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図書室の幽霊

「ねえ、知ってる?」


 放課後の廊下で希皇未来が言う。

辺りに人気は全くなく、高めの声のトーンが廊下に響く。


「何を?」


 海老原明日流がめんどくさそうに答える。


 これから二人は未来が本を借るために図書室へと向かっている。もっとも、明日流に本を借りる気持ちはないので、未来につきあわされる形となっているが。


「図書室の幽霊の話」


「幽霊……?」


 未来は声のトーンを低くしておどろおどろしく言うが、明日流は胡散臭い話だとすぐに思った。


「うん。あのね、噂によると、人気のなくなった放課後に図書室で女の子の幽霊を見たって噂が流行ってんの」


「本当かよ…… 嘘臭い話だな」


「いやいや、それがね、幽霊を見たって言う子が何人かいるのよ。それもクラスも学年もバラバラ…… 私の友達の友達も見たって言うし、これは絶対幽霊がいるよ!」


 興奮気味に未来は話すが、対する明日流の反応は薄い。


「友達の友達って一番信じられない情報元じゃねーか。それだけで、信じる気にはならんな」


 明日流は元々幽霊や妖怪、要はオカルトの互いは信じないタイプの人間だった。だから、夏休みの肝試しに誘われても絶対に行かなかった。行っても無駄だからだ。自分がいないと思うものはいない。その考えは絶対であり、これからも変わらないと明日流は思っている。


 しかし、その絶対――または頑固な考え方から、実は怖いだけなのではと影で言われてもいる。


「あー、もしかして、やっぱり幽霊とか怖いんでしょ~ みんな言ってるよ~、明日流は実は怖がりだって。怖がりだから、肝試しにも参加しないとかさ。ダメだよ~? 多少怖くても、友達同士の交流には積極的に参加しないと。クラスでもハブられちゃうよ?」


「ほっとけ……」


 未来に言いたい放題言われるが、その程度のことでは明日流は腹を立てたりなんてことはしない。未来とは幼馴染だ。つきあいも長いので慣れているのだ。


「ってか、お前は俺を怖がり呼ばわりするがな、むしろ怖がりなのはお前だろ! オカルト好きなのに、幽霊とかの話となると耳塞いでキャーキャー言うじゃねーかよ。知ってるぜ? 例の肝試しでもガチ泣きして帰ってきたのをな」


「――!? ウソっ! なんでそのこと知ってるの!? 誰かに聞いたの!?」


「言わねーよ。言うなって釘刺されてるからな」


「誰が言ったのよ~! そ、それにあの時は本当に怖かったんだから! だって、倉橋くんが何かに憑りつかれちゃって……」


 倉橋の名前に明日流の眉がピクリと上がる。それは聞き覚えのある名前だった。


「倉橋って言えば隣のクラスのやつだろ。――確か、夏休みの間に体調が悪くなってから学校に来なくなったって聞いたな。倉橋も肝試しに行ってたのか?」


 多少だが明日流も件の肝試しに興味が湧いていた。しかし、興味が湧いたと言ってもオカルトの類を信じるではなく、奇妙な偶然程度のことぐらいにしか考えていなかったが。


「そう、その倉橋くんなんだよ! 肝試しから戻ってきてから、変な独り言をブツブツと呟いていたり、いきなり走ったり変なこと始めちゃって…… ――あ、図書室着いちゃったね……」


 話に夢中になっていて、いつの間にか二人は図書室の扉の前に来ていた。


「ねえ、明日流開けてよ」


 未来が弱弱しい声を出す。


「はぁ? なんで俺が……」


 もちろん、抗議する明日流。


「だって……、その…………ちょっと怖いし……」


「お前なぁ…… そんなに怖いなら、本借りなくてもいいだろ」


「嫌だよ! だって、友達に面白いし、少しは本を読みなよって言われたから……」


 未来の目じりには薄らと涙が見える。


「……わかったよ、わかった。ったく、なんで昼休みの内に借りてこないん

だよ……」


「テヘッ☆ 忘れてた」


 ――ゴンっ!


「いったーーい! なんで殴るの~?」


「開けるぞ」


 言うやいなや、明日流はやや乱暴に扉を開けた。


「誰もいないよね……?」


 扉の外から中の様子を窺う未来。


「ああ、いないな」


 明日流の背中に隠れながら図書室の様子をさらに窺うが、やはり誰もいない。


「ふ~~、よかった~。幽霊はいないみたいだね。――でも、これはこれで、ちょっと……」


 未来の言う通り、無人の図書室は物音一つせず、まるでこの空間だけが日常から切り取られたように静まり返っていた。


「早く、本を探してこようっと」


 友達に教えられた本を探すために本棚と向き合う未来。ツインテールが楽しげに揺れている。


 一方、明日流には違和感が生まれていた。


「なあ、未来」


「ん? なに、明日流?」


「――どうして、誰もいないんだ?」


「んへ? だって、放課後だからじゃないの?」


「いや、放課後でも図書委員が普通いるもんじゃないのか? 俺もあんまし

図書室は使わないから、普段どうなのかは知らんが……」


 明日流が切り出した話から不穏な雰囲気が図書室に流れる。


「ちょ、ちょっと、変なこと言うのやめてよ。怖いじゃない。それに考えすぎだよ。誰も利用しないから、図書委員の人も帰っちゃったんじゃない? 

