表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

短編集

戦国の華 ~細川ガラシャの人生~

作者: 星 茶仁予

今度は歴史物に挑戦してみました。


ウィキペディア参照ですので、もしもまずい事を書いてしまっていたのが判明したら取り下げます。


 天正10年(西暦1582年)6月2日、早朝。

 明智日向守光秀は、本能寺にて謀反を起こし、主君織田信長を討った。

 その時細川忠興の妻、玉は二〇歳であった。事が起きた直後は、丹後の宮津城にて同年の夫とともに、子供たちと幸せに暮らしていた。しかし、玉は謀反を起こした光秀の三女であり、後の世で『細川ガラシャ』として名を知られるようになる、艱難辛苦の人生が待ち受けている女性でもあった。



「……玉! 義父殿が! 光秀殿が……!」


 慌てふためき駆け込んできた忠興が、切れ切れに告げる言葉で玉は事態を悟った。しかし理解はできても、受け入れることは難しい。知らずと声と体が震え、忠興に聞き返してしまった。


「な……なぜ……父上」

「……それはわからぬ」


 沈痛な表情で玉へと返す忠興は、玉の狼狽を感じ取り多少の冷静さを取り戻したようだった。未だ混乱は見て取れるが、僅かな時を得て頭の中で事態を整理できたのか、受けた報告と推測を淡々と、しかし悔しそうに口に出していく。


「今は、信長様を討った者達と合流し、安土城の制圧に向かう途上のようだ」


 玉は夫よりひどい混乱の最中であったが、染みこむように夫の吐き出すその言葉を理解してしまう。


「真意はわからぬが、信長様の重臣方がおとなしく従うとも思えぬ。近いうちに必ず合戦になるであろう」


 玉はその後の夫の言葉を聞きたくなかったし、理解もしたくはなかったが聡明で芯の強い玉は、耳をふさぐこともなく理解せぬ選択もせず、不吉な予感とともに受け入れてしまった。


「そうなれば……光秀殿が盟友である我が細川家に助力を求めてくることは必定」

「……殿は……殿はその時、どのようなお考えでございますか?」


 玉は、その質問をすることが怖かった。しかし、口に出さずに内に秘めておくことはもっと怖かった。玉が勇気を込めて聞いた質問に、忠興は少しの間玉と無言で見つめ合い、笑顔で答えを返した。


「玉の父上は、わしの父上でもある! 心配はいたすな!」

「殿」


 忠興が言い切ってくれたことで、心の曇りが僅かに晴れ笑顔になれた玉ではあったが、漠然とした不安は完全には払拭できず、忠興への信頼と愛情の間で揺れる事になった。





 忠興は玉と話した後、すぐに父親である細川幽斎と面会した。父より先に玉と話した事は、忠興がいかに玉を愛していたかの証明であろう。それでも、父である幽斎の決定が細川家の決定である。忠興は、幽斎が光秀に協力する事を信じていた。だからこそ、


「我が細川家は、謀反人には加担せぬ! 今はまだ戦国乱世。家の存続こそが第一義にあると心得よ!」


 その言葉に、耳を疑った。


「ち、父上……?」


 幽斎の言葉を聞いても信じられず、忠興はなんとか切り替えて反論を絞り出し、協力する利点を訴えた。


「未だ戦国時代と言われるなら、謀反は世の習いではありませんか!? うまく立ち回れば、我が細川家が天下に号令する立場に」

「たわけ! 少しは時勢を考えてみよ」


 しかし、忠興の反論は途中で幽斎に遮られ、叱責された。そして、幽斎は一時の激情を抑えたかと思うと、淡々と現状の分析を述べていった。


「よいか? 信長様の家臣で有力な勢力は皆、京を離れておる。柴田勝家、滝川一益、羽柴秀吉といった面々であるな。しかし、当然の事ながら彼らはいずれ軍を返して光秀を討ちに来る。そして、その速さはおそらく光秀の予想を遥かに超えていよう」


