第5話 やり過ぎだよ、桜さん。
遅々として話が進まない……。
何故だ?
第5話 やり過ぎだよ、桜さん。
かつて神話は、語る。数万年前、世界の大陸は1つであったと……。時は下り、空白の千年紀を経て、大陸は4つに分かれた。
・1つを北東の大陸、北アルフワーク。太古より地竜の棲まう極寒の地。そこには幻の地下帝国の伝説が残る。
・2つを東南の大陸、南アルフワーク。最強の竜種の棲み処。人類最古の国家にして現在最大規模を誇る人類最強の帝国を築く。
・3つを西の大陸アルフネスト。厳格なる海竜に守護されし魔導の栄える地。海底神殿の伝承が残る。
・最後の南の大陸、アルフニル。空竜が棲むといわれる天空城の伝説が残る地――――
「さて、少し喉が渇いたわ。椿姫、アレを頂戴。」
「うんー。アポーでいいー? オレンー?」
説明はこれからがいいところ、で腰を折られる。まあ、あれだけ喋ると喉も乾くか。
椿姫さんは、謎袋(アイテムボックスか?)から、陶器のような質感の、牛乳ビンの形をしたものを2本取り出した。それぞれ、アポーとオレンなのだろう。もしかして、アップルとオレンジなのか?
「――オレンでいいわ。」
桜さんは椿姫さんが取り出した飲み物? を受け取り喉を癒す。……手を腰に当てるのはクセなのかな?
「じゃあー、わたしがー、続きをー、説明するねー」
桜さんが腰に手を当てたまま、胡乱な目で、椿姫さんを見る。『あなたが説明できる程、時間は無いから止めて頂戴』と椿姫さんを止めようとしてたが、椿姫さんは強引に説明を続ける。
流石に長くなるので要約するが。今、僕たちがいる大陸は南の大陸アルフニル。幻の天空城の大陸だ。これだけでもワクテカする。
その大陸には多数の国家が乱立している。その中には大国が3つ存在する。2つは聖王国と帝国(今は端折る)。最後の1つが東の雄イスパール王国であり、今世の僕の故郷である、ラインハルト男爵領がある国だ。
そして、そのラインハルト男爵の跡取りが、今の僕の立場だそうな。へー、僕、貴族だったんだ。
でイスパール王国の支配階級の最高位は、勿論、王族で、国王には王妃と側室2人、愛妾が3人いるそうだ。子は王子は2人、王女2人いる。
続いて、大公爵、公爵、侯爵、伯爵、ここまでが上級貴族で、子爵、男爵、騎士爵、準士爵が下級貴族となる。国によっては、多少爵位に変化があるそうだが、イスパール王国の爵位はスタンダードだそうだ。
国王より所領を拝受できるのは男爵までで、騎士爵や準士爵は、男爵以上の貴族に取り立てられて、授爵されることで就けれる位だそうだ。
後、貴族には過去から続く永代の者と、国に多大な功績を残し、新たに取り立てられて授爵する者とがおり、後者は名誉貴族として1代限りの身分を得る。この場合、男爵以上でも所領を得る事は出来ない。
名誉貴族は、爵位に応じて国から俸給と王都に屋敷を与えられる。屋敷については、一応下賜されたものではあるが、次代に引き継ぐことは出来ない。
一番の理由が貴族でなくなると、屋敷を維持できるだけの金銭的余裕が無くなるからだ。しかも、下賜されたにも拘らず、売却する事も出来ない。
それには理由があり、国王から下賜された物を売る事は、王家を侮辱する行為だとされているためだ。
よって、維持も出来ず、売る事も出来ない(譲る事も不可)以上、国に返上するしか方法が無いらしく。正確には、名誉貴族に、屋敷を貸し出していると言った方が正しいと思った。
因みに、父上は授爵してラインハルト家の所領を得たとの事。それって、おかしくない? 領地を持つのは永代貴族。授爵されるのは名誉貴族。名誉貴族は所領を持てない。うん。やっぱり、変だ。
疑問に思った僕は、桜さんにその辺のところを質問してみたけど、『親の秘密は自分の秘密にも繋がるのよ。巧クンは自らその謎に迫るのよ。ね、楽しそうでしょ?』と尤もな答えが返ってきた。
今、この場で聞かされたら、興ざめだよね……。流石は桜さん、お約束を分かっている。ただ、一つだけヒントを貰った。ラインハルト領の隣が、母上の実家の伯爵領で、古くから王家と繋がりがあるそうだ。うん。とても、興味深いヒントだ……。これって、ヒントなのか? フラグが立ったよね?
