第10話 ドラゴンが踏んでも壊れないわ。
サクラ「クックックッ……、本当にどうしてくれようかしら。」
ツバキ「どーしたのー。銀ちゃんー、お腹黒ーい。」
サクラ「……本当にどうしてくれよう、この女……。」
ツバキ「えっ? 私?」
サクラ「まあいいわ。あんたの事は後回しよ。――あのバカ、また逃げ出したのよ。」
ツバキ「うーん。やっぱりー、クッ、コロするー?」
サクラ「……そうね。今回、アレを使うから、あのバカはコウの肥やしになって貰うわ」
ツバキ「じゃあー、領都ー辺りにー、誘き出せばーいいねー?」
サクラ「フフフ、読者のあなた達は本編を楽しんで頂戴。」
第10話 ドラゴンが踏んでも壊れないわ。
【赤帝の産衣 akatei-no-ubugi】
今から数千年前に、大陸を統一した英雄、ヴォルグト大帝が幼児期から使用していた産衣。
戦禍の絶えない大陸中央部に位置した小国の王家に生を享けたヴォルグトは、生まれる前から命を狙われていた。
国外の勢力には、肥沃な土地と、東西を結ぶ大街道と南は港を持つ国に繋がる交通の要所を狙う大国。内には、王位簒奪を目論む大貴族たち。
欲望渦巻く宮廷策謀の末、ヴォルクトの母親は、彼を産み落とすと帰らぬ人となった。
強い怒りと悲しみに打ちひしがれる王の元に、奇妙な男が現れる。
青と白のローブを纏った男は、これまた奇妙なダミ声で王に語った。
『王よ、宝物庫に眠る秘宝を交換に、何物にも侵されない聖霊具を渡そう……。』
奇妙な男はそう言い放つと、胸のアイテムボックスから一枚の赤い布を取り出すと、その身に纏った。
『さあ、そこの魔術師よ、我に向かって魔法を放つがいい。』
王にも促された宮廷魔術師の魔法を、奇妙な男は涼しい顔で受け切って見せた。そして、近衛騎士の鋭い斬撃にも無傷で佇んでいた。
その聖霊具の凄まじいまでの能力に、王は奇妙な男との取引に応じた。
王はその聖霊具を我が子であるヴォルクドに与える。亡き妻、ヴォルクトの母の願いを叶えるために……。
精霊具を纏ったヴォルクトは、嵐のように襲い来る暗殺者たちを退け、すくすく育ち後の大陸統一を果たすのだった。
『赤帝の産衣』、聖霊具は幾度となく敵の返り血を浴びても、決して赤黒く染まる事も無く、鮮やかな赤を保ち続けた事から、いつしかそう呼ばれるようになった。
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「――と、言い伝えられているわ。」
桜さんは淡々と『赤帝の産衣』の逸話を披露している。茫然自失している僕を無視して……。
それに、僕の着ているモノは決して赤い布切れではない。――何ですか、この世紀末覇者が現れそうなシックでパンクな衣装は……。しかも、薄汚れた青色なんだけど。何故か肩当もあるし……。
「えー、ゴローちゃんもー、アレ知ってるんだー。」
嬉しそうに声を上げる椿姫さん。そういう椿姫さんも知ってたんですね。お嬢様然とした姿から、そういった類のマンガやアニメは見ないと思ってましたよ。意外とお転婆系?
「んー、それはー、乙女のヒミツーです。」
「さて、椿姫の乙女の秘密も守られたようだし、早速計画を実行に移すわよ。」
マテ マダ コノ イショウ ノ ギモン ニ コタエテ ナイヨ。
「どうしたのかしら、巧クン。黎明期のゲームのメッセージみたいよ?」
微睡むような笑みを浮かべる桜さん。そんな事はどうでもいいので、先ほどの僕の疑問に答えて下さい。
「フフ、――それは、勇者が冒険の初期に身に着ける、由緒正しき『旅人の服』よ」
『――嘘つけーーーーーっ!!!』
「わたしはー、防御重視だったからー、初期装備だったねー……。」
僕の魂の叫びは、椿姫さんのどうでもいい一言にかき消された……。なんかヤダ、この人たち……。
「巧クン、この装備は防御力無しの、あなたを守るための紙装甲ならぬ、神装甲の防具なのよ。見た目は我慢して頂戴。」
「銀ちゃんー、むりやりー、ダジャレー、混ぜなくてもー、いいよー。」
確かに、親父ギャグじゃあるまいし、無理に入れる意味ないよな。でも、椿姫さん、『面白くないしー』って、小声でも桜さんには聞こえてますよ。ほら、桜さんのこめかみがヒクヒクしてるし。
しかし、最大の謎は、あの赤い布切れが何故、身に着けただけで世紀末然としたパンクな衣装に早変わりしたのか? そこが知りたかったんだけど。
その事に関しては、桜さんも椿姫さんも知らなかった。自分の物でもない物にはとことん興味はないらしい。少しは気にして下さい。だから、父上相手にインチキ魔道具を使って失敗したんでしょうが……。
