第3話 シトラスミントの香りと
テンプレ。これはテンプレのはず……。
これはパクリではないのだよ、パクリでは。(似たような話って多いよね?)
第3話 シトラスミントの香りと
「…………。」
「…………。」
沈黙がこの場を支配する。
嫌な予感がしていた僕は、それほどショックは受けていなかったので、まずは周りの人たちの様子を盗み見る事にした。
桜さんは無表情……。今、どうすれば胡麻化せるか、考えているに違いない。
次に椿姫さん。ニコニコ笑顔で固まっている。あ、額に汗が……。
自分の隣にいる母上を見る。血の気が引いた顔で、赤い唇が震えている。まあ、自分のお腹を痛めて生んだ愛息子にこんな不吉なお告げを下されれば普通の神経だったら不安になる。
そして、父上は……。
「……なんだ? これは!!」
『死に至る病』などという不吉な言葉に、混乱していた。まあ、【秘宝珠】が光るか光らないかの判定だけだと思っていたところに、この不吉な予言めいた言葉を見せられたら、普通こうなるだろう。
父上は僕の手を離すと、何を思ったのか、【秘宝珠】に触れた。
途端、鈍く光る【秘宝珠】。不快な電子音。そして――。
『本日のあなたの運勢は……、”大凶” ⇓ 』
と、文字が点滅していた。
『運勢を変えるラッキーアイテムは…… ⇓ 』
続いて文字が変わるのを、胡乱な顔で眺める父上。
「…………。」
「…………。」
『……黒鞘の魔法剣。』
なんてタイムリーな……。良かったね父上、ラッキーアイテムは既に身に着けていたよ……。
「……聖女様……。これは一体何の真似ですか……。」
ギギギと、さび付いた首を無理やり動かすように顔を上げた父上の表情は抜け落ちていた。
「――銀ちゃーん、だからー、インチキ呪い士からー取り上げたー魔道具をー」
「――ええ、使うべきではなかったわね。まさか、こんなギミックが仕組まれていたなんて。」
なんか、二人して、反省しているが、父上たちを騙していた事を、本人の目の前で堂々と告白している。いいのか? それとも、正直に話して、謝罪するのか――って、それはないよな。桜さんだし……。
「……聖女様。まさか、私たちを謀ったのですか?」
父上が、信じられないと、悄然と呟く。それは裏切られたことに対してなのか、それとも己の人を見る目の無さを嘆いての事なのか、深々とため息を付いた。でも、意外と落ち着いている父上。結構打たれ強い?
「ちょっと、黙っていて頂戴。」
それに対する、桜さんの対応は斜め上を行った。
桜さんの言葉に合わせるように、父上が動きを止める。
「――あなたー!!」
その不自然さに、今まで固まっていた母上が反応する。
「はい。あなたも、黙って。」
続けて動きを止める母上。
「…………。」
この場に沈黙が訪れる。……そう言えば、今まで気づかなかったが、外の音が聞こえてこない。馬車は揺れているので、動いてはいるようだ。
「銀ちゃーん、ごーいんー。」
「仕方ないでしょ、説得できる材料なんて、無いんだから。」
プイ、と窓の外を見る桜さん。見た目は可愛らしい魔法幼女だから、拗ねてる姿は愛らしいのだが、この状況、どうするんですか?
ヤレヤレと首を振り、無言でインチキ魔道具を片付ける椿姫さん。組み立てる時も疑問に思っていたけど、どこからこれだけの道具を出したんだろう。やはり、無限収納やアイテムボックスなのか?
「――!!」
椿姫さんの片付けの様子を眺めていると、突然身体が下へ引っ張られる感覚とともに僕の椿姫さんたちに向けていた視線の位置がゆっくりと上がっていく。うん。今、僕浮いてるね。
桜さんがこちらを見ているので、多分、桜さんの仕業だろう。椿姫さんの方はまだ、後片付けを続けているので、桜さんで間違いないだろう。これって無詠唱魔法かな?
僕の体は、一度浮き上がった後、桜さんの方へ近寄っていく。
「さて、お久しぶりね、巧クン。あなたにとってはそうでも無いかも知れないけれど」
「うー。」
そうですねと、言いたかったが、赤子の僕には無理でした。――当たり前か。
「…………。」
空中を移動していた僕は、桜さんの小さな腕の中へ抱き留められる。目の前で僕の顔を覗き込むように見ている桜さん。虹色の色彩の瞳が整った顔立ちと相まって、幻想的に見える。将来は間違いなく美人になるな。――って、実際の桜さん(アラサー)は美人だった。魔法少女コスは強烈だったけど……。
ジッと見つめ合う僕と桜さん。桜さんの瞳の中に僕が映っている。桜さん、その無表情は止めて下さい。禄でもないことを考えていそうでコワイです。
「――そうね。サッサとパスを繋いでしまいましょう。」
なにか、一人で納得する桜さん。一つ頷くと更に僕に顔を近づけてきた。――近い近いですよ。鼻と鼻の先が触れそうなほど近い。
「――んっ……。」
「―――――――――――ッ!!!!!!!!」
……僕の唇に当たるふにふにした感触はなんだろう? 桜さん、近いですよー。なんで目を閉じてるんですかー? あれ? これって? なんで?