 幽斎は一旦は息を吐き、心を鎮めるように湯をすすると更に続けた。


「そして信長様の家臣の軍勢を退けるだけの兵力も戦略も、光秀は持ってはいないだろう。わしはかの男をよく知っている。あの光秀は能力こそ高いが、甘さという武将としては最大の欠点がある。それは他人だけではなく、自分すらも甘く見積もる危険性を孕んでおる。今、明智光秀に協力するのは、細川家を存続することすら危うくなる決断になるであろう」

「……」


それは理路整然として、ごく自然にそうなるであろうという未来予測だった。忠興は返す言葉もなく黙ったが、幽斎は更に玉について言及してきた。


「そこで、今のうちに少しでも危険を取り除いておかねばならぬ! 今や逆臣の娘である玉だ。そのような者は細川家に災いをもたらす」


 あまりの事に、忠興は再度反論をしようとしたが、言葉が出ず沈黙を守る。その結果、忠興は幽斎の寒気がする決断をただ聞くことになった。


「直ちに、玉を殺せ」


それは、戦国の世を渡り歩いた歴戦さを感じさせる迫力を持った言葉だった。忠興はいきなりの事に動転し、空転する頭で幽斎にただただ反対を訴えた。


「ち、父上! 何を言われるのです!」

「聞こえないほど耄碌する歳ではあるまい? 殺せと申したのだ」

「断じてお断り申し上げる! 玉はわしの妻です!」

「それならば、離縁を申し付ける」

「……重ねてお断り申し上げる!」


幽斎の決断に異議を申し立てる忠興だったが、理もない情による駄々のような反論では幽斎を説得できるわけもなく、数時間の親子の睨み合いの末に細川家の決断は断行された。





玉とその子である於長おちょうと与一郎(後の忠隆)が過ごしているところに、家長の命令が下った兵が押し寄せ、玉は無理矢理幽閉される場所まで連行されることになった。玉は勿論、子供たちも母を呼び抵抗したが所詮は女子供である。兵には簡単に引きずられてしまう。

無理やり室から連れだされ、玉が抗弁をしようとしても家長の命が下った臣下の心変わりはありえない。それを理解しても息子と娘、それに夫への信頼が玉を抵抗へと駆り立てた。玉が子供たちと叫び合う混乱の中で、娘と息子の呼び声に振り向けば、そこにはいつの間にか幽斎と忠興が立っていた。忠興精一杯の抵抗は、玉の殺害・離縁から蟄居に姿を変えたのだ。そして、せめてもの自己満足に忠興も玉の前に姿を現した。ただ口を出すことはできず、幽斎の言うことを無為に聞いているだけなのが更に忠興の無力感を煽って、妻に合わせる顔がない。


「謀反人の娘、玉。お前をこの家に置いておいて災いを招くことはできぬ。蟄居を命ずる!」


幽斎は玉の方へ行かぬよう於長の肩を押さえ、威厳を持って玉に命じてきた。突然の事に与一郎も幼さもあって泣きじゃくっている。最後になるかもしれず、於長と与一郎を抱き締めて安心させてやりたかったが、自身も押さえられている身ではどうにもできない。玉は最後の望みとばかりに、幽斎の斜め後ろに立っている忠興に縋るような声と顔を向けた。


「殿、忠興殿」

「……」


しかし、忠興から返って来たものは、無言と、玉から逸らされた視線のみだった。子供から引き離される玉の心に、追い打ちをかけるように衝撃が走った。


 その夫を見て、玉は諦めと口惜しさに口唇を噛み締め、せめてと顔を上げて振り返らず、背中を押す武士に逆らうのをやめた。


 これより玉は二年に及ぶ幽閉生活を、丹波山中の味土野みどのにて過ごすことになるのであった。そして、その幽閉先にて光秀の訃報を聞くことになる。





 山中で何もできずにこうして一人で暮らしていると、玉に思い浮かぶのは父光秀の思い出だった。光秀は優しい雰囲気で家族を包み込み、天下の平定をいつも願って行動していた。貧乏を強いられたこともあったが、母と家族で支えあい恨みに思うことは殆ど無かった。玉の考えは一人となることで頑なにもなっていたが、生まれついての情の深さと聡明さ、芯の強さ故に狂うこともなくただ光秀を、ひいては幸せだった過去を信じるようになっていた。