「では、改めて、冒険の旅に出ましょう。」
反省する気はないんですね桜さん。言葉遣いも変だし。
「さー、しゅっぱつー!!」
椿姫さんの能天気な声を聴きながら、小さくため息を吐く。なんてワクテカしない冒険の始まりなんだろう……。
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――ガタゴトガタゴト。
雲一つない青一色の空を見上げながら、僕は旅に出てから、幾度目かのため息を吐いた。
――ガタゴトガタ、ゴトン。
車輪が小石を跳ねたのか、車体が小さく揺れた。 人が歩くほどの速度しか出てないため、背中にダメージは無い……。
「んー、いい天気だねー。」
横を歩く椿姫さんが、両腕を突き上げ、伸びをしながら誰に聞かせるでもなく呟く。
「そうね、旅に出るにはいいタイミングだったわね」
桜さんのいつもの涼やかな声が、後ろ、というより頭の上から聞こえてくる……。
『……桜さん。』
「――サクラ。」
すかさず、呼び捨てを要求する桜さん。前の異世界では、女の子の名前を呼び捨てにしても気にならなかったけど、今回は何故だか気恥ずかしい。――じゃなくて。
『じゃあ、サクラ。この乗り物は何ですか?』
――ガタゴトガタゴト。
「――乳母車よ。赤子を連れての旅には、必要不可欠なアイテムよ。」
僕の乗る乳母車を手押ししながら答える桜さん。近所に買い物しに行くママさんじゃあるまし。それに、この世界にあるのか、乳母車……。
「勿論、ないわよ? これは、あたしが設計したオリジナルの魔道具よ」
「製作者はー、ひみつー、だけどねー。」
――ガタゴトガタゴト。
それはいいけど、こんなにのんびり移動していて、目的地の街まで今日中に着くのか?
「そーだねー、馬車でー、半日くらいー?」
「そうね、距離的にはそんなものかしら」
どうやら、目的地は、領主の本邸がある領都らしい。椿姫さんが言ったのは、僕たちが昨日滞在した別邸からの距離のようだ。でも、何で父上たちは、本邸ではなく別邸に帰っていたのだろうか?
「――昼前には着きそうね。」
よそ事を考えていた僕の耳に、桜さんの信じられない言葉が飛び込んでくる。馬車で半日なのに、徒歩だとどれくらいかかるのか。どう考えても昼にはたどり着けないだろ。
乳母車を止めて、僕を見下ろす桜さん。
「ふふ、丁度いいわね。コウ、領都に着くまでに、少しレベル上げするわよ。」
先ほど桜さんが呼んだコウという名は僕の偽名だ。正式にはゴロウコウ。旅に出るにあたって、僕がラインハルト家と無関係である様にするためだ。本当の所はラインハルト男爵の跡取り息子である僕が、世紀末ファッションで出歩いている事を知られたくないからなんだけど。
ついでに、桜さんがサクラ、椿さんがツバキで統一することになった。桜さん椿姫さん、名前変わってませんよ……。
と、いうか何してるんですか? 桜さん。なんか、僕、4点式シートベルトのようなモノで身体を乳母車に固定されているんですけど……。まさか、速度違反はしないですよね。反則ですもんね。異世界人のチートパワーで領都まで疾走したら、乳母車がシェイクされて、中身の僕はプリンシェイクみたいな末路が待っているんですが。
「大丈夫よ、この乳母車の装甲は、魔法防御も加えてドラゴンが踏んでも壊れないわ。」
どこぞの筆箱ですかそれは? それに外身(乳母車)じゃなく、中身(僕)の事が心配なんです……、ゴクッ。――壊れない? ――ま、まさか……。
「自動操縦で目的地までクルージングできるわ。――頑張りなさい、コウ。」
ニコリと笑い、後ろに下がる桜さん。待って、行かないで。
「コウくんー、頑張ってー。」
続いて手を振り、同じく乳母車から離れる椿姫さんの姿が視界から消える。
後は、白い染み一つない青い空が見えるだけだった。
――――ゴクッ。
――カチッ。ドンッ!!
『――――――ノーーーーーッ!!!』
慣性の法則か、頭上方向へ重力が発生する。肩に食い込んだシートベルトがイタイ。車体はガタガタ揺れ、シェイクする視界に木々の風景が飛び込んできた瞬間。――僕は意識を手放した。
ツバキ「じゃあー、誘き出しにー、行ってきまーす。」
サクラ「ええ、任せたわよツバキ。」
※※※『あのー……。』
サクラ「これで、あのバカも終わりね。」
※※※『それは、少し不味いんじゃないかなぁ、と思うんですがー。』
サクラ「さて、今回も読んでくれて、嬉しいわ。」
※※※『……あの聞いてます?』
サクラ「――次回の投稿は10月14日12時よ。忘れてはダメよ」
※※※『クスン。誰かわたしの話を聞いてください……。』