第1話 こんにちは赤さん。わたくしがママよ。
本編開始。
早速迷走してます……。
第1話 こんにちは赤さん。わたくしがママよ。
――目が覚めれば、そこは戦場だった。
『ヒャッハー!! 金目の物と若い女は殺すんじゃねぇぞー!!』
『『『へいっ! 親分!!』』』
馬の嘶きと男たちの悲鳴や怒声、なにか金属同士が擦れぶつかり合う雑然とした音が鳴り響く。それはさておき、親分と呼ばれる人物は、どうやって金目の物が殺されると思ったのだろう? 返事をする子分たちもノリノリで気づいてないようだった。
それにしても、ここはどこだろう? 辺りを見ると狭い小部屋の中だと思う。窓の外は明るく、時間は昼間の様だ。そして、目の前にいる十代後半の女性……。
「あ、あなた――」
その女性の胸に抱かれている僕。――うん。間違いようもなく赤ちゃんになっているな。
女性は薄い青色のドレスに、……目の前の胸元には、緑や黄色青と色とりどりな宝石を散りばめたネックレスが、窓からの日差しにキラキラ光る。――うん。間違いなく貴族のご令嬢だよね。
「大丈夫だ、ニメア。少数の護衛とはいえ、彼らは我がラインハルト家の精鋭だ。盗賊共など、物の数ではない。」
なんとなく男の声の方を向く。光沢のある白いシャツに、金糸銀糸をふんだんに使った黒の礼服を着ている、精悍な騎士然とした二十歳前後の男がいた。不安げな女性を安心させるように微笑む。う~ん、イケメンは絵になるな。ちくしょう。
僕は何をしていたかって? 二人の前で寝てたよ。最初起きた時、柔らかな布にくるまれて、小部屋の中にいた。どこにいるのか分からず慌てたが、その時何故か女神様の事が頭をよぎり、今の状況を凡そながら把握したところだ。
そう、どうやらここは馬車の中で、移動中に盗賊の襲撃を受けている最中だった。
「さあ、愛しい我が姫よ、私たちの大事な宝物に、慈愛の笑みを与え安心させておくれ」
「――あぁ、我が君。喜んで仰せに従いますわ……。」
若い貴族の夫婦は芝居がかった会話でその宝物に微笑みかけた。――って、やっぱり僕か。まあ、薄々気付いていたが、この時点で、二人は転生した世界での、僕の両親である事が分かった。
母親のニメアに抱きしめられる。おっー、ふかふーか! でも『うーあー』としか声が出ない。赤ちゃんだから当たり前か。それと、胸元のネックレスは眩しいので外してほしい。視覚的にも……。
「――ギル……わたくしの赤さん。大丈夫よ、母様がここにいますよ」
僕に語り掛けながら覗き込む母上。その表情は、若くても、盗賊に襲撃されている最中でも、僕の前では母親であった。その慈愛に満ちた微笑みにチョット感動してしまう。
それを見て笑みを浮かべる父の姿が、目の端に映る。――盗賊の事は護衛に任せたままで大丈夫なのかなぁ? ちょっと不安が過るが、少数でも精鋭らしいし、大丈夫なんだろう。多分。
馬車の外では、中の若夫婦の微笑ましい小芝居と違って、とても殺伐とした剣戟と怒号に包まれてるようだ。中々激しい戦いになっているらしい。……ホントに大丈夫か?
両親を見上げる。相変わらずイチャイチャしている。あのー子供(赤ちゃん)の前なんですけど。うわ! こんな近くでキスシーンは生々しすぎる……。時々聞こえる悩ましい息遣いは、元思春期の僕にはキツ過ぎる。
そうだ、意識を外に向けよう。この場は僕が知るには早すぎる。(赤ちゃんだしね)
いつの間にか、馬車の外の剣勢が弱くなっている。こちらが優勢ならいいんだけど、もしもの事もあるだろうし……。
――ピンチをチートで切り抜けるのも、お約束だよね。
僕の【ギフト】で切り抜けるというのも、異世界でやってみたかった事だし、それにいくら宮仕えとはいえ、こんなところで父上の護衛がケガしたり、お亡くなりになるのも見たくない。
確か女神様が、この世界に転生したら、確認できなかった【ギフト】が分かるかもしれないと言っていたし。
――よし、早速確認だ。『ステータスオープン』
でろでろで~ん。(なんだこの不快な音は……。呪われたのか?)