うん。あれだ。勇者は こんらん している。前世で経験しているけど、この場合ファーストキスになるんだろうか? あれ? ――キス? なんで、僕は桜さんにキスされてるんだ?
「――――ッ!(ノー!!)」
呆然としていた僕の口の中になにかが入ってきて蹂躙する。そう、なにかヌメヌメした物体が……。
――――― しばらく お待ちください。 ―――――
「――おーい。ゴローちゃん、だいしょーぶ? 生きてるー?」
「ねえ、椿姫。ソレ、どういう意味?」
椿姫さんと桜さんの声が聞こえる。目の前には桜さんではなく椿姫さんがいた。今度は椿姫さんに抱っこされている。ところで椿姫さん。あなたは何でそんなにうれしそうなんですか?
どうやら、僕の意識は遠くへ旅立っていたようだ。一体何があったんだろう? 思い出せない。なんか息苦しくて、シトラスミントの香りと、今まで味わったことのない、仄かな甘みを感じたような……。
「椿姫……。」
「うん。……、ゴローちゃん、ゴメンねー。ちょーっと、我慢してねー。」
桜さんに促されて、僕に謝る椿姫さん。……なぜ、謝るのだろう? はてなマークの浮かんだ僕に、顔を寄せてくる椿姫さん。あれ? これ、デジャヴ? 椿姫さんの少しうるんだ鳶色の瞳を見て、僕の心は小さくザワついた。
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『ゴローちゃん、聞こえますかー?』
『……はい。聞こえてます、椿姫さん』
椿姫さんの膝に乗せられて【テレパス】を試す僕。
二人とディープなヤツを済ませた後、これが、お互いの魂を紐つけするための儀式であることを教えられた。この【テレパス】(念話のようなモノらしい)もその一つらしい。それなら前もって説明するのが普通じゃないのか? 僕にもこう、心の準備というものがいるのだ。
見た目幼女の桜さんとは犯罪ぽいし、清楚な美少女の椿姫さんとするのは恥ずかしくて、間誤付くかもしれないけど、するなら、あの、その。――やっぱり記憶に留めておかないと勿体ないというか何というか……。
さっきのアレはほとんど覚えてないし……。
『――巧クン。聞こえているわよ?』
『……聞こえ、てる? んですか……。』
もしかして、心の中だだ漏れ状態? それに聞かれた? うぉー!! うぎゃー!! 恥ずかし過ぎるー!!
『あははー。ゴローちゃん、おもしろーい。』
『無様ね。――それに、赤子の巧クンから、キスが出来る訳無いでしょう? だから、あたしたちからしたのだけれども。』
『うぐっ……』
うん。今の自分の状態、赤子の身体である事をすっかり忘れていた。
小指で自分の唇をなぞりながら、微笑む桜さん。その小悪魔な仕草に、ドキリとする。あれ? もしかして僕、ロリコン?
『……赤ちゃんの巧クンはあたしより年下なのだから、ロリコンではないでしょう?』
呆れたように深々とため息を付く桜さん。そ、そうか。確かに桜さんは実ね――『ギンッ!』う、息が……。なんだ、このプレッシャーは? まるで空気が固体になったような。圧倒的な存在が僕の意識を押しつぶす。
「銀ちゃーん。すとーっぷ! やり過ぎー」
椿姫さんの声で、押しつぶすようなプレッシャーから解放される。ふう、助かった……。目の前で微笑んでいる椿姫さんはまるで天使のようだった。命の恩人だしね。本当に死ぬかと思った……。
『聞こえてるよー。ゴローちゃん、可愛いからー、またキスしてー上げるー』
『えっ? マジですか? ホントに?』
『ホントだよー。ならー、いまするー?』
ニコニコと笑顔で肯定する椿姫さん。ただ、そのカラッとした雰囲気に異性としては意識されていないように思えて少し凹む。どちらかと言えば愛玩動物のカテゴリーに属しているような感じだ。
「……そうでもないんだけどなー。」
へ? なんか今椿姫さんの声? ぽそっとつぶやいた言葉遣いがいつもの椿姫さんと違っていた。『空耳かな?』でも、涼やかな桜さんの声とは違うし、母上は父上と仲良く固まったままだし、消去法でいくと椿姫さんしかいないんだけど……。
ちらりと椿姫さんの表情を窺う。目が合うと『んー?』と微笑むいつもの椿姫さんだった。気のせいか?
「そろそろ、本題に戻りましょう。」
考え事をする僕にかけられた、涼やかな桜さんの声に意識を向けると、先ほどの気がかりもあっさりと霧散した。
お読みいただき、ありがとうございます。
次回の投稿は9/30 12時を予定してます。