1 昨日カップルになりました
あれからのことはあまり覚えていないが、ただ漠然と時間が過ぎているのを感じ、気がつくと布団の中にいた。
記憶はないが、どうやら食事も入浴も済ませたらしい。
とにかく混乱した。あんな提案をされるとは、天地がひっくり返ってもあり得ないとすら思っていたのだから、今はまさに驚天動地の環境下で生きているのである。
どうして彼女は、あんな提案をしたのだろう。そしてそれを実行したのだろう。
私たちは比較的仲の良い友達で、彼女にとって同性は、恋の対象には入っていないはずだった。
私からすると思いもよらない幸運で、端的にいえば好きな人と恋人関係になったのである。
これほど嬉しいことはないし、今夜も眠れないほど昂ぶっているだろう。それなのに、私の心の中は困惑でいっぱいになっている。
これが付き合うってことなのか? 少なくとも私の知っている恋はそうではない。
いや待て。これは同性の恋だからか? もしそうならば、こうして普通とはかけ離れた感情になっていることも理由ができる。そうだな、そうに違いない。……たぶん、きっと。
少し冷静になれ柴崎 麗奈。そもそもあれが本気で言っていたかわからないぞ?
そうだ。奈央のことだから、あれはきっと冗談に違いない。私をからかうためについた可愛い冗談なのだ。
いつも軽口を叩いて困らせるのが好きな彼女がそんなことを言っても何ら不自然ではない。
そう、あれは嘘だ。きっと明日には普通の生活が始まるだろう。
そうとわかれば、早く寝て明日に備えよう。
……あれ、何かを忘れているような……
「あ、宿題……」
☆
「柴崎さん、朝に宿題やってるなんて珍しいね~」
「う、うん。ちょっと昨日は疲れちゃって」
実際はやろうとしたのだが、全く身が入らなかったので朝やることにしたのだ。
それでもよい眠りにはつけず、身体は重いし、頭がぼーっとする。今日の授業を耐えきれるだろうか……
それよりも気になるのは今日の奈央の立ち振る舞いである。果たしてそれは今までどおりなのか、それとも――
「おはよう! マイハニー♡♡♡」
ダメだった!!!
「お、おはよ。ていうか奈央」
「朝から宿題ですか? 悪い娘ですね~ほらちょっと見せてあたしもやってないから」
「いいけど……じゃなくて、ちょっとこっち来て」
「あ~~れ~~」
いつも以上にへらへらした奈央の腕を引っ張り、お手洗の前まで連れてきた。
「あのさ」
「なに? ホームルームの前にいちゃつきたいって? 欲しがりさんだな~~」
「そうじゃなくて! あと制服は脱がないで!」
ブレザーを肩まで脱ぎかけたところで慌てて止める。
ダメだ。これは完全に会話ができない。ここは一度落ち着いて話そう。
「落ち着いて聞いて? 昨日の話なんだけど」
「記念日がどうかしたの?」
「そうじゃなくて。てっきり冗談かと思ってて。今日いきなりでびっくりしたっていうか、予想外っていうか」
困惑する私に対して、奈央は不敵に笑う。そして肩をすくめつつ、おどけた態度で答える。
「レイちゃんならそんなことだろうと思ったよ。まったく世話の焼ける娘なんだから~」
「……なんか腹立つな」
「へへ。やっぱレイちゃんはそうじゃないと」
いやらしい表情は不意に満面の笑みへと変わり、思わず目を逸らす。
釣られてにやけてしまいそうだった。彼女の不意に出るあどけない笑顔は、きっと彼女の一番可愛い表情だ。思わず抱きしめて頭を撫でてしまいたくなる。
「そろそろ行こう。チャイム鳴る」
奈央を横切り教室へ向かおうと歩くと、背後から奈央が首に腕を回し抱きついてくる。瞬間、私の理性が蒸発の一歩手前まで荒ぶり出す。