 そして自分が女であることを痛感し、乱世において光秀の理想を継ぐことどころか、何をなすこともできぬ自分へのいらだち。光秀の無念、夫忠興の無力、義父幽斎の無情。小侍従や清原マリアなどにも支えられたが、この時期の彼女は様々な事が頭を巡った。混沌とした中で玉はこの時、精神的にも孤独な境遇にあった。


 彼女がこの境遇の中で、キリスト教と出会い傾倒していくのは必然であったのかもしれない。乱世で数奇な運命に翻弄される一人の女の孤独は、二年ほどの期間を経て玉を変えた。それまでの玉は、プライドが高く怒りっぽかったが、キリスト教と出会ってからの玉は、謙虚かつ忍耐強く穏やかな女性になったという。そしてこの期間の玉の変貌により、細川家には影が落ちることになるのだが、この時はまだ玉も含めて誰もそのことに気づかなかった。









玉、幽閉から二年。


天下は羽柴秀吉の元に転がり、細川家は秀吉配下となっていた。そしてある時に玉を思い出した秀吉の勧めにより、玉は二年ぶりの細川家に訪れることとなった。


玉の帰還を聞き及んだ忠興は、数日前からそわそわと落ち着きなく、家に着いたと聞くやいなや玉が控えている部屋まで走り、笑顔で呼びかけた。


「玉っ!」

「……」


しかし、そこに以前の玉は居なかった。表情が変わらず、目を合わせない作法に叶った振る舞い。表情豊かな玉は、二年の幽閉生活で無表情が顔に張り付いてしまっていた。


「久しぶりじゃ……」


感慨深げにそう玉に話しかける忠興。玉が帰るのを楽しみにしていた忠興は、話すことが山のようにあった。嬉しげに言葉を続けようとして続かず少し沈黙が流れたが、ようやく心を整理できたのか、話を切り出した。


「さぁ、此方へ来ぬか。久しぶりの我が家に遠慮などいらぬ! もそっと近くで話をしようぞ」

「殿。本日は旅で疲れておりますので、休ませて頂きたく」


そんな忠興だったが、玉は話すどころか視線すら合わぬ。忠興に一言告げると、玉は用意された部屋に行ってしまった。忠興は世を知り、キリスト教に出会って変わってしまった妻が別人のように思えた。


だから、最初のすれ違いはこの頃から始まったのかもしれない。この時にすげなくされた忠興は、玉への仕打ちの後ろめたさもあって、疑心暗鬼にとらわれることになる。

そして、日々蓄積された疑心が形になって現れる事件が起きた。




天正14年に生まれた光千代(後の忠利)は病弱であったため玉はいつも心配していた。その光千代を縁側で膝枕しながら、ウトウトと庭師が剪定をする音を聞いている玉の後ろに、夫忠興がいつの間にか立っていた。玉が気づいて振り向くと、忠興はこのところの常になりつつある険しい顔で、理由のわからない言いがかりをつけてきた。


「玉、何を見ているのだ!? あのような庭師まで寝所へと誘うつもりか?」

「何を言われるのです?」


心当たりの全くない事を聞かれ、問い返すも忠興は無言で庭に降りた。光千代を膝枕しているため動けなかった玉は、背を向けた忠興に目を向け、声をかけようと口を開きかけたが、殿様が庭に降りた音を聞きつけた庭師の方が先に忠興に声をかけた。


「これは、忠興様! もうすぐ剪定も終わりますので……」


そう庭師が忠興に声をかけるも、ひたすら無言のまま庭師に近寄ると、おもむろに刀に手をかけ庭師を、


一刀の元に切り捨てた。

 

斬られて断末魔を上げる庭師。その悲鳴を聞きつけて、家臣が集まって事態の収拾に当たる。その声を聞きながらも、忠興は庭師に鎮魂の祈りを捧げる玉だけを見ていた。陽光の元、庭師の死体を前に動揺すらせずに祈りを捧げる彼女は何度見ても以前とは別人に思えるのに、何故か忠興は目を逸らせない。玉に祈りを捧げられる死体となった庭師を羨ましく思う内心を押し殺し、忠興は庭から去っていった。



