七話 年齢は問題外
あのぉ、とミシャは隣を歩くカレンを見た。
何か用でもあるですか、と、しかめっ面でカレンが答えた。
それにミシャが、なんでもないです、と返事をする。
奇妙なやり取りを交わしながら、二人は町の市場を歩いていた。ちょうど大きな商隊が来たらしく、人や物にあふれて実に華やかになっている。なじみの商店の店主も見かけた。
王女の婚礼、というのはこの上ない明るい話題として、国内外に広まっている。
長らく行方不明だったらしい、公爵の遺児が見つかったというのもあった。さすがに詳しい情報は入ってこないけど、とにかくイロイロとめでたいことが重なっているらしい。
なので、メルフェニカ国内は、どこもかしこもお祭騒ぎ。
……しかし、ミシャの傍にいるカレンは、お祭とは真逆の世界に佇んだままだ。
何があったのか知らないが、ゆえにどうすればいいのかもわからない。
体調悪化を心配したが、薬は要らないというし。実際、それなりに食欲もあるようだ。疲れているのかと思い、今は疲労回復効果のある紅茶やハーブティを差し出すのみである。
だが、やはりというべきか、これという効果はない。
本人に言ったところで、どうせ否定されて終わりだろう。何となくだが、カレンという少女は余り弱いところを、人に見せたくない子のように、ミシャは思った。
とはいえ、気づいたからには心配になる。
いっそ、ネールにでも相談しようか。
他人があれこれ口を出すより、実の兄から告げるのがいいだろう。ミシャから言ったところで騒ぎになるだけ、という気しかしない。問題は、つけられている状態でどうするか、だが。
あとは――悲しいことに、ネールがいるだろう教会の、場所を知らないのだ。
さすがにランドールは広い町で、歩き回るのは少々骨が折れる。カレンなりに聞けば解決しそうなのだが、果たして答えてくれるのか。ミシャは小さくため息を零す。
「……あの」
「は、はいぃ!」
ふいに背後から話しかけられ、ミシャは身体をびくっと振るわせる。
振り返ると、ある店の前で足を止めたカレンがいた。
その視線の先にあるのは――ケーキ屋。
遠方からわざわざ買いに来る客もいるという、有名なお店だ。ガラスケースの向こう側にはおいしそうなケーキが、自分はおいしい、と主張するように並べられている。
非常に目の毒なのだが、カレンはそれをじっと見ていた。
「……ケーキですか?」
「こ、この店のは、おいしいですからね。懐かしいなって、思っただけで」
言いながら、彼女は懐からかわいらしいサイフを取り出す。
デフォルメされた動物――猫を象ったもので、長年使っているのか古びている。ところどころにある補修された痕跡から、とても大事にしているものなのだろうとミシャは思った。
がま口になったサイフをぱかりと開き、覗き込み。
「……う」
低いうめくような声を発し、カレンはがっくりと肩を落とした。値段を見ると結構お高いケーキで、どうやら持ち合わせが足りないらしい。ホールのみ販売というのが、実に恨めしい。
ミシャはそっと自分のサイフを覗き、どうにか半額分ぐらいは出せることを確認する。
確かにここのケーキは、一度は食べてみたかった。
何とかバラ売りしてくれないかと、ジュジュと涙ながらにグチを零したこともある。だがホール全体に施された装飾は、確かに丸ごとでこそ価値があったから、涙を呑むしかなかった。
見ていると、だんだんハルに食べさせたい、という欲が出る。
ミシャはそっとカレンに近づくと。
「あの、カレンさん……」
「な、なんですか!」
「えっと、半分ならありますけど……どうします?」
ちら、とケーキを見ながら囁く。
真っ赤になった彼女は――。
○ ○ ○
家路を進む、三人の少女。
一人の手には甘い香りを放つ、魅惑の生菓子が収められた箱がある。
結局、カレンは甘い誘いに乗ってきた。ちょうどハルもいるし、仕事休みらしいジュジュを途中で拾って、そのままミシャの家でお茶会、という流れだ。
「いっやー、まさか食べられるとはねぇ」
「ちょうどいい茶葉も手に入ったから、楽しみだね」
「……」
上機嫌のジュジュとは対照的に、カレンの表情はあまり明るくはない。
時々、ひくひくと表情の一部が動くだけだ。
ジュジュは振り返って、後ろ向きに歩きながら。
「カレーン、あんたいつまでしかめっ面してんのよー。あそこのケーキ、好きでしょ?」
「好き、だけど」
「じゃあ笑いなさいよ。ミシャがせっかく」
「わ、わかってるけど!」
なんかヤです、と呟いて、彼女はうつむいてしまう。表情は見えないが、その耳が真っ赤になっているところから察するに――どうやら、照れているか恥ずかしがっているらしい。
笑いたいけど、笑うのは何だか癪。
そんなところだろうか。
「素直じゃないわねぇ……っと、あれ?」
ジュジュは前を向き、ぴたりと足を止める。その視線の先には、ミシャの家の中をじっと覗く不審な少年がいた。実に見覚えのある茶髪を見て、ミシャはぽかんとした。
そこにいるのはランドールの領主の次男、いつもの実に品のいいおぼっちゃん的な格好ではなくて、リオが普段来ているような、ごくごく普通の庶民の格好をしているティエリス。
彼はミシャ達に気づかず、じーっと家を覗いていた。
あまりの熱心さに、声もかけられなかったが。
「ティエリス、何してんの?」
「――!」
ジュジュが代表するように、ティエリスに近寄って肩を叩く。かわいそうなぐらいにびっくりした彼は、わたわたと慌ててジュジュや、傍にいたミシャとカレンを見た。
あの、その、えっと、という感じに、意味を成さない声が漏れる。
「い、家に知らない子がいて……えっと」
「ハルのこと? えっと、あの子は」
妹弟子なの、とミシャが言いかけた時、家の中からどたばたと音がした。
扉が勢いよく開いて、ハルが飛び出してくる。
「おかえりなさい、アルテミシアさん!」
「た、ただいま」
「……あれ?」
ぱぁ、と明るかった笑顔が固まり、静まり、その視線がティエリスに向けられる。さっきまで覗きという大胆行為をしていたのに、ミシャの背後に隠れてしまった彼に。
ちらり、と身をよじるように振り替えると、自分の背中に顔を押し付ける姿が見えた。
うつむいているので表情は見えないが、耳がほんのりと赤い。
これってもしかして、とミシャが思うより先に、ハルが近づいてくる。
彼女は、姉弟子に隠れている彼に、興味津々のようだ。
「あの、その子は?」
「……ティー、自分で挨拶しなきゃ」
「う……ん」
以前、魔女を訪ねて一人でやってきた姿からは想像できないほど、おどおどして、腰の引けたティエリスは、それでも何とかハルの前に立った。……立っただけ、と言えなくもないが。
しばらく見詰め合った二人。
先に動いたのは、ハルの方だった。
「えっと、ハル・シェルシュタインです……あの、メルフェニカの魔法学校に通ってます。アルテミシアさんは姉弟子で、学校がおやすみになったから、遊びに来ました」
「ぼ、ボクはティエリス……です。あの、ハル、その、えっと」
ぽぽぽ、とだんだんと顔を赤くしていくティエリスは、おもむろにハルの手を握って。
「ボクと結婚してください!」
叫んだ。
沈黙が周囲を満たす。ミシャも、ジュジュも、カレンも。
そしてハルも、何も言わない、言えない。
それでも返事をしなきゃいけないと、必死に思ったのだろう。
「あ、あの……わたし、まだ七歳、だから」
「ボクも十歳だから、だいじょうぶ! えっと、今すぐじゃなくて、何年かしてからでもぜんぜんだいじょうぶ! と、とにかく、ボクと結婚してください!」
「あぅ……」
真っ赤になったハルはうつむき、何とか握られた手を振り解こうとしていた。しかしいくら子供同士とはいえ、七歳と十歳ではいろいろと差がある。なのでまったく逃げられない。
ティエリスはひたすら、好きです、結婚したい、とハルに訴えている。
少し前、ミシャと結婚したいとか言っていたのはなんだったのかな、と考え。
「……あれ?」
ミシャはそこでようやく、二人が初対面であることに気づく。おそらくさっき家を覗いていたのはハルを見ていたのだろうし、その時に好きになってしまったのだろうが。
それはつまり。
「え、つまりあれなの、一目ぼれなの?」
ジュジュが呟き。
「うわぁ、マセてるわぁ……」
と、ため息をこぼした。
確かティエリスが十歳ぐらいで、ハルが七歳。若いにもほどがある、と思う。ましてやここにいる十歳年上の少女陣は、全員相手がいない独り者なので、余計に何とも言えなくなる。
だが、恥ずかしがるハルと、すでに振り切ったらしいティエリスの姿は。
「ほほえましいですねぇ……」
という笑みを浮かべたミシャの呟きに、残り二人が同意を返す程度にはかわいらしかった。
その後、激怒したリオがやってきて、ティエリスはお屋敷へと戻っていった。どうやら勉強から逃げ出していたらしい。彼は最後まで兄に抗っていたのだが。
「ちゃんとお勉強しないヒトは嫌いです……」
という、ハルの一言でむしろ自ら帰っていった。
領主夫人から、あれからティエリスがとてもがんばっています、ありがとうございますという内容のお礼の手紙と菓子が届いて、ミシャが困惑するのはもう少し先である。