まず近い。髪が触れ合い、シャンプーの匂いがするほどに。背中には立派な胸が押し当てられている。これはまた――
「学校始まる前にレイちゃん成分補充させて~」
「なにそれ。てか重い……早く行くよっ」
「ふぇーい」
適当な返事をしつつ、やはり離れない奈央をひきずって教室へ向かう。
このままじゃ正気が保てない。本当にこのまま、上手くやっていけるのだろうか――
♡
「柴崎。おーい柴崎ー」
「……はっ、何ですか会長」
「今日一日ぼーっとしてるな。もしかして恋か?」
思いがけない図星に顔を引きつらせるが、なんとか持ち直してジト目を向ける。
会長はニコニコ笑いながら応答を待っている。この何でも見透かしてますよ、感がうざい。とことん鼻に触る。
「ただの寝不足です」
「そうだよな。外から覗いてる人は男じゃないし」
はっとして入口の扉へ視線を移すと、会長と同じような憎たらしい笑顔を浮かべ、こちらをじっと見つめている奈央の姿があった。すぐに席を立って廊下へ出る。
どう考えても生徒会と無縁な彼女が、何故こんなところへ?
「奈央、何しに来たの?」
「レイちゃんの監視だよ。ちゃんと仕事してるかなーと思って」
「やりづらいよ! もう見に来ちゃダメだから」
「えーいじわる。いいじゃん見学くらい~」
「とにかくダメ。い・い・わ・ね?」
「怖い……レイちゃんの鬼嫁!」
「嫁じゃない!!」
「彼女!」
「彼女……じゃなくないけど、早く帰れ!!」
奈央は満足そうな笑みを浮かべ、一目散に帰っていった。一体何をしたかったのか……あっ
『彼女じゃ……なくないけど』
思わずそう言ってしまった。深く考えることもなく、その場の勢いで。
自覚がないと言えば嘘になる。現に今、そう口に出てしまったのだ。
受け入れられない自分と、受け入れている自分。ふたつが混ざり合い、どちらが本当の気持ちなのかわからない。
自信を持って言えることは、私は奈央が好きだということ。それが友達としてなのか、恋人としてなのか――私には、まだわからない。
♡
『突撃、緊急取材~~!』
「いきなり電話かけてきたと思ったら……どうしましたか?」
その日の夜、テストに向けての勉強をしていたところ、突然ケータイが電話を受信した。
相手は『白羽 奈央』予想通りと言えば予想通りだ。潔く1人で帰ったあたりから怪しいと思っていたが……正直どこかほっとしていた。
『柴崎さん、最近恋人ができたとの噂を聞きましたが、ずばりどんな人ですか?』
また随分と率直なインタビュアーだな。と笑いそうになるが、ここは真面目にやる雰囲気なのでそう返す。
「そうですね。夏冬問わずくっついてくる、暑苦しい存在です。ペットみたいなものでしょうか」
『へ、へぇー。それで、彼女とはどういうきっかけで?』
「勢いですかね。成り行きといいますか。強引にといいますか」
『……ぐぅ』
期待通りの回答ではなかったので拗ね始めた。目的はわかっているが、私とていつまでも弄ばれているのは癪というもので、ついいじわるなことをしてしまう。
「ごめんね。ついつい」
『レイちゃんのいじわる! 私の愛を弄ぶのね!』
……それはこっちの台詞だ、と言いたいがここはぐっと堪える。
「そんな性悪みたいなニュアンスで言うなよっ」
そこから課題を進めつつ、高校生特有の終わりのないだらけた話を続けた。
学校のこと、家のこと。どうしてこうも話が尽きないのだろう。それでいてこの時間は幸せだと感じる。
それが好きな人なら尚更だ。私の中ではまだ明確な答えは出ていないけれど――このままの関係。友達ではない特別な関係というのは、悪くないな。
そう、漠然と思っていた。