以前の怒る時には激怒し、楽しい時は思いきり笑っていた玉は、もうどこにもいない。人が目の前で斬られても、憐れみ祈ることこそするが、穏やかに動揺することなく振る舞ってしまう玉に変わってしまった。


そして、玉を愛しているがゆえに、疑心暗鬼から抜け出せず、行動と思考が分離して暴走を始めた忠興。


再会から始まったすれ違いは日に日に大きくなり、二人が元の仲の良い夫婦へと戻れないほどの亀裂となっていた。


更にその事件が起こった、天正15年(西暦1587年)、背を向けた二人に追い打ちのように秀吉から『伴天連追放令』が布告された。突然の秀吉の方向転換だったが、玉はその布告に従わず、洗礼を受けてキリスト教徒になる事を決めていた。


『Gracia』


ガラシャ。玉の洗礼名は恩寵・神の恵み。玉はそれを受けて何を思ったことだろうか?






ガラシャがそうして、日々キリストに祈りを捧げている間、忠興も順調に武勲を積み重ねていっていた。九州征伐、小田原征伐、朝鮮出兵。幾つもの戦を重ね、徐々に幽斎から実権を受け取り、細川家を名実ともに手にしていた。

このまま天下人秀吉の配下として安定するように思えたが、新たな動乱の火種はまだくすぶっていた。


慶長3年(西暦1598年)、豊臣秀吉死去。そして翌々年、関ヶ原の合戦。


大名や武将が徳川・豊臣・中立で迷う中、忠興は徳川家康に付いた。そして、会津の上杉征伐へ向かうことになった。そして運命の時が迫る中、忠興は朝餉をとりながらガラシャと、小笠原秀清に言葉をかけた。


「これからは徳川殿の配下となる。そなたらも異存はあるまい」

「私に異存があろうと、いつも殿の仰せのままにしておりますが、何の事についての異存でございますか?」

「……っ!」


 忠興は、そのガラシャの発言に一瞬言葉を失ったが、すぐに荒々しく茶碗を置くとガラシャに言い捨てた。


「……ここで、細川家を潰すわけにはいかぬ! でなければ何のために……!」


何かを言いかける忠興だったが、言葉を飲み込み押し黙った。


「お家のために。殿の全ては細川家の存続のためにあるのですね。『あの時』、殿が目を逸らした時も……」


黙っていた忠興だったが、お家のため。あの時。ガラシャの言葉で忠興自身にも制御できぬ感情の波が押し寄せる。このままでは、ガラシャに向かいそうなその波を心の奥深くに沈めて黙殺し、留守を任せる秀清に淡々と命じた。そして、


「……石田三成。あの男が、京に残る妻子を人質に取るかもしれぬ。わかっている危険に対処せず、戦場に出る我らの枷になられては叶わぬ。やむを得ぬ時は」


忠興は一瞬命令に間を置き、立ち上がりながら言い放った。


「やむを得ぬ時は、玉を殺せ」


「と」


そして忠興は、反対しようとした秀清も無視して会津へと向かっていった。それが、この二人の最後の対面となった。






家を守るガラシャと、武装して警戒を固める家臣。忠興が会津へ向かった後、細川家では屋敷の広間にて臨戦態勢で夜通し対応する構えをとった。いずれ石田三成の使者が現れる。それは、この家に残る者の確信として皆の心にあった。ガラシャが認識するその確信は、事実として目の前に石田三成の使者を迎えることで覚悟へ変わった。


 細川家の妻子を大阪城に差し出すよう。


使者は忠興の予測通りの要求をしてきた。しかし、ガラシャはこの要求を拒否した。腹をくくってしまったガラシャを見て、家臣たちも最悪を覚悟し、幼少の者を逃がした後に、ガラシャとともに細川邸に立てこもった。


「奥方様! 大変でございます!」

「石田治部少輸三成の軍に屋敷が包囲されております!」


 二人で競うようにして報告に来た小者に、家臣たちは騒然となる。覚悟を決めたつもりではあったものの、現実の包囲は狼狽させるには十分であった。


「みな、落ち着きなさい」


その時、不思議と通る声が騒然とする広間に染み渡る。家臣たちを落ち着かせた声の持ち主は、淡々と見えるほど泰然と言葉を並べていく。


「殿は既にこのことを予測し、対応を伝えていったではないですか」

「……っ!」


疑問形の形はとっているものの、それは目に見えるような覚悟と断言だった。忠興の言い置いていった言葉を知っている清秀は、なんとかガラシャに思いとどまらせようとするが、ガラシャの目を見て、これからガラシャが話す言葉は遺言になると悟ってしまった。もう、お止めするのは手遅れだと……


「私はこれまで謀反人の娘としてのカルマを背負って、人生を歩んで来ました。天におわす神の試練と思い耐えて参りましたが、その苦しみは想像を絶するものでした」


ガラシャはここにいる者たちを信頼している。だから、自身の最後の場でも遺言を残すため、泣かなかった。


「父光秀は、天下太平を掲げて信長様を討ち、世を治める大望がありました。しかし、女である私では、その後を継ぐことはできません」


本当は泣きたかった。自分が苦しい目に遭うこと、光秀の願いを叶える道が自身には閉ざされていること、夫忠興とのこと。泣きながら助けを求めたかった。


「ですので、せめて夫忠興の願い。お家の存続。このために細川家に我が命を捧げます。ですが」


しかし、自身の意志の強さが、末期を汚す行為をガラシャに許さなかった。ただ、信仰で自殺を禁じられているガラシャは、今の今まで誰に自分を殺してもらうか口に出せないほど、この場にいる者たちが好きだった。


「私は切支丹。自害は許されておりません。清秀……殿の言葉を聞いているあなたが殺してください」

「そのようなことはできませぬ! どうか……」


無理だと清秀もわかっているのだろう。なんとか思いとどまらせようとするが、この期に及んでガラシャはみなに笑いかけた。制止の言葉は届かない。


「奥方様!!」


長い間、世話をしてくれたマリアが泣きながら膝下で蹲る。ガラシャはまだ若い彼女に感謝しながら、最後の言葉を紡ぎだした。


「マリア、あなたは生きて私の言葉を殿に伝えて下さい」


その言葉で、明確にこれからガラシャが死ぬことがわかってしまい、広間にいるものは涙を流す。



「忠興様、愛しております」


「貴方様に嫁ぐことができて、真に幸せでした」


「謀反人の娘を庇い立てすることは、不利益を生んだでしょう」


「それでも愛し続けてくださったことに、私は救われました」


「今は忠興様へ感謝の念でいっぱいです」


「感謝の念を胸に抱いたまま、先に逝っております」



「そう伝えて下さい。これからはせめて亡き父上を忍んで、最後の時を祈ります」



ガラシャは、話に聞く信長の最後のように燃え盛る屋敷で、清秀に胸を突かせた。享年37歳。戦国の華にふさわしい潔い最後だったという。








その後、滞陣中の忠興を訪ねてくる者があった。マリア、と聞いて忠興は玉の侍女と思いあたり嫌な予感がしたが、話さねば何もわからない。急いで向かうと、旅化粧をした女が覚悟を決めた表情で立っていた。


マリアは正しく、玉の侍女だった。そして、予想はしていたものの玉の最後を聞いて衝撃を受けた。ガラシャから忠興への言葉を話すマリアは泣いていた。この場はなんとか取り繕ってマリアを下がらせたが、玉の遺言に忠興は目がくらんだようにふらついて傍の木に寄りかかってしまった。



幽閉先から帰って来てから変わってしまった玉への接し方がわからず、辛く当たってしまった事。

嫉妬から残酷で非道な振る舞いをしてしまった事。


……そして、玉がいなくなって、これからどうすればいいのかわからなくなるほど愛していた事。



忠興は、しばらく立ち上がれず、木に寄りかかったまま部下が呼びに来るまで、呆然と風に吹かれていた。その頬には静かに雫が光っていた。








ガラシャが死を選んだことによる影響は大きく、関ヶ原の合戦において、西軍に味方するものが減り、東軍に味方する者を増やした原因の一つとなっている。そのため徳川家康は、関ヶ原の合戦の後で細川忠興に39万石の加増をしたという。


お読み下さりありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