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ランドールの魔女  作者: 若桜モドキ
四章 -手乗り師匠と不思議なお弟子さん-
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二話 手のひら

 さて、どうしようか。

 ミシャはその『拾い者』を前に、途方にくれていた。

 ことの起こりは少し前、朝食をとった後、散歩ついでにちょっと買い物に出た帰り。昼食は適当にオムレツでいいだろうか、パンも焼いてサンドイッチ風にしてしまおうか。いやいやいっそのこと外食か。……などなど、あれこれ考えつつ、ひとまず家に向かっていた時だ。

「あぅー」

 と、かすかに声のような音が聞こえた。

 それは頭上からしていて、ミシャは足を止めて上を見る。


 すがすがしいほど晴れた空――水色の、小さいものがひゅるるる、と落ちてきた。


「……へ?」

 とっさのことで身動き取れないミシャは、ただ視線をその物体に合わせて動かす。それは落ちてくるにしては若干緩やかな速度を保ち続け、ぽてり、と石畳へと落ちる。

 ころころ、と転がったそれは、ぴくりとも動かなくなった。

「え? え?」

 ミシャは意味もなく左右を見て、それから少し前方に落ちたそれを実に向かう。おそるおそる近寄ったそれは、薄緑の長い髪をした、実に小さいヒト。背中には蝶のような羽もある。

 それは手のひらに収まるほどの、小さい妖精種の少女だった。

 どうやら意識を失っているらしく、うぅ、とうめくばかりで目を開けない。

 さすがにこのまま放っておくこともできなくて、ミシャはそっと荷物の一番上に乗せるといそいそと自宅へと戻ったのだ。適当な布を重ねてベッドにし、その上に横たわらせる。

 見れば見るほど、まるでお人形のような姿だ。

 袖のないワンピースはフリルが使われた、余所行きといった感じのデザイン。おそらく観光客なのだろうが、どうしてそれが空から落っこちてきたのか、やはりよくわからない。

 まぁ、理由はどうでもいいことだ、今は。

 ケガもないようなので、ミシャは彼女をそのまま寝かしておくことにする。

 むにゅ、と口元をもごもごさせる姿は、やはりとても愛らしかった。

 どうでもいい、と思いつつも、やっぱり気になる。

 彼女が空から落ちてきた、その原因が。



   ○   ○   ○



 ひとまず考えることを放棄したミシャは、時間も時間だったので昼食作りに取り掛かる。

 予定通りに卵を使って、ふわふわでとろとろのオムレツを焼くことにした。ちょうど、新鮮なバターやミルクを、市場で買って来たところである。ハルがいれば、焼き菓子などにも手を伸ばすところだが、一人で消費できる量を作るというのは若干面倒なものだ。

 一人に戻って真っ先に思ったのは、静かだ、ということ。

 料理を作りすぎるということはなかったのだが、作り終わった料理を見て少ないなぁ、などと思ってしまうのは今もある。彼女は、ハルはもう学校に戻っている時期なのに。

 ずっと一人だった。

 シェルシュタインの里は寮のようなものがあって、弟子と呼ばれる身分ならば基本的に底で共同生活するのが普通。だから、本音を言えばここで一人暮らしするのは少し不安だった。

 それになれた頃にハルが現れて、また誰かと一緒にいる幸せを味わい。

 また、いなくなって。

 一人になって。

 ずっと、一人なのだろうか。

 思い浮かべるのは、二人の友人だ。ジュジュと、カレン。後者は友人と呼んだら向こうがにらんできそうだが、あの二人もそのうちどこかの誰かと結婚するのだろうと思う。

 現に、教会で子供達の相手などをしているエミリアは、ミシャと年がそう変わらないのに結婚しているし、それどころか子供まで授かっている。

 貴族はもっと早いというが、平民も平民なりに割りと早く結婚してしまうのだ。

 ジュジュもカレンも、女性としては申し分ないだろう。確かに多少個性的な性格などをしているとは思うが、その個性は魅力と呼んで差し支えないはずだ。実際、二人に声をかけてくる異性は多いようで、カレンあたりは心底めんどくさそうにグチることが多い。

 二人は、きっと数年もしないうちに結婚するだろう。

 しようと思えば、叶うだろう。

 しかしミシャの場合は、おそらくそう簡単にはいかない。

 何せ彼女は魔女だ。この町で忌み嫌われている存在。いろいろ奮闘したので、一時期よりは受け入れられつつあるが、それでも壁のようなものを感じないことはない。

 その壁は年配であるほど高く、厚く。

 それに引きずられるように、若い世代でも聳え立つ。

 ジュジュは、いつか何とかなると励ましてくれるのだが、その壁が完全に消えてしまう日はきっと来ないのだろう。その壁こそが、この町が背負う歴史である限りは。

 消えるのは、きっと町という存在と一緒だ。

 ランドールがある限り、人々は魔法を恐れ魔女を忌避する。

 ミシャにできることは少しでも、ほんの少しでいい、その感情を和らげること。魔法は怖いばかりではないと、誰かを幸せにしたり笑顔にしたりすることができる、ステキなものだと。

 少しずつ、伝えていくことしかできない。

 それはとても困難なことで、とても恋などしている暇はないだろうから――。

「一人ぼっちかぁ」

 つぶやき、少しだけしょんぼりとする。幸い、時間のつぶし方は無限とあった。魔法式は次から次へと『新しいもの』が見つかっているから、それに関する書物一つあれば事足りる。

 それは魔女――魔法使いとしてはある意味で正しい姿で、現にミシャの師パメラもそれに近い日々を送っている。だからミシャも、ずっとそれでいいと思っていたが。

 なぜか今は、あってはならない悪夢のようにさえ、思えた。


「んーとね、女の子はね、にこってしてる方がいいと思うんだよぅ」


 と、耳元で鈴のようなかわいらしい声がする。

 ちょんちょん、と頬をつつかれ、そっちを見れば。

「あまーいあまーい、いいにおいがしたからねぇ、セラさんお目覚めなんだよーぅ」

 ゆらり、ふわり、とうれしそうに左右にゆれている、件の妖精がいた。

 ぱっちりとした瞳は、髪と同じか、わずかに色味が濃く。

 ミシャは卵をかき混ぜていた手を止めて、道具を机に置いた。そして無言のまま、自然と彼女の方へと手を伸ばす。下から少女を救うように、あるいはそこに立って欲しがるように。

 ふわ、と少女はミシャの手のひらに乗った。

 思わず笑みが浮かんでしまう。

 かわいい、かわいい。そんな言葉しか頭に浮かばない。彼女は妖精種で、犬猫のような存在ではないとわかっていても、ついそういう扱いを――かわいがって愛玩したくなってきた。

「んと……セラはね、セラっていうの」

 ミシャの心中など知らない少女は、にこにこと自己紹介をしてくる。

 少女というより、ハルほどの子供のような雰囲気だ。

「よろしくねー」

 にぱ、と笑顔を浮かべて、妖精種の少女――セラは言った。

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