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ランドールの魔女  作者: 若桜モドキ
一章 -魔法使いが嫌いな町-
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一話 新生活は前途多難

 穏やかな草原に広い道が敷かれている。道は適度に整備され、人や馬車が器用にすれ違いながら、各々の目的地へと向かっていく。そんな道を集団で進むキャラバンに、彼女はいた。

 かたんかたん、と揺れる馬車に合わせて、彼女の黒髪が揺れる。

 結構な速度で進んでいた集団は、その町の前で停止した。


「……う?」


 心地よい振動に半分ほど寝入っていた少女は、身体を大きく揺さぶられてうっすらと目を開ける。頭はまだ寝ぼけたままだが、馬車が止まっているのは理解できた。

 確か……次の町が、自分の目的地だったはず。

 そこまで思い出した瞬間、意識が一気に覚醒していく。

 慌てて馬車から身を乗り出すと、町の住民らしき人と話していた男性と目が合った。

「おや、お嬢ちゃんお目覚めかい? お目当ての町に着いたよ」

「ずいぶん疲れてたのねぇ。でも今日からはベッドで眠れるわね」

 そう言ってにっこりと笑う一組の男女。温和さが服を着ているようなこの二人は、連れ添って何十年にもなるというご夫婦だ。町から町を渡り歩くキャラバンを率いている。

 偶然にも拾ってもらった彼女は、おかげでここまで平穏な旅を続けられた。宿にもスムーズに泊まれたし、雇われた傭兵のおかげで野宿も旅路も、この上なく安全安心だった。

「ありがとうございました!」

「いえいえ。修行、がんばってね」

「はい!」

 夫人に手を握られ、頭を撫でられる。少女は荷物を引っ張り出すと、ゆっくりと動き出した馬車の一団に深々と頭を下げた。知り合った子供たちが、こちらを見て手を振っている。

 馬車が見えなくなって、寂しさを振り切るように町に入った。



   ○   ○   ○



 メルフェニカ王国のランドール領は、他国との国境沿いにある物流拠点を抱える、王都から離れた土地ながらも重要な場所だ。町に入ってすぐの広場には、旅人向けの宿が並ぶ。

 特にこの町には領主の屋敷があって、もしもランドールを国とすると、この町が首都のようなものだろうか。通過するのみだった王都もそうだが、こういう場所はやはり華やかだ。


「ついたー」


 その入り口に立って、アルテミシア――ミシャは大きく身体を伸ばした。

 結構快適な旅だったとはいえ、それなりに疲労を感じている。早くふっかふかのベッドで眠りたいなぁ、と頭のどこかが囁いた。あの程度の転寝じゃ、寝足りないみたいだ。

 ずいぶんと長かった。ミシャの故郷は他国も他国、海の向こうにある。置手紙一つ残して飛び出してきたが、師匠は心配してくれていると思うが探しはしないと思う。

 あの人は、弟子を愛する人だ。だけど弟子の意思を曲げることはしない人だ。

 弟子が自分で決めたなら静かに見送ってくれる。それに、出て行った弟子を連れ戻すような時間の余裕など無い。師への弟子入り志願者は、それこそすさまじい数いるのだから。

 ミシャが属するシェルシュタインは、魔法使いでもかなりの名門だった。

 これまでにも、多くの宮廷魔法師や宮廷魔女を輩出してきている。中でもミシャの師は弟子の選び方がいいのか、それとも教え方がいいのか、『あたり』をよく引くので有名だ。

 ミシャの姉弟子もこの国の宮廷魔女をしている。王族方に気に入られ、充実した日々を送っていると手紙に書いてあった。できれば弟子としてミシャを、王都に呼びたいとも。


 ……だけど、ミシャは有名な一門にあるまじきオチコボレだった。

 かの魔女の目利きも時に見誤る、と笑われる程度には、才能の欠如した弟子だった。


 魔法が使えないわけではないのだが、シェルシュタイン一門としては論外。師匠や姉弟子はいろいろと気を使ってくれるが、それでも風当たりはそう心地よいものではなかった。

 だから飛び出した。

 一門の名に頼らずに生きていくために。

 姉弟子の世話にならないために。

 それでもシェルシュタインを名乗るのは、赤子で捨てられていたミシャにはそれ以外に名乗る名が無いから。アルテミシアという名前も、育ての親である師匠がつけてくれたものだ。

 まぁ、魔法使いの家名など、同業者にしかわからないだろう。わかったところで、どうということも無い。血統と違って一門は師弟関係で繋がる。だからシェルシュタインを名乗っている魔法使いは世界中に、たぶんかなりの数がいるだろう。弟子の弟子の……という具合に。

 ミシャはただ、その中の一人になるだけだ。

 才能に恵まれなかったから、そう目立つことも無いだろう。

 だいぶ前からひっそりと準備をし、ミシャは今日という日を迎えた。

「えっと……確かこっち、だったはず」

 地図を手に目指しているのは、この町の不動産を扱う店だ。旅に出る前にてこの町に引っ越したい、という内容の手紙を送ってある。何日も前にここに到着している……と思う。

 後は不動産の店で住む家を紹介してもらい、そこに移動するだけだ。一応、それなりのたくわえがあるので、多分そこそこの家、もしくは部屋を紹介してもらえると思う。

 しばらく道を進んでいると、ようやく目当ての店を見つけた。

 看板が出ているから営業中のようだ。


「ごめんくださーい」


 ノックをしてから扉を開けて中を覗く。カウンターに初老の男性がいた。どこか難しい表情で新聞を読んでいた男性は、店を覗くミシャに気づくとにっこりと笑みを浮かべる。

 営業スマイルではあるのだろうが、温和そうな人のいい笑みだった。

 ミシャはかばんを床に置き、両手を前でそろえて姿勢を正す。

「えっと……事前に連絡していたアルテミシア・シェルシュタインですけど」

「えぇ、覚えていますよ。ずいぶん早い到着ですね」

「キャラバンにくっついてきたので」

「あぁ、なるほど。それは運がようございましたな」

 店主はいくつかの書類を棚から引っ張り出す。そう広くは無い店内には家を描いた絵がたくさん飾られていて、中には町で見かけた感じのものもあった。

「とりあえずは家ということでよろしいでしょうか。何かご注文はありますかな?」

「大きな鍋が置けるところがいいかなぁって」

「……鍋?」

「触媒合成とかに使うので……その、わたし魔女ですから」

 見習いですけど、と苦笑するミシャ。

 本当はシャレにならないほどのオチコボレなのだが、それを言っても仕方ない。しかし危険なことはしないと誓える。危険な事態になりかねないような魔法を使う、設備も物資もない。

「あ、でも大丈夫です。わたしの専攻は【青色魔法式】なので、爆発とかは――」

「……帰ってくれ」

「は、はい?」

 無言になった店主に説明したミシャに、返されたのは低い声だった。カウンターから出てきた店主は、ぐいぐいと背中を押してくる。あっという間にミシャは店からたたき出された。

 地面を転がるように移動し、振り返ったミシャにかばんが投げつけられる。

「ちょ……な、何するんですか!」

「魔女なんぞに貸し出す家も部屋も空き地もない! 町から出て行けっ!」

 怒りの感情をそのまま叩き込んだように、扉は大きな音を鳴らして閉ざされた。地面に座り込んだまま唖然とする彼女の耳に痛いほどの静寂が刺さり、次の瞬間には連鎖する音が響く。

 ありとあらゆる扉と窓が、一斉に閉ざされていって。

「な、なんなの……?」

 ミシャの口からこぼれる問いに、徹底的な拒絶だけが返された。

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