1.初仕事です。
あたしの作戦は今のところうまくいっている。目立たずに潜入出来てるはずだ。
唯一の不安要素はメイドとして雇われる為に買収した男だけど、誰の紹介もないんじゃ下女か下級メイドがいいところ。アイツの近くまではいつまで経っても辿り着けないから、必要なリスクだ。
とにかく今やるべきことは、メイドとしての仕事をして、疑われずにあの糞やろ、じゃない。
ボロが出ないように口調にも気をつけなきゃ。あの男に近づけるように中級、出来れば上級メイドにならなくてはならない。
忘れちゃいけない、慎重に慎重に。
あたしは絶対に、復讐を成功させるんだ。
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やっぱり人間関係に丁寧な挨拶は重要だと思う。イライラしててもちゃんと挨拶されれば、虐めるのはやめてやろうってたまには思うし。いや、虐めといっても特訓してあげてるだけで特に問題もないんだよ?相手も泣いて喜ぶくらいだし。
って、あれ?あたし誰に話しかけてるんだろう。まあ、要は今言うべき事はこれだよねって話。
「おはようございます。今日からよろしくお願い致します」
あたしの前には先輩メイドさん達がいる。今の状況は、朝イチで発表された新しい職場に荷物を移して、先輩方に合流した所だ。
暫くはここで働くんだから、同僚の人達の覚えも良くなるよう、あたしにしては珍しくちゃんとあいさつしたが・・・。
誰も聞いてない!!
全員ガチャガチャと朝食の準備に忙しそうだ。
「ごめんなさい、朝はいつも忙しいのよ。紹介はもう少し落ちついてからにしましょう」
フォローを入れたのは、あたしを案内してくれたアンナ先輩だ。あんまりあたしと違わない歳だろう。小っちゃくてぽわぽわでなんか可愛い。今までの知り合いにはいないタイプだ。
「はい。これ、私達も加わった方が良いですよね」
アンナさんは軽く食堂を見渡すと、にっこりして言った。
「もうすぐ此処は終わりそうだから、皆様を起こしてきて貰える?」
皆様、というのは十中八九黒騎士の面々のことだろう。何を隠そう、あたしの就職先でもあるここは、猛者が集う騎士団のなかでも最強と言われる黒騎士団の詰所なのだ!!
目標達成の一番の障害になるであろう黒騎士を、間近で観察出来るなんて強運すぎる。まあ、美形揃いの騎士団なのに、過酷労働を強いられるとかで一番不人気でもある訳だから、本当に運が良いのかは何とも言えない所だけどね。
と、そんな事は置いといて、会いたかった黒騎士に会えるとなれば否やがある筈もなく、あたしはふたつ返事で実際に騎士達が寝泊まりする寮へと向かった。
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カンカンカンカンカンカンカンッ!カンカンカンカンカンカンカンッ!カンカンカンカンカンカンカンッ!カンカンカンカンカンカンカンッ!
けたたましく音を出しているのはミニサイズな銅鑼。なかなか起きない騎士団の面々を起こす為に置いてあるらしく、アンナさんが場所を教えてくれた。
といっても、たぶん効果は出ていない。
鳴らし始めて約5分、誰1人おきてこない。
うん。これはもういいよね。今のあたしの仕事は未だに寝てる寝汚い騎士共を起こすことなんだから、今のあたしは寝汚いクソ騎士野郎共を起こす為に全力を尽くすべきだよね。うん、そうだ。
手のなかにある銅鑼を見下ろす。こんなちっさいもんじゃ音量が足りないよね。当然だ。あたしは銅鑼を廊下の端に投げ捨てた。じゃない、置いた、だ。
あくまで冷静に、且つ絶対に騎士共が起きる様に。特に言葉遣いには気をつけて。現在地は4階建ての2階。此処なら全員に届く筈。よし、ここまで考えれるあたしちゃんと冷静。
「すぅ~~~~~~~~~~~~
あたしは大きく大きく大きく、息を吸った。
その分精一杯の声量で叫んだ。
「「朝食の時間でぇぇすっ!!起きて下さぁぁぁいっっっっ!!!!!!」」
耳に大きな男を聞いた後特有のじぃぃんとした痺れが残った。思わず頑張ってしまった。自分が発信源とはいえ、こんな大きい音を聞いたのはドラコンの断末魔以来だ。
騎士の方々が慌てた様にガチャガチャと扉を開けて出ていらした。余程お慌てになったのか、殆どがパンツ一丁にシャツという出で立ちでいらっしゃる。流石に全裸はいらっしゃらないが上半身マッパの方もザラにいらっしゃる。
この分なら全員に聞こえてるだろう。あたしは満足して黒騎士団寮からでていった。