三話 セラさまの言うことにゃ
大きくなったセラという少女は、それでも十歳前後の背丈だった。
背中に羽はなく、色味がカラフルなだけの、ごくごく普通の少女に見える。
妖精種は二つの姿を持つとされる種族で、それは先ほどまでの人形ほどの大きさと、今のようなサイズのことである。そして人並みの大きさの方は、割と自由自在なのだと本人は言う。
といっても、元々妖精種はどこまでも幼く見える種族で、人並みの大きさであってもせいぜい十代後半がいいところ。そんな彼らには『落ち着くヒトの形』というものがあり、このセラにとっては今見せている十歳前後の幼い姿が、彼女なりに一番しっくりくる姿なのだそうだ。
「たまーにふざけてね、大人っぽい姿にもするけどー。疲れるからヤなんだよねぇ」
くるくる、とフォークを回しながら、にこにこと笑っているセラ。
お腹すいたよぅ、といった彼女のために、二人分の昼食がテーブルに並んでいる。メニューは予定通りにオムレツとパン。それからセラが余り野菜で、さらっと作った野菜のスープだ。
オムレツには畑で取れたトマトを使ったソースがかけられていて、香辛料やハーブを利かせているので面白い味になっている。パンは小麦で作られた丸いもので、スープは塩味だ。
「おいしいねぇ、ミシャはお料理上手だね」
「あ、ありがとうございます……」
つい敬語になってしまうのは、彼女が妖精種だからだ。
彼らは見た目に老いがほとんど出てこず、そして年齢をあまり語ろうとしない。語るのが嫌いというわけではなく、うろたえる相手を見るのが好きなものが多いせいだ。
まさに『いたずらっ子』という性格で、幼い容姿にとても似合いのように思う。
そんなわけで、目の前にいる幼い少女も実は大人かもしれないわけだ。もっとも、例えそうでなくともあまり親しくない相手に、馴れ馴れしい失礼な態度をとるわけもないのだが。
「んー、おいしいものを食べるのは幸せだよぅ」
ぱくぱくとオムレツとパンを口に運ぶセラを見て、ミシャは少し嬉しく思う。やっぱり、こうして誰かが自分が作ったものを、喜んで食べてくれるのはいいものだ。
彼女の目覚めで、忘れかけていた寂しさ。
それを少し思い出して、でも思い出さなかったことにして。
ミシャは、スープをすすった。
○ ○ ○
ごちそうさまでした、と用意した食事が綺麗に片付けられて。
ミシャはお茶を差し出しながら、ずっと気になっていたその質問をぶつける。
「あの、セラさんはどうして……その」
「ん?」
「落ちてきたん、ですか?」
そう、何にも勝る疑問がそれだ。
なぜ落ちてきたのか。
そして、落ちてきた原因というものも、気になる。
ランドールは少し前、誘拐騒動が起こって解決したばかりだ。彼女の見た目なら、連中の標的に選ばれていてもおかしくはない。残党や類似の集団がいるなら、警戒しなければ……。
「あのね、真剣に考えてくれているところ、ほんとーに申し訳ないんだけど」
右の方へ、視線をそらしながらセラが半笑いを浮かべた。
彼女はミシャが思ったとおり、観光客だという。
ランドールは住民の魔法嫌いの影響で、魔法が使えて当たり前とも言われる、エルフ種や妖精種がほとんど見かけられない。子供どころか大人すら、学校などでそういう種族がいるという知識を与えられていても、彼らをその目で実際に見たものは少なかった。
そこへやってきたのが、絵に描いたような妖精種。
つまり、セラである。
昼前といえば、子供達が町の中を賑やかに走り回っている頃合だ。そこに、あのかわいらしい妖精がふわふわとやってきたら、どうなるか。――とどのつまりが、争奪戦である。
セラはおもちゃ同然の扱いをされかけ、あわてて空へと舞い上がった。
しかし、長旅で体力も落ちていて、さらに空腹だった彼女は途中で力尽きる。よろよろと無意識に速度を緩めながら落ちていったのが、偶然ミシャの目の前だったという話だった。
