『脇役の作る反撃戦線-Phase01_An_inferiority_complex-』 有漏 蕁麻
主役と脇役では、役割も違えば報酬も違う。出番も重要性も何もかもが別格で、脇役が主役に勝ることなど無い。それでも、その絶対的なルールを壊したいと願うのは無駄なことだろうか。
勉強が出来る者、運動が出来る者、芸術に長けた者。学校という一つの集団においてそれらの優劣は明確なヒエラルキーを構成する。教育制度によってそういった閉塞的なコミュニティが形成されやすい。
東京某所のとある夜間の学校もその内の一つであった。
一面真っ白な壁の空間で中学生かそれ以上程度の少年二人が息を切らしながら対峙していた。一人が雷鳴と共に目にも留まらぬ速さで突撃する。一方の少年は何の抵抗も出来ずに、相手のその勢いのままに振るわれた拳で地に伏せる。
倒れた少年の方が一切動かなくなると、敗者と勝者の名が呼ばれ、真っ白な空間が暗転する。
たったの数秒で、いとも簡単に優劣が分けられた。ここはそういう場所だ。ただ、他と違うのはそれを競う手段である。何かが他より劣っていることで虐げられることもあれば、現実離れした能力を発揮したことで他から距離を置かれることもある。
超能力や魔法、超人的な身体能力、それらを持つ社会的には認知されないヒーローのような存在を集めて、有効活用するために作られた『舞台』という教育機関。そして、『舞台』はその名の通り、主役もいれば脇役もいる。この場で無様に倒れた少年鈴木隆浩はその脇役の能力者だった。さらに言うと、彼は所謂、脇役でも必ず負ける部類『負け専』と呼ばれる段階に位置していた――。
「はぁ……なんでまた負けるかな……いや最初からわかってんだけどな」
SNSの画面を無意識的に眺めながら、大して落ち込むことも無く隆浩は街を歩く。
「はぁ、空から可愛い女の子とか落ちてこないかな……」
と、そんな人並みの願望を抱きながらの帰路。フラグはへし折るものだと教えられてきたので、それを実行すべく路地裏の暗がりを選んで通る。
突如として、都心なのにもかかわらずスマフォの通信状況が圏外と表示され、立ち止まって様子を見る。
「あれ……何か繋がらない」
高く掲げて電波を拾おうとするも一向に変化が無いため、一度電源を切る。
「はいはーい、ちょっとそこのお兄さん」
「は?」
ただでさえ苛々しているのにもかかわらず、こんな時にチンピラに声をかけられるなんて心底面倒だと思う隆浩。
「おっとケータイの調子がわるいみたいだねー。それ、仕方ないから」
「どういうことですか……?」
何を言っているのか理解が出来ない。そこに理解可能な事象があるはずだが、脇役が知る必要は無いと嘲笑されているような、そんな劣等感で少しでも考えてしまったことを後悔する。
「まぁ君が知る必要は無いことだ」
予想通りの返しに思わず拳に力が入る。
――やっぱり悔しいんじゃないか。そうやっていつも除け者にされて、邪魔者扱い。
これが彼の日常。それは揺るぎようのない脇役たる人生。結局動くことも抗うことも出来ず、チンピラの青年がその場を去るのを見送ることしか出来なかった。
辛酸を噛み締めて、また諦めて忘れようと背を向けようとした時だった――。
足元のマンホールが見計らったように持ち上がってきて、そこから人影が出てくる。
「……!?」
フラグとは何らかの条件が成立することを指すのは自明だ。では、隆浩という一モブが定型的だとは些か肯定出来ようもない登場を果たした可憐な少女に遭遇したことはどうだろうか。
その時、何かが変わろうとしていた。
物音を不審に感じたのか、チンピラの青年が振り返る。
「おっと、残念だったなー。匿おうたって、この魔眼『ミーミスブルン』の全知を前には敵わんだろうな!」
大層な技名を掲げて如何にも主要なキャラ立てに、足が竦む。所謂『厨二』だと言われるような事でも、笑い事では済まないのが、『舞台』を取り巻く環境だ。
それでも、ここで自分の脇役人生が変わる可能性があるのなら、たとえ勝てる見込みが無いとわかっていても一矢報いたい。そう思い、拳には先程とは違う、殴り合う覚悟を持った力が込められる。
自分の力量が手に取るようにわかる。これが隆浩の能力。ゲームなどではステータスや能力値といったところだろうか。
平均よりも少し下の運動能力と頭脳。持っているのはそれぐらいで、元より勝ち負けの話では無い。隆浩にとっては、ただの意地だった。
頭に血が上って、何をしたのかは定かでは無い。あるいは進行中なのか。ただ、大層な能力名を掲げておいて相手も拳で応戦していた点に気付くのは後の話。
体中痣と擦り傷だらけになって、気付けばチンピラの青年と二人で仰向けに横たわっていた。
「……今回は引き分けってことにしといてやる。次遭ったら覚えておけよ!」
そんな捨て台詞と共に、チンピラの青年は早々に退散する。もしかすると、相手も大した〝役〟ではないのだろうかという憶測が過るが、それよりも「引き分け」という言葉にある種の感動を覚えていた。
空を見上げたまま寝たら気持ちいいだろうと思っていたところに、件の少女の顔が割り込んできた。
隆浩の脳内では、次の台詞で恋愛フラグが立つ予想だった――が、そんな上手くいくはずもない。
「あんたバカでしょ……」
突きつけられたのは罵倒と刃物の先端だった。