続いてその桜さん。桜さんの所属する教会は、世界の2大教。北アルフワーク大陸に総本山がある【南伐北斗聖教会】巷では単純に教会と呼ばれている。異世界人の力を借りて、世界をより良い方向へ導こうとする団体だそうだ。教会名についてはツッコミは無しでと言われた……。
対するは2大教の片割れ、このアルフニル大陸に本部がある【北進聖南星教団】。こちらも巷では教団と省略されている。教団は『この世界の事は、この世界の住人が何とかするのが筋だ』と、異世界人に頼る姿勢に、疑問を投げかけているのだそうだ。こちらの教団名も、以下同文。
面白い事に、どちらも女神様を主神と祀り、異世界人云々以外の教義はほぼ、同じだそうだ。
「んー、今のところー、こんなモンかなー?」
「……そうね……。後は、必要に応じて説明するわ」
馬車の窓から外を眺めながら疲れたように応える桜さん。その幼い美貌を西日が照らしている。って、もう、日が傾いている。どんだけ時間が経ったんだ。
とはいえ桜さん、教会の聖女の称号について聞いてませんよ。後、勇者の事も……。
「もう、時間が無いから、その辺は追々にして頂戴。巧クン、端的に言うわよ。あたしたちは今すぐ、あなたの力が必要なのよ。」
「…………。」
端的過ぎます、桜さん。それでは理由が分かりません。桜さんはグイっと、椿姫さんから僕を奪う。そのまま、食べられそうな雰囲気が怖いんですが。やがて血となる肉となるのフレーズが意識の端をかすめる。僕の肉は不味いと思います。お腹壊しますよ~。
「…………。」
えっ? もしかして冗談じゃないの? マジな顔がコワイです。
――チュッ。
桜さんの啄むようなキスにドギマギする。なんで? 僕、キスされるような事した?
「そうね……。ムカついたから、かしら?」
そんな、気分を害したからって、桜さんの事嫌いな人以外にはご褒美なのでは?
「ふふ。そう? なら、巧クンだけの罰にするわ。」
「銀ちゃーん、素直じゃなーい。ほんとーは、嬉しいくせにー」
「椿姫、変な事は言わないで頂戴。巧クンはロリコンで無いから、これは立派な罰よ」
えーと、桜さんにキスされるのは嫌じゃないし、逆にき、気持ち良かったし……、やっぱり、僕ロリコンなんだろうか?
「えー、銀ちゃーん、言い訳クサイー。それにー、いいのー?」
「……何の事かしら?」
「――ゴローちゃんが、必要なーりゆー。」
確か、時間がないって言ってたっけ。と、いう事は、もう少しで館に到着するのか。――僕の両親の説得も含めて間に合うのか?
「…………。」
「銀ちゃーん?」
「――仕方ないわね。やはり、洗脳しましょう……。」
顎に手をかけ考えていた桜さんは、徐に顔を下げ僕に視線を合わせた。へ? 僕、洗脳されるの? そういえば、女神様の前でも調教がどうとか、洗脳がどうとか、言ってたような……。
僕の頬に手を添えると、桜さんは詠唱を始める。初めて聞く涼やかな詠唱に心が騒めく。一気に血の気が引いた。ヤメテヤメテ、何でも言う事聞きますから、洗脳だけは勘弁してください!!