「まいっちゃうよねー。せっかく魔法嫌いが治まったって聞いてきたのにー」
「そう、ですか……」
どうやらセラも魔女らしく、噂を聞いてやってきたらしい。セラ曰く、ランドールは物流が整っているので、魔法式に用いる道具や材料が比較的手に入りやすい土地なのだという。
ただ、あの魔法嫌いもあって、魅力的な土地でありながら近寄れなかったと。ましてや彼女のように種族そのものが魔法と縁深いとなると、こっそり潜入というのも難しいだろう。
どうやら他にも身分を伏して、ランドール領内にきた魔法使いはいるそうだ。
全員が、ここの魔法嫌いが治まったから、というならば。
「……よかった」
ミシャはほっと胸をなでおろし、笑みを浮かべる。
こうして、前に進めていることを知れるのは、とてもうれしいことだ。いつか、こそこそしなくてもいいようになればいい。そのために、もっとがんばらなければいけないのだ。
「……ミシャは、魔女なの?」
「え、あ、はい……一応、魔女です。シェルシュタイン一門で」
「そっかー、じゃあ、君がパメラの弟子なんだねぇ。話には聞いてるんだよぅ」
ふーん、と観察するように見られ、ミシャはいたたまれなくなる。師パメラは内外にその名を響かせる魔女で、弟子も漏れなく天才ぞろい。ミシャが知る先輩弟子はミレアナしかいないのだが、その彼女も現在はメルフェニカ王国の宮廷魔女を勤めている、れっきとした天才だ。
それに比べて、自分はなんと矮小なことだろう。
人並み程度にどうにかもっていけているが、出身一門や師の名前を聞けば首を傾げられるか嘘つき呼ばわりされかねない。可もなく不可もなく、しかしどうしようもない才能の欠如。
ミシャは俯いて、ごめんなさい、といった。
あの魔女の弟子と聞いて、きっとすごい魔法使いを想像しただろう、彼女に。
だが。
「謝ることはないよ、だって悪いことじゃないもの」
セラはにこにこしながら、そういった。
「だ、だけどわたし……」
「確かにパメラは優秀な魔女だし、彼女の弟子もみんなすごいよ。それは事実」
でもね、とセラは続け。
「優秀だから、天才だから――そう思ったから、彼らを弟子にしたわけじゃない。パメラ・シェルシュタインという『女』はね、好みがとっても激しいんだよ。彼女に勝るような天才であったとしても、好みに会わなかったらポイっと捨てちゃう。そういうイキモノなんだよ」
「で、でも」
「君は気に入られているんだ、愛されているんだ。それは才能に勝る誉れだよ。誰かに愛されることはとっても貴重なことだから、君はそれを受け取って自由に羽ばたいていればいい」
だけど、と言いかけたミシャの口に、セラは焼き菓子を一つ押し込んだ。そうやって彼女を黙らせてから、セラはだいじょーぶだいじょーぶ、とまた笑う。
よく笑う人だと、ミシャは思った。
「セラの弟子くんはね、魔法が使えないんだ。だけどセラは弟子くんが大事だよ? だってセラの弟子になった弟子くんは弟子くんで、他じゃ替えなんて聞くわけがないたった一人」
そこから、セラはひたすらその『弟子くん』を褒め称えた。料理がうまいだの、意外と裁縫が上手でちょっと怖いだの。確かに魔女の弟子にしては、魔法がまったく褒められない。
それでも弟子にして、傍においている理由。
それはセラが、その弟子くんとやらを大事に思っているからだ。
同じようにパメラも、ミシャや他の弟子を大事に思っているのだと。
セラは、言いたいらしい。
「まぁ、シェルシュタインはパメラを筆頭に、バケモノみたいなのが何人もいるから、君はそんな風に考えるんだろうけどねぇ……あんまり気にしないこと。女の子は笑顔が大事なの」
「……はい」
ミシャは笑おうとしたが、少し引きつってしまう。それでも、ほんの少しだけ。心の中の濁りのようなものが軽くなった、ような気がする。本当に少しだけだが、軽くなった気がする。
こんな、わずかな時間で単純だな、とミシャは思って、笑った。




