八話 第三の選択肢
朝食は結構豪華だった。
少なくとも、山小屋での数日でミシャが食べていたものよりは。
薄味だか美味で、思わずほほが緩んでしまうほど。
食事が終わったら同年代の少女らに囲まれ、手首を縛られてから移動した。外が見えず場所はやっぱりわからなかったのだが、町の中心部らしいことだけは騒がしさなどでわかった。
そんな状態で移動した先は、牢獄と同じ建物にあるお風呂で。
『え、あ、あの、一人で洗え――』
というミシャの意見は完膚なきまでに無視され、服を脱がされ頭の上から足の先まできれいに洗ってもらった。縛られこそしなかったが、違う意味で縛られていたように思う。
それから町で見かけた、このあたりでは一般的な服を着せられた。
ごわごわした、丈夫そうな生地で作られたワンピース。シックな花柄の生地と、ところどころに縫い付けられたレースがかわいらしい。なお、ミシャの服はどこかに持っていかれた。
何度か彼女らに話しかけようとしたが、それができない威圧感。
そして今度は手首だけを縛られた状態で、連行されたのは。
「……お屋敷?」
思わずつぶやいてしまうほどの豪邸。
掃除だけで一日が終わりそうなほど広大な庭を、ゆっくりと進んでいく。
きょろきょろ、とできる範囲で周囲を見回す。その限りでは、この屋敷が一番立派なつくりのようにミシャには思えた。だとすると、もしかしなくてもここが『領主の屋敷』なのか。
「お待ちしていました」
玄関にはネールと、教会の関係者が数人立っている。
ミシャの手首を縛っている縄の先は、少女らからネールへと渡された。何がどうなっているのかわからないが、ミシャはなじるように彼を睨んだ。
「……そう睨まれるとつらいのですが、もうしばらく我慢してください」
小声で苦笑され、ネールは背を向けた。
直後に扉がゆっくりと開いて、中に向かって歩き出す。そこはとにかく広い玄関で、突き当たりの窓の向こうには中庭らしき庭園が見える。花がたくさん咲いた、とても美しい庭だ。
部屋の左右には階段があって、吹き抜けになっている。
相当に広い場所なのだが、それを感じさせないほどに人がぎっしりと立っていた。
ネールに引かれるまま、ミシャは部屋の中央へと向かう。
「あれが魔女か」
「意外と若い娘だな……」
「いや、魔法で容姿を捻じ曲げているに違いない」
「あの姿で人々を油断させるのね……怖いわ」
そんな会話と、刺すような視線を向けられながら。
吹き抜けになった二階の中央は、そこから人々に語りかけるためなのか、わずかにせり出していた。そこからミシャを、睨むように見ている男性と、不安そうにしている女性がいる。
着飾った姿からして、あの二人が領主か何かなのだろうか。
「ご苦労だった」
「いえ」
男に向かって一礼し、ネールは甲冑に身を包んだ男――だと思われるものに縄を渡す。どうやらここが目的地らしいのだが、何が始まるのかミシャにはさっぱりわからなかった。
ネールは何か考えがあるようだったが、とてもその流れには思えない。
なんというか、完全に『積んだ』感じしかしなかった。
「アルテミシアさん、こちらはランドール領主とその奥様です」
「はぁ……」
あの男女はやはり領主とその奥方らしい。
続いて、ネールはミシャが連行された理由を読み上げ始めた。
ミシャの罪状は特にないという。ただ、ミシャが自身を魔女と名乗ったことで町の住民の生活を脅かした、とか何とかで、こうして連行されたと言う説明をされた。
正直、意味がわからないという思いがあるが、素直に口にしたら袋叩きにされそうなのでおとなしく話を聞くことにする。さすがにこの状態で、自分の身を守れる気はしない。
「……というわけで、いかがいたしましょうか」
「ふむ」
「彼女から魔法の力を奪い去る処置も、できなくはありませんが」
「そのような方法があるのか?」
「えぇ、まぁ……多少時間はかかりますが」
――それは困るんですけど、とミシャは視線でネールに訴えた。
ミシャが人様に誇れる技能は魔法しかない。他は人並みか人並み以下だ。裁縫も穴を繕うことはできるが物が作れるわけではなく、料理も売り物になるようなものは作れない。
魔法がなくなったら生きていけないうえに、故郷に帰ることもできない。
「ただ、その場合は彼女の町への移住を認めていただかないと。まさか彼女の生きる術を奪っておきながら追い出すような、人ならざる非道な真似はいたしませんよね?」
「……それは」
「町のかたがたの認識はどうであれ、世間一般では魔法とは専門的な技術の一つ。彼女は幼いころからその技術だけを磨いてきた方だ。彼女から魔法を奪うのは、生活の術を奪うこと」
ネールはまっすぐに、領主を見上げて言う。
「領主様、ご決断を……彼女をそのまま追い出すか、彼女から魔法を奪う代わりに町への定住を認め、ある程度の世話をするか。どちらにせよ町から魔女はいなくなります」
彼の言葉に領主は、悩むように目を閉じる。
その間、周囲からは『第三の選択肢』が叫ばれ続けた。
――魔女を火あぶりにしてしまえ!
ミシャの周囲には甲冑姿の人が並んでいる。その向こうに罵声を上げる町民がいる。彼らが投げるゴミやら石ころは、甲冑の壁の前にはじかれているので、ミシャは安全だ。
だが、甲冑が鳴らす音がだんだんと大きくなってくる。
ガツンガツンという、恐ろしい音が増えていく。
ミシャは思わず座り込んだ。
腕が自由なら迷わず耳をふさいだだろう。聞きたくない、怖い。火あぶりにされるのも充分すぎるほどに怖いけれど、この音や罵声の方が今はずっとずっと怖かった。
彼らの声はミシャを罵るだけにとどまらず、領主夫妻への嘆願へと変化していく。
断固として魔女を排除し、力を失ったとしても町に入れるなと。
さすがの騒ぎに、ネールの表情も曇ってきた。
もしかすると、彼は領主夫妻とミシャを直接引き合わせたかったのかもしれない。ランドールを出るにせよ定住するにせよ、ひとまずは領主に話を聞いてもらうなどするつもりで。
だが『手違い』があった。
これはミシャの予想だが……きっと、町の人々にバレてしまったのだ。あのようにミシャを魔女として連行するしかなくなって、そしてこんな大騒ぎになってしまって。
そして今、領主は人々の勢いに押されつつあった。
「やむを得ないが、魔女には消えてもらわなければ……」
「領主様、それは……!」
「ネール。いかにお前があのエリオット司教の息子であろうとも、そしてわが息子の友人であろうとも……こればかりは特別扱いはできぬ。この町には魔法もそれを使うものも要らぬ」
ミシャの目の前で領主は小さくつぶやき、ネールが悔しげに歯を食いしばる。
「おまちください!」
そこに飛び込んできたのは青年だった。
長い髪を後ろへ撫で付けた、いかにも貴族といった服装の青年だ。そして、外見通りの身分らしく、あれほどひしめいていた人々は彼のために道を譲る。
できた道を、彼は小走りに進んだ。わずかに片足を引きずるようにして。
近づくとだんだん、彼の容姿が見えてくる。
――視線が合った。
その瞬間、ミシャはつぶやく。
「リオ、さん……?」
あの粗暴そうな格好からは想像しがたい、リオ・カーティスがそこにいた。