だけど、桜さんの詠唱は止まらなかった……。
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「ようこそ、我が、館へ。歓迎します、聖女様がた。」
「何もないところですが、ご歓待します。どうぞ、お寛ぎ下さいませ。」
桜さんたちに、歓待の挨拶をする、父上、母上。
ここは、ラインハルト邸の応接の間の1つらしい。(父上と執事の小声を盗み聞ぎした)学校の教室の半分ほどの広さに、足の長い絨毯が敷かれ、中央に繊細な彫刻が施された、長方形のテーブルが置かれている。その上に、白いテーブルクロスを敷き、飲み物が各自の目の前に置かれている。
各自が座っている椅子もテーブルと対になっており、これまた精緻で瀟洒な彫刻が刻まれている。
壁には剣や写実的な風景画がかけられていて、四隅の天井に吊り下げられたシャンデリアの光により、やや重い雰囲気を醸し出している。部屋の雰囲気に合わせた扉の傍には、執事と給仕係のメイドさんが立っていた。
僕も母上の膝の上にいる。当事者なんだから当たり前と思われているのかも知れないけど、僕、赤子だよ。この時間はおねむの時間だよ……。椿姫さんがうちの両親にばれないように小さく手を振っている。そんな良い笑顔で手を振られても、僕は手を振り返すことは出来ませんよ?
あの後、僕の両親を洗脳して(僕を洗脳しても意味が無いことに暫くして気付いた)、僕が教会が探していた勇者であるとし、桜さんたちは僕の護衛兼勇者教育係として、館に留まる事を認めさせた。
ただ、これだけの為に、僕の両親を洗脳する桜さんたち……。どんだけ悪行を積むんですか……。もっと穏便に済ませる方法もあったはずなのに……。ハッキリ言って、これからの事が思いやられるよ……。
その後は、周囲の音を消していた結界を解き、館に到着する。父上は馬車を降りると、護衛の騎士たちに馬車の移動や諸々の後始末を任せ、桜さんたちとともに館に入る。
そして、旅の疲れを癒すためと、桜さんたちに沐浴を進め、父上たちも別の部屋で汗や汚れを落とし、一息ついて今の状況に至る―― 僕? メイドさんたちに産衣をはぎ取られ、丁寧に隅々まで洗われましたよ……。どんな罰ゲームだ。
「この事を知るのは、私どもと、ここに控える執事のパース、それから息子の専属メイド、キュラのみとします。」
「では、他の者には事実を伏せ、わたくしたちは子息のお世話係とします。」
「心得ました。では、早速、聖女様には部屋へ案内させましょう。パース……。」
話がまとまった所で、父上が執事に命じるが、桜さんがそれを止める。
「わたくしたちは、勇者様と同じ部屋で、生活を共にします。勇者様の敵は人外のモノ……。常に備える必要があります。」
父上に尤もらしい事を伝える桜さん。嘘話にリアリティを出すための方便ですか。本当はそんな敵はいないんでしょう? ……いないと良いな……。
「……あなた……。」
「うん、大丈夫だよ、愛しい人。聖女様が守って下さるんだ。これ程心強い事はない」
父上が心配する母上を抱き寄せ呟く。『――それに、私もいるからね』と男前なところを見せる父上。間に挟まれて、ちょっと苦しいです父上……。
「では、改めて息子の部屋へ案内させましょう。……キュラ。聖女様方を部屋へ……。」
「畏まりました、旦那様。――聖女様、ご案内いたします。」
「キュラ。お願いね……。」
僕をメイドに預ける母上。貴族だからか、親とは別室か……。
「はい、奥様。では、お休みなさいませ。」
そのまま、メイドのキュラさんは僕を抱いたまま、桜さんたちを連れて、応接室から出ていく。扉を閉める直前見えた、両親の難しい表情に、僕は形にならない居た堪れなさを感じた……。やり過ぎだよ、桜さん。
お読みいただき、ありがとうございます。
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