ミヅキ
「キレイな月だね」
美月は言った。僕は彼女の横で肩を並べながら、同じ月を見ていた。けれど、きっと僕より美月の方がより美しく月を捉えているだろう。美月は月に対する感性が人一倍強い。
「僕はあの月を見てそれを『キレイだ』と感じられる君の心が好きだ」
美月は、自分の月に対する感性の鋭さを生得的ではない、後天的なものだと言っていた。自分が『美月』という名前だから、自然と月について考え、感じることが多かったのだと。
「僕は君を尊敬している。僕にはない感受性を、君は持っている」
「尊敬だなんて、私はそんなにすごい人間じゃないよ」
美月は必ず謙遜する。僕の方を見て笑い、また月に視線を戻す。
時々、僕は不安になる。
僕は、果たして美月にとって月以上の存在になれるのだろうか。彼女が心を寄せる月以上の存在に、僕はなれるのだろうか。
こうして彼女と月を見ていると、とてつもない不安と嫉妬に襲われる。僕は複雑な気持ちで月を見た。
「どうしたの?」
美月が僕の顔を覗き込んで尋ねる。僕は一瞬驚いたが、努めて冷静な態度で「何が?」と聞き返す。
「月がざわざわしてる。月ってね、心を投影しているの。私とキミの心はつながっているから、キミの心が月に現れる。月がざわざわしているのは、キミの心が不安定になっているから。私、月から色んな事教えてもらえるから」
子供のように笑う美月の顔を見て、僕は心がすっと軽くなるのを感じた。
『私とキミの心はつながっているから』
月に対抗心を燃やして、憂いていた自分が馬鹿みたいだ。僕と美月の心は繋がっている。それは、月以上の存在とか、そういうことじゃない。優劣の問題ではないんだ、もっとそれを超えたところでの存在の認識。
僕と美月の心は繋がっている。それだけで、僕はこんなにも幸せになれる。
「あ、解決したみたいだね。今のキミの心は、幸せに満ちてる。そうでしょ?」
意地悪く笑う美月に、僕は両手を上げて降参のポーズをとった。
そして、美月の肩をそっと抱き寄せた。
月が微笑んでいた。
ノート一枚分のショートショートです。
万年筆を使いたいがために書いたものですが、載せてもいいかなと思えたので載せることにしました。
お読みいただきありがとうございました。