ほら、誰も借りたり、返却しにこないとやることないしさ」


「そんなものか?」


「そんなもんだよ…… だぶん…… さ、早く本、本」


 不安を誤魔化すように本探しを再開する未来。明日流はその後ろ姿を眺めながら、先ほど自分が思ったことを少し考えてみる。


 しかし、いくら考えても答えは出てこない。未来が言った通り、仕事がないから帰ってしまったのかもしれない。もしかしたら、自分たちが来る直前にトイレか何か別の用で少し席を外しているのかもしれない。考えれば考えるほど、理由なんていくらでも出てくる。


「あれっ? なにこれ? ちょっと、明日流~ 来て~」


 突然、未来が明日流を呼びつける。


「なんだよ」


 未来は少し奥の本棚の前でしゃがみ込んでいる。本棚の下の段を覗き込んでいるようだ。


「ちょっとこれ見てよ」


 そう言われて、明日流もしゃがみ込む。すると本棚の下の段に隠すように置かれた一枚の紙があった。


「これは……」


「明日流…… これ、なんだと思う?」


 紙には五芒星が描かれていて、星の中央と外には見たことのない文字がびっしりと書かれている。


「おまじない……ってやつかな? でも、ちょっと気味が悪いね……」


 明日流は紙に手を伸ばして、手に取ってみようとするが何かを感じたのか

手をすぐに引っ込めた。


「さあな…… オカルトは信じないからこれがどんなのかは全くわからん。だが――」


「だが?」


 少し考えこんだが、


「いや、なんでもない……」


 と、言葉を濁す明日流。


 明日流はオカルトの類は信じはしない。だから、このとき微かにだが感じた紙から発する冷気は気のせい、勘違いと思った。


「さ、早くを本を探してくれ。そろそろ帰りたくなったきたぞ」


 雰囲気を変えるためには当初の目的である本探しの催促を未来にする明日流。


「う、うん……」


 未来も思うことがあるようだが、とりあえず本探しを再開する。


(まったく…… 変なもの見つけちまったな…… 俺も未来の話したオカルト話に影響されたってのか? はっ! バカらしい。何がオカルトだ。……だが、さっきの冷気はなんだったんだ? どこかから風でも流れこんできたのか? しかし、この図書室の窓は全部閉まっているし…… ま、隙間風か何かだろう。――ん? あれは……)


 無理やりだが納得したところで髪の長い女生徒が本棚の影に消えたのを目撃した。


(誰か入って来たのか?)


 図書室のドアは先ほど明日流たちが入ってきたままになっているので開け放たれたままである。


「おい、そこの人。今は図書委員の人はいないぞ。それともあんたが図書委員なの――あれ?」


 本棚の影に消えた人物を追って曲がったところで、ありえない事態に遭遇した。本棚の陰には誰もいなかった。いなかったのだ。


「あれ……? 今確かに……?」


 目の錯覚だろうか。しかし、さっきの女生徒は錯覚とは到底思えなかった。


「ちょっと、明日流~、なに独り言喋ってるの~? 怖いじゃない……」


 遠くで未来を叫んでいる。


「ああ、すまんな……」


 空返事をする。いや、空返事しかできないと言ったほうがいいだろう。明日流の意識は消えた女生徒のことに集中していた。


「あ! あった、あった! あったよ~本!」


 声がした後、未来が本を持って戻ってくる。


「でも、これどうしよう? あ、書置きしておけばいいか!」


 そう言うと未来は、自分の鞄からペンと紙を取り出して何やら書き始めた。その間、明日流は先ほどの女生徒がどこに消えたのか、もう一度図書室全体を回ってみたが、女生徒の姿はどこにも見つけることができなかった。


「さ、帰ろう」


「ああ……」


 未来に促されるままに図書室を出る。あの女生徒はなんだったのか。夢、幻、それとも……まさか幽霊?


「それはないな。いてたまるか」


「なに一人でブツブツ喋ってるのよ! そんなんだと友達減るよ? でも、珍しいよね。明日流が知らない女の子と喋ってるなんて」


「はぁ?」


 突然、知らない女の子と喋っていたと言われて困惑する明日流。


「だって、さっき髪の長い女の子と喋ってたでしょ?」


「未来、お前……何を言ってるんだ? 俺は誰ともお前以外とは喋ってないぞ……?」


 その言葉に今度は未来が不思議そうな顔をする。


「だって、さっきの図書室での独り言って、あの髪の長い女の子と喋ってたんじゃないの? 私はてっきりそうだと思ってたんだけど? 明日流の知り合いだと思ったから声は掛けなかったの。知り合いじゃないの?」


「確かに独り言は言ったが……誰とも喋ってないのは確かだ……」


 なぜか声が震える。その理由は明日流にもわからない。いや、わかりたくないのだ。


「え……?」


 未来の表情もどこか青くなっている。


「じゃ、じゃあ…… 私が見た、あの女の子は…………」


 ――幽霊?


 言葉に出さなくとも二人の頭の中には共通の言葉が浮かんでいた。


「ね、ねえ、もう帰ろうよ」


 未来の声は明らかに震えている。


「ああ……」


 明日流は声が震えないように気をつけながら声を出した。


(バカなっ! 幽霊だと……? そんな、ありえない…… だが、俺が見たのを現に未来だって見ている。二人そろって幻を見たっていうのか? そんな偶然が? 俺が見たことも未来に言うか? いや、返って未来を怖がらすだけだ。今はやめておこう……)


「明日流…… 早く行こう……」


 こうして二人はちょっとした恐怖と不安を感じながら図書室を後にした。明日流自身気がついてないが、帰る際の歩幅が少し大きく足早になっていたのだった。


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