『死神の事情』 やてん
俺の名前は死神No.二百五十万二十五番だ。死神は冥界における誰もが憧れる職業だ。倍率は何十倍にもなり、死神になれるのはほんの一握りだけだ。そして、俺はその競争に勝ち、見事死神になった。これからは憧れの職業で毎日頑張ろう――と思っていた、あの頃の自分を殴りたい。
死神になって五年が経った今、自分は猛烈に死神になったことを後悔していた。死神の仕事は多岐に渡るため、その職務毎に部署ができていた。私が所属している部署は道先案内人である。死者が迷わず冥界に来られるようにするのが主な内容だ。他には現世で未練があったりして地縛霊になった魂やものに取り付いた魂を冥界に送るのも仕事の中に入っているはずなのに、ここ五年間ずっと冥界までの誘導しかやっていないのだ。たしかに、道の誘導は重要なのは分かっている。誰もが初めて通る道なので誘導する奴が必要なのも分かっている。世界から毎日何百万人という使者が来るから誘導しないとすぐに道が渋滞してしまうのも分かっている。しかし、この待遇はあんまりだと思う。しかも、入社時に今までの名前を捨てなくてはいけない、それは既に私達に人権がなく、会社の歯車とされる。そして、名前がないので登録番号で呼ばれるのである。だから、私がいくら、上司に訴えてもこの待遇は治らないのだ。トンダブラック企業っぷりだ。どんな職業にも華やかな部分とそうでもない部分があるのは分かっていたが、聞いていた以上に辛かった。
皆が憧れる死神は現世に生きている醜い魂を持った人間を冥界に誘ったりするものや、現世にいる悪霊を倒すものであるが、その部署はエリート中のエリートしかなれないのだ。そのため、ほとんどの死神は理想と現実のギャップとブラック企業の間で心が摩耗していき、与えられた仕事をこなすマシーンが出来上がっていくのだ。つまりここは、希望の地ではなく絶望と停滞の海が広がっている場所なのだ。そして、今では私もその波に飲まれ、笑うことすらなくなっていた。
そんな、堕落していく死神企業についに転機が訪れた。このやり方に不満を抱いていた死神たちがクーデターをおこし、上層部を追い出すことに成功したのだ。これにより、多くの死神たちがこのことに喜び、涙なぞとういに消え失せていたと思っていたが涙が出て止まらなかった。死神の職務を従来のやり方から新しいやり方にするために死神全員の職務移動が起こった。これでやっと夢に憧れた死神への一歩かと思っていた。そう、移動部署をみるまでには…………。
クーデターが成功してから五年の歳月がたった。我々の会社は希望に満ちているはずなのに、ここには以前よりも粘りついてくるような倦怠感と絶望と停滞した空気しか無かった。クーデターには成功したのに何故、以前よりもひどくなったのか。それは新しく向かい入れた社長と自社からでた副社長のせいであった。新社長は初めから死神の独占利益に目をつけていたのだ。現世にいる金持ちから巨額の報酬を貰い、その人物にとって不都合な奴を消したりと不正ばかりを働くようになった。その蜜はすべて、上の連中だけがすすり、私達のような下っ端はその蜜をすすることは出来ず、連中の不始末を隠すのが専らの仕事になっていった。しかし、それは事務関係の部署のやつだけだ。俺の業務といえば、変わらず冥界までの案内人なのだ。そうこれほど残酷なことがあっていいのだろうか、他の連中はほとんど入れ替わったのに何故だ、何故なんだ、何故、何故、何故、なんでやねん。それ以来、俺は以前以上にやる気と使命感がなくなり、心がすべて擦り切れてしまった。これならまだ、以前までの企業形態の方が良かった。さらに利益追求のため、一人一人のやる作業が増え、体調崩すものが多数になり、しかし、体調を崩せばすぐに解雇されるため全員体調を崩しても隠すようになった。普通なら辞める絶好のチャンスのはずなのだが、何故皆がそうしないのかというと辞めていった者達が今まで全員事故で死んでいるのだ。これは、この不正が世間に知られれば、自分たちの利益を失うことになる。だから奪われないようにするために辞めたものを殺しているという噂がたっている、そのため、死なないために皆クビにならないように必死なのだ。そして、今日も俺は誘導作業を始めた。俺は心が折れないように田舎の事を思い出すことが多くなった。俺の田舎は何の変哲もないただの村だった。実家は農業を営んでいた、主に果物を栽培していた。両親は俺に農園を継いで欲しかったようだが、あの頃の俺には死神になりたいという絶対的な目標があってそれを譲るつもりもなかった。しかし、今にして思えば、農園を継いだほうが百億倍もマシだったとおもえてならない。そもそも、死神になるなんて身の丈にあってなかったのだ。そもそも、死神に憧れたのだって現世の死神の漫画とかいう二次元という偶像だったし、俺は理想を高く持ちすぎたのだ、俺は死神になっちゃいけなかったのだ。そんな思いが俺の頭の中をずっと周り続くようになった。田舎を思い出しては自己嫌悪に陥り、負のスパイラル状態になっていった。
そして、一番恐れていた事態になってしまった。ついに体がいうことを効かなくなってしまうようになってしまったのだ、会社内の医師が言うにはストレスからくるものらしく、実家に帰るようにと進められた。会社はあらかじめ分かっていたようにすぐに俺の退社手続きが進められた。息つく暇もなく、退社当日になった。俺はいままでお世話になった、会社の人々に挨拶に回った、その誰もが表面上は残念そうに見えても、その目の奥には同情と優越感を漂わせていた。ここまで、腐っているとむしろ、清々しい感じがした。あいさつ回りも終わり、ついに会社から出るときになった。俺はとても怖がっていた。うわさ通りならこれから俺に待っているのは死のみだからだ。しかし、その恐怖の中にも少しだけ安堵感があった。これで終われるという安心感である。俺はそんな二つの感情を持ちながら会社の門をくぐる、その席に何があるのかも分からすに。