないはずはなく、わざわざ彼を見に放課後の生徒会室にやってくる女子生徒もいるほどだ。

 私が苦手な人間の一人。


「相変わらず僕には愛想ないなぁ。もしかして僕のこと嫌い?」

「まあ。嘘ばっかりついたり、へらへらしてるところとか嫌いですね。あとわざわざ一人称を僕にしてるとことか最悪です」

「……全否定ですか。朝から手厳しい」


 これだけ悪く言ってもけろりと笑い流すのだから、これも本心からの台詞ではないだろう。

 確か彼をより嫌悪するようになったのは、とある噂が流れてきたときだった。


『石田会長は後輩の柴崎を狙っている』


 根も葉もない噂だが、そのときは何故か学校中に蔓延してしまい、やりようのない怒りを覚えていた。当の本人といえば。


「はは。好きだよ。有能だし」


 という一言で、私の敵対心は一層増した。

 好かれるのは嫌ではないが、この男だけには好かれたくない。心を許してはいけないと本能が訴えていた。

 そんな感じで今に至り、この微妙な関係に落ち着いている。


 朝から会長と登校し、なおかつ駐輪場までついてきて生徒会室まで二人で歩くという苦行を強いられた。今日は陰鬱な一日になりそうだ。

 何かこう、気分を上げてくれるものが欲しいな……



「レイちゃんおはよーー!」

「ありがとう奈央。今日はお前がヒーローだ」

「ぐへへ。よくわかんないけどレイちゃんから触ってくれるのは嬉しい」


 思わず私から抱き着いてしまったが、たまにはこういのも悪くない。かな……



 ♡



 前略。私は今絶望の淵にいた。

 時は体育の授業前、奈央の何気ない一言に私は愕然としていた。


「んー……」

「どうしたの?」

「いやー。ちょっと下着がきつくなってきたなぁ、と」


 意味が、わからなかった。

 個人差はあれど、女子の成長期というのは基本的に15歳まで。それ以降は大きな成長はなく、現状を受け入れることしかできない。

 ……私はというと、夢のCカップまでは届かず、持たざる者としての人生を歩むことを強いられた。

 別に小さいことを気にしているわけではない。気にしているわけではないが――正直、妬ましい。それが友達であるならなおのことであった。


「あ、あんた……Eはあるって言ってたわよね?」

「うん。またおおきくなっちゃったかも〜」

「チッ。嫌味かチクショウめ」

「アタシは小さいレイちゃんが好きだよ?」

「それフォローになってないから」

「じゃあ……揉む?」

「だからフォローになってな――?!」


 何気ない会話だったが、よく見返してほしい。私は今、合法的に胸を揉んでいいと言われたのだ。

 女子特有の距離の近さというのがあるが、揉むのだって空気というか個人的な好き嫌いというものがある。


 だが、今の私は合法。セーフ。特許取得済。

 ゴクリと生唾を飲み、両手を伸ばす――


「っ?!」


 これが同じ年の胸だろうか。否、これはもはや別次元の存在。

 弾力ももちろんだが、この暴力とまで感じる大きさ。格差を実感せざるを得ないこの感触は……私にはないものだ。

 今までにこんな敗北感を味わったことがあるだろうか。いやない。

 何故だろう。揉めて嬉しい。はずなのに……

 その場に崩れ落ち、項垂れる。


「虚しい……こんなにも」

「人の胸を揉んでおいてその感想はどうかと」

「いや。奈央は悪くないよ。憎むべきは、己自身なのよ」

「何言ってるかわかんないけど、そろそろ授業始まるよ?」


 どうすればこの気持ちを振り払えるのだろう。迷った挙句、自分の乏しいそれを触る。

 しかしそれは敗北の味を強めるばかりで、より一層気分が沈んだ。今日は何というか……そう、踏んだり蹴ったりだ。

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