二話 朝のひと時
朝、目が覚めるとかわいらしい抱き枕が腕の中にいた。
ふわふわの髪の毛。細くて、色の白い手足。
しばし、ミシャはそれが何かわからなかった。ただ、とてもやわらかくて優しくて。寝ぼけたままの頭で、まるですがるようにぎゅっと抱きしめてしまう。
「ん……」
その『抱き枕』は、ミシャの腕の中でうめき、身じろぐ。
ぱちり、とミシャは目を開けて、自分がゆるく抱きしめている存在に気づいた。抱き枕にされていた少女は、すやすやとわずかに笑みを浮かべたまま、ミシャの腕の中に納まっている。
そのあどけない寝顔に、ミシャは思わず笑みをこぼす。
最初、ハルは教会か宿に滞在する予定だった。
けれどミシャが泊まるように誘ったのだ。この家のベッドは、そう体格の変わらないミシャとジュジュが、一緒に寝ても問題ない程度に広く、ずっと小柄なハルなど余裕だろう。
教会もいいけれど、何となく、一緒にいたいとミシャは思った。
姉弟子として、いろいろしてあげたい。
かつて、自分がミレアナに、いろいろと助けてもらったように。
ゆっくり身体を起こしたミシャは、わずかに身を振るわせる。最近、それなりに気温が暖かめで安定しているとはいえ、さすがに朝は薄着だと少し震えてしまう程度には寒い。
ベッドに合わせて大きいサイズである上掛けは、二人の身体の上になかった。
「んしょ……」
ミシャはベッドからずり落ちたそれを引っ張りあげると、ハルの身体にそっとかける。肌に直接触れるものにはこだわるミシャが、町中の店を渡り歩いて選び抜いた上掛けだ。
触れるだけで、もう一度眠ってしまいたい誘惑に襲われる。
もちろん、そんなことはしない。
したいけれど、しない。
「うー、よく寝た……」
ベッドの上に座り込んだまま、ミシャは腕をあげて大きく伸びをする。
窓から入る光から、おおよその時間帯を推測する。あれこれ話してつい夜更かししてしまったから、寝坊も昼起きも覚悟していたのだが、どうやらいつも通りの時間帯のようだ。
ハルはまだ起こさなくてもいい。
いくら通常よりは楽だったとはいえ、彼女はまだ七歳の子供だ。旅、というものが身体に与える負担を、少しオーバーに考えても問題はない。朝食ができたら起こすことにする。
ベッドから降りたミシャは、起こさないよう静かに寝室を出る。
別に着替えはまだ要らないだろう。朝食を作る時に、汚しても困る。
階段を降りて、すぐのところには台所。テーブルは窓際にちょこんと置かれている。さらに隣にはこじんまりとしたリビングがあって、あとは結構広めのお風呂などの水周りと倉庫。
二階には寝室と作業部屋、そしてここにも倉庫があった。
倉庫には現在ミシャが所有する、ありとあらゆる触媒の素材が詰め込まれている。雑多に詰め込んだのでそのうち整理しなければいけないのだが、日々の生活に追われて余裕がない。
ちなみに一階の倉庫は、ほとんど食料庫となっている。
その食料庫から、ミシャはまずベーコンの塊を取り出した。
それを適当な大きさだけ切り出して、残りをまた元の場所へ戻す。それを少し厚めにスライスしてから、フライパンに乗せた。油はしばらくすると、ベーコンからにじみ出る。
油がたっぷりと出て、カリカリになるまで焼くのがミシャの好みだ。
そこに生卵を二つ割り入れ、すばやくふたをした。
しばらくしたら火からおろして、だいたい火が通ったらお皿に乗せる。
油とレモンの果汁、塩と胡椒でさっと作ったドレッシングを、畑からとってきたレタスなど野菜にかけて、丁寧にあえる。最後に薄く切ったパンを火で軽くあぶり終われば、完成だ。
パンはもう今朝の分しか残っていないので、うっかり焦がしたら大変なことになる。
ミシャはじーっと、火加減やら焼き具合を細かくチェックした。
「おふぁよぉ、ございます……」
そこへ、あくびを漏らしながらハルが起きてくる。
ぐしぐしと目元をこすり、少しふらふらしたおぼつかない足取りだ。
ミシャは、乾いた柔らかい布を彼女の手に握らせる。
「ハル、まず顔を洗ってらっしゃい」
「……ふぁい」
まだ寝入った感じの口調と声で、彼女はふらふらと外へ出て行った。その様子に少し心配になったけれど、火の前から離れることはできない。ミシャはそっと無事を祈った。
○ ○ ○
「いただきまーす」
「いただきます」
テーブルに並んだ朝食を前に、ミシャとハルはぱちんと手を合わせる。
食物への感謝は、決して忘れてはいけないことだ。
メニューは実に簡単なもの。ベーコンをかりっと焼いた上に卵を入れた目玉焼きに、野菜たっぷりのシンプルなサラダ。それから程よく焼けたパン。後は牛乳だ。
シェルシュタインの里ではチーズなどの加工品がメインだったが、ここは牧場が近場にあるので新鮮な牛乳が手に入る。栄養もあるので、毎朝コップ一杯はぐびっと飲むのが日課だ。
さっくりとおいしく焼けたパンには、バターを塗ってある。
ミシャはこれで充分なのだが、ハルはいそいそとジャムも乗せていた。自家製の果物をミックスして作ったもので、普段はおやつ時にヨーグルトなどにかけて食べることが多い。
なので甘さは控えめなのだが。
「おいしいです……!」
口を少しジャムで汚しながら、ハルは亜満面の笑みで答えた。一応、それなりの量の食事を用意したのだけれど、ハルはその小さな身体にあっという間に詰め込んでいった。
しかも少しだけ物足りなさそうにも見える。
魔法使いは基本大食いであることが多く、ミシャも結構食べる方なのだが、ハルは同じくらいだった彼女よりもよく食べる。さすがは師が弟子にしただけのことはあるな、と思った。
そうなると困るのが、これ以降の食事だ。
二割か三割り増しにしないと、いけないかもしれない。