NEME:ギルバート・ラインハルト
AGE :生まれたてホヤホヤ
出身地 :この世界が俺の故郷さ
称 号 :女神に翻弄されし者、異世界人
種 族 :人間だもの
H P :弱い(赤ちゃんだけに)
M P :少ない
STR :弱(赤ちゃんだけに)
VIT :弱(赤ちゃんだけに)
DEX :それ以前(赤ちゃんだけに)
AGI :まだ動けん(赤ちゃんだけに)
INT :この世界では上等
LUK :まぁ、頑張れ……
スキル :技術系 今のお前には無意味。(赤ちゃんだけに)
魔法系 使うなよ、MP枯渇で死ぬぞ
耐性系 まぁ、大丈夫だ
Yスキル:【ステータス増加5倍】【消費MP半減】【マジックバック】
ギフト :【万能翻訳】【意訳】⇦new!!
⇒【意訳】 こことは別世界の神の祝福と、この世界の神の力が混入し革新した。
その効果は使用者の知恵と知識で無限の可能性が広がる。
色々試してみよう。 (使用MP0)
――うん。無理だ。もう、なにからツッコミを入れていいのか……。
僕は早々に諦めた。いやいや、諦めるの早いって言われても……。身動きの出来ない赤子の身では使えるのは魔法のみ、だけど、魔法を使ったら死ぬって……。ふつー死ぬと分かっていたら使わないよね。
となると、MP消費0の【意訳】の【ギフト】なんだけど……。使い方が分からない。どうやって発動するんだろう?
――コンコン。
【ギフト】の使い方で煩悶していると、外から馬車をノックする音が聞こえてきた。
「ん、もう、終わったのか?」
少し残念そうに外に問いかける父上。少しは自重してください。青い性への衝動は、僕のいないところでやって下さい。お願いします。
『ああ、終わったぜぇ。坊ちゃんよ。てめえの護衛は全部黙らせたぜ』
盗賊の親分の、気だるげな野太い声に、状況が悪い方へと流れた事を知る。外は静寂に包まれ、時々下卑た笑いが聞こえてくる。どうやら表の護衛たちは全滅したらしい。
残るは僕と両親のみ……。あれ、もしかして詰んだ?
「……なるほど、ケネス達が負けるとはね。……君たちはただの盗賊ではないね」
父上は、どこから取り出したのか、黒の艶消しの鞘に納められた武骨な剣を手に取ると、馬車の扉を開ける。その泰然とした様子は、僕のように追い詰められたものでなく。強者の立ち振る舞いだった。
「ネメア、少し用ができた、征ってくるよ」
こちらに微笑みかけると、父上は軽やかに出て行った。母上……、目がハートになってますよ。
『ケネス……、君たちの忠義、私は忘れない!』
閉じられた馬車の扉の向こうで、父上が散っていた護衛たちの冥福を祈る。
『……あぁ? てめえの護衛どもはまだ誰一人死んじゃいないぜ。……こいつら弱すぎだろ?』
『クケッケケッケー。親分ー、それ言っちゃあ、可哀そうですぜぇ。』
『プククククッ。いくら本当の事でも、なぁ?』
『ヒィ、ヒィ。『けねす…。プッ、君たちの忠義は、忘れない(キリ)』って、クプッ、笑い死にさせる気か!』
『それによぉ、俺たちに『ただの盗賊ではないね』は無えよ。グヒッ』
『……俺たちゃ、ただの盗賊だぜ……。てめえらが弱すぎんだよ。』
『そうですねぇ、親分。こいつら高く見積もっても、冒険者ランクD程度のひよっこですしね。話になりませんや』
盗賊たちの嘲弄に愕然とする僕。冒険者ランクDって、低くいんだな。そのレベルの護衛を精鋭って言っている父上は拙いのでは? 父上の余裕の態度は強者のそれではなく、もしかしてイタイ人の方なのか?
――それって、拙くないか?
このままだと、父は倒され、母は拉致され、僕もどうなるか分からない。しかも、当てにしていた【ギフト】は【意訳】だし……。
だいたい【意訳】ってなんだよ。原文の細かいニュアンスをイメージに近い言葉で翻訳することだろ。そんなもの、何に使うんだ? 使えねーだろ!
『……言いたいことは、それだけか? なら、さっさと終わらせてもらうよ』
あんまりの状況に愚痴をこぼしてしまった僕の耳に、父上の押し殺した声が聞こえてくる。いや、怒りを覚えるのは理解できるけど、ホントに大丈夫なのか? 僕たちの運命は、父上の剣の腕にかかっているんだけど……。
『――ほう。中々いい得物を持っているじゃねぇか。そいつも貰っていくぜ』
『親分~、俺は女がいいー。味見ぐらいさせてくれぇ~』
『久しぶりに馬の肉が喰えるのか~』
ゲスな野次に、いよいよ決着の時が近づく。僕を抱きしめる母上の力が強くなる。
と、その時、聞きなれた声が聞こえてくる。
『あのー、盗賊のみなさんー。危ないですよー?』
間延びした女性の声。そして、微かに聞こえてくる涼やかな詠唱。
『吹き飛べ害虫。『アイシクル・ランス』!!』
お読みいただき、ありがとうございます。